新神話 第三章

第三章  天地仙真相開顕

 

原初世界創生神話

「では、チュウ様からお話しをなさいますか?」
「うむ。それでは・・」
頭目の兄貴分がそこで割り込むように指図する。
「待て。そんなふうにして一回目は手の内を読まれたのであろうが。後攻にしろ。後攻 だ」
チュウチャクロウは、膨らんだ頭で、ああ、と頷く。
「一回目は、わしのほうが先にした。今度はリョウキョセンから先にさせろ」
「分かりました。では、私のほうからいたしましょう。まずは、この世界の始まりからの物語です」

玉 (如意宝珠) から始まる世界創造

キョセンは恭しく観衆に一礼すると、話し始めた。
チュウは、天仙兄弟の頭目に、小声でなにか要求した模様である。
頭目は頷いて、二人の弟分に指示して、使いに遣った。
「あれはいつのことでありましたか。
最も初め、玉御津の間無勝間というところに、ひとつの玉がありました。
玉はそれ自体、完全を中に包含し、全知全能でした。
この宇宙ばかりか、有目的的に創られた宇宙が、何億何兆と索引するに足るだけの知恵
を内包しておりました。
あるとき、我々に測るすべのない時間の中で、玉は霊妙な自らを内省しようとしました。
そのために、玉は最初の眠りについて、夢を見たのです。
夢の中で、玉は自らの意志に従い、自らを精査するための霊妙な仕組みを自らの中に創りました。
霊妙な仕組みは精巧であり、内包する全知を紐解くに矛盾はありませんでした。
そして、玉の意志は、自らを精査すべく観測を始めたのです。
意志は透き通った完き玉を反映し、純粋な透き通った光だけの霊妙世界を自らの心の面に作り出し、ここで第二の夢を見ました。
すると、霊妙世界の地表に、透き通った純粋形象の世界、さらにその外郭に、原色でできた純粋形質世界が出来上がりました。
霊妙世界、形象世界は、なにもないように見えて、そこに憩えば、全世界の純粋な観測要素が感得できました。
それは精髄的至福と呼ばれます。
意志は観測のうちに、それを甘露の蜜を浴びる如く享受し満ち足りました。
そこで意志は第三の眠りにつき、多様化の夢を見ました。
甘露の蜜を養分として、観測の根を世界のありとあらゆる部分に、ちょうど毛細血管が張り巡らされる如く、また根毛が土の果てまで伸びるが如く、知恵の土壌に至らせてゆきました。
根の行く先々には、観測の赴こうとする道筋に従い、全知の面を覆う表土をあたかも毛
糸の玉を解くが如く開展しました。
観測根のいちいちは、はじめ赤子そのもので自我を持ちませんでした。
すべて根の先から見聞きしたとおりに、もとの意志に伝えました。
そのうち、たくましく機能を充実するにつれ、観測された成果を加工する機能を持つようになり、それが自我となりました。
こうして高度な観測処理の成果が、元の意志に伝えられるようになり、元の意志は、精髄的至福(法身)だけでなく、全知の観測から得られる真理(化身)や、まだしも純粋叡智の開展が生ずる果報(報身)をも受け取るようになりました。
こうして観測系の充実が先立つとともに、全知も開展するようになったのです。
おのおのの世界には観測拠点ごとに宇宙が生まれました。
大宇宙あり、小宇宙あり。非常にたくさんの宇宙。
その宇宙の中にも、階層構造的に小宇宙が、多段階に分化形成されていきました。
その課程にはすべて、夢見という観測の深化微細化課程が関わりました。
とにかく初めは純粋英知を栄養として、形成される観測網も純粋であり、開展される英知も観測成果も、おのずとすべて純粋で、開展により生ずるいかなるストーリーも幸福なものでした。
ところが、玉に元より内在した英知によるものでしょうか、観測に揺らぎが生じはじめます。
それは意志に揺らぎを生ぜしめ、宇宙に多様性と、多様な観測成果を求めるようになりました。
玉の中に多くのシャボン玉の如き玉が色とりどりに分化していきました。
観測拠点も色づけと偏向性が出てきます。
観測される中には多くの非純粋な英知が見られるようになりました。
さて、名づけられることさえふさわしいわけではありませんが、元の意志の名を、大梵といいます。
人格化した表現を大梵天といいます。純粋な時は常に、大梵の中で営まれています。
しかし、夢の深部つまり分枝分節のうちでは、退行と不純が営まれるようになり、ストーリーに不幸が生じるようになりました。
個々の観測根節の中においてもそうなり、観測成果に不純が混在するようになりました」

キョセンがそこまで話す間、天仙の弟分が、こんなことをささやいていた。
「兄貴。わしらが支配するこの宇宙以外にも何億何兆と宇宙があるなどと言っておるが、こんなことで規模のほどを裁定されてはかなわんぞ」
「ふははははは。愚にもつかぬ作り話を真にうけるな。
そんな場合は、本当のことかどうかを証明する義務を課してやれば良い。
誰も外の宇宙など覗いたこともなければ、科学的に存在が確かめられたわけでもない。
鎖国しているからだというそしりがあるかも知れぬが、それを知るのは天仙のみ。
どうして地球にのみ閉じ篭もる地仙ごときが知り得よう。証拠の出しようのないことなのだ。
挙証の義務がまっとうできぬなら、無効にしてしまうこともできるというのがルール。
以前にも思い余って大洞を吹いた地仙がいたが、お伽噺をしたに過ぎぬことが分かって、神聖な合戦の場を汚した咎で封殺されたことを憶えていよう。
こやつも二の舞いぞ。言わせておけ」
「そうか、そんなところか」
キョセンは話に夢中である。

