新神話 第二章

第二章 神話嫁取合戦

新神話のはじまり

洋一は、ときおり物思いにふけるために、家の近くの小高い山に行くようになっていた。
山上には神社があり、平日などは訪れる人も珍しかった。
神戸での震災のこと、不思議な乞食方士のこと、こうしたことはすでに記憶の隅となっていた。
<人生は味気ないものだなあ>
あれほど奇妙な経験をした洋一ではあったが、今となっては日々の暮らしの単調さと、 決して良い方向に向かってはいない世情に辟易していた。
ため息ばかり出る部屋を後にして、ここにくれば空気も良い。
神社の前の展望台から、眼下の播磨一帯を見下ろす。
遠く淡路島が山々の連なりとして望めた。
<あーあ、いったいこれからどうなるんだろう>
大きなため息と共に、眠気を催す春の陽気の昼下がりであった。
ベンチに座って、うつらうつらとしていたそのときだ。
神社の陰から人影が現れたかと思うと、洋一の横にやって来て座ったのだ。
何でこのベンチにと、眠い目でよく見ると、なんとあの時の方士ではないか。
心萎えていた洋一にとって、願ってもない再会であった。
一瞬に飛び起きて、喜びを露わにする洋一。
「どうだ。元気にしていたか」
「本当にあなたですか?もうあの世に行かれたかと思っていました」
「そんなわけはないだろう。現にここにこうしている」
方士は以前どおり、汚い出で立ちをしていたが、洋一に腕に触ってみよと指図する。
洋一は、おそる触れてみて、実体感のあることに、納得の頷きをして返した。
「まあ多少、普通の人とは違っているかもしれんが、君も知っているとおり、これでも
仙道を目指した方士だからな」
やはりそうかと、洋一は頷いた。でもなぜまた。
「何でまたやってきたのかと、いま訝っただろう。また仙術をかけて惑わせるんじゃなかろうかとも思ったな。わしには分かるぞ」
いえそんなと、洋一は首を横に振る。
なぜなら、とても普通では味わえない面白い経験でしたからと、洋一は心の中で答えた。
また何かありはしないかと思っていたところだったのです、とも。
それで分かったのであろう。方士は話をつないだ。
「そうだろう。君には神話の世界を覗かせたからな。普通の者では望んでもかなわぬことだ。それもこれも、わしのようなルンペンに孝を尽くしてくれたればこそだ」
方士は、また過去を振り返るような虚空の彼方を見つめるようなしぐさを始めた。
前に聞いた神話の語り始めもちょうどそのようだった。期待に胸が踊る洋一。
「この山から見下ろす方向にかつて震災があったよなあ。あれはもう、遠い昔のことのようになった。
わしのようなものからすれば、遠い昔の神話時代よりも、もっと遠いおぼろげな過去のように思えてならん。
あの震災が人間の世界に投げかけたものは、ほんの米粒ほどのものでしかなかったのではないかと思えてくる。
記憶がさほど残らんのもそのせいだろう。
実際、わしは崩れた陸橋の下敷きになり、命を終わらせたほどのものであったのに、どうもわしには手ごたえがない。
多くの被災者も、何のために犠牲になったと嘆いているようでならん。
山の神様のお膝元で、世界環境会議とやらが開かれたよなあ。京都議定書とやらが採択
されたと聞く。だが、結果はどうなることか。
しばらく良い効果が期待できそうだったが、妨害がかけられたみたいだな。
震災直後のオウム事件に始まる、妨害者による隠蔽ともみ消しは機微を得ていた。
神話がせっかく作られて上演されたにもかかわらず、もうひとつ詰めに欠いていたせいで、結局
有名無実なものなってしまったようだ。
ああ、なんとも嘆かわしいは人間。いや、そうではない。どう言っていいのか・・ああ」
方士は大きなため息をついて、困難さを息で示すかのようであった。
洋一は、妨害者というものに問題があるという漠然としたものを感じるが、実態がつかめぬだけに、慰めを言うこともできない。
「わしはあれから考えた。この世界の行く末を案じる良い者ばかりの協力をとりつけねばならんと。そして、すでに事は始動した。
着実に成果を上げつつある。いや。もはや事は成ったと言っても過言ではない」
がっかりしていたかと思うと、急にベンチから起き直り、らんらんと目を輝かせる方士であった。
方士の目には、先の未来も見えているのであろう。洋一も背筋がひとりでに伸びた。
「前にも話したように、神話の世界では、過去、現在、未来、ありとあらゆる神話が様々な舞台で同時に舞われておる。
一歩下った客席には、神話の言霊が充満してうなりをたてている。
それが観客の龍神たちの手で紐解かれて、やがて君たちの世界にも表れてくる。その時点は、君たちには知るすべがない。
ただ、時の兆候を観ることのできる者が、今がそのときではなかろうかと推測するのみだ。
こうしてわしが、君の前に居て、この高台から麓を見下ろしながらしゃべっていることだって、一つの神話なんだぞ。
君は神話に加わる人間代表という呼び方をしても良いかな。
わしがここに来た理由は、君に神話作りをしてもらいたいからだ。神話作りは、人間にしかできん。
わしはすでに人界を去った仙人だから、所詮無理なことなのだ。
ここで君が見聞きすることを、神話物語として書き記してもらいたい。
君に文才がないとは思わんが、面倒なら誰かに頼んでくれたら良い。何なら、わしが斡旋しよう。
ただし、君が憶えてしっかり意趣を伝えてくれ。
神話として世に出ることによって、君の世界に神話が確立する。
神々はその言葉にしたがって、天上で神話の舞を舞われることだろう。
妨害者が作った多くの神話もどきが、神話の世界にノイズを発生させて神々を困らせている。
間違って舞わされ、失敗にいたたまれなくなった神も多い。
それに対抗して作るというわけではないが、この物語には、諸天善神が誠意ある息吹を吹き込んでくれるはずだ。
あまたある神話もどきを凌駕して、最も力を発揮する神話の舞が舞われることだろう。
前の神話は完成されたものではなかった。
わしが話した『山姥の歌』。
それは最後の詰めを欠いていた。
わしはそのことを見落としていた。
隙に乗じて、妨害者がお茶を濁したのであり、神話自体に効力がなかったのではない。
その反省に立って、神話を指導せねばならないという役目をわしは担って、もう一度ここにやってきた。
わしはむかし神話作りの手伝いをしたことがある。
蘇民将来の伝説は聞いたことがあるだろう。
日本では有名な神話だ。
人はそれを独立した神話と見る。
ところが真実はそうではない。
時間と空間を越えて、あらゆる神話が関連しあっているものなのだ。
関連性に裏打ちされていることによって、不動の座を時空に占める神話となる。
妨害者の出すノイズに、草薙の太刀のひと振りを浴びせる時、厳かな舞台に神々が威厳をもって舞われることとなる。
神話はかつて数少なかったがゆえに不動だった。
だが今は、どんな者でも神話を作り語るご時世となった。
善き者も妨害者も条件は同じなのだ。
それゆえ、諸天善神は、秘策を練った。
騒ぐ草どもに惑わされぬ神話連環の鎖を巡らそうと、な。
わしが計画遂行の役割を担った。
そして、わしが人界における手助けとして、白羽の矢を立てたのが君だ。
君は望まずとも、計画の中に取り込まれた人間となる。
どうだ。そのような役割は嫌か?」
「嫌と言っても仕方ないのでしょう。もう不思議な世界に足を突っ込んでいるのですから。
それに、ぼく自身、杜子春のように仙人に憧れたこともありました。
素質はなくても、教えてもらいたいような気もあるし・・・。
それに、こんな退屈で窮屈な生活には辟易していたし、人並外れた気持ちでいるというのも、いいものだと思います。
でも・・うまくできなかったらどうするんですか?」
「どうもありはせん。わしが見込み違いをしただけのことで済むだろう。
計画はいくらでも並行して試みられる。君がせずとも、誰かがやる。
そういう時期にきていること自体、神話からの催促なんだ」
「だったら、気が楽ですね。できなかったとしたら、あなたには申しわけないですけど」
「おいおい、やるべきことは丁寧でなくてはならんのだぞ。
気楽が無責任という意味であってはならん。だが、失敗は恐れるな。
そんなことは気にすることではない。じゃあ、良しということでいいな。
明後日、この山に登ってきてくれるか。
君の休みの日であることはもちろん知っている。
君に覗いてもらいたい神話の世界がある。
そこで見聞きしたことを、書き伝えてもらいたいのだ」
「ぼくは文章は苦手ですが、できるだけのことはしてみましょう。何かとてつもない役
目みたいな気もしますね。
明後日、いつごろがいいですか?」
「いつでも気が向いたときに来てくれ。それがひとりでに相応しい時刻になるだろう。
頼むぞ。力まんでもいいからな」
そう言うと、方士はすたすたと歩いて、神社社殿の扉を開けて、中に入ってしまった。

嫁取り合戦会場

二日後の当日は、天候が思わしくなく、麓からして霧に包まれていた。
洋一は、晴れるのを待とうとしたが、昼になってもようやく麓の霧が収まった程度にし
かならず、約束を違えてはなるまいと、あわてて出かけることにした。
山の登り口は霧に包まれていた。これでは登ってくる者もいないであろう。
中腹にさしかかる頃、見慣れた御旅所と書かれた石板が見えた。
ところが、その横に、もう一つ石板が置かれていて、「神話嫁取り合戦会場」と書かれ
ていた。
「おっ」
変わった案内表示には思わず笑いかけたが、この場所であるに間違いはあるまい。
緊張しながら洋一は御旅所の広場に入った。霧はなお深い。
そこには古墳があって、丸く盛り上がった丘に短冊型に切り出されたような大岩が無造
作に積み重ねられていた。
いわゆるイワクラというものである。

