いよいよしびれを切らした母のお迎えか

久々の明晰夢・・・亡き母が夢に出てきて、一緒に家を出ようと言った(2017.5.27)

2017年5月27日未明に見た夢です。
どこかの館の中での様々な登場人物のいるごちゃごちゃした夢(記憶していない)の最後のあたりで、私を含む四人の男性が、畳の部屋で研修会のような長テーブルを前にくつろいで座り、何やら談笑していました。
すぐ右隣りの人は、前の職場で知り合っていた悪ふざけ仲間で、その彼がまたずいぶん若いのです。せいぜい20歳頃までの皴ひとつない顔をしていて、元々男前なので何と言いますか、△△ダチにしてもいいような感じ。夢の中でも数十センチのところまで接近していましたね。(笑)

その彼とどんな話か(忘れました)を交わしていた直後です。

私の左手方向に襖の扉があるのですが、右にいた彼が誰か外に来ていることに気付き、誰か来てる風だと指し示したので、私はそこを見ると、わずかに開いた向こうに人影があるんですね。

それで私は、「入っていらっしゃいよ」と声をかけ手招きしますと、襖が少し開いて、何とそこに私の母が顔だけ覗かせて、「○○と一緒に家を出るんよ」と言うのです。明らかに母の声。○○とは私の下の名前。母はせいぜい30歳代の若い頃の顔でしたが、やや悲し気な表情に見えました。

そこまでで夢が覚めてしまいましたが、今回の夢は、最後のほうが鮮明な明晰夢になっているのです。

母は2007年9月6日に亡くなり、同年9月22日未明にご来光に至る夢の主賓として出てきて、その後も何度か私の夢に登場していますが、いつのときもシンクロに満ちた謎かけが付帯していることに思い至ります。
今回の夢解釈は、ズバリ、私を迎えに来てくれたのだと思います。
私は今年で心房細動歴20年になり、心臓が肥大して、肺全体の半分を占めていまして、心筋が収縮しなくなるのも時間の問題だと医師からは聞いております。
お迎えらしい夢は、2002、3年頃に亡き祖父と亡き叔母が、暗い部屋の中で私を交えた三者で会談していまして、2002年11月に突然倒れて死にかけたことがあり、そのすぐ後ぐらいの夢だったので、その手の夢かと思い、せっかくながら翌朝、九字切り術で撃退させてもらいまして、その後お迎え事の夢は陰を潜めておりました。
が、2013年12月に、息を引き取ると同時に千の風になる夢を見まして、その後2014年5月に亡き祖母が無言でこちらを見ている夢を見て、その後しばらくなかったのですが、とうとう久々に母に会い、母の声を聞いてしまったということになります。
母が言った「家を出る」との家とは、この世界のことにほかならないでしょう。
仏教にいう南閻浮提とは、愉快極まる館と言われるこの世界のこととされますが、劫尽きたの感があります。
身命を賭して最後まで見届けをすべくやってまいりましたが、黄泉度も深まりましたから、暇乞いをハイアーセルフにしていたところだったのです。
そんなときに見た母の夢でしたから、ハイアーセルフが図ってくれたものかと思います。

 

祖母もどうしておられるやら。

私は祖母のしてくれた昔話を童話にしたとき、祖母を主人公のおばあさんになぞらえたのです。

そのおばあさんは、初孫の私が通りかかるまで、成仏する前の待機者の暮らす郷で待っているとしているのです。

それで2014年の5月の夢で、祖母が家並みの前の道路で佇んでこちらを見ていたのかもしれません。

もしまだ彼岸に達されていないのなら、母共々行ってあげねばなりません。

私が、物書きして、そのような筋書きにしてしまっている以上、私の手で解除しなくてはなりません。

 

さて、私はもうひとつ大それた夢を30歳頃に見ています。

多分これは、私の死後、ある特殊なスケジュールをこなすという夢だったようで、その内容は「天帝様にお会いする」ことになる夢です。

といってもそのときは、まだ行くべき時ではないと、天への上昇を思いとどまって夢が覚めているので、その続きをやらねばならないかもしれないのです。

それにも夢解釈ができていまして、「最後の審判の督促」の用向きかと思われます。というのも、待機するたくさんの十字架群に先立って、私が天に上がっていく夢だったものですから、彼ら敬虔なクリスチャン(故人)とは同じ趣旨であっても、先行して会いに行くことになろうかと思うのです。

しかしまあ、私には祖母や母と同行するというスケジュールもありますから、分身の術でも使わねばならないかとも思いますが、つい最近、コーリー・グッドのコズミックディスクロージャー情報から、ハイアーセルフとの関係がわかってきていまして、どうやら高尚な用向きは、ハイアーセルフに任せることができそうなので、私のような臆病者は、この世のお役が終われば、イザナギ様の要領でスタコラさせていただくのが本当かと思います。

そして、祖母や母と共に、蓬莱島経由で彼岸に至らせていただこうと思います。
すでにこの夢の続きになるような母と共に、琵琶湖らしき場所の高速艇に乗る夢も見ていますからね。
さあ、それがいったいいつになるのか。
まもなくであることは間違いないでしょうが、猫三匹もおり、妹が難病で不自由の身であることもあり、やれるだけのことはやってあげようと思っているような次第です。
母よ、すみませんが、もう少しばかりお待ちください。
追記
2017年8月になって、以前住んでいたM市の自宅を空き家にしたまま岡山のほうに転居しているのですが、まえの自宅の植栽が延び放題でM市から刈り込み要請が届きまして、ああもしかすると、亡き母はいつまでもM市の自宅を守っているのかもしれないと思ったことでした。このため11月に知人の助けを借りて刈り込み作業をして、とてもさっぱりさせたのです。そして、仏壇が岡山のほうに運べていなかったのを、なんとか運び込み、これで母もいちおう安堵かなと思ったのでした。
ところが、2018年2月に、私は外来診療で心筋梗塞を指摘されそのまま緊急オペされて20日ほど入院となり、すんでのところで命を取り留めて今日を迎えています。つまり、この世を辞することでもあったようです。
まあ、私はいつもの通り、何度も死んでは、プレイバックリスタートして別のタイムラインを辿っており、あたかもダイハードらしくしていますが、ほんとうのところは、奥人にあてがわれた人生時空のことごとくを経験し終わるまで、もしくは本命のタイムラインを実演し終わるまで、生き続けているように見えているといった言い方が適切かもしれません。私には途中の記憶がないだけ。
ハイアーセルフが、よしぜんぶ終わった、レコード針を引き上げるぞと宣言するまでは、この世に居て、新神話の続きを書き続けていることでしょう。
次の図が、私が新神話で想定している私の世界と私の線香花火のような(笑)人生模様です。
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どのタイムラインでも、いちばん終わりに「最後の審判」にこだわっているところが多少怖いかも知れません。しかし、それが役目だからね。決して大げさに公表しないけど、インプリシットに活躍していることは確かです。
天帝様にお会いする予定の夢
http://p.booklog.jp/book/97441/page/2635125/bookmark
コーリー・グッドが予想する「太陽フラッシュ」(2019年~2024年に起きると予定される)と「「最後の審判」は連動するので、艱難にあえぐ人たちはいま少しお待ちあれ。