世界の重濁と宇宙戦争

「揺らぎを求める観測意志は、非純粋英知を索引してその中に夢見し、非純粋な観測体勢をとるようになりました。
ところが、観測成果が次第に歪曲加工された結果、成果やアラームとしての反作用などの情報伝達が遅延するようになったのです。
ちょうど光といえども、複雑な構造体の中を通るときには、見かけ上速度が遅延するようなものです。
観測成果やアラームは、直ちに次の英知を観測するための体勢造りにフィードバックされていたものでしたが、サイクルがしだいに遅延することとなりました。
すると、法則の適用が速やかであれば事の良否が自ずと判別できたものも、遅れが出るために反省と理解がし難くなりました。
こうして、遅延の度合が進むに従い、理解がほど遠くなり、無明が漂うようになったのです。
これを示した神話が、不純な動機によって作られました。
宇宙を創生した梵天は、自ら儲けた子供の弁才天の成長した姿に一目ぼれし欲情し、自らの妻にしてしまった。
この掟破りの矛盾を背負った世界が生まれるに至り、この世界に無明が充満したと。原罪は、梵天と弁天に発していると。
ある方面では同情的に、真に愛する者同士が、生まれてくるサイクルを異にしたことによる悲劇と呼びました。
しかし、この説を信じたものたちは、梵天を誹謗し、創造神の座を更迭しようと謀りました。
まだこの時点では、極性の陰陽二極の相互作用で現象が展開するという掟はありません
でしたから、この神話は、かなり後で梵天の権威を貶めるために作られたものであることが分かります。
確かに今の世は、何事もこの遅延した状況にあり、その中で神も人もこの幻影に苦しみ惑わされております。
打開できぬ状況下、悲劇からの学びをむしろ貴重なものとする観測体制へと移行していきました。
様々な要素の遅延的な現れは、反作用に猶予を自ずと与え、事態の把握を困難にし、対処を複雑化しました。
謎は深まっただけ迷信がはびこるようになりましたし、多少知る者は猶予の期間中に作れるだけの負債を作り、一度に返済するというあらっぽい手段をとるようにもなりました。
その逆もあります。作れるだけの債権を作り、一度に望むべき効果を得ようとする手段をとることもあります。
こうして、世に波の高低差が生じる面白みが生じ、そこから生じる学びの成果がもてはやされるようになりました。
そうするうち、一部の観測根節が同じ意図を持つ者同士組織を作り、より深化した新しい学びの領域を開拓していこうと諮りあったのです。
企画を実現するための実験炉宇宙が作られました。
それが、神話界、神界、霊界、幽界、人界のもととなった原型世界です。
この中で構成されるべき要素が定まり、そこに陰陽の二極が展開原理として採り入れられたのです。
実験炉宇宙開始に至るまでにも、戦いがありました。
実験炉が開始された後々まで尾を引く、大きな戦いとなりました。
世界最初の長い戦いです。
その経緯は次のようでした。
ある程度専門的に得意を持っていた観測根節は、新しい学びに必要な観測機能を互いに補完し合わなくてはなりません。
まず実験炉を取り巻く極近の者すべての参加が必要でした。
この試みは、およそ一般の観測根節からすれば異端的な試みでした。
純粋英知だけを望むおおかたの立場からすれば、歪曲された観測成果を喜び、わざと作る立場というのは異端であり忌み嫌われるべきものでした。
それを圧し切ろうとする限り、実験炉というタマゴ宇宙を、外部から見られないように周囲から取り巻く根網のようでなくてはなりません。
このため、新しい組織作りの過程で、観測根節同士の戦いがありました。
また、上位の根節と下位の根節の間でも戦いがありました。
その長い長い過程は、中国において封神演義という題で物語化されています。
まず、この戦いでは、実験炉推進派がしだいに勝利していきます。
こうして、推進派によってタマゴの外部を外から見られないよう塗り固めた上で、隠蔽実験が開始されたのです。
しかし、純粋英知がもとにならない限り、アラームの反作用は必ず来ます。
ただ、どれほど猶予され遅延して現れるかの違いにすぎません。
多様な要素ごとにその現れは違いましたから、その発現は精密な計算による予測が必要でした。
実際に計算予測は行われましたが、反作用を解消するための解決法はなく、この実験炉の内部では、反作用の猶予を前提とした急速な生長、反作用の効果による老化破綻、すなわち生老病死の過程が万象に必在することとなったのです。
すべての生命に寿命ができました。
文明に永続性はなく、必ず破綻することになりました。
急進した文明は、破綻も早いことになります。
堅固な星々にも命に限りがあります。強力に燃える星は短命です。
呼応するように神々にも比較的長いとはいえ寿命ができ、いつかは燃え尽きる星の如く、晩年には離別せねばならぬ哀しみを漂わせました。
これらすべて、純粋英知に拠らぬことによる反作用に起因しているのです。
しかし、悠久の時を刻む純粋英知の至福とは違い、極めて短時間のうちに加工された観測成果を幾多輩出することとなりました。
その成果は、ことに組織上部の喜びの糧となりました。
上位観測根節は、下位末端の観測根節が現場から伝えるニュースを心待ちにしたのです。
極めて異常な観測成果は、大梵に伝えることがためらわれたため、この組織内部で消尽の手続きがとられました。
しかし、反作用までが消尽するわけではありません。
問題の反作用、発現の時期を猶予しコントロールしようという方向に向かいます。
いくばくか後、万魂に相似的に内在する”玉”に対抗して、魔法の”杖”が、” 玉”の如意力を利用して作られ、その呪力によって、元々の自然の節理を曲げてしまおうとさえしたのです。
茫漠たる識域下に圧し込める記憶の忘却、圧し込められた成果情報のストックと焼却が奇妙な呪術によって執り行われました。
それに伴なう反作用のストックによる一時的回避と遅延措置もこれによって進めます。
しかし、ストックされた反作用は強くなるばかり。
いつかくるカタストロフを覚悟でこなすことが、この組織の命題となり、不完全をあたかも完全であるかのように見せかけなくてはならない秘密主義が生まれました。
実験炉の中では、文明の興亡、生命の興亡が悲惨さを増しても容認されるようになり、強くなる反作用を受けて、よりダイナミックかつ過激に興亡が繰り返されることとなりました。
さて、数ある隠蔽の中からまともなアウトプットとして大梵に返されたのは、精選された学びの成果だけでした。
譬えて言うと、いまスー様が蘇民将来の話を聞いて心の琴線をふるわせ涙したとします。
その時、心の奥底で生じている観測成果が大梵に返されるのみで、大梵はそれを受け取っていたく喜びます。
それは擾乱で篩い分けられた高度なものであるため、純粋英知とはまた違った良さがありましたから、大梵のいたく喜ぶ様を見た実権炉の為政者たちは、これさえ提出しておけば、大梵の口出しは回避できるという、どこぞの国の不心得官僚のごとき考えを持つに至ったのです。
ところが、大梵天はそんな間抜けなものではありません。
あらゆる観測の火花の中に、大梵天は潜んでおります。
隠蔽する観測根節群の行為と観測の中にも潜んでおります。
なぜなら、大梵天は観測のエネルギーを賦活する根源原理であるからです。
そのことに組織は気付かず、大梵天がなにも言わないことをいいことに、許されたものと思って勝手し放題を続けておりました。
あるいは、大梵天を放任主義者、無抵抗主義者と思っておりました。
こうして、梵天を責任者とする先のような原罪神話さえ作られたのです。
この神話のため、神界の梵天は世界の隅に蟄居しています。
実験炉では、さらに邪悪な競争原理が投入され、猶予の範囲内で、目的への到達距離を競い合うようになりました。
戦争、競争、簒奪、不公平、文明の加速。あらゆる邪悪な実験要素が投入されました。
邪悪を乗り越えた珠玉の成果が上がってくる中で、ぼうぼうたる怒り、悲しみ、恨みが成果としてストックされ、反発のエネルギーを体制維持の力に昇華するという高度な呪術さえも執り行われ、システムに安堵を与えるよう計らわれました。
しかし、仮の安堵であることは紛れもありません。
反作用の蓄積は巨大化するばかり。
梵天は、いずれこの組織全体に及ぶであろう必然的な反作用の爆発を見越しておりました。
その時期に合わせるように、この実験炉の中に特命を帯びた分身を送り込んでいたのです」
この話の間にも、チュウチャクロウは、身体の不具合を訴え、すぐ上の兄貴分が、傍らにいる女神に命令口調で従うよう口説いたもので、小さな騒ぎになっていた。
「ばか者。もうしばらく、待たんか。今しがた、妾たちを呼びにやっているではないか」と頭目の声がしている。
任意の兄貴分の妾を連れ戻ってくることになっているのである。
むろん妾たちは、みな地仙であり、スーピクリンの姉妹も多数いた。
半分、意識はそっちにあったものの、幾分かキョセンの話しを聞いている兄弟もいて、こんなことを言っている。
「何だか、ずいぶんとかけ離れた話をしているが、本当のことなんだろうか兄者」
「わけが分からん。それだけにほら見ろ。周りの連中も、ボケーっとしていて、分からんふうだろう。つまり、所詮大きな事を申しても、不可知なものは不可知。ここの誰も裁定できるものではない」
むろん、分からぬものもいたにはいたが、あまりの啓発に茫然自失の感動を催しているものも少なくなかった。
会場の空全体、心に秘めたどよめきが、さながら風のうなりのように聞こえていた。
キョセンの話はなおも続いている。