ところが、そのイワクラ全体が黄色い光を発していたので洋一は驚いた。
いよいよ無気味に思えて、背筋に冷たいものが上下した。
そのとき、どこからともなく人の話し声が聞こえてきた。
参拝客か、それともハイカーか。そんなことはこの際どうでも良い。
見たくもなかったが、目はイワクラに釘付けになっていた。
霧が少し晴れると、黄金色のうっすらとした発光に取り巻かれる中に、岩組みを椅子とテーブルのようにした格好で、仙人服を着た男女が座って歓談しているのが見えた。
彼らの語り合う声であったのだ。
時として、キャッキャッと笑う様に、やや心ほぐれる洋一であった。
<これが仙人なんだ>
挨拶をしようと、洋一が近づいても、彼らは気づく気配がない。
まるで彼自身透明人間か幽霊であるかのようで、異質の空間に いる感じがした。
が、これも方士がかけた仙術の効果なのであろうかと思い直す。
透明人間にでもなったかのような気持ちというか、死後、幽霊になった者の孤独というかを味わう気がしないでもなかったが、持ち前の好奇心もあって、よりいっそう近づいてみるにためらいはなかった。
男仙のほうは白髪で、彫りの深い顔には威厳があった。
女仙のほうは、長い黒髪に白くふっくらとした面持ち、丸く切れ長になった目、総じて古典的な美女と言うべきである。
上空は、垂れ込めた雲がまだらを呈して、勢いよく乱れ飛んでいた。
よく見ると、雲間からダイヤかクリスタルかと思われるような菱形の透き通った乗物が、ジグザグ飛行しながら降りてこようとしていた。
洋一は、目を丸くした。
<げっ。これは何だ?UFOだろうか!?>
おびえて、木立のほうに隠れる洋一。
UFOは広場に音もなく着陸すると、丸みを帯びるが早いか、人の形をとって具現した。
しかし、ただ透き通った体が、人の形に背景を屈折させて輪郭を呈していた。
まるでそれは、プレデターとかいう映画で見たエイリアンという感じである。
ところが、男仙が待ち構えていたかのように、桶に入った土色をした泥のようなものを掌で掬いとるやエイリアンに塗りつけた。
するとエイリアンは、泥を吸収するようにして、みるみるたくましい筋骨隆々たる青年となっていったのである。
「これはなかなかいい体だ。できあがりは申し分ない」
「このボディスーツは、この地上のことに関わられるときのための品です。我々が昔から偉大な天仙様に献納してきた恒例の品で、意見を容れて改良を加えてあります。」
「これでこれからは、スー姫と思う存分楽しめるのか。行き届いた配慮だな」
「まだ分かりません。私との勝負いかんです」
「ふっははは。あきらめの悪い奴よのう。どんな話をしようとも、所詮わしには勝てぬぞ。私の話は、お前の出すような話とは、規模が違うからな」
何が起こるのか分からぬ洋一であるが、そうするうちに、遅れて方士がやってきた。
「よく来てくれた。面食らったようだな。説明しておこう。
入口の看板にあった、嫁取り合戦というのは、そこにいる一人の女仙をめぐって男仙二人が勝負をしようというのだ。
むかし王侯貴族がよくやった一種のゲームだ。
ただし、勝負といっても武術によるのでなく、話の優劣でつけようというわけだ。
女の仙人は、地仙と言って、この地にもとより居て、仙道を修めた者だ。
初めから居た男の仙人は、女と同じ地仙であり、女仙の古くからの恋人だ。
後から来て、いま出来上がったような男は、天仙と言って、宇宙から来た仙人で、今回、話の勝負で女仙を奪おうとやってきている。
宇宙からときおりやってくる天仙たちは、地上の地仙たちと比べると各段に力が上回る。
かつては術較べが幅をきかせていたが、これではやられたほうにダメージが大きくかなわないと、地仙の陳情で、話によって優劣を競うことになった。
進歩といえば、進歩というのか。
術は、相手を封じ込めたり危害を加えることも行う暴力に類するものだ。
だから、暴力はいかんが、論争ならばあたり障りがなかろうとの通達なのだが、これがまた曲者で、論争の勝敗をめぐって、勝者が敗者に債務を負わせるという論戦賭博の様相を呈してしまった。
人間臭いというのか、あくまでも加虐を目的にしたがる好戦的な発想というか。
表向きは格式や形式ばらせた試合という、いかにも上品そうな体裁をしているが、裏側は人身売買同然のことなのだ。
ちょうど君らの世の中の仕組みをかなり悪くした感じかな。
日本はまだましだが、世界標準はかなりひどい。そんな感じだ。
下もそうなら、上も然り。上がそうなら、下に良い発想が下ってくるはずがない。
たとえば最近、こんなこともあったな。
地仙で北方の魚族を統帥していたキンシャサ鯱王は、武勇伝の優劣競争に負けて、魚族
の統帥権を天仙のサンポウトクに譲ってしまった。
サンポウトクはゲテモノ趣味で嗜虐嗜好が強いから、魚族の断種を進め、奇形魚族の開発に嬉々とした」
「奇形魚は、海洋汚染で起きるのでは?」
「いいところに気がついたな。神話の世界は象徴であり、地上はそれが積分されて、屁理屈で肉付けされた形で現れるのだ。
サンポウトクは北方の魚族が棲む海域をどうにでもできる権利を譲り受けた。
これに付帯して、欧州の海洋を領知するテイラタッパ龍王とも勝負して、これにも勝ち、文句を言わせないようにしている。
だから、欧州周辺での海洋汚染はひどくなるいっぽうだ。
だが、キンシャサ王は、損害がこの程度ですんで良かったと言っているくらいだ。
昔はもっと大変だった。
術較べのときには、権利がやり取りされるばかりでなく、地仙自身にも危害が及んだからな。
術をかけられ殺されでもしたら、即座に封神されてしまう。
負傷ですんだとしても、天仙の武器の呪力はすごいから、治癒しきることはない。
武力の差は歴然としているから、天仙にしてみれば、赤子の手をひねるに等しい。
それに対して、諸天と地仙が寄り合って世論を作り陳情抗議して、ようやく武力による競技を装ったいじめはなくなったが、今は論戦による合法的簒奪といじめだな。
「封神とは何ですか?」
「封神か。それは一種の去勢だ。封神演義という話を知っていよう。最近は、日本でも知られるようになったぞ」
「ああ、それなら何かの本で読んだことがあります。
大昔、仙人たちが世界を支配していた頃、人間を登場させるに当たって、仙人が二手に分かれて戦争をしたということですね。
どうにもならない妖術を使い人間の行動を邪魔する禽仙たちを、人間の側に立つ人仙たちがやっつけるという話でした。
結果は双方の多くの仙人が死にましたが、人仙側が勝利したということです。
しかし、死んだ仙人たちを人仙禽仙を問わず、温情的に神に封じ、仙界の下に神界を作り、そこに住まわせて人間の住む人界の管理に当たらせたということですね」
「分かるなら、話が早い。話が美化され、細部で違いはあるが、およそそのようなことが大昔にあった。
仙界に住む支配者たちを天仙といい、神界に役を与えられて住む者を神といい、神界より下霊界までに住む無役の仙が地仙で、いまでも人霊たちに親しまれる者たちだ。
一笑に伏さないでくれよ。封神は事実としてあったのだ」
「事実なんですか?単なる中国の古典物語かと・・」
「それが世界の謎を解く鍵なのだ。だが、物語はいつのときも勝者の都合の良いように書かれるのが常ということを考慮すべきだ。
では、もののけ姫の話はどう思うかな?」
「それは、人間に征服されて行く自然界の側の悲哀を語る秀作だと思います」
「それだけか?滅ぼされて行く自然の側に立つ精霊たちをどう思う?」
「人間のエゴは良くないと思います。自然と何とか折り合いをつけていくべきかと思います」
「折り合いをつける?そう考えるのは個人の自由だ。
いかに多くの人々が自然との折り合いをつけた生活をしたいと思っているか。
そう思っても、いつのときも上に立つ者が暴君ならば、どうしようもなかろう。
やがて自然は人為の前に滅ぼされ、生命がロボットに取って代わられても、人々は暴君の言いなりになり続けざるを得ないのだとすれば、どうする?」
「とすると・・あなたが言っている暴君とは、国の為政者というよりも、もっと上の次元の話なんですね?」
「そうだ。上が上ならば、下はまともに影響をこうむる。
封神の時代以降、天界に暴虐がはびこることになった。
神話を読んだことはあるな?
決して善良な話ではなかろう。
妬みあり、戦争あり、人界にあるものは何でもござれだ。
それが人界の矛盾の源にもなっている。
古くから神々や地仙たちは天仙の言いなりになりつづけてきた。
たとえば、男尊女卑とか、カースト制というのを知っているな。その原型は天にある」
「あなたが憂いておられることが何であるか分かったような気がします」
「うむ。さて話をこの場のことに戻そう。
天仙はこの地に娯楽を求めてやってきている。
看板にあった嫁取りというのは、実は名ばかりのものだ。
地仙の女性はみな美しい。
娯楽として、彼女らを手に入れたがっているのだ。
天仙は、宇宙に住むため、性欲はもともとない。
彼らは、陽神という気の塊を育てて子孫にすることができるからな。
だが、娯楽のために、地仙の持つ性欲が味わいたくてここに来るのだ。
特に地球の生き物、とりわけ人間の性交時の快楽には、どこにもない魅力があるらしい。
かつて陽神を育てるために、精の強い者たちの性行為から、気を奪い取る風習があったが、人間よりもなおエッセンスにおいて秀でる地仙の気の濃厚なのに気がついた。
地仙の女のエクスタシーから直接気を採取する術を会得したのだ。
それに加えて、この分野においても、地仙を上回らねば、容赦できないのが彼らだ。
性行為そのものの魅力をも会得しようとするからどうしようもない。
その魅力は、本来それに続く子育ての苦労を担保するための喜びでなくてはならないもの。
人間だからといって、生殖目的以外に快楽のみをむさぼってもいいものではない。
それを可能としているのは、天仙が人間を介して欲望を実現したい陰謀があるからに他ならない。
だから、愛に欠如があるのは当然のこと。
それが分かっていながら、愛の面で決して上回ろうとしないのは、彼らが初めにこの世界に関わった理由でもあるからだ。
そのことは、追い追い分かってくるだろう。
多くの女仙が、天仙たちに連れて行かれ、慰み者にされ、子を孕まされた。
だが、天仙との間に、子供がまともに生まれたためしはない。
すべて不真面目な営みであったために、流産してしまったのだ。
禽獣がする生殖行為ゆえ下等なものと思っていることもあって、思いの世界からして生殖行為は成立していないのだ。
これが人界とは異なる。
ただ快楽のための嗜好品目として、天仙の間には定着してしまった。
気を集める修行だと称してな。
だから、連行される女仙にすれば、たまったものではない。
あの女仙は、龍王の娘だ。
長く地底に暮らしていて知られていなかったが、ついに天仙の目にとまってしまった。
哀れにも、今日がそのまぐあう日と定められている。
今までにも、地仙側から難しそうな条件を出して、何度も回避が図られたが、ことごとく失敗してきた。
今日も新たな条件が出され、ゲームのような按配になるだろう。
結果は、どうなるか分かったものではない。
しかし、そんなことは問題ではない。
ここで何が語られたかをよく憶えておいて、後で書き記してほしいのだ。それが君の役割になる」
「ぼくみたいなものに、憶えておけるかどうか、少し心配です」
「成行を見守れば、憶えられる」
洋一は情景を見ながら、頷いた。
天仙が正装を装着し、事細かなお色直しがすむと、女仙が開始の挨拶をはじめた。
「チュウチャクロウ(天仙)様に見初めていただき、嬉しく存じます。
が、私に恋を寄せる方がもうおひとかたおられます。それがこちらのリョウキョセン(地仙)様です。
私も、どちらも価値ある殿方と思えばこそ、どのような面白き武勇伝をお持ちなのか知り、その優劣で興し入れ先を決めさせていただきたく存じます。
なにせ、これからの長い時を連れ添うのに、交わし合う話が退屈ではつまりませぬから。
では先番をば、まずチュウ様にお願いいたしてもよろしいですか」
「ああ、構わぬとも。しかし、私の武勇伝はいささか多い。
何でも、そなたは話好きであるそうだな。
おそらく、私の話に退屈はすまいとは思うが、では逆に問おう。
そなたは私を満足させるに足るだけの話を持っておるのか?
それができぬようなら、ただ体を使うのみの奉仕を強要されても文句はいえんぞ。ふはははは」
「これは困りました。私は、永く龍宮に閑居し、私自らの武勇伝などは持ち合わせておりません。
しかし、話好きの私を和ませようと、友が神界人界からお越しになり、興味深い話をしてお帰りです。
そのような話をお聞かせいたしましょう」
「そうか。だが、そのような聞きづての話では興も削がれような。私は、そなたの為した話が聞きたいのだ。そうでなくては、実感がこもらんだろう」
そこで、男仙が口を挟む。
「まあ、そのようなことを仰いますな。スー様(女仙)は女の身ですゆえ」
「まあ、いいだろう。私がここに来た理由は、ただスー殿をもらい受けたいだけだ。
もらい受けた後は、私のためになることを専らしてくれれば、それで良い。
私が実感のこもった話を、褥技を介しつつ、そなたにしてやろうではないか。ふはははは。
では、いざ勝負じゃ。いざ語るとしよう」