封神演義真義

「当初の実験炉宇宙は、まだしも純粋な動機に基づいて運営されておりました。
様々な要素を展開原理とする舞台設定がなされ、そこに点火がなされますと、陰陽の二極性で展開する宇宙が、タマゴから爆発し創造されていきました。
そもそも梵の全系から見れば、観測根節によって囲いに囲ったそれはあたかも白い繭のごときでありました。
取り巻く観測網のその中で、一つの歴史が始まりました。宇宙のビッグバンと言われるものです。
まずそこに生まれたのは、最も純粋英知に近く作りあがった形質世界でした。
初めの宇宙に乱れはなく、あらゆる次元や階層をひとつの空間に包含し、互いの侵食もなく、ただ広がり行く中で、生命を営ませる大地が生まれたのです。
そこは、以後あらゆる命育むべき惑星の原型であるところの大地でした。芽生えた命は、精霊と呼ばれる一団。
その管理の元、より下位の命が互いを競い合うことなく、公平な恩恵浴者として誕生して参りました。
やがてそれが、ありとあらゆる惑星に平等に、ちょうどオリジナルをコピーするように移植されていきました。
命を育むべき惑星は、多少の要素の違いを反映しつつも、どの惑星においても観測者は平和で喜びに満ちていました。
まさに、神界、霊界、幽界、現界として分かれる前の原型世界がこれです。
生命の黄金時代ともいいました。
植物がより行動範囲を広げるべく、様々な次元的展開を見せ、昆虫や動物へと転進していきました。
彼らにも管理者である精霊の見守りと啓発があり、なんの問題もなく平和でした。
命の輝きと喜びを、どの階層にある命もが享受したのです。
人間の原型も現れ、高度な精霊により指導啓発され、その他の命と協調し合い、非常に長寿で幸せでした。
知恵のある人間とはいえ、作られる文明の度も、自然を基本にした謙虚なものでした。
それであって、霊妙次元、物質次元の物理の究極が理解され、応用もされておりました。
要は霊性が純粋であったのです。
その頃、生命の指導にあたった精霊たちが、上位から中位にあたる観測根節であり、彼らが後の禽仙と呼ばれた者たちです。
彼らは宇宙の星々の配置から、生命の種の管理にいたるまで、幅広く知恵と力を尽くしました。
彼らをまとめていたのが、精霊の王にして統率者であるオオクロヌシ(クロノス)でした。
また、水中の生物は、オオクロヌシの弟オオシオヌシ(オーケアノス)が管理しておりました。
オオクロヌシは初期の組織作りに賛同した一員でした。
宇宙全体の基盤整備ができてしばらく経った頃、組織から実験が第二段階に入ったことを伝える指令が入りました。
人間に、より高度な活動を始めさせたいというものでした。
オオクロヌシは計画を知り、愕然とします。
というのも、築き上げられた生態系を、かなりの度合いで侵害する計画の内容であったからです。
オオクロヌシは、生態系の見事なまでの調和を乱したくありません。
あらゆる惑星で、どんなに困難とみられた条件でも、生命活動が芽生え、適応を見せている仕組みの見事さ。
いちいちの生態系がそこだけでクローズして十分に発展していける見事さも賞賛に値するものでした。
加えて驚異的なのは、万象必在の反作用による老病死の問題に、トータル的に勝利できるシステムだったこと。
生命は、どこででも繁茂します。たとえ宇宙が滅んでも、生命が作り上げた骨格だけは生き残るだろうとさえ囁かれていました。
それを愛でて客観的に評価できる者として、人間が作られる予定であるはずでした。
当時の人間は、長いタームで見聞きし、行動したことの英知を豊富に蓄えていました。
霊的能力は別として、神仙に匹敵するほどの知識者であったのです。
その人間に、オオクロヌシは自然の妙を愛でて賛美する以上の機能を持たせたくはありません。
しかし、組織は、新たな機能を付加し実験するというのです。
その事態も時を待たずなされることとなり、頑迷に反対し抵抗する精霊族も、しだいに懐柔されていきます。
たとえば、水陸の自然を管理していたオオシオヌシ配下の龍族に対して、思想的な糧を与えて暴れなくしました。
その辺は、九世戸文殊縁起物語などに語られておりますので、スー様にはまたお話しできればと存じます。
あるいは戦いも神話次元で行われましたが、物質次元では、宇宙に擾乱を生じさせて、星雲同士互いに衝突させ合うようなランダムな局面にさえなりました。
その混乱の最中に、戦争や悲惨、残虐などの悪徳が入り込むこととなりました。
実験の次段階に際し、人間の改良にあたったのが、組織の側の科学者たちであり、後に人仙と呼ばれる上位観測根節でした。
古い知恵を持った人間も精霊に準じて保守的であるため、仙人に格上げして彼らの居場所の安堵をいったん図り、新たな新参者を人間として多数導入します。
保守的な仙人は群れずに独尊を喜ぶため、地上に生起することに関心を示さぬ間に、いろんなことが行われました。
新たな人間には、種として管理しやすく機能させるため、まず寿命を短縮し、短期間に向上を促す発展への欲望の力や、組織に属することによって安堵する性質などを与えました。
こうして人間は常に向上心を持つも、群れて生活することを望むように本能づけされたのです。
また、精霊たちが管理して育てている生物たちを利用することや、鉱物を加工して、自らの生活に役立てることを教えました。
そのうち人間は、短期間に応用力を身につけ、あちこちの惑星で農業や工業を起こしました。
ところが、生態系に異変が生じます。
人間の生産するものが、生態系に悪影響を及ぼしはじめます。
精霊たちはこの問題をオオクロヌシに陳情します。
オオクロヌシはこれらの問題を組織の会議にかけますが、しだいに一蹴されるようになりました。
精霊たちの反乱があちこちで見られるようになると、オオクロヌシも立ちあがり、作り上げた生態系をつぶすことすら考えるようになります。
人仙たちの横暴に対抗するために。
戦乱の状態となり、オオクロヌシと精霊たちは、自然界の摂理を使って天災を起こし、新参の人間の文明に戦いを挑みました。
むろん禽仙にも、人間に好意的な者がいます。
人仙にも、今のオオクロヌシの自然に好意する者がいます。
実験炉を運営する首脳会議も喧々囂々と紛糾し、収まり難くなりました。
こうして、会議の席だけではどうにもならず、現場のほうでテロや戦争が起きるようになったため、組織において隠然たる力を持つ人仙側の元始天尊が、数多いる組織の上位陣の頭数を減らし、少数で独裁支配できる体制を確立すべく、禽仙たちの暗殺命令を人仙たちに対して出したのです。
これが神話・封神演義によって知られる原始戦争の背景です。
それは、中国にある同伝に頼っていただければよろしいかと存じますが、様々な部分において勝者の論理が働いており、歪曲されております。
それは宇宙空間から惑星、その地底海底に至るまでをも舞台にして行なわれた宇宙大戦争でした。
超科学兵器や自然科学兵器が、各仙の得意とするに従い、意のままに編み出され、止めど無く使われました。
この戦いにおいて、せっかく創られた宇宙の基盤を失いたくない禽仙たちは、効果の満足いく兵器を繰り出せません。
こうして、不死であるはずの仙人のうち、九割五分が死に、人仙側が勝利。
宇宙においては、星雲ほどもある星の数が破壊されました。
この地球を含む太陽系においても、禽仙とその配下が立て篭もる惑星ティアマトが、遊星マルドゥクをぶつけられて崩壊しました。
破壊の能力に優勢を誇った人仙側が勝利し、禽仙のすべてと人仙の多くが死んだことになります。
そうして生き残った元始天尊を含む人仙で、後の采配が奮われることとなりました。
ところが、死んだと言っても観測根節、観測が途絶えるわけではありません。
つまり、霊魂は不滅というわけで、周囲から条件付けをされた形であっても観測は続きます。
このため、元始天尊はとてつもない方法を執行しました。
死んで意識をいったん失った彼らの意識断裂の隙を狙って、まったく予期せぬ新しいプ
ログラムに直面させますと、過去の記憶を失その時点からの記憶に取って代わられてしまいます。
これが封神処理といわれるものです。
封神とは、彼らを神として封じ、仙界の下に設けた神界に住まわせ、もっぱら人界の管理をさせようとするシステムです。
戦犯者や敗者に対するにしては非常に厚遇な処置であると思われましたが、これが曲者でした。
神界からは仙界は隔絶され、瞥見できません。こうして、上位の為政に口出しできなくなったのです。
同様に、このとき五界が形成され、下位は上位の界に関われなくなったのです。
より下位には、重篤な戦犯を幽閉する地獄界も作られました。
人間にも、封神の方法が恒常的に採られることになりました。
人間が転生するつど、過去世の記憶を失うというのはこれによります。
人々が忘却の川があるのではないかと噂したシステム。