宇宙連盟の拡大

「私は、現在、地球紀年齢で、10億才を過ぎたことになる。
今でこそ天仙としての位階を拝領しているが、私の功業は主に人界においてであった。
人界における人間として生きた者としては、最も古い部類に属すだろう。
だから、宇宙空間で所狭しと活躍した頃の話をしたいと思う。
私は、人間としての七回目の転生の時に、出世の栄誉を得た。
最高仙・元始天尊様から、勅命をいただいたのだ。
その頃の私は、コーラル星団の牧童長という、宇宙管理の重要な仕事の中堅を担っていた。
私は、その生の初め、宇宙船内の人工受精と試験管培養器で生まれた。
育ったのも宇宙船内であり、遺伝子父母の仕事をそのまま後継ぎしたというわけだ。
こうしたパイオニアとしての誉れある遺伝子を持って私は栄誉ある生をスタートしている。
コーラル星団内の1000以上もの文明星を船で巡回し監視する警備の仕事にあって、法の遵守精神には誰よりも負けず、そのためには多大な犠牲を出したことも少なくはなかった。
そのクールさと律儀なまでの徹底ぶりが、上層部のいい加減な奴らよりも、昇進を早くさせたばかりか、次元を超えた高貴な存在の目にも留まることとなったのだ。
天尊様の勅命は、サターンやチターンという妖怪どもを徹底的に殲滅せよという命令だった。
奴らは、宇宙に巣食った先住意識どもで、我々人類の進出を心から喜ばぬ者たちだった。
この殲滅のために、私はコーラル特殊部隊を統率する何人かの中に異例の昇進で組み入れられた。
まずは、コーラル内部に潜む妖怪どもの掃蕩作戦を展開した。
奴らは、肉体が死んでも魂がまた何に乗り移るや分からなかったから、次元を異にする複数の領域での捕縛作戦を取りつつ、二手三手に分かれて追い詰めて、ことごとく殲滅することに成功した。
私は、その実績と力量を見込まれ、より大きな宇宙に出ることになった。
コーラルを除くどこの領域にも、妖怪はいた。
ところによっては、惑星全体が得体の知れぬものによって蹂躙されている場合もあった。
そうした惑星を次々と解放し、それにともなって我々の息のかかった為政者を送り込み、我々の傘下を広げていったのだ。
力あるところは盟友星として扱い、力のないところは植民星とした。
こうしてできあがっていったのが今の宇宙連盟であり、私はその手柄で第二代目総督に就任した。
私は、十六回までの転生を、天尊様の計らいで、宇宙連盟の拡大に奉げてきた。
十七回目にして総督の地位を得、そこで天尊様から不老不死の妙薬をいただき、不動の
身体を持つチュウチャクロウとなって生まれ変わったのである。
それからは、転生の間の無駄が省かれる分、勢いづいて、領域拡大にもいっそう貢献できた。
そして、弱小文明星団は、懐柔し、言うことを聞かねば戦争で強伏するということを繰り返してきた。
ただ、手強かったのは、もう一つの勢力、宇宙同盟であり、彼らは最初から妖怪の殲滅という理由付けでの侵入を拒否していた。
彼らはむしろ妖怪どもの味方をするぐらいであったから、始末におえない。
天尊様も、ある理由から、同盟への戦争には踏み切られなかった。
そのうち天尊様は、私に強運を維持する仙術と、殺しの罪を消尽する仙術を会得させてくださった。
私は百戦百勝とまで、戦に長けることができ、人界からは戦神と呼ばれるようになった。
次々と教えていただける仙術のお蔭で、自らの霊力も自ずと強まり、ついに天仙のお仲間に入れていただくことができたのである。
そしていま、天尊様は、別のルートから宇宙同盟に働きかけて、宇宙連盟との和解を推進なさり、ついに具体的な和睦が結ばれるに至っている。
そして今日、連合と同盟の間で決まっていることは、次のようなことである。
連合と同盟は、互いに相互不可侵条約を結ぶ。
相互に利害ある未開拓星のある場合は、相互に戦わぬことを前提に、共有し干渉することができる。
相互に利害ある協定星については、その規則に認める限りの干渉や実験を行うことができる。
ここにある地球は協定星の一つである。
妖怪およびそれに準ずる者は、それぞれの規則において罰することを可とするも、凶悪
な場合は特別な領域に繋がねばならない。
等々・・。
こうして、和睦協定によって、宇宙同盟といえども、どうあっても妖怪どもを処罰の対象としなくてはならなくなっている。
つまり、憎き妖怪はそのままでは生きるすべを、全宇宙、全領域から失うことになったのだ。
ところで、この地球は協定第13条にある、特別な領域とされている。
まだしも問題のなかった妖怪たちが、他の星から移動され、ここに降ろされている。
振る舞いにいささか問題のあった人間の魂も、刑期を勤めるため、ここに流されている。
様々な問題を抱えた者たちのるつぼを作り、その中で揺さぶりをかけることにより、角が取れ丸みを帯びるであろうとの大きな計らいだ。
だが、地球はそれほど極悪のものの貯まり場ではない。
妖怪で程度の悪い者や、人間でも凶悪な者はここを離れること地底数億里下った地獄で拷問を受けている。
地獄の刑期は永遠ほどに長く、改心できたとしても、もう人間の境涯にすら戻れまい。
また、神や地仙という位階にある者でも、行い次第では人界に落とされ、人間の辿る苦行を味わうことになる。
そして場合によっては、地獄に赴くこともある。
たとえば、お前たちも知っていようが、国常立は、罪咎のない者を多く罰し、逆に罪根重き者に寛容にしたがゆえに、地獄で永遠の責め苦を受けておる。これは重大な汚職だからだ。
再び出てくることはもはやない。
さらにもう一つ付け加えるなら、妖怪の定義にも、これという決まりはない。
我ら天仙のさじ加減で、そなたたちさえも同様の範疇に含めることは、いつでも可能だ。
だから、決してお上に逆らわぬが幸いというものである。
何か質問はないか?」
そこで、スーは心配そうに聞く。
「宇宙の各所で殲滅された妖怪たちは、今いかがなっているのでしょう?彼らとて、魂ある存在。どこかに生きているのではありませんか?」
「ははあ。それはそうだろうな。奴らとて魂であるから。私はさほど詳しくはないが、呪いの鍵のかかった地底の強力な結界の中に封じられ、絶望という題名のプログラムを享受させられているとか聞いたことがあるが、前線にいつもいた私などは預かり知らぬことだ」
そこで男仙が神妙な顔をして、質問の挙手をした。
「畏れ多くも、分かりました。
ところで、このような話をご存知ありませぬか。
昔から存在した、宇宙の年代を語るような記録物のことです。
私が昔、古老から聞きおよび、関心を寄せておりました。
天仙様ならいかがかと思いまして」
「うーむ。そのような物もあったかな。
だが、お前たちが知っても仕方ないことだ。
願っても手の届くはずのないお前たちにとっては、無用の長物だからな」
女仙がそこで、懇願するような目つきをして、こんなことを言う。
「意地悪ですこと。無用の長物ゆえ、時の徒然にお聞かせ願いたいのです。
我々は、この惑星のいろいろなところを見聞したり、こうした場所で語らい合うだけの暇人ですから、ぜひお願いいたしとう存じます」
「ま、スー殿はこれからわが元に参り、日々新しい仕事をこなしてもらわねばなるまいし、いつまでも暇人というわけにもいかぬゆえ、最後の望みに語ってやってもよいかな。
ふはははは」

不滅の記録板

「我々は、この大宇宙の中心部に、原初の大爆発で生じたと考えられる高密度高純度な鉱物でできた、表面が鏡面のようになった巨大な石板、エルモナイトプレートと名付けられるものを発見した。
そこには、なんと、どんな鉱物を用いても刻めぬはずである硬度にもかかわらず、文字が刻まれていた。
しかも、表面を同一鉱物で覆った内側に刻み込んであったのだ。
それは、表層ばかりでなく、内部に至るまでびっしりと刻みつけられていることを意味していた。
最初に管理することとなった惑星エルモナイトは、長い間その出土の意味が分からずにいた。
だが、宇宙紀700700XXXX年、エルモナイトが私の統括する宇宙連盟に加入した時、その存在が宇宙に知れるところとなった。
どこにも痕跡を残していないはずの大文明が、大過去に存在したというわけだ。
それはおよそ、地球紀年で40億年前以前のことではないかと想像されている。
歴史は長いものだ。
何事かによって滅んで久しく、かなりの空白期をおいて、現在の文明の下地が形成され、ここ十億年ほどのうちに宇宙連盟ができあがったことになる。
いっぽう、その文字に対応する解読用の文字盤、コスモプレートが、ビッグバンの中心部から遠く外れたところで発見された。
発見場所は、宇宙連盟が統括する範囲の外、宇宙同盟の管轄下にあった。
我々は当時、彼らと冷戦状態にあったが、捕虜の情報からそのような物の存在も知れてくることになった。
我々が連合をある程度確立した時、それまでどうでも良かった大過去文明の痕跡を検証
する作業にかかる必要がでてきた。
というのも、我々より進んだものの存在が、たとえ過去の遺物であっても許せなかったし、もし存在したのなら、それより先行する必要があったからだ。
それはそうだろう。
常に最先端を行く、宇宙で最も進んだ勢力が我々でなくては、宇宙の安定性に寄与する我々の存在自体が脅かされないとも限らないからだ。
コスモプレートの発見された場所は、ベテルギウス第21番惑星だった。
そこなら文明が大過去にあってもおかしくはない、均整のとれた生命惑星であり、住む人類も宇宙同盟の中では最優秀クラスであったろう。
我々は、その奪取のために、この惑星を滅ぼすことにした。
同時に、同盟軍に強いダメージを与えることを目論んだのである。
その頃の同盟軍は、位置的に孤立したベテルギウスまで至ることができず、孤軍奮闘の21番惑星はたかだか5宇宙年で三重の異物侵入バリヤーを破られ、水爆の雨あられを受けて、火の球になってしまった。
さらに5宇宙年かけて、周りにいる宇宙空間にさまよう生き残りを掃討したものの、コスモプレートは同盟本部に持ち去られてしまった後だった。
そして、連合と同盟に和解の方向が出てきたことから、互いの利益のためということで、中立ゾーンにこの二つの遺物が運ばれ、解読結果が公平に分配されてきているという次第だ。
まず、その表面だけが読み取られて、その中から、宇宙空間を高速航行できる原理と、技術が導き出された。
宇宙連盟と宇宙同盟の傘下に加わる全文明星にその恩恵は行き渡り、宇宙船に技術化されて、今やどんな遠隔地でも時間を浪費せず行き来できるようになっている。
宇宙のほとんどは二大勢力によって二分されたが、時間の隔たりがなくなった分、二者が互いの歩み寄りを見せ、近いうちに一つにまとまろうとしているわけだ。
しかし、同盟側のコスモプレートの持ち去りに、天尊様がよもや関わっておられようとは思わなかった。
30宇宙年は無駄足だったことになるからな。
だが、天尊様のはかりごとは、そんな小さなことではなかった。
天下を二分する勢力をひとつに纏め上げるために、役割を同盟側にも与えたのだから。
いまそれが着実に実を結びつつある。まさに十億年の大計と言うべきだろう。
我々は、過去に長い不幸な戦争を経験してきた。
しかし、その悲惨な歴史を良い教訓として、宇宙史の新たなページを刻んでいる。
これからは、同胞意識を持って、人類は手を取り合わねばならない。
自由、平等、博愛だ。これがこれからの理想の宇宙作りとなる。
以上、私の話を終えることにしよう。
スーピクリン殿、後ほどよろしく裁定なされませ」
パチパチパチ・・・・とみなの拍手。
女仙は、伏し目がちで、目に涙を潤ませていた。
チュウチャクロウは、女仙が感動したと思った。
「では、次は私の番です。
いささかローカルな話ですが、私の自慢できる話があります。
人界の者なら、多くが知る蘇民将来にまつわる話です。
私はその経緯に深く関与いたしました」


蘇民将来異聞

「むかし、蘇民将来という純粋な心を持ち、誰でも公平に見ることのできる者がおりました。
彼は、人と付き合うに、外見でなく、魂で付き合いをするという人間でした。
彼には妻がおりましたが、同様に魂の付き合いをする人で、私はずいぶんと親切にしてもらったものです。
家は貧しくはあっても、夫婦お互いに称え合い、敬い合って日々を過ごしておりました。
彼らには三人の子供がおり、日々の生活の貧しさに、夫婦は常々心を痛めておりました。
が、それを口に出して愚痴るでもなく、また子供達も家の様子を知ってぐずるでもなく、互いに笑顔を支えにして日々を暮らしておりましたことか。
それでも、人の世は情けなくも哀しいものです。
蘇民将来には巨旦将来という弟がおり、誰もがうらやむ国一番の富豪ときておりました。
身なりや外見は、それこそ世界の一流どころの贅沢品で飾っておりましたが、魂はあるかないほどに腐っておったのです。
ただ、己が利得だけを考え、人と関わるときは利用できるときに限っていたというお粗末な出来損ないでございました。
その頃の者も、その着飾りの裏にある邪悪なものを見通すことができぬほど贅沢品に目を奪われておりましたから、いつもぺこぺこ追従を垂れておりました。
いつでも、私をお金で利用してくださいと。
殺しを生業とするものさえ取り巻きの中にいたほどですから、如何にこの者の悪辣さが計り知れましょう。
さて、蘇民将来のことです。
普通なら、肉親なればこそ、弟は兄の窮状を助けるというのが筋というものではありませんか。
しかし、この巨旦将来は、だれかれ構わず土地の小作料を法外に取り立て、土地を借りていた兄一家の苦労をなおさら重くしておったのです。
そしていよいよその年の飢饉をきっかけとして、蘇民将来一家に命の終わりが訪れようとしておりました。
私は見るに見かね、一計を案じ、人間世を預かるスサノオ様にご出馬を願い出ました。
これではご政道が成り立ちませんと、な。
人間の世界の問題ごとは、この神様の管轄するところとなっておりますから、早速の陳情事となりました。
スサノオ様は、正義感の強いお方ではありましたが、人の世の習いには、過去にした罪の清算という侵しがたい法があることをもって、良しとされておりました。
蘇民将来の一件も、法の適用の結果なれば仕方あるまい、それを曲げてまで事を起こすことはできぬと仰います。
なるほど、蘇民将来一家は、前の世において、それぞれが為政を担当していたことがあり、その時に罪なき人々を過失のうちに殺めていたことが判明しました。
それぞれが、自国を守ろうと正義感に燃えてした行動の結果ではありましたが、たくさんの遺恨の思いがスサノオ様の元に届いていたことも確かだったのです。
そう。蘇民将来一家は、かつてあった戦の罪を償うため、一家全員餓死という刑を甘んじて受けようとしていたのでございます。
何という謙虚なことか。
魂は、そんな悲惨な受刑さえやむを得ぬとするのか。
魂は、下界の悲惨さの極みをそこまで軽んじることができるというのか。
これではいかんと、私は思いました。
神界図書館に行き、魂の履歴を調べてみた結果、蘇民の妻の麗亀と、娘の小蓮に、悲惨な将来がふさわしくない事実を発見しました。
二人に関しては、確かに戦があったとはいえ義戦であり、殺められた相手は悪虐非道の徒だったという事実です。
これを持って再び陳情に上がったのでございます。
すると、スサノオ様は、なおも怪訝そうに、法適用の計算方法に間違いはあるまいがなと仰います。
私は今までの神界における人間界の管理の仕組みに、いくつもほころびのあった事実を指摘しました。
そのつど、見直しが図られ、仕組みがより安定してきたのではありませぬか、と。
すると、スサノオ様は、いかに悪虐の徒とて、人間の魂を持つに変わりなく、今が今ならそれは理にかなった差配の結果。
扱いは法に従い公平でなくてはならない。
悪虐の徒の為したことについては、将来確かな復讐が与えられようから、矛盾は生じないと仰います。
そこで私は、ではこの事実をどうお裁きになるか、と問いました。
蘇民将来は、待ちに待った挙句、今生においてようやく一つの船に愛すべき者同士が寄り集まったことをいたく喜び、この船を最後まで漕ぎ続け、確かな明日の岸辺に着けられないならば、自らの魂を返上するとまで、神に祈っている事実です。
スサノオ様は、冗談だろうといったお顔で、神界が人界に与えた仕組みの輪から抜け出すことはまず不可能だろうと仰る。
しかし、私は、彼自らの魂の最終的な自由意志で、魂を消滅させてほしいと祈っていることをお伝えしたのです。
つまり、魂がする背水の陣といっても過言ではない祈り方です、と。
なに、最終自由意志だと?
スサノオ様はたじろがれました。
それは、この宇宙という永久無限のプログラムからの離脱を意味するものであり、魂たちに与える恩恵と思われていた通念自体が覆されてしまうほどの衝撃だったからです。
なるほど、解脱を図りたいものは困難だがやらせておけ、いずれ脱落してくるほうが多かろうと思われていたが、魂の底からする抵抗には神界といえども抗えぬわけでございます。
それはちょうど、テレビゲームに熱中しているようなものですな。
考えてみれば、はかない時間の娯楽を享受しているようなもの。
それに気づき、ゲームとの対峙が嫌になれば、椅子を立つだけでございます。
それをさせないために、ゲームは日夜面白く工夫されていたはずだったのに。
それは言わば、宇宙存続のポリシーに関わる事態なのでございます。
スサノオ様はこう仰いました。
では、お前の言うように、妻と一人の娘だけは、明日へと命をつないでやろう。
後の三者は、そうはいかんぞ。
不埒なことを祈る蘇民将来は、なおのこと容赦はできぬ、と。
私は答え申し上げました。
はじめてスサノオ様に対してする口答えだったかも知れませんし、あるいはしょっちゅう口答えしすぎて、これほどの言葉でなくては印象が薄かったのかも知れませぬ。
スサノオ様。そうはいきません。
彼らは一つの船に乗っておるのです。
それはあなた様の目でしかとご覧になれば分かるかと存じますが、彼らの船には神界をも魅了する芳香があふれており、いかな神といえども手出しかなわぬはずでございます。
彼らは、もしこの先立ち行かねば、船もろとも宇宙からの離脱を図るに違いありません、と。
スサノオ様は、私を睨みつけ、もしたばかりあらば・・と仰って、慌てて人界へと赴かれました。
そして、まず雲間から、蘇民将来の粗末なあばら家と、その破れた屋根の下で戯れる子供達をご覧じました。
両親はどこかに出ていて居りません。
子供だけを置いてどうした親達かと、スサノオ様はいぶかしげによく見ると、痩せた子供達が不可思議な黄色の芳香に包まれており、魅惑の輝きをしておりました。
その芳香は遠くたなびき、スサノオ様はその匂いの心地よさにつられて移動なさいます。
その先には実り薄い豆畑で働く夫婦の姿がありました。
その黄色の芳香は、ひと連なりになっていたのです。
おお、これはどうしたことだ。
スサノオ様は、荒れた芋畑の収穫の乏しさに驚かれたのではなく、五人の人間の絆の深さ、愛の深さに驚かれたのでございます。
それでも、と眉をひそめられるスサノオ様でしたが、現地踏査をしてみようとて、人の心の機微までも掴むべく、私にどういう出で立ちで行ってみたらよいか問われました。
私は一も二もなく、人の心の深部を見届けるには、最も卑しい身なりをして行ってみてはいかがか、と申し上げました。
そして、前世の良果と言われるものが、今生でどのように作用しているものか、まずは蘇民将来の弟、巨旦将来のところに行って、両者を比較されてはどうかと申し上げました。
スサノオ様は、私が普段着にしておりました臭く汚いぼろをまとい、まずは弟の巨旦将来のもとを訪れられたのです。
その目もあやな巨旦の豪奢な邸宅を見て、ああ、過去世に施し多き者は、このようにもなるよと思し召されました。
それもそのはず、巨旦は直前の過去世において、お金を神社仏閣に寄進し、ひたすら来世の繁栄を祈願していたもので、神々のお憶えも良かったのです。
スサノオ様は、かつて吾が名を呼びながら寄進した巨旦ゆえ、もてなしも十分なろうとお考えでございました。
ところが、邸宅の門衛にまず、お前こんなところに何しに来たと追い払われ、なおも入ろうとすると、大きな丸太でしたたか打たれてしまわれたのです。
わしは、スサノオの神なるぞ。巨旦将来にその旨告げてくれ。
そう仰ると、打たれた傷もけろっと元に戻して、なおも食い下がられました。
何度もそのようなことを繰り返し、さすがに気味が悪くなった手下どもは、中に居る巨旦に事の仔細を告げます。
なに、乞食が来たと?スサノオと名乗っているとな?
いま、隣国の宰相と囲碁の最中だ。ティ(妻の名)よ、見てきてくれ。
なにを。わたしはあなたの召使いじゃありませんよ。
いかに神の名を語っているからといっても、私は無神論者ですから、番頭にやらせなさい。
こんなわけで、番頭が門前に出てきたものの、スサノオ様のなりのあまりのひどさに呆れ返り、いくらかの銭を掴ませて追い返そうとしたのです。
ところが、スサノオ様は、巨旦将来に用があるから来た。今晩一晩泊めてもらえんかと思ってな。と仰います。
だめだ。ああ、臭い。これをやるからどこへなと行けい。
などと押し問答は続きました。
あまりのしつこさに、番頭は入って、おおかた昔の縁者ではありませんかと、巨旦に告げます。
巨旦は、むろん多くの人の世話になってここまで来たことは確かでございました。
しかし、いったんゆるぎない城を構えてしまえば、それはもう過去のこと。
親さえもろくに見ず、最後は人を使い夜陰にまぎれて姥捨て山に打ち捨てさせてきたほどの者でございました。
利益あるものだけが己が付き合いと、あと余命少なとなったこの年においてさえ、自らの行いを省みることがなかったのです。
むろん付き従う妻や子、下男までもあわよくば権勢欲を満たす遺産と地位を狙うもので、少しも気が休まるわけもありません。
それさえも、金に飽かすことで注意を紛らせ、荒くれを誇示することを以って心地良しとするどす黒い気性がこの館に満ちておりました。
それは、スサノオ様ならば見えたであろうに、先入観とは怖いものでございますな。
巨旦は、いったい誰ぞと、天守閣とも思える天辺の窓から遠眼鏡で覗き見ると、見たこともない無精髭の汚い男。
底知れぬ怒りと嫌悪感を抱き、手下の暴力方になにが何でも叩き帰せと命じたのでございます。
七,八人の暴力方に、散々丸太で叩かれ追い返され、さらに裏から妻の差し向けた呪い方が、神をも封じるという塩を庭先に撒くに至って、ついにスサノオ様も引き返さざるをえないこととなりました。
それでも、以前のあれは何だったのかと思いつつ、また、人間はいかに悪でも温情的に見てやるべきのかねての主義から、どうも踏ん切りのつかない境地であられました。
こういうとき、人間の身ならばとうに撲殺され、あの世に往こうついでに見切りをつけてしまわれたでしょうに。
これでは、蘇民将来のもとではどんなだろうかと、私が雲間から覗く空を恨めしげに見上げられましたなあ。
私は、不謹慎でござるが、それ見たことかと、ほくそえんだことでございました。
どうして蘇民は、スサノオ様の、いかに悪でも温情的に見てやるべきという例から漏れたのでしょうか。
それは、人を殺めるということが、最も罪の重いものとする仕組みにあったからでございます。
人が殺されるということは、その者の魂が満たしたい経験を強制的に中座させてしまう行為。
原初の頃に、経験したい者達が集まって下界ができたという、その成立理由に抗う重大な違反行為だったからなのです。
しかし、ここでも動機というものが問われてしかるべきではありませんか。
報復の仕組みが下界にはあるが、それがそのまま適用されるべき場合と、そうでない場合がある。
私は、それをスサノオ様に知ってもらいたかったのでございます。
次にスサノオ様は、いやいやながら蘇民のもとを訪ねられました。
なぜなら、あれほど裕福な巨旦にしてあの暴虐ぶり。
貧しい蘇民においてはいかがと思い測られたし、また御自らも会いたくもない相手であったからです。
家に居たのは子供達ばかり。
何もない中で、いろんな遊び道具を作って、彼らの面白げな御伽の世界で遊んでおりました。
突然現れたスサノオ様に、普通の身なりの者が来たなら、また年貢の取立てがきたかと表情をこわばらせるものを、自分達より身なりのよくない姿に、父上の友達が来たのかと、笑顔で朽ちかけた板間に藁を敷いて招き入れたのでございます。
お前達は子供ゆえ、まだ無邪気なものよ。
心の中でそうは思いもするも、もてなしの菓子一つ、白湯一つない。
親は暗くなっても帰らず、子供らは食べ物を作る風もない。
そういえば、竈らしいものも、囲炉裏らしいものも、風化していてあちこち泥で固め直してある。
どうした。なぜ飯を作らないのかと、スサノオ様は問うてみることにされた。
すると長男から簡単な答え。
もう食べた、という。
いつかと問えば、早朝に七草粥を茶碗に一杯、親子みんなで分け合って食べたという。
そんな馬鹿な話があるか。
大国主には、国を任せるとき、なにを言い付けたかと思い返してみるも、どうも実情が合っておりません。
こんな暮らしに誰がした?
あとで大国主から事情を聞き質そうとも思われました。
やがて暗くなり、子供達も眠気がさし、一人また一人と藁の中に寝ていくうちに、ようやく蘇民とその妻が帰ってきました。
スサノオ様は、真っ暗な中ゆえ知られぬように竈の陰に隠れて様子を伺われます。
息を喘がせながら、いかにも遠い距離を歩いてきたかの様子の二人。
手探りで、床に上がるも、ぎしっと揺れる床をようよう手で押さえて音を立てぬようにする様は、まるで盗人のようでございました。
スサノオ様は、いよいよ怪しく思われました。
二人は息遣いを殺し、子供達が寝ていると思われる辺りに至ると、喘ぎを留めてじっと聞き入る様子。
三人ともに満遍なくそうしたかと思うと、女の影らしいほうが、そっともう一人に囁きました。
『みんな息をしています』
もう一人が男の声で囁きました。
『そうか。今日も無事で良かった』
そう申しますと、ずっしりとした荷物を土間に置き、二人ともに空いた場所を探して、藁の中に転がったのでございます。
これが蘇民将来か。一家みなそろったようだな。
どれ、わしもここで休むとしよう。
そうして翌朝がきました。
まだうす暗い最中に妻が起きました。
そして竈の火をつけようとして、その裏に寝ているスサノオ様を見つけてしまったのでございます。
『ひえーっ!!』と悲鳴。
その声に眠い眼で夫が起きます。
『どうした。麗亀。わっ、これは』
声も大声になります。
子供たちも気付いて、三々五々起きてきます。
スサノオ様はまだお眠りじゃった。
『あ、この人、昨日きたんだよ。お父様のお知り合いでしょ?』
見ればみすぼらしくも、頑丈そうな男。
ところが、蘇民将来はこんなことを申します。
『麗亀。このお方は竈の神様ではあるまいか』
『そうかもしれません。でも、ご飯の支度をせねば』
『待て、麗亀。さぞお疲れのご様子だ。寒いから藁を被せておあげ。我々は、一日くらい食べずとも大丈夫だ』
そう言って、子供たちに干し飯を少し水とともに食べさせると、いつもの時間に畑に出てしまったのです。
その後しばらくして、スサノオ様が目覚めたのは、子供達の笑い声によっでありました。
板間はこれ以上傷めてはいけないので、外で遊んでおるのです。
その声が中まで射した時、スサノオ様は起き上がられました。
ああ、人間の体とは、こうまで疲れっぽいものか。
そう言えば、昨日は何も食べておらんからな。
と、辺りを見回し、すでに日が高くに上っていることに気付かれました。
しまった。この屋の主は、わしにろくに飯も出さず、どこかへ行ってしまったわ。
そう独り言して立ち上がると、バラバラと藁が土の上に流れ落ちました。
なんだ?
生身とはいえ、丈夫なスサノオ様ゆえ、暑さ寒さごときどういうこともありません。
目の前の竈はと見ると、もう冷たくなっております。
釜の蓋をとって見れば、もぬけの空。
おのれ。このわしを起こしもせずたばかりおって。
見るに見かねて、私は、竈の神に化けて、スサノオ様の横に現れ申した。
スサノオ様が、はっと驚かれたので、私はすかさず、『ああ、今日も閑ですなあ』と申し上げました。