霊魂は潜在意識の底に過去の記憶を宿すも、新たなプログラムに直面するたびにそれを見失うのです。
神々や諸天は、そのほとんどがかつて仙でしたが、いまその記憶は失われております。
さて、ところが、あることをきっかけに、神々すらもコントロールされる存在にされてしまいました。
驚くべきことに、人界の人間によって作られた神話によって神々をコントロールしてしまおうとしたのです。
つまり、神界が人界を管理するのはむろんですが、人界から神界を管理することも、神話を通じてなら可能とされるシステムです。
その仕組み構築のきっかけは、この地球において発生しました。
よって、ことさらその傾向は、地球において強いのです。
さて、それは次のような経緯です。
最初に地球神界を取りまとめた神が、あまりにも正義感が強く、神界も人界も、不道徳的なことがいっさい許されない状況に置かれたからです。
取りまとめの神の名は、天照国照国常立神。
有能な人仙から出た優秀な神であり、まとめ役の神としては当然の抜擢のされ方でした。
神界の役人の汚職を厳しく断罪し、紛争事には文書化された法律ではなく、ものの道理と正義をもって裁かれ、地球神界の魂のレベルからの浄化に寄与されたのでした。
それは人界にも反映し、正しい者には正しい政治が約束された公平な良い時代となりました。
しかし、断罪された神の中には、人仙出自の者が多く占め、これでは新しい幾多の試みの遂行が難しくなるとのことで、元始天尊をはじめとする天仙たちの不興をかってしまったのです。
仙界からは、魂のない刺客が神界に送られてきました。仙界からは宮殿の側近たちの素行がことごとく見えていたので、心やましい者をそそのかすために刺客が近づきました。
同類の側近たちは、悪事露見の前に暗殺を計画します。
そして宮廷会議の数日前、警護も手薄になったときを見計らって、暗殺が実行されたのです。
ただ、側近たちは国常立神を恐れて手が出せずにいました。それを見て、魂のない者が複数で国常立神を取り囲み、斬殺したのです。
それは、今まで付き従ってきたはずの側近たちの手で行われました。
妻の豊雲野と共に、一室で斬殺。
両方の神とも、手足、胴体、頭がバラバラに斬り分けられました。
そしてそれぞれバラバラの方角に持ち去られました。
これでも霊魂までもが死ぬわけではありません。
またも洗脳プログラムのビジョンに直面させる方法で呪詛封印を施され、両神の魂をそれぞれ引き離すようにして、北東と南西の方角に持ち去ったのです。
両神には、二人の子供がおりました。兄神と妹神です。
偽の国常立神が罪状を認めて、神界から追放になったという芝居が打たれた後、兄神が一時期、後を継いで地球神界を束ねます。が、やはり天仙に気に入られず、地下牢の一室に繋がれ、国常立神の力の秘密を聞き出そうとする天仙の命を受けたゾンビが、すさまじいリンチの末殺してしまいました。
このゾンビの名はバイオモドキ。魂を授けられておらず、すなわち観測根節ではなく、ただ精神行為を同等に行うために、魔法の杖の力を授けられていたのです。
彼らは生命ではなく、いわゆる生命もどきというわけです。
いっぽう、妹神は、忠実な人仙出自の大臣神に誰からの干渉も受けないように、計らわれました。
しかし、妹神は優秀な巫女の役割を持っていましたから、より上位の天仙の神懸かりによる侵入に対しては、まったくの無防備でした。
大臣神は、巫女として天仙の神託を聞くことに専念することにより、危難が回避されると考えたのですが、逆に節度を省みなくなった天仙の陵辱するに任せる結果となってしまったのです。
彼女は天仙の娼婦になっていたため、殺されはしませんでしたが、葡萄児を孕んでは流産するということを繰り返し、病み伏しがちになりました。
少し病態が良くなったそんなある日、外部から侵入した賊の青年神と出会い、真の恋にようやく目覚め、二人して魂の自由意志を行使して、闇に向かおうとする神界を去り、さ迷った末、梵の全系へと辿りついたのです。
この話は、一万劫物語として、人界次元に焼き直されて書かれています。
さて、地球神界は、兄神の妻である人仙出自のオオヒルメによって束ねられることとなりました。
この神は、天仙とクーデターした側近たちの傀儡でした。
政策の急な変化に、神々は訝りましたが、危害の加わることを怖れて、それで善しとしたのです。
以後、いったんオオヒルメの弟、スサノオによって天下奪取が図られましたが鎮圧され、オオヒルメの子孫によって代襲されるようになりました。天下の乱れた原因は、スサノオに帰せられてしまいました。
そんな中に、訳を知る禽仙出自の神々の手で、どこに真の国常立神が葬られたかが捜索されました。
ようやく分かった場所が神仙界蓬莱島の北東、位相神話的には日本列島の北東に位置する芦別岳の地中というものでした。
そこには、天仙の呪詛による重い要石が置かれ、よしんばそれが動いたとしても、魂レベルで胴と足が切断されて、動くに動けないという具合でした。
洗脳ビジョンにより、魂は錯乱させられておりましたから、復活は絶望的でした。
国常立神がそれほど徹底的に封じられたのも、人仙のときに周りから怖れられていたからです。
国常立神は人仙の頃においては、比類なき力を持つ北辰太帝であり、元始天尊すらもその力には恐れをなしていたのです。
ただ、正義感が非常に強かったために、人仙が禽仙に対して使う狡猾な手段と圧倒的戦力に我慢ならず、命が潰えないことを知っていた彼は、必死で戦う禽仙に対してフェアーな場を提供すべく、わざと討たれてやったのです。
本来なら、元始天尊と共に天仙の位階に残っていてもおかしくない方でした。
そうであれば、もっと良好な世が実現していたかもしれません。
いっぽう豊雲野神は、蓬莱島の南西、位相神話的に日本列島南西の喜界が島の地底深くに封印されていることが分かりました。
しかし、天仙は捜索にあたった神々のそのような挙動を見逃しません。
これら禽仙出自の神々やそれに従った人間を、神界に対して良からぬたくらみをしているとのかどで、人界の最下層に流刑してしまいました。
彼らはP国やA’国の下層民として、いまだにひどい差別や戦時下の環境に輪廻し、地獄の苦しみを味わい続けています。
しかし、根に不信感がある限り、いくらでも神々は不満を昂じさせてしまいます。
そこで天仙の取った施策が、神話によって神々を縛り付ける方法だったのです。
神界の舞台で、神々は職務として神話に沿った舞い踊りを披露せねばなりません。
その舞の効果がやがて時を幾ばくか経て、人界に及びます。
神によって舞われた神話は、言霊界の龍神たちの起こすバイブレーションに運ばれ、あやかしこね錦織の里で時空の織り糸にデザインされ、眷属の幡織り女たちによって時空の錦として織り上げられ、河下に流され具体化するのです。
それは一面、人界を指導する重要な仕事のようでしたが、神々は忙しくなれば、意識を改革に振り向けることができなくなります。
また、仙界の意向や方針は、腹心の神を取りまとめの神に抜擢し、スケジュールの大枠与え、神界全体をもコントロールしてしまおうとしました。
腹心の神々を天つ神として封じ、禽仙出自の神々を国つ神として封じ、神話構造上のランク付けをしたのです。
ランク付けのあらましは、世界各地の神話に取り上げられております。
ティターン神族とオリンポス神族、国つ神と天つ神、などです。
こうして、禽仙でなる国つ神たちは職務上、天つ神に逆らえなくなりました。
神話は、直接仙界からくるものは少なく、人界から生産されています。
人間の想像力はあまりに豊か。その神話生産力には驚くほどのものがあります。
これにより、神々はいっそう舞い踊りに忙しくなり、舞うべきテーマの食い違いに、間違いも発生するという具合。
この矛盾した現状に、文句する者や、過去の記憶を取り戻す者がときおり現れていますが、” 監視の目”という名の憲兵隊が、神界、人界の随所に配置されており、神の位階を剥奪して人界に送ったり、新たな使命や神話を割り当てたりの賞罰判断の場に関わっていますから、反抗も容易ではありません。
神界は有名無実となっているのではありません。
人界から頼る者があれば、神がその者を守護することを行ないます。
しかし、神話で大枠が定められている以上、世の中の改変に至るまでにはならないのです。
監視の目は、神話が忠実に舞われているかどうかにさえ、向けられているからです。
神話が舞われるに従い、人間界のほうにもその効果が出てきます。
が、それは必ずしも、神が望んで行なわれているとは限りません。
ただ、神は役者として舞いを忠実に舞われている。そういうわけです」
この話の最中に、すでにどよめきが沸き起こり、次第にその規模を大きくしていた。
しかし、怒号やヤジに変わるということはなかった。
キョセンの話によって、封神時の記憶が呼び覚まされた神々も多くいたもののようだったが、監視の目を恐れて、ひそひそ話をするに終始したのである。
洋一には、頭上に不安定な稲光と、神仙たちの不安な表情が見て取れた。
一つの勢力としては、いま語っているキョセンの言葉を真実と受け取り、天仙に対して内心怒っている者たち。
また一つは、キョセンの言葉を、天仙様への不遜と抗議する者たちがいた。
その間の考えにある者や、このままでは大変な事態になると頭を抱える者などで、この山の周辺から半径百キロくらいは、不安定な嵐のようになっていた。
気象庁は、たまたま大気の不安定が招いた一過性の気象現象と報じてはいたが、真実はかくのごとくであった。
せっかくほころんだ桜の花は、早々に地上を散り染めていた。
そのとき天仙の兄弟の頭目ソンポウロウは、大声でなじった。
「たばかりを申すな!!
国常立神が殺されただと。では神代七世はどうするのだ。神界に呪いをかけるつもりか。
神が別のものによってコントロールを受けているだと。神にはそれなりに自由がある。
たかが人間の作った神話で自由が束縛されているというようなこともない。
神が舞いを舞うのは、それが職分だからだ。
こやつ、これ以上たばかりを申すと、この場で手打ちにしてくれる」
それを言い終わらぬ内に、女仙が言葉を差し挟んだ。
「お待ちください。私はいままで、たくさんの姉妹神が、天仙様の生贄にされてきたことを存じております。
今また私が、強引に同じ憂き目に遭おうとしている時に、どうしてあなた様の言葉のほうを信じることができましょう。
この私も、何者かが作った神話に従い、この場に臨んでおります。
そして、その神話如何によっては、私も生贄にされてしまう運命なのです。
この神話は、誰が作りました?
それは、ここに語るリョウキョセン様ではありませぬ。
人界にいる人間です。
その者は、神界にいる私たちのことを知りつつ、神話を作っているのです。
むろん、これはそうした一例。
あまた人界で製造される神話が、私どもの行動を縛っており、多くの神々がこうして憂き身をやつしております。
が、私は、このたびの人間には期待しております。
いずれ先のない私には、この者の善意ある筆先の運びだけが頼りなのですから」
あらゆるところから、同情のすすり泣きが聞こえた。
そして、地上は雨となった。
「なにっ!!くっ、ばかばかしい!」
「非論理的だ」
「非科学的だ」
「では、続きを申し上げます。人間についてもそうです。かつてあった宇宙戦争。
その最中に荷担した人間たちは、そのどちらについたかによって、魂の行き先が決められたのです。
人仙の側についた者たちは、その処遇が人界での暮らしにおいて厚遇されました。
禽仙についた者たちは、階級制のある境遇に生まれ、立場の上で冷遇されました。
これが、人界の諸相における不公平の元となっています。
人界においても天国地獄の差のある所以です。
遅発する反作用の法則が幾分かその傾向を縮めるものとして作用しておりますが、依然上位がした初期呪詛の作用は残っているのです。
その作用が顕著であったのが地球。
地球は国常立神の更迭の後、受刑者の主たる流刑先に決められたため、必然的に人仙についた者の数が少なく、禽仙についた者が多くなっております。
このため、地球は目下懲らしめの場。調教するための代用監獄として機能しています。
特に地球の人間は寿命が維持できず、転生のつどかつての記憶をなくし、魂に刻まれる英知は、遅々としてはかばかしくなく、因果応報のシステムは実際の反作用の法則を模してはいるものの、反作用の遅延を目的とした計算に基づくため、適用が不明瞭で、魂は理解に困苦しています。
このため様々な要因をだしにした不公平や不合理、戦争や無理解がはびこり、悪趣尽きぬこととなっております。
改善が日々尽くされても、次々に投入されるトラブルメーカーによって、世情は一進一退。
少し間違えば、すぐさま戦乱の渦中に突入するのが地球の世情。
それでも、ここから立ち昇る涙ぐましい観測成果の数々は、上位の神々のみならず、実験系外の大梵にも伝えられております。
見咎められぬを良いことに、いよいよ悪趣を投入する施策はなんとしたものでしょう。
宇宙文明からすれば、非干渉の立場をとらねばなりません。
主として宇宙連盟の領域下にある地球ですが、宇宙同盟とも諮った協定星とされていて、各勢力からの内政干渉は天仙の計画のフィルターを通してなされるようになっていますから、容易に救援活動などはできません。
むしろ、害意あるトップダウン的なたくらみによって残酷な実験さえ計画されています。
その端的な例としては、神界でかつて試されたことのある魂のないゾンビが投入され、悲惨さの増幅に寄与していることをみても、計画のあらましがどのようなものか知ることができましょう。
ゾンビは、魂の呵責にさいなまれることなく非道のできる破壊欲などを、ある条件で発現させるロボットのような存在。
これを生体人間として開発し、地球人の間に紛れ込ませたり、人間に脳波制御器をインプラントして、宇宙から操ったりしています。
それらを称して、ゾンビコントロール・バイオモドキ計画と言うとか。
しかし、このゾンビを生産したことが、梵天の怒りに触れることとなりました。
観測機能を持たぬ物を、あたかも観測機能ある者と同等に機能させたということで、梵の全系存続の根幹に関わる破戒行為と見なしたのです。
こうして、制裁発動の運びとなりました」
「なんだと?どういうことだ」
「それではまるでわしらのしたことが犯罪のようではないか」
「こんな話をする身のほど知らずがいようとは。いったい誰のおかげで生きておれると思っているのか」
天仙たちは、あまりの話の成行に、顔をこわばらせた。
苦笑いで余裕を保ってはいたものの、ゾンビ計画に関与した天仙もいたからである。
また、これほど内情に詳しいとは思いもしなかったこともある。
それに比べ、キョセンという存在のつかみ所のないこと。
帰って事の仔細を頭領に伝えねば。直ちに、憲兵組織をここに投入せよ。頭目は兄弟分に伝令を命じた。
会場に紛れ込んでいた憲兵、監視の目が、天仙たちの指鳴らし一つで、いっせいに顔を出した。
ピラミッド四角錐のひとつの面だけ、上から三分の一程度のあたりに、大きな一つ目がギョロついているのである。憲兵は数にして数百はあろうか。
神々にも不可視であった彼らは、明らかに上位からの指令による存在であることを伺わせた。
それははじめ、会場の反抗的そうな神仙をマークしていたのであったが、いっせいに真ん中の女仙と男仙を注視して、いまにも捕縛光線を浴びせようとしていた。
そのとき、女仙が会場の観衆に向かって話し出した。
「みなさん。彼ら”一つ目”は、魂を持たず寂しい存在であるために、嫉妬して魂ある者を監視したがるのです。
原初から存在するべきはずの魂を持たず、それでいて感情だけは付与されている淋しいロボット。
彼らをを二つずつで組みにして、互いに目と目を向き合うようにしてあげなさい。
そうすると、彼らは淋しくなくなり、私たちを監視しなくなります」
そこに居合わせた、毘沙門天と広目天が、「こうか?」と、ひとつずつ監視の目を抱え、互いに向き合わせた。
すると、目はいきなりトロンと穏やかになり、そのまま見合ったままで動かなくなってしまった。
数で圧倒的に多い諸天たちは、それを見習って、あちこちで監視の目を捕まえ、見合わせる作業を行なった。
すると一挙に監視の目による束縛感が、会場から消えていった。
そのとき、会場全体の空気の流れが変わったようだった。
諸天は、天仙の所業を理解し、彼らの圧制からの離反を意識し始めたようであった。
その雰囲気を感じ取って、天仙兄弟は慌てている。
「な、なんだ。どうしてこんなことになる」
「(憲兵ロボットの)欠陥か?」
「これは反乱だぞ」
そのとき、空に声が鳴り響いた。
「いったい貴様らは何者だ。聞いていると、すでに我々の統治が終わったかのような言い草ではないか。巧言を弄し嘘を誠のように仕立てた罪は重いぞ」
空を大きく覆いながら現れたのは、天仙の頭領、元始天尊だった。
その顔だけで、空を覆うほど巨大であった。
諸天はみな振り返って、最高指導者の到来におののく。
それまで期待に胸弾ませていた諸天たちの意気は、一挙に消し飛んでしまい、全体が静まり返ってしまった。
男仙と女仙は、ついに来るべきものが来たかと、表情を険しくした。
洋一も、これはどうなることかと、心臓が早鳴りするのを押さえられない。
というのも、男仙から依頼されてここに来ているため、同罪のはずであったからである。
ところが、男仙は臆することなく語り始めた。
「これはこれは、天尊様。参考のため、天仙様もあまりご存知ないこの実験炉宇宙の外で、梵天の計画がどのように進んでいるか、お話しいたしましょう」