『おまえは竈の神ではないか。閑だと?』
『はあ。この家では、日に一回朝だけわしを使ってくれれば良いくらいだが、今朝はお主がここで寝ておったから、またしても閑になったわい。
この家の者は飯もろくにくわんとおるからに、いずれこの家も一人死に二人死にして、いつかはわしのねぐらも朽ち果てて、わしもどこぞ当てを探して引っ越しせねばなるまいかなあ。
恨めしきは、いったいどこのバカ神がこんな政治をしておるんじゃろうかと思うが、田舎者ゆえよう分からんでおる』
スサノオ様は政治を行なうをバカ神と聞き、怒り顔で私を見ておられたが、私が『あんたもどこぞ放浪されて、何も食っておられんのじゃろう?まっことつまらぬ世の中ですなあ』と申せば、にがり顔で仕方なく相槌を打たれてございました。
子供らは、昼前には疲れ果てて外の割れ瓶の水を飲むと家の中に入ってきました。
ところが、一番小さい子供の具合が悪そうじゃった。
そのまま土間にうずくまるなり、動かんようになりました。
他の二人が板間の藁の上に上げて介抱するも、苦しそうにして動きません。
一人がスサノオ様を見て、『おじちゃん、なんとかならんじゃろうか』と言いました。
無言で見つめるスサノオ様。
『小蓮よ。おっとうおっかあを呼び行けるか?』
『うち、行ってくる』
そう言うなり、駆け出していきました。
私は後ろからまた言いました。
『あの子も途中で行き倒れるだろうて。なんせ、子供の足では遠すぎる。
これで今日、二人は死ぬるかのう。この子らの親の嘆き、いかばかりか。
あんた、もしかしたら、疫病神か?』
さすがの頑ななスサノオ様も赤面してしまわれ、しばらく考え込まれると、空を見上げてひとこと唸られた。
『この子の親に知らせてやってくれ』
これは雲間にいる私を呼ばれたおつもりなのでござる。
私は二役を使いこなして、九官鳥になり、雲間から見た方角に進路を取り、やがて豆摘みする二人を見つけました。
そばに行き、上空を旋回して、『小玲、危ない、小蓮、倒れてる』という発声を何度も繰り返しました。
よく通る声に二人は気付きます。
異変を知って、道具をその場に放って、二人して駆け出しました。
そのころスサノオ様は、小玲の脈を取り、帳面上の寿命と照らし合わせておられました。
これがこの子の寿命だから仕方がないと、次の瞬間、私に向かってつぶやかれるかと思いましたが、どういうことか、しばらく子供の苦悩の表情をじっと見つめておられたかと思うと、ふところから薬袋を取り出し、赤い丸薬をひとつまみ、子供の口に含ませました。
『おじさん。それって、薬だね』
『そうだ』
やがて小玲という子は、気持ち良さそうに目を開けました。
『このおじさんが助けてくれたんだぞ、小玲。よかったな』
一時も経って、小蓮を負ぶった両親が家に辿りついたころには、スサノオ様と子供二人の楽しく語らう姿がありました。
このときすでに、スサノオ様は、今朝あったことの一部始終を子供らからお聞きになっておられたのです。
スサノオ様は、不精髭の汚れた顔を振り向かせ、『おお、帰られたか。昨晩は宿に難儀してもぐりこみ、今朝は竈を使えぬようにして申し訳なかった』と詫びられたのです。
『小玲は無事ですか?』と蘇民。
『おじさんが助けてくれたんだよ』
『そうでしたか。なんとお礼を言っていいか。おおかた遊びすぎて血の気が失せたのでしょう。よくあることです』
蘇民はそう簡単に言うものの、強い決意を内に秘めておることは、私には痛いほど分かっておりました。
『みなさん。まだ食事をなさっておられんと聞いたが』
『はは、収穫とて少ない今年です。こんな日は珍しくありません。
しかしお客人、これもなにかの縁、いまから豆を蒸かしましょう。召し上がってください』
こうして、裏に四、五本束ねてあった蓄えの豆をみなゆでて、土器の皿に盛ってスサノオ様の前に供えたのでございます。
子供たちの腹が、それを見てグウと鳴っており申した。
それが聞こえたか、スサノオ様は食べる手を止め、掌をくるくると二、三回まわすと、いともおいしげな饅頭を掌に取り出し、一人一人に与えられました。
子供たちはむさぼるように食べようとするを、母親はゆっくり食べなさいと諭しておりました。
いかにも、ほのぼのとした情景じゃったなあ。
あまりのおいしさに、みな放心状態になっておりました。
『あなたさまは、どなたさまですか。竈の神様なのですか?』
『いや、名乗るほどの者ではない』
スサノオ様は、もう一度帳面を出し、蘇民将来一家の今生の履歴をよくご覧になりました。
独身の蘇民将来では難しかろうと、親の世話を買って出たために、九割がたの相続地を
受けた巨旦将来に対し、一割を受けてなんら不服を言わなかった兄の蘇民将来。
その相続地さえ、巨旦将来が自らの妻に暴虐を奮い、それをかばった蘇民将来に高額で買い取らせたがために、財産のすべてを手放したばかりか、妻ともども小作人として使役される毎日が始まる。
巨旦将来の元妻はその時三人の子を設けていたが、巨旦将来は妾を正妻に据えるべく謀り、妻子もろとも蘇民将来のもとに追いやった。
ところが蘇民将来は、この妻子を千載一遇の縁者と思い、孝養を尽くした。
貧しさの中、この結束あらばこそ、醸す芳香の芳しさが絆の証しと辺りに立ち込めていたのでございました。
ううむ。今生の心根の麗しさに比べこの零落ぶりはあまりに不憫。
だが、法を曲げるにも忍びず、一例に特例を設ければ、他にも及ぼさざるを得ず、ううむ。
そこでスサノオ様は、ひとつ蘇民将来に関し気に入らぬ性根について問い質そうとされました。
『わしには人の心が読めるのだが、おまえには非常に傲慢なところがあると観た』
『私にでしょうか?』
『分からんか?おまえは妻子を確かな明日に生き延びさせることができないならば、自らの魂を返上すると、神に申し立てたな』
『おはずかしながら、そうです』
『なぜそのようなことを思う?』
『私は、遠い遠い過去世の彼方よりこの方、真の家族を求め続けた記憶があり、そんなとき弟から良妻だから買わぬかと下賜されたのが今の妻。
そして連れてきた子供達と日々暮らすうち、言い知れぬ憧憬とともに記憶が蘇えったのでございます。
ところが、生活は困窮し、家族団欒の私の夢が潰え去ろうとするを目前にし、今生で家族をまっとうに養えないならば、もう来るべき輪廻に望みはあるまいと、日頃祈りをささげる神に最後の願をかけたのでございます』
なるほど、別の帳面には、蘇民将来の過去世における幾多の無味乾燥な人生の記録が載っておりました。
魂を分け合ったほどの者との邂逅は、ときおりあったとしてもほんの一瞬。
摂理は無情にも、相会うべき魂同士を引き裂いておったのでございます。
どうしてでありましょうか。それには、理由があったのですが、それはまた別の機会にでもお話しましょう。
そして確かに、この生で初めて、奇遇なほどの邂逅が果たし得ているのでございました。
またそれを維持すべく、神に恥じるまいと、真摯なほどに清廉潔白に生きる家族でございました。
人間とは、かくも哀しい存在だったのか。
これほどまでに摂理に対し畏れを持って生きているのか。
スサノオ様が、はじめて法に依らず、義によって運命を差配すべきと思われた時でした。
その時、雲間から日の光がスサノオ様をいきなり直射しました。
こうした時には、平行して舞われている神話が、この神話と共鳴しあったことを意味しております。
どういう神話と共鳴しあったか、わしはその出先を、日の光を辿って見に行ったほどです。
それは、別の舞台で舞われているスサノオ様からの光でした。
これも、また別の機会にお聞かせいたしましょう。
ところで、神話が共鳴するという効果がどんな現れかたをするのでしょうか。
普通なら緩慢な反省の過程を経て心は変わっていくもの。
神話の共鳴を得たスサノオ様は、いきなり次のように心変わりされたのです。
蘇民将来に比べて、弟の巨旦将来は、過去世の純粋とも言えぬ動機によって寄進した供物で神々の注意を引き、今生における富裕を獲得した。
それを義のために使わず、利得を加算するためにのみ腐心している。
あげくは富を以って魂ある者の売り買いに用いるなど・・言語道断!
その心根の差は、雲泥の差をもって喩えてもまだ余りある。
というよりも、魂が腐っているというしかない。
このような者こそ、真に滅ぶべきではないか。
世に悪法がはびこると吹聴する反発者がいることに腹を立ててはいたが、まさに世に害悪をはびこらせる元凶が今の法であったかも知れぬ。
見直すべきである、と。
こうして、スサノオ様は、ひとつの決心をなさいました。
この国に重篤な疫病を流行らせることを思い立たれたのでございます。
さよう。私が先にいみじくも申したように、疫病神として機能なさったのでございます。
これより先、富に執し人をないがしろにする者には、すみやかな応報がもたらされるべく、法を修正なさったのでございます。
それに伴い、あらゆる応報の手続きが、迅速化したことは紛れもありません。
さて、蘇民将来とその家族には、牛頭天王の護符を与えて、これは我が分身であり、粗末にしない限り疫病から守られるであろうと言い残されて、蘇民将来の家を後にされました。
その一月も経たぬうち、重篤な病が洪水の如く流行り、巨旦将来はじめ後妻、その子孫、使用人、そして同じような豪奢な生活にふけるもののすべてに至るまで、続々と死に絶えたのでございます。
かつての蘇民将来に関しての神話では、スサノオ様はそのまま嫁取りの旅に出てしまわれ、その先で妻神との間に八人の王子を儲けられた帰りに、蘇民将来のもとに立ち寄られ褒賞されたとなっておりましたが、このたび書き換えられております。
何事も、善悪に関することは迅速化しなくてはなりませぬからな。
この国の主客は転倒し、蘇民将来とその子孫は末長く豊かに幸せに暮らすこととなり申した。
それから先、スサノオ様が正義により裁く時代の幕開けとなったと、まあ、こういうくだりでございます」
パチパチパチパチ・・・。
「それはまためでたき良きお話でございます。
私も聞いていて、涙が出ました。
正しき者が憂き目を見る世では、ご政道も成り立ちません。
さて、評価する前に質問がございます。
その疫病とはいかなるものでしょうか?
また、蘇民将来一家はいいとしても、子孫までがどうして助かったのでしょうか?」
「はは、それはでござる。
まず疫病というのは、いま人界で発生している狂牛病のことなのです。
当時の巨旦将来の国では、肉食が盛んでしてな。
巨旦に繋がる者たちは、わざわざ他国から取り寄せてまで、牛肉を愛でて食しておったのでございます。
スサノオ様は、保食の神を誤って殺されました。
その神の亡き骸から生まれたのが、穀類でした。
それを取って、人間界の主食とされたのは、人間界を利益しようとする神々でしたが、誤って事をなされたスサノオ様もその神々の行為には感涙されて喜ばれておったのです。
その穀類摂取の原則を守らぬ者を註罰するのは、何も法の慣習をもってせずとも、神々の裁量とばかり、清めの儀式を、舞台にて特別に舞われたのでございます。
その光が映し世に射し、このような清めの結果が出たわけでございます。
また、蘇民の子孫が無事であったことですが、スサノオ様の護符にかかれていたのは牛
頭天王の図柄でした。
スサノオ様を真に信仰する者なら、まずおそらく牛を食ったりしますまい。
悟りのよい蘇民将来の子孫は、その護符を持ち伝えたばかりか、獣肉一般を口にすることもなかったのです。
獣肉を食うと、屠殺された獣の恨みが撥ね返って、心がすさむのですが、その弊害からも免れたというわけです。
そして、長く心平和な時代を楽しんだとのこと。
さて、スサノオ様といえば、ヤマタノオロチ退治でございますな。
また、蘇民将来の話の続きにもあるよう、スサノオ様の嫁取りの逸話もございます。
この辺、もう少し関連したことを追加させていただくことをご了承願います」
「待て。われら天仙の感覚とはかなりずれておるな。片田舎のあくびの出るような卑しい話はもうたくさんだ。各自一話となっておろう。
追加などといったような違反が許せるわけがない」
「いえ、ヤマタノオロチの顛末がこの話には重要なのです。巨旦将来とは何者であったかが分かりますゆえ。この者の裏には、とんでもない者がいたのでございます」
「だめだ」
「分かりました。では、蘇民将来の話とワンセットになった、スサノオ様の嫁取りの話
をしてもよろしいですか?」
「テーマが異なるから、だめだ」
そこで、スーがさも残念そうなそぶりで仲裁に入る。
「私はいま聞かせてほしい気がいたしますが、無理とあらばしかたありませぬ。
では、さっそくの評価ですが、今までの話を元にしても、リョウキョセン様のほうに面白みがございます。
よって私は、リョウキョセン様のもとにくだりとう存じます。これで水入らずで話の続きが聞けましょうに」
「そうですか。こんなに嬉しいことはありません。ではご一緒していくらでもお話ししましょう」
「まてまて。話のスケールからして、こちらのほうに分があることは確かであろう。面白みなどという評価をする女がいようとは、とんだ食わせ者よのう」
「私は面白い話のできる方でなければついて行けませぬ。
あなたの話には、心が通っておりませぬ。リョウキョセン様の話はとても魅力的。
さらにさらに、幾つもの派生した話もあるもよう。いまあなた様に中断されただけでも、とても残念です。
ここは、続きを聞くためにも、この方のもとに参ろうと存じます」
「お前たち。よもやふたり示し合わせてわしをたばかろうというのではあるまいな。試合のルールを、いきなり変えて良いわけはない」
「いいえ。最近のルールでは、私ども女の側が決めて良いこととなっております。
それというのも、過去の男女不平等を見直そうという全体的な動きからそうなってまいったはず。
これからの一生を送ろうとするに、どうして男の勝手で居場所を決められねばなりませんか。
選択肢が乏しいなら、せめて気心の合う、話しの合うお方と暮らしたいものです」
「どこぞかの愚かな星の民主主義やら自由主義やらをもてはやしているようだな。
そんなものは、我らが作戦的にほんの一時与えた愚民計画ではないか。
厳格な宇宙文明からすれば、物笑いの種。上の命令に下が服従するのは宇宙の鉄則だぞ」
「ここは宇宙ではありませぬ。ここは地球であり、地球の女を得ようとするのに、その愚民計画に則らず、宇宙のルールとやらを適用しようとすることのほうに問題がありましょう」
「この掟破りめが。ああ言えばこう言う。扱いづらい女よのう。
しかし、わしだけがここに無駄足を運んだとなれば、笑い者になってしまう。
では、こうしよう。次の話で決着をつけようではないか。
次の話は、スケールの大小で測ってもらいたい。こうすればお互い不公平はない」
「それでは一番勝負と決めていた約束が反古になるではございませんか」
キョセンのほうが、不満を申し立てる。
「わしは要領を得なかっただけだ。いつのまにか以前からの掟に背いた規則が作られており、てっきり今までどおりと思いこんでいたわしが不覚を取ったのだ。
規約は規約とならば、今度はわしがルールを申し付ける。これでおあいこといこう」
「そんな。いつも約束事を反故にされるのは天仙様・・」
「いいや、こんな馬鹿げた話はない。改めて勝負だ」
「ゲームというものは、規則も含め、進化するものなのです。これではお手つきでしょう」
キョセンも必死の食い下がりを見せている。
喧々囂々とやり取りは続いたが、女仙の提案で落ち着くこととなった。
第二話に決戦をかけるも、第一話を完結して聞いてしまうこと。
また、リョウキョセンは第一話の勝者ゆえ、もしこれが最後としても、思いを遂げさせてやりたいこと。
第二話の勝負の結果をもって、勝者のもとに輿入れをすることなどをである。
「スー様のお覚悟には感服いたします。しかし、私はあなたを失ったら、どう生きていけばいいのか・・」
キョセンはこう言うと、はらはらと泣き出している。
「天仙に対して、当たり前の計らいであろう。しかしどこか愚弄されておるな」
<けっ。兄者たちの話とは、かなり違うではないか。何でわしだけ、こんなに苦労せねばならんのだ。
それもこれもスーが余計な計略を図るからだ。少しでも身が移ろうものなら必ずや淫売女に貶めてやろうものを>
こうして、リョウキョセンの第一話は続くこととなった。

八俣の大蛇

「実はこの巨旦将来の事件は、八俣の大蛇の神話の元になっているのです。
スサノオ様は、毎年のようにやって来て、娘を一人ずつ食っていく大蛇を殺すために、酒だるを大蛇の頭数だけ用意させて、それを飲み酔い伏している隙に、切り殺したという話。
これは、豪奢な生活にふける巨旦一族が、噂を聞いて外国から取り寄せた牛肉を、酒色交えて食し、狂牛病にかかって手足震え汚物まみれになって痙攣する中に死んでいったという事件を元にしておるのです。
それはそれは、巨旦将来、すなわちオロチ一族の末路の凄まじさは、酒泥に酔う如くで、地獄絵図と言うべきものでした。
オロチ退治の武勇伝は、後に多くの故事をその中に織り込んだ神話となりましたが。
オロチは、獣肉を食うだけでなく、人の生き血も好んで飲みました。
人が血と汗して働いて築いた糧を巻き上げ、その者の運命が後々どうなろうと、オロチは関知いたしません。
奴の吐く死肉臭の息が、空を曇らせ、生類の呼吸をし難くし、人々の先を見通す識別力を失わせ、純粋に生きるに必要な糧を、まったく別の価値のありそうもない物の下に置いたのです。
そして多くの者に、それを拝ませるようにさえしてしまいました。
すると人々はその吐き出す毒気に当てられ、夢遊病者のようにそれに従ってしまったのでございます。
この識別力を失わせるものとは、貨幣でございます。
金、銀、銅、木や石でできている、食べれば腹下しするようなものでござったのです。
そしてオロチ一族は、夢遊病者を操ることのできるこれの取り合いゲームに腐心しておりました」
女仙 「それは何か西洋の神話、黙示録の話に似ておりますね。その獣は竜だといい、頭が七つあるとか申しますが、まるでオロチさながらです」
男仙 「ほう、そんな話は知らんでした。
だが、西洋ということであれば、出所は同じでしょう。
ただし、そのまま竜や蛇だと考えると、誤弊があります。竜神様は、根が正しいお方です。
蛇神も性格にピンからきりまでありますが、根は正しい。
さては、あまり異形なもので、聞き知ってはいるものの見たこともない竜に当てつけたものでしょう。
これも、洋の東西では、思想的な下地が違いますからな。
ところで、重要な話がございます。
少し専門的な話になりますが」--と女仙に耳打するリョウキョセン。
しかし、声は天仙を含めみなに届いている。
「オロチ一族は、完全な魂ではなく、半分は魂もどき、生命もどきが宿っておることが分かっているのです。
これも霊的生命の一種なのですが、ガンのように正常組織に取り入り増殖し、創造神の体に致命傷を負わせることを目的にしていることが分かっているのです。
その司令塔の仇名をバモイドオキ・ゾンビといい、オロチの親玉のようなもので、仏の顔はしておりますが、たくさんの触手を持ち、その先には血と心臓が生け贄にされております。
この指令によりオロチどもが動き、正常な霊に取り憑き、しだいに腐らせてしまうのです。
神々の蒼穹下の会議で、これも異形の霊として、あるいは宇宙進歩になくてはならぬ生
命として見なすかどうかで賛否が分かれましたが、ここでも神界太陽の日差しが頭上を照らすや、急転直下、正道に復すべしという結論に至ったのでございます。
ここでも別の神話からの共鳴が加わったというわけですが、昨今あわただしくも神界にさえ改革の手が伸びてこようとしているように思えたことでしょうか。
このようにして、オロチ退治は、宇宙の全系で行なわれても良いこととなりました。
奴らはどこにでも幾分かずつは発見されておりまして、動きが活発になれば、適当な時期に処置せねば、元の生命体を悪くしてしまうのです。
地球上にも過去の時代がありましたが、元の生命体が瀕死になってから手当てを行なったもので、正邪混在のまま大規模な戦争や天変地変によって地上を浄化せねばなりませんでした。
魂の救済措置も、ずいぶんと手荒で、霊水に浮かべて、浮いたものは掬い取るが、それ以外は霊水もろとも汚水漕に送ってしまっていましたから、半死半生の魂などあまた犠牲になりました。
だがそれも、今回からは是正される見通しです。
早期発見、早期治療により、適切な処置が施されるでしょう。
これにより、世の中もっと良くなり、住み易くなります。
魂それ自体の救済も、微に細に入り行なわれることでございましょう。
また、根本的大改革も計画されております」
「良い見通しが立ったということですね。嬉しいではありませぬか。
邪があまたいる状況では、私のような手弱女は外にも出られなかったものですが、これからは安心できるというものですね。とても面白かったです」
「さよう、面白かったでございますか。では」と、耳うちのスタイルから、いきなり男仙は女仙に接吻と頬ずりをし、身をそのまま重ねて行った。
この行為は、再びルールを決めたときの約束事であったから、この場の者の口出すことではない。
それでもチュウチャクロウは、文句を切り出そうと、右手を差し出そうとした。
実はキョセンの話に嘘を見つけていたのである。
が、リョウキョセンのあまりの変わり身の早さにタイミングを失った。
本来なら、こう言って野次るところだった。
「またそのような嘘八百を申すか。神々の蒼穹下の会議だと? わしらを抜きにして、そのような会議が行われたためしなどないわ。
わしらが進めている面白みを出す賭博システムを称してオロチだと?作り話をするな。
わしらがオロチを定義するなら、地仙よ、お前たち妖怪のことだ」
しかし、チュウチャクロウは地仙のするベテランの行為の鮮やかさに圧倒されて、押し黙ってしまった。
男仙の行為に女仙は、辺りの目を憚ることも抗うこともできないでいる。
女仙の軽い唐衣が男仙の巧みな手捌きで一枚一枚と剥ぎ取られ、やがてすべてが剥ぎ取られるや、桃色にうるんだ丸み豊かな柔肌が現れた。
むしろ女仙は、切れ長の目を潤ませて、男仙を信頼のまなざしで見つめている。
それを男仙は軽々と持ち上げ、脱がせた唐衣の敷かれた上に横たわらせた。
裸身となった女仙の雅びで愛らしいこと。
洋一は横にいたはずの方士がどこにもいなかったので、恥ずかしくは思いつつも、この光景に思わず魅入ってしまった。
天仙も同様に見入っている。
男仙は、女仙の傍らに座るや、その肌を満遍なく愛撫し接吻していき、時には舌で舐めまわした。
柔らかい乳房は掴まれるつど盛り上がりを見せたので、男仙はその先にある濃いピンクの飾りを吸いたて、舌でこね回した。
「ああいい・・。あなた・・いい・・ああ」
やがて男仙は衣服をさらりと脱ぎ捨て、褐色の肌を桃色の柔肌に擦り付けていった。
すると、女仙も自ら肌を擦り付けていく。
やがて男仙の巧みな指が、女陰に触れるや、女仙の口から、「ああっ」というかすかな嗚咽が漏れた。
はらはらと女陰から滴る桃汁と甘いかおり。
男仙が指を離せば、糸引く桃汁。
それを男仙は、自らの口で美味しそうに舐め取った。
洋一はひとりでに佇立した股間を押さえ込まざるを得なかった。
天仙の股間も大きく膨張していたが、まだ初心者とみえる。
スーツに仕込まれた本能的情動の扱いを知らないだけに、傍若無人な異様さがある。
洋一、きまりが悪くなり、方士がどこに行ったか眺め回すも、居ない。
よく見ると、性交する男仙の顔かたちが方士に似ていることに気がついた。
黒い眉といかつい不精髭を白髪に置きかえれば、そっくりである。
洋一が、もしかしてと思った瞬間、男仙がこっちを向いて、片目を瞑って寄越した。
ああっと声を漏らし、へたへたと座り込む洋一。
やがて男仙は、笠の大きい如意棒のごとき男根を女陰に当てて、ゆっくり味わうように深みに向けて挿入していった。
「ああーっ。いいですわ。いい・・。もっと、もっと深く・・」
女仙の感度の良さに、加減気味の男仙である。
「スー殿。女陰にばかり心を振り向けては、簡単に往ってしまわれてなりません。
話の続きをお聞かせしますので、も少し心をお解きくだされ。長く楽しめましょうに」
こうして、桃汁に光る男根をゆっくり出入りさせながら、次の話をしだしたのである。
それでも、話の合間に、あふれくる桃汁は行き場を失い、ときおり勢いよく桃尻のほう に、つつっと伝い落ちたが・・。