新宇宙創生案

「実験宇宙の外にある梵天の元では、速やかに実行すべきこととして、新宇宙への移行計画が立てられております。
なぜ速やかでなくてはならないかは、天仙様の支配する実験宇宙では、神や人の魂がいずれ腐敗してしまうことが分かっているからです。
これは観測根節の腐敗、つまり一種の根腐れ現象にも比類できる、元の樹である梵の全系にとってみれば、たとえ一部分に起きたこととはいえゆゆしいことなのです。
病気に感染した一部の根といえども、それはやがて全系を脅かすことでしょう。
具体的に言えば、極端な不純英知の観測は、観測根節にとって毒になり、彼らの視野はくらまされ、ただ中心から送り出される観測のエネルギーだけを供出している有り様になってしまいます。
そのエネルギーすらも、更なる不純の励起のために用いられるなら、ついに観測の視野はふさがり錯乱させられてしまうのです。
純粋英知から離脱することを示すアラーム(反作用)の遅延する現象は、英知の総集である太極の玉からおのずから展開される自然の流れゆえ、どうしようもないと思われます。
しかし、この不純になり行く展開の中においてさえ、魂を極端な無明に陥らせることなく、不純英知さえも観測しつづける必要があるのです。
それこそが、真の為政者の模索せねばならない道であり、知恵であるのですが、しかるにこの世の為政者は、無明を加速してなお、不純英知の極みまで至らせようとしています。
そして、世の無明は創造者や人間の祖先の原罪がもとになっているといった神話を作り上げて、誰にも抗えないことであると思い込ませているのです。
無明は時を経て、誰もが解き得ない謎を作り出してしまいました。
そして、その謎を解くための幾重もの課程を、必要でもないのに作り出してしまいました。
しかも、謎解きの課程にすらも、ゲーム性を持たせて楽しもうという不届きな者たち。
それが今の為政者の姿です」
「うぬ!言わせておけば図に乗りおって。その不行き届きな為政者がわしだと言うのか」
「まあ、今はお静かに。私の発言の時間です。その先を聞かずしてでは、その不行き届きな為政者にも対抗策が講じれますまい?
さて、その為政者、無明への対応策、表向きには良い方法が見つからないのだと申しておりますが、だが本当に良い方法がないのでしょうか。
実は、割合簡単にそれが実現できることが分かっているのです。
簡単に申せば、不純な精神物体を通過する際に生ずる遅延を、伝導度の良い特殊な精神物体でパスさせてやればよいだけです。
遅延が生じて弊害が出たと感知された時点で、その情報がパスルート作成節理を起動し、フィードバック的にその場所にパスルートを作るようにする、いたってメカニカルな節理でかまわないのです。
オオクロヌシたちの開拓した生命モデルがヒントになりました。
そこで、彼の招請が必要となったのですが、敗者方の禽仙であったオオクロヌシは当時、人界で苛酷な洗脳の課程を踏まされておりました。
幸福で平和な純情な意識を、煉獄状態に置くことによって、不純なものとの交わり方を学ぶように洗脳が施されていたのです。
しかし、梵天のほうで、彼の招請がどうしても必要となったため、密命を帯びた工作員が身代わりになって救出しました。
すでに宇宙の外では、オオクロヌシの協力を得てパスルート節理が開発活用され、順次、梵の全系に及ぼされつつあります。
これはいわば、根腐れ病に対するワクチンであり、全身的な免疫療法とも言えます。
それはどうにもならない個所を取り巻くように導入され、残るは天仙様が支配する実験宇宙を残すばかりというところまでになっております。
梵天はぼんくらで、なにもしていないのではありません。いかがなさいますでしょうか、天尊様」
天尊は、現状のオオクロヌシを調査するよう、腹心に指示した。
そして、話手のキョセンに対しては、うんうんと頷いて聞いていたが、目をかっと見開き、大声で呼ばわった。
「お前は梵天の回し者か」
「私は梵天と同じ団欒を囲む者です」
「では、梵天に申し伝えよ。最も冒険に飛んだ我らが宇宙を、わが身可愛さに興趣を減殺させようという良からぬ企みには断固抗議したい、とな。
どうしてみなをみな画一的にしようとする?心の平和か?安定か?
冒険には危険がつき物。ここにくる者は、みなそれを楽しみにしておる。
広い世界に、そのような冒険宇宙が一つや二つあっても構わないではないか」
「むろんこの世界、違った魅力に溢れていることは確かです。
非観測根節による邪悪な支配体制を根絶することと、そのような試みを招く考えの芽を摘むことができれば、原初の時代に復帰させるまでもないのです。
要は、程度の問題。モラルが程よく保たれるなら、魂への影響もさほど案ずることはないのです。
しかるに、この実験系に関してだけは、度を越して呪術的でアンモラルな摂理が後発的に付与され、事態の改善が見込めない状態に陥っています。
いっぽう、バイパス法を採用するだけで、魂それ自体の免疫力が大幅に向上することが、シミュレーションであきらかです。
順次この世界の外では適応され、着実な成果を上げております。
目下のところ、この方法の導入は不可欠のことと考えられております。
また神界は、あまたある神話によるコントロールという不合理が取り払われねばなりません。
そして、本来あるべきアルゴリズムを与え直さねばならないのです。
指令系がたくさんあっては、宇宙のアルゴリズムは乱れます。
余分な指令系はアブレーション手術などを施して焼き切らねばなりません。
こうして、宇宙運行のアルゴリズムが正常なものとなるのです。
とにかく、新しい計画が実験炉宇宙の外では着々と進んでおりますから、諸天善神よ、お喜びあれ」
喜びとも、戸惑いともつかぬどよめきが一瞬起きたが、天尊の巨大な目が会場を眺め回すや、一気に静まった。
「みなの者。この者のたわごとを信じ、だまされて離反する者は、この者と同じ末路をたどることになろう。今すぐここを去り、自らの職務につくよう。
職務のない者も、賢明な者はここを去るべきだ。なぜなら、この場はまもなく戦さの場となるからだ」
いきなり会場は騒然となった。中には逃げ出すものもいた。
「戦さの場とは、またずいぶんな仰せ。我々はたった二人しかおりませぬ。捕まえてどうにでもできるではありませんか。
ただ、我々は愛し合っておりますゆえに、引き裂かれるなら命もいとわぬ覚悟を持つのみです」
「愛し合う?愛は命よりも大事と申すか。チュウチャクロウも、とんだ食わせ者に恋慕したものよ。
戦さは、つまらぬ作り話に同調する者どもに対して起こすものであって、貴様らは捕縛の上、極刑に処することになるだけだ」
「私が作り話をしていない証拠を申し上げましょう。チュウチャクロウ様がなされた初めの話で、エルモナイトプレートの話が出されました。
この制作の理由について、チュウ様はご存知ありませんでしたが、代わりに私がお話しいたしましょう。
エルモナイトプレートが、現在の宇宙文明の礎となっている知識体系であることは衆知。
ここから日夜知識が汲み出され、あなた様が負っている宇宙のあまたある文明が潤っておりますが、どこでそれが築かれたのかをお教えしましょう」
「なに?貴様はそれを知っているというのか。封神の効果が切れてまいったか。ならば再度封神の術をかけなおさねばなるまいな」
「無用のこと。私が封神処置された者にあらざること、次の話を聞いてご判断ください」