スサノオと八王子

「スサノオ様は、法を変えることを思い立ち、蘇民のもとを去ってから、かつてご自身が不見識だったゆえになしてきたいくつかの行為を思い出されたのでございます。
保食の神を切り殺したのは、それぞれの立場によって異なる善意の表現への誤解があったゆえのことでした。
禽神は土と関わりますから、どうしても行為が汚く見えるのです。
汚いというのは、人間から見た狭い価値判断に過ぎませぬ。
動物なら、喜んで土とまろぶことでしょう。
とにかく、何事も人間の価値観を優先されましたから、生態系は痛めつけられる結果となったのでございます。
たとえば、神界では大罪と見なされます田埋め、畔うがつ行為は、人間が喜々として得意とするところ。
最近では、神山を削り、土砂を海に埋める行為も、いよいよはなはだしくなっております」
男仙はこのとき、神山を削るごとく、男根を荒々しく膣の盛り上がりに逆らうようにこすりつけ、出し入れした。
すると女仙は、愛らしい高い声で「ああ、ああ、死ぬう」と反応する。
それに対して、なおもパンパンと音を立てて出し入れする激しさである。
「さよう。こんな罪なことをしていれば、いずれ生態系は死ぬのです。
また、吉凶の逆剥ぎの斑駒、人工衛星なども地上に降り注いで参ります。
先日にはついに、平和とか申す天の住居が、青い星となって大音響とともに降ってまいりました。うっうっ、どどーん、と」
男仙は、男根を引き抜くと同時に、白液を先端から女陰を覆う恥毛の上にほとばしらせた。
「これを見て、かつてスサノオ様が予言をお与えになった平和(ホピ)という名の先住部族は、いよいよ時が来たかと、最後の踊りをしめやかに舞いました。
人界のこの踊りをご覧になり、スサノオ様も時至れりの事態をようようお分かりになられたことでございます」
女仙はかけられた白液を愛しそうに掬い取り、口に少し運ぶとともに、自らの胸に擦り込んだ。男仙は傍らに座り、弾んだ息を整えている。
「さてもうひとつ、蘇民将来の旧来の話に出てまいります、竜宮の娘の嫁取りの話しですが、実は次のような次第だったのでございます。
ご存知のように蓬莱島ですが、この歴史には知られざる故事がありました。
豊かな蓬莱島には、人口がたくさんに増えてもなおあまりある自然と、その恵みがありました。
ところが、オロチ族がここにもおり、人間の性向を歪ませていくもので、次第に利得を優先する者がはびこるようになりました。
せっかくすべての者に行き渡る資源も、ごくわずかな者によって差配されるようになり、貧富と不平等が生まれてまいりました。
やがて支配者に、オロチ族が台頭するようになり、すさみ行く一方の国情を嘆いた国王が、この島を守ろうと、普段より崇拝する海洋のシャカラ竜王に祈りました。
シャカラ竜王は、これに応え、一計を案じて大陸に住むアナバダッタ竜王に頼み、大陸の奥地に人が好む財宝を埋設してもらったのでございます。
それをわざと、アナバダッタ竜王は息子を商人に仕立て、蓬莱島にいたらせ、財宝発見のニュースを知れ渡らせました。
これを聞いた利得に目のくらんだ貪欲なオロチたちは、ぞくぞく大陸に向けて船を漕ぎ出し、島から去っていきました。
島には、欲得によらぬ者たちだけが残ることとなったわけです。
この機を見て、島の王は、シャカラ竜王が設けられた三姉妹の二番目の娘で武勇の誉れ高い乙姫様を海神として招きました。
いざのときに乙姫様に大陸との間の海に風浪嵐を湧き起こしてもらい、大陸に渡った者たちを再び帰れなくしてしまったのでございます。
こうして、蓬莱島には昔あった平和が戻りました。
華美さのない、質素でありながら自然を規範として和気藹々とした信頼性ある島民の生活が始まりました。
そんな島に戻り、巨万の富を持ってひと花咲かせようと、船出して帰ろうとした者は多くおりましたが、蓬莱島の入り口にある砂洲に近づくや、乙姫様がその中に乗る者の性向を見抜き、嵐に遭遇させましたので、ほとんど帰り着くことなく、沈没して果ててしまいました。
これを見て怒られたのはスサノオ様です。
大陸における信仰の対象であった関係で、あまたの者が窮状を申し立ててきたからでございます。
もともと人間には温情ぶかく、いかなる欲得の者でも、見るべきものはあるとのお考えでしたから、この乙姫様の行状を咎めねばならないとお考えになりました。
そして、スサノオ様自ら、蓬莱島に近づきます。
神が来たことを見畏んだ乙姫様が、スサノオ様に何用か問いますと、スサノオ様は、大陸に渡った人間たちのことを察してやれと仰います。
乙姫様が、この島が穢れるから断ると申されますと、ならば力ずくでも開門させるぞということになりました。
こうして、二人の神が戦われたのでございます。
乙姫様は、眷族の力を借りて嵐やシケを起こし、追い返そうとされましたが、スサノオ様は草薙の剣で応戦。
草薙は、騒ぎものを凪がせるための剣ですから、嵐やシケは通用しなくなりました。
地上戦となり、互いに剣で打ち合ううち、やはり女の身、乙姫様はずたずたに斬られてしまいました。
しかし、血まみれの乙姫様の衣装が断ち切られ、太腿があらわになったとき、スサノオ様はとどめを刺すことをやめられたのでございます。
謹厳な神といえども、女神の色気にはかなわないようです。
そして、砂洲の関守に、この女を介抱してやれと言い残して、大陸へ戻って行かれたのでございます」
それに合わせるかのように、女仙は、わざと身体に掛けていた衣の裾をはだけて両太腿
のふくよかな重なりを顕わにすると、男仙はちらりと見やって、女仙の股間に節くれた手を伸ばした。
重なりはわずかに開き、手を招き入れるかのようである。ついに衣に隠れた秘密の場所に届いたか、喘ぎ声と共に女仙の表情はみやびに崩れた。
「しかし、蓬莱島は、理想状態を維持できなくなりました。
その後、この島は国の中が荒廃し、地球上に正しい者がいなくなった窮状をシャカラ竜王が見るに見かねて眷族を集めて地殻変動を起こし、島の大部分を海中に沈め、その一部を竜宮となしたのでございます。
その代わりに現れたのが日本列島で、蓬莱島の在りし日の特徴を反映して地形が作られ、蓬莱島の意志はこの島に受け継がれることとなりました。
また蓬莱島の残存部は、竜宮と対をなして残り、人界の者の目には見えない空中にあり、
今なお神仙を集わせて、地上の行く末を案じておるのです」
男仙は、左手を女仙の肩にかけて衣の上からまるで女体を案じるかのように擦るも、右
手は小刻みに股間で揺れており、女仙は「あっあっ、うっうっ」という喘ぎ声を出し続けた。
「結局、スサノオ様のなされたことは、良かったものかどうか。人界の水準の低下ゆえ、理想世界は再び構築されることがなくなったのでございます。
さて、話をはじめに戻しましょう。
蘇民将来の件で、人間性というものに誤解があったことを素直に認められたスサノオ様は、あのとき斬った乙姫様のことを申し訳なく思われ、刀傷で嫁にも行けずに困っていようかと推測されて、竜宮に嫁取りに行かれたのでございます」
女仙の返し技か、女仙の手が男仙の股間に入り、いちもつを取り出した。
それに応えて、どんどん大きくなる見事ないちもつ。女仙はそれを口にくわえるも、やや収めにくそうに咽る。
しかし、男仙はお構いなしに話を続ける。
「ところが、乙姫様には、すでに恋人がおりました。
確かに乙姫様は、傷を多数負ったもので、神仙界には求めてくれようとする婿に恵まれませんでした。
このため、変化(へんげ)の効く人界に婿を求められ、海で漁をする浦の嶋子なる者を手に入れられたのです。
これを婿に定め、竜宮で二人は蜜月のときを過ごされておりました」
男仙は、女仙を案ずるように股間から顔を離させ、唇に接吻をしながら女仙の片足を抱え上げると、露わになった下の口に見事なものをあてがい、ゆっくりと上体を沈めていった。
またも「ああっ」と女仙の呻き声がする。その女仙の耳元に囁くように話す男仙である。
「ところが、スサノオ様がやってこられると聞き、かつての戦いを決して忘れたわけではないため、乙姫様は恐がられて、浦嶋と二人して竜宮を離れ、蓬莱島に身を隠されたのです。
浦嶋は鶴となり、乙姫様は亀となって姿をくらまされたのです。鶴亀の故事はこうして生まれました」
男仙はわざと両腕で鶴のはばたく格好を何度もして見せる。そのたびに揺れる上体。女
仙は下で亀が水面を泳ぐごとく腰を振る。そして、「ああっ、ああっ」と。
「さて、竜宮に入られたスサノオ様の前には、乙姫様と顔かたちのよく似た三姉妹の三女ハリナメ様がたまたまおられました。
その美しさに引かれ、スサノオ様は、このお方と結婚されたのです。
そして、竜宮の居心地になじむこと百年。その間に、精力的に八人の王子を儲け、その後、妻子ともども大陸へと帰られたのでございます」
女仙は声を殺して絶頂の表情をしている。
そこに、ウッと声を漏らして、汗だくになった男仙がゆっくりといちもつを抜き取ると、
またも白液が女陰から尾を引いた。