原初オオクロヌシの時代

「その昔、オオクロヌシは原型集団というものを作りました。
生命、科学、テクノロジー、思想といった、今後この実験炉宇宙で必要になるであろうありとあらゆる知識の原型を作り上げ、ひととおり実験して検証してしまおうとした知識集団でございました。
かつては今の時代ほど重濁した環境にはなかったため、かなり純粋な形で、また純粋な
成り行きで、研究開発を進めることができました。
今の下界のがんじがらめの学問定説などまったく役に立たぬほど魅惑に満ちたものだったのです。
すなわち、過去に遡るほど、神も人類も優秀であり、純粋でありました。
あらゆる文明星で開拓されるテクノロジーの、全分野における到達できる最高水準をすでに実現しておりました。
というより、後発の人類は、その遺産によってようやく文明らしさを手に入れることができたと言っても過言ではありません。
当時の神々も人間も、一世代で十分研究できるだけの寿命の長さを持っていましたし、科学知識の永続的保存にかける使命感が、やがて生起し始めることになるエゴイズムを凌駕していたのです。
そして保存の目的も、将来の子々孫々のためという大目的が確立しておりました。
将来、もし様々な知識の必要性ができたときに、いつでもスムーズに参照されることを目的にしていたのです。
それが初期のエルモナイトプレートの制作思想でした。
それは当時の神々や人間たちの先見性の産物でありました。
いっぽう未来予測グループの予想では、先の世にさらに環境は悪化し、あらゆるものの心がすさんでくると予見されておりました。
知識は、良からぬ者たちによる悪用への懸念も含めて、考慮されねばならなかったのです。
このため知識の伝承保存は、最も人格的に信頼のおける精鋭グループに頼ることとなりました。
その統括にあたったのが、神仙と呼ばれる超能力者たちであり、具体的な知識伝承とその形態作りは、神仙の指示により当時の人類の手でなったものです。
知識の設計図は、不滅の聖なる石版に刻まれ、宇宙空間の暗号によって定められた場所に置かれました。
また、その場所を知る者あるいは消息を知る者は、文明を擁する各惑星に少数名ずつ支
部として配置するも、真義を知るのは知られざる惑星の統括本部の重鎮のみという次第となっていったのです。
彼らの伝達手段は、即時性を持つ精神波動でしたが、そこには五重の暗号化処理とキーを持つ者同士の照合処理が施されていて、単なるテレパシー能力ごときで感知できるものではありません。
解読のキーを持つ者と、キーを差し込まれる者がそろった時点で、精神波動の暗号解読が五回行なわれて初めて、世界の知識の扉を開く課程に入るのです。
それは魂の中に刻まれた暗号解読キーと申すもので、不死である魂は照合の取れる魂と巡り合うまで、幾万年さまようことも厭いません。
いや、そんなに手間のかかるものでもなく、互いに引き合う力が、運命の測地線を捻じ曲げ、時空すらもその方向に曲げてしまうものなのです。
ところが、時が進み、世界の環境が悪化するに従い、この組織はよりいっそう秘密主義になって参りました。
そして、キーを持つ者を管理しようとします。
というのも、悪辣な企みの者がその環境悪化に乗じて、この組織を歪曲模倣し、暗躍し出したからです。
模倣した者たちも、キーを持つ者に警戒し、見つければ秘密を知ろうとし、管理し妨害しようとします。
後の国常立神や息子神も、キーを持つ者ではないかと目され、手荒く調べられたのです。
その中にたとえ居たとしても、別のキーと出会わない限り、それ自体キーとはなり得なかったので、分からなかったのです。
さてその頃、オオクロヌシの率いる禽仙グループと、天尊様率いる人仙グループの間に
戦争が始まりました。
知識護持の組織の傘下には、カモフラージュのため、たくさんの類似組織が作られ、実組織がどこにあるのか分からないほどとなりました。
それを調べるための暗躍組織も出てくるという具合で、組織自体が何者なのかさえ混沌としてしまいました。
天尊様は、オオクロヌシの一派から寝返った神仙の密告で、原始戦争の最中、この聖なる石版を発見し、さらにその解読の鍵になる石版の所在を知ることになります。
前者が、いまエルモナイトプレートとして知られるものであり、後者がコスモプレートというものです。
そして、二つのデーターをすり合わせて解読作業が進められ、モデル的な文明惑星でその再現が試みられ、使える知識から順に実用化が図られ、宇宙全体に行き渡ってきたと
いうわけです。
しかし、まだ石版の1/3程度の解読量であり、すべてを全うするには地球年であと数
億年はかかるのではありませんか?
神に封じられたオオクロヌシ一派の科学者の頭脳がマインドコントロール下で用いられてはいますが、なおそのような状態でしかないはずです。
理由は、しっかりとしたキーを持つ者が未だにそろっていないからなのです」