モビルスーツのしかけ

こうして行為は双方とも恍惚の表情にいたって終わったのであった。
男仙は、心地よい疲れに、仰向けになって目を瞑った。
洋一の興奮冷めやらぬ中、女仙のほうは恥じらいを見せつつ唐衣のうえで、まだ身悶え
していて、ときおりびくんびくんと痙攣している。
それはもう、お色気そのものであり、洋一は知らず漏れ出たもので下着を湿らせていた。
いっぽうチュウチャクロウは、あのモビルスーツに初めから天仙衆の要望で強化されるに至った催淫機能のあることに気付くことなく、理性も絶え絶えに欲情していた。
それは洋一の比ではない。
乱れた御髪を掻き揚げた女仙は、前よりも目の輝きに積極性を見せているかのようであった。
「乙姫様もハリナメ様も、お盛んでおよろしいこと。キョセン様。まだ時はさほど経ておりませぬ。今度は私が上になりますゆえ、しかとお受けとめ下さいませ」
「さようでござるか。なかなか精力がおありですな。あなたがそう仰るなら」
男仙は下になって仰向けに横たわり、ほどなく見事な男根を佇立させて、女仙がその上
に腰を降ろしてくるのを待った。
天仙は、まったく意に介されていない様子にひどく立腹した。
そのため、モビルスーツに流れる体液が頭と下半身に分裂してしまい、胴体部に力が出ず、声も出せなくなり、その場で倒れてしまった。
天仙は、スーツの中でもがいたが、己が本能的肉欲と連結されているため、思うに任せない。
しかし、倒れたせいでようやく声が出た。
「た、たばかりおって。お前たち、わしを放っておいて、どうなるか分かっておろうな」
気がついた二人は、騎上位の身悶えの行為を止めて、どうなさいましたと近付いた。
「この出来損ないのスーツを何とかせよ」
男仙は、その様を見て叫ぶように言った。
「チュウ様。あなたは精を漏らされましたな?」
「ん?精?知らぬ。知らんぞ」
「このスーツは、女と交わるときのために作られたもの。
もし、ひとりで精を漏らされたならば、スーツの中に体液が漏れ、それは糊の作用を引き起こし・・ついには・・」
モビルスーツの仕様について聞き及んでいたチュウチャクロウは、慌てた。
「すぐに剥ぎ取ってくれ」
男仙は、スーツを引き剥がそうと、天仙の皮膚に手をかけるも、真皮と表皮の間に糊がたまっていて、ゴムのように流動的に引っ張られてきてしまう。
「取ろうにも、スーツが糊で張り付いていますから、どうにも外せません。方法としては、スー殿の女陰にこれを差し込めば、体液が外に流れ出し、収まりがつくのですが」
「わしのためになんとかせい!スー」
「私はいやでございます。それにこんな大量の糊のごとき精をほとに受けてはたまりませぬ。
いったい、この企ては何でございます?私を何だとお思いなの?キョセン!信じられない!!」
「すみません。事前に精とやらを多くせよとの天仙様側からのご注文があり、このスーツを新たに開発したのです。
それに、スー殿。勝算なら私のほうにあると確信しておりましたもので・・」
「殿方というのは、いつも下劣!たとえ思いやりを見せていたとて、何か余計を企んでおりまする。キョセンとて同じ。呆れ果てまする。嫌いじゃ。嫌いじゃ」
「天仙であるわしを敬えぬというか。なんとかせい!スー」
「あなた様は、まだ勝たれたわけではありませぬ。目下の勝者であるキョセンにさえ、今はわが身を与えとうない。とにかく、男という男は嫌いです。
しかし、取り決めがあるから仕方なしに・・殿方の欲に刈られた取り引きの中で生きる私のせめてもの選択は・・それでも、キョセン・・あなたであることが憎うございます」
半泣き顔をし、そうは言いながらも、仕方がないという表情で、女仙は男仙の首に腕を回し、再び唐衣の褥の上に誘った。
男仙は申し訳なさそうに、褥に倒れこんでいった。
「ううむ。嫌い嫌いと言いながら、何事ぞ。地仙の女という奴は訳がわからぬ。おのれ。
このままで、済むと思うなよ」
「これも最後かもしれませぬゆえ、名残に・・」
「そうならば、私も・・」
二人は意に介する様子がない。
そればかりか、さあお客様に見せて差し上げようと、女仙の背後からいちもつの差し込まれた股間を、天仙の間近にさらし、男仙の抱擁の繰り返しに、何度も何度も女仙は上り詰めた。
この辺は、なるほど仙人である。いかに快楽をほしいままにしても、疲れ切ってしまうことのなさを感じさせた。
いや、もしかすると、これを最後の餞とばかり、互いの身体を覚え込もうとしているのかもしれなかったが、洋一にはどうもわざとらしく思えた。
行為の繰り返しを見てはならぬと思いながらも見悶える天仙。
スーツの特性により、精は続々漏れ出して、スーツの中で本身を覆っていった。
洋一はまだしも人間である。
いちど事がすむと、人事を回復しており、ただ挑発的な光景に身震いするのであった。
<天仙は二人に呪いの言葉を浴びせているし、後々大丈夫なんだろうか。方士さん。も
ういいかげんにしたら?>
そう洋一が思ったとき、思いが通じたかのように、男仙と女仙は行為を止めた。
女仙は、とても満足した頬の色と表情で、唐衣をそそくさと着た。
そして、乱れた豊かな髪の毛を頭の後ろに束ねた。
少しも天仙を怖がっているようには見えない。
むしろ、洋一の観覧のほうを意識しているふうで、否が応でも主賓客として招かれていることを意識せざるを得ない洋一である。
「では、試合続行でございます。第二話と参りましょう。チュウ様。お先になさいますか?」
「おのれ。たばかりおって。今すぐ解き放たねば、もはやこの地球を火の海にしてくれよう。地仙という地仙を皆殺しにしてやる」
女仙はその言葉に呼応して急に表情を引き締めた。
「えっ。それは困りました。それがあなた様の第二話ですか?未来話というわけですね。
そのスケールの大きさは、計るすべもありませぬ。恐らく、あなた様の勝ちになりましょう。
なんとなら、魂の絶命は宇宙をも凌駕するからです。
この世を楽しむためには、どうあっても、あなた様のもとに嫁がねばなりませんか?
リョウ様。これを凌ぐお話はできませぬか?私は困ります。怖いです。どうか、リョウ様」
「うーむ。魂はこの宇宙を観測する要でござる。
それを失っては、先ほど蘇民将来の場合でお話ししたように、この宇宙という時空がなくなるに等しい。
そうすれば、ただの”空”が観測されるばかり。至福の海が広がるばかりです。
そうなれば、このような局限されたタイプの悦楽はもう満喫できなくなり、残念です」
「仕方ありませんね。至福の中でお互いを確認しあいましょうか」
「ばか者!わしを小ばかにしておるのか?誰が至福など味合わせるか。
わしをこのままにしておくなら、兄者たちが異変を察してすぐにやってこよう。
お前たちは、地獄の一番最下層で、拷問にかけてやる。
地獄の責め苦を永劫だ。今すぐ放せば、少しは刑を加減してやってもよいぞ」
それを聞いて女仙も男仙も、目を丸くして表情を明るくした。
「え?チュウ様。その程度の話にレベルダウンさせてもよろしいのですか?リョウ様。
これなら勝てませぬか?」
「おやおや、チュウ様。あなた様の勝ちになるかと思っておりましたのに。
ならば、私のほうが規模の上で勝ってしまいますぞ。なんなら、今から私の第二話をお
話しいたいたしましょうか」
「その程度だ?レベルダウン?このわしを愚弄するか。もうこんなゲームは必要ない!直ちに取りやめろ」
「天仙様の申し出によって作られた最初のルールからすると、取りやめるわけには参りませぬ。ギブアップされて、この試合に敗北を認められるなら、それも仕方ありませんが」
「なにおーっ。連戦連勝で名をはせたこのわしが負けを認めるはずがなかろう。お前たちの理不尽な策略に引っかかったはわしの不覚」
「戦場で不覚を取れば、死があるのみではないでしょうか。それがこの合戦場では、生きてなお恨みつらみを申されようとは。潔くありませんな。
敗北がお分かりにならないのですか?
ならば、私のする話を最後までお聞きになり、どうしてあなたが負けになるか悟っていただきましょう」
天仙は、地仙たちの底が見えなくなって、ただ権威をまくし立てるしか方法がなくなった。
「お前たち。これは拉致監禁にあたる行為だ。天仙に対してなした罪は甚大だぞ。これは戦争になるぞ。そうだ、戦争だ」
「これはえらいことになりましたな。命を取り合わぬための話し合戦が、負けだとなれば武力で強伏しようとなさる。
では、こういたしましょう。拉致でも監禁でもない証拠に、あなた様のご兄弟にも臨席していただきましょう。
いつでもご兄弟の保護下にあるとなれば、ご納得もいきましょう」
「なに?それはまことか?」
「もちろんでござる。ここで行われるフェアーな試合を隠しておくこともありますまい。
天仙様のみならず、ここでいま試合の行われていることを知る者は多くおります。
すべての者に集っていただきましょう」
「うーん、しかし何とも醜態。だが、このままでは手も足も出ぬ。とにかく、兄弟を呼んでくれ。他の者はいらぬ。とにかく兄弟を呼べ」
「ご兄弟を呼ばれるなら、ご加勢されることは必定。フェアーにするためには、公開さ
せていただきます」
「公開したとて、お前たちに加勢するものなど、どこにもおるまいよ。それにしても、この姿では、立場上あまりにも不利。この出来損ないのスーツを取り去らねば話が進まん」
「それには、スーツを切るしかありませぬが、それをするとあなた様の本身に傷がつく恐れがあります。なにぶんにも、あの部分を中心に、ぴったりくっついてしまっておりますからな」
「ううむ。方法はないのか」
「いえ、設計上それはないことはないのですが・・」
「なるほど。分かった。スー。やはりだめか?」
「私は、およそ武将らしからぬあなた様が大嫌いです」
「おのれー!生かしてはおかぬ」
「まあ、待ってください。女性ならば、誰でもよろしいわけですから、応援をお頼みになればよろしいかと・・」
「キョセン!!また、あなたという人は!」
「ええい。とにかく、兄者らを呼べ」
「分かりました。では公開の場といたしましょう」
男仙がパチッと指を鳴らすと、そこに無数の雀や鳩や烏が空を暗くするほどに集まってきた。
「みなに言う。ここで行われている神話嫁取り合戦の場を、公開の場とすることを天仙様はじめ、諸天に伝えなさい。ふるって観覧に集まられよ、とな」
チュンチュン、グルルル・・、ガアー
けたたましい鳥たちの鳴き声がやがて遠のいていった。
「では、公開分からは、お互い第二話から始めることにいたしましょう。あなた様はすでに予告なさったことを、みなの前でお話しください」
「待て。お前はまるで勝算あるかのような物言いをしおったが、どういうことだ」
「それは話が始まってからのお楽しみでございます。今から手の内を明かすわけにはまいりませぬ」
「くっ。おのれぃ」
女仙は、愛想を尽かしたといった表情で、「お色直しをしてきます」とその場を去った。
「チュウ様。そのままの体制では話をするに良くありませぬ。起立なさってください」
「手を貸せ」
男仙は、チュウチャクロウを立ち上がらせ、岩組みの盛り上がった部分で支えるように座らせた。
ぶよぶよとした肥満体は、体液の滞りを物語っていた。
なによりも異様なのは、あの部分がなおも突起したままでいることだった。
しかし、本人はこのスーツの特性と思い、また地球に不慣れなこともあって、異様さに気づいていない。
やがて、空を飛び、あるいは麓から歩きながら三々五々諸天たちが集まってきた。
まず、やってきたのは、近隣の地仙や神々であった。
「キョセン殿。まだ勝負はついていないのですか?」
「スー様は大丈夫なのか?」
「あれが天仙様か。肥満体だなあ。何だあの突起は」
「発情してなさるんだ」
「あんな大きなのでは、スー様が可哀相だ」
みな、騒がしくしている。
「みなさん。まだ決着はついておりません。これから神話対決は、第二幕になります。
これ如何で、勝負が決します。みなさんに、その成行を見届けていただきたいのです」
諸天も数を増し、山腹に居れぬ者は空中に浮かんだりもしていて、人目につかずとも、もしこのとき撮影家がこの山に向けてビデオカメラを向けて撮っていれば、スカイフィッシュばかりか、丸や四角の透けたUFOや光の軌跡が無数に映ったことであろう。
それだけで、あたりは霧雲に覆われたようになっていた。
そうするうち、やや遅れて天仙たちがやってきた。
5個の黄色味を帯びたUFOが、なだらかな山めがけてゆっくりと降りてきたのである。
「道を空けろ」
「どけどけ」
「つまらぬ試合を公開しおって、チュウのやつ、まったく何をしておるのだ」
黄色いほのかな光に包まれた領域に降り立った。
「またえらい数の神仙が集まったものだな」
「どうなったのだ?」
「ああ、天仙様。試合は第二幕になるらしいです。第一幕では、勝負がつかなかったとか」
「ああ、分かった。どれチュウはどこだ?」
見れば、石舞台に三つの人影。
ひとつはお色直しして薄青色の羽衣を着用して現れた天女のようなスー。もうひとつは、質素な仙人服を着たキョセン。
そして、もうひとつ、不恰好に肥満した男がいた。
「チュウ!お前か?」
「ぶっ。何だその格好は」
「おお、兄者、助けてくれい。こやつら、わしをたばかりおるんじゃ」
「なんでこんな格好になった?」
男仙が恭しく一礼をして言う。
「このスーツ、皆様方の意見を容れ開発いたしましたが、欠陥があるもようです。
チュウ様がこれをご着用された後で、お独りで精をお漏らしになり、スーツの内部にたくさん漏れ出てしまったのです」
「なに?だから初心者は困るんだ」
「チュウは、はやる心で出かけたものなあ。女と交わる前からそうか。俗にいう早漏というやつだな。ははは」
「待ってくれ、兄者。こいつらが精の漏れ出るようわざと仕組んだんだ」
「なにい。それは本当か?」
「それはございませぬ。もしよろしければ、事成りの玉をお使いになってください」
天仙のひとりが、事成りの玉を出し、みなともに凝視している。
この玉は、過去にあった出来事を余すことなく再現して見せる、いわゆる記録フィルム再生機のような作用をする。
それも速度が自由にできる優れものである。
「おお、これは美しい。またみごとな腰の使いよう」
「おう、そこをもう少し遅くしろ」
「いままでの中では、最高の女だな。チュウごときにはもったいない」
「うーむ、ここが挑発的行為と捉えられても仕方ない」
「いいや、この程度ならいまどき映倫通過ものよ。それよりわしが奪いたいぐらいだ」
チュウたちの行為に何があったかよりも、別のことに関心の向く天仙たちであった。
しばらく時がたち、諸天もいよいよ集まり終えたころ、再現も終わり、天仙の中でここでは最も兄貴分の者が言った。
「あまりにも露骨な挑発行為があったと考えられる。だが、チュウのような未熟仙では、このような恥さらしなことも起きてしまいかねない。
よって、わしがこの勝負を受けて立つことにする。この勝者が、スーピクリンをもらい受けることができるということにしてもらおう」
「兄者。それはないぞ」
「この恥さらしめ!」
「しかしそれでは、ルールがどんどん変わってまいります。どうか、チュウ様を主体になさってください。そして、あなた様が補佐なされてはいかがでしょうか」
「うーむ。それもよかろう。(にやりと顔を見合わせる天仙兄弟)スー。裁定に主観を加えるでないぞ」
「今度は話のスケールの大小にて決めるものゆえ、私の主観が入るすべがありません。
その判断は、公開の場にゆだねたいと存じます。
私も恋人の最後の記憶をこの身体に刻み込み、忘れることはありますまい。戦場に立つ
女として、もう覚悟はできております」
「よかろう」
そのとき六番目の発光体がやってきて、天仙と化した。兄弟のようである。
「兄者。親方様も、現在の執務を終えた時点で、ここに来られるそうです」
「なに?親方様が?また、いらぬことを。つまらぬ事をしおってとお叱りを受けることになる」
「それがです。親方様の直感で、このたびは出向こうということになったとか。何かあるのかもしれません。重々注意して試合をしてください」
「なに!?・・うーむ。しかし、なにかと口うるさい親方様だからな」
「以前は見てみぬ振りしてくれていたようだが、今回これだけ諸天を集めてしまったなら大事になるかもしれんぞ。当事者以外を引きとらせるようにしてはどうか」
「そうもいかん。見ろ。始まってしまった」
やがて第二幕の試合の挨拶が始まった。
女仙が試合の開始を宣言する。
「第一試合は、引き分けになりました。このため、第二試合を行います。話の規模により、私の輿入れ先が決まります。どうか、私の成行を祝福くださいませ」
どよめきが起きたのは、引き分けになったという話のときだった。
事情を知るための事成りの玉は、諸天でも上位の者なら持っていたから、第一試合にキョセンが勝ったことは歴然としていた。
しかし、表立って言い出す者はいない。
みな天仙が怖いからである。
さて、このとき洋一はいったいどうなっていたのか。
人間界から来た洋一は、逆に神仙たちの目に触れていない。
というより、神仙の関心が、いまここで行われる試合に振り向けられていて、それどころではないという感じであった。
だから、この傍をアベックが通ろうが、車が横切っていこうが、異質の次元の話なのであった。
たまに、この上にある神社にお参りにきた人があると、呼ばれたことに感応して、ここの祭神つまり、スサノオ神やクシナダヒメ、オオナムチの分霊神が出向くという具合であったが、今日のところはこの場にくぎ付けで、おざなりになっていた。
洋一は、特別の役割で、この二つの次元をじっと目撃しているのである。
しかし、洋一も放心状態のように光景を見ているわけであるから、ときおり「すわ×× 中毒患者か」と気色悪げに通る人もあったに違いないが、そんなことはどうでも良い洋一だった。