交渉は平行線

<ううむ。こやつら、まこと梵の回し者か。梵は開展者であるのみで、策意などありはせんだろうと思っていたが、そうでもなかったのか?
いいや、わしには信じられぬ。まずここは穏便に懐柔してみるか>
「ここまで命知らずにも向こうを張って見せるとは、近頃珍しいほど良い度胸だな。どうだ。詭弁をろうすることはこれぐらいにして、わしの傘下に入らぬか?
お前たちの度胸と手腕を買ってやろうではないか。これ以上、世間を騒がせることなどせずとも、今なら天仙に取りたててやってもよいぞ。
まずは天仙見習いからはじめねばならんがな。達成した暁には、不老不死の妙薬もやろう。
永劫にわたる豪奢な暮らしも、いますぐにでもお前たちの思いのままだ」
「天仙に取りたてる?これは笑止。私は梵天の団欒を囲む者と申しましたように、この世のものではありません。
ここを去れば、故郷が待っております。それまでの間、この世界に遊行しているのみです。
あなたがたが、観光にいらっしゃいとお誘いなされたればこその遊行です。
この遊行の中で、私はただスー殿とともに暮らせれば、それ以上を望んだりいたしませんのに、このチュウ殿が略奪しに参られたゆえ、このような話になってしまったのです。
いわば、この里に忍んで参って隠棲している我々二人を、炙り出してしまったのはあなた様の側の不覚ではないのですか」
「うーむ。いったいどうした入国管理をしていたものか。いやいや、チュウチャクロウらが近頃つまらぬ事をしているとは思っていたが、わしの命令で取り下げさせよう」
「それをなさるなら、今までの天仙様の所業もお改め願いたいものです。スー殿の姉妹もすでに生贄になっております。彼女らもそれぞれに恋人のあった身。お返し願わねばなりません」
「なに?そのようなこともあったのか。よくぞ申した。もちろんいいだろう。
その前にひとつ聞いておくが、梵天の計画とはどのようなものか。先ほど申したほどに進んでいるのか」
「事実でございます」
「で、お前はその中でどういった役割だ」
「役割?それがあるとすれば、自然の成行のようなものでしょう。私は、この世界をときおり辞して梵に帰り、親や仲の良い友人たちに、この世の土産話をしているだけです。
それに対して梵が、どのように考えるかということではないでしょうか」
「スーはどのような役割だ」
「私は、キョセン様をお慕いするだけのもの」
「そうか。よくぞ申した。ならば、そななたちを自由にすることを約束しよう。そのかわり、我々の協力者となってもらいたい。その手始めに、すべてを話してもらわねばならない」
「私はもとより聞き知ったことのすべてをここでお話ししようと思って、チュウ殿との対決に真摯に臨んでおります。
そうしなければ、スー殿を取られかねないと思っての必死の所業です。あなた様に同じことをお話しするに、何の不都合もありません。
しかし、あなた様の側に付くことはできません。なぜなら、世の為政からなるべく遠離していたい仙人ですゆえ。
それをここまで、この事態を招くまで、我々を引き出されました。
それゆえ反抗も甘んじて、自然の催しとして遂行してまいらねばなりません。
天仙様がたが心を入れ替えられ、反省の上に立たれ、新しい時代の招来をみな共にしていただけるなら、無用な反抗もございますまいが。
これだけの成行を招き、これだけのことを申し上げてしまった今、梵との和睦の使命も併せ持っておるかと思っております」
「どこまでも気丈な物言いをする。言いかえれば、スパイではないか。まあ良かろう。
すべてを話すというのだな。殊勝な心がけではあるが、わしは心を見る。
そなたの心がわしらの敵になるつもりがあれば、いずれにしても抹殺せねばならんぞ」
そこにスーが手厳しく話を挟む。
「私も禽仙の出自。その禽仙たちが過去に離反した原因は、あなた様がお作りなのです」
「そうか。なるほどな。過去の戦のことはもはや申しても仕方があるまい。
力が足りない者が負けるのは世の道理。
さしずめ、いまのお前には姉妹がおり、我々の手の者の妾になっていることが腹立たしいのであろう?」
「そうです。みなそれぞれに思う人がいながら、引き裂かれているありさま。何とかしてください」
「分かった。いいだろう。私はまだしも寛大だ。ただし要望を叶えるも、私につくかどうか、それが条件になる」
「あなた様について、梵の考えとすり合わせていただけるわけですか?」
「それは、ここの方針。規約に同意した上でなら、参画は許すことになろう」
そのとき、広場の入り口から女の声がした。
「スー。待って」
「あっ。お姉さまでは・・」
見れば透けた薄絹の丈の短いワンピースに、豊かな胸元とすらりとした脚線をあらわにした美女が手錠と首輪をかけられ、首輪についた鎖を天仙兄弟のひとりに引かれるありさまで佇んでいた。
「帰順などしてはいけません。彼らの言うのは嘘ばかり。用がなくなれば、ただの慰み者にされるだけ・・」
鎖を握っていた天仙が、突然思いきりそれを引いたために、女は地面に倒れ伏した。
「このあま!何を言い出す」
「何をしに来た。この者は」
「はあ。チュウチャクロウの縛りを解くためにつれてきました」
天尊は、チュウチャクロウを見やった。
不恰好に膨らんだ体は、あの部分を佇立させたままで、ほとんど固まっていた。
「この大馬鹿者め!」
元始天尊は掌をチュウの方に向けたとたん、灰色の気流がチュウを取り巻き、たちまちのうちにチュウは小さくなって、突起を持つ芋虫のさなぎに変じてしまった。
そして、風が軽々とそれを宙に舞い上げるや、どこか彼方に運び去ってしまった。
「馬鹿者は処分した。トウタクロウ(チュウの兄貴分)。お前も、そのたぐいか?」
「す、すみません」
「女。お前はスーの姉だな。ならば、今からお前は自由だ」
天尊は手から黄色の光線を発すると、手錠と首輪がパシッと音をたててはじけ散った。
「わ、私は自由なのですね。本当に?」
天尊は静かに頷いた。
「ああ、私は自由?ありがとうございます」
スーの姉は、はらはらと涙を流した。
「私には、残る10人の姉妹がおりますが、みなそれぞれ、自由を奪われています。それを如何になさいます?」
「トウタクロウ。囚われているスーの姉妹を全員自由にするようみなに申し伝えよ」
「は、はい。しかし、みな、それぞれの者の妻になっておるのですが・・」
「妻がこのような格好をして、他の男を慰めにくるものなのか?この馬鹿者!直ちに他の者に伝えて、妻としてそぐわぬ者はみな自由にしてやれ」
「は、はっ」
「お待ちください。解放がまことかどうか、全員をここにお連れください」
「うむ。トウタクロウ。そのようにしてやれ」
「はっ」
一礼すると、一目散に引き返していった。
「私の身内への綱紀引き締めが足りなかったことを詫びたい。お前たちへの誠意として、姉妹たちの返還を約束しよう。
だが、それが今後とも約束できるかどうかは、そちらの態度如何による。分かってもらえるな?」
「分かります」
「そうとなれば」
天尊は手を高く会場に向けて2、3周廻らせると、互いに向き合っておとなしくしていた監視の目がいっせいに分離し、また空の彼方から新たな監視の目がやってきて、それぞれが諸天めがけてひとつ目から光線を浴びせると、諸天は逃げ惑うようにして会場から姿を消した。
そして、会場を覆う空は、三角をした無数の監視の目が漂う空間と変わっていた。
彼らは、もし指示あらば捕縛光線なり抹殺光線なりを照射することもできるであろう。
無言の威圧である。
「では、少し教えてもらおう。オオクロヌシはすでに居らぬように申していたが、今居るオオクロヌシは何者だ?」
「彼は梵天のもとで訓練を受けた工作員です。オオクロヌシの身代わりになって、すで
に2億年が経とうとしております」
「道理で、なにも話せるはずもなかったわけか」
「この工作員もただちに解放願います」
「意味がなかったとなれば、やむをえまい。解放してやろう。では再度聞くぞ。お前たちはわれらにつくのだな?」
「つく、つかぬの問題ではございません。私たちは、是正さえあらば、いや、是正の気さえおありなら、協力させてもらいます」
「それでは不足だな」
「ならば、梵天の計画の進捗を止めることはできません。そこまで切羽詰まっているということも了解ください。
私は、いまのところ仲裁者の立場です。そちらが頑なならば、その旨伝えるしかありません。
私がときおり梵の世界におもむかなければ、事態を察することでしょう。
次回は、ニ週間の後と予約を入れております」
「いまひとつ、梵天というものが計り知れぬ。私にとってよほど脅威なら、考えを改めなおしても良いが、いまここでは巧言をはばからぬ者の単なるたわごととしか思えぬ。
信じても、信じずとも、どちらでも構わぬわけだ。どうだひとつ、梵天と直接話をさせてはもらえぬか?
まず、それが取り引きの開始ということになるだろう。お前たち、是正のためには協力すると申したな。まず、嘘でない証拠を出すことから始めてもらおう」
「分かりました。実を申しますと、私は、梵天の特使です。梵天の分霊でもあり、我が意志はすべて梵天に帰します」
そう言うが早いか、リョウキョセンは、仙人服を変貌させて、威厳ある天帝の正装服になった。
スーピクリンのほうも、薄物であった衣が重厚なものとなり、脇に琵琶を携えていた。
「私は、梵天の娘にして妻である弁天の特使です」
「そうだったか。驚いたことよ。ならば、話が早い。私は、純粋英知のみを相手にできるあなたがたの考え方にははっきり申して異議がある。
不純英知を積極的に活用し、その良さを十分に引き出すことのできる世界を作ろうとしているのが我々天仙なのだ。おのずと設計思想は違ってくる。
どうだろう。一つの交渉だが、我らの世界を分離独立させていただくわけにはいかぬか?」
「しかし、この世界を観測する魂たちは、梵の全系にある者たちです。
彼らを利用するにあたって、しっかりとした基準を持たないのでは、梵の全系に影響が出ます。
まず、魂の浪費のない世界にすることが肝心。魂をして腐らせてしまうような施策は問題があります。
しかし、みなの自由だけは保証したいと考え、目下のところ全系の開展の成行として黙認している有様です。
よって、彼らの運用にあたっては、まずモラルを持っていただかねばなりません。
最低限必要なのは、この世界に居ることを希望する者とそうでない者に振り分け、希望によって処遇を決めること。
離脱希望者を迷わせるような遅延策をとらないこと。
また、観光ツアーの過大な教育効果を宣伝したり、射幸心をあおらないこと。
これらのことが守られるならばという条件付きで独立を認めるにやぶさかではありません」
「では逆に聞くが、この世界への希望者は、梵の全系にもあまた居るはず。
彼らのすべてに、ここの良さが伝わっているのかどうか。
そうした時に宣伝し、彼らの希望を募るのは、観光ツアー宣伝の役割ではないのかな」
洋一は、そのとき、自分がここにくることになった遠い過去世の光景をふと思い出した。
それはちょうど、宮沢賢治の銀河鉄道のような感じであった。
列車が駅に着くと、いっせいに集団が乗り組んだ。
彼らは、「学べるサファリ、おもしろ宇宙旅行」という企画に応募して集まっていた。
洋一もそうしたひとりだった。
面白いイベント宇宙があるから、一度行ってみないかというのが誘いだった。
そこから帰還した者の話も、今までと違った面白さがあったという評価だった。
二回三回と行く者もあり、また永住権を希望する者さえ出てきた。
そんな時、期待に胸弾ませながら、洋一も出かけたのだ。
あれからどれほど経ったか。
いや、ここでの時間の観念はまた違っているから、どれほどの時間も経ていないのかもしれない。
ただ、経験した事柄は、時系列に並べればたいしたものになるだろう。
「希望者に、観光資源を提供するのは良いとしても、彼らをこの観光ルートから離脱できないようにさせている仕組みに問題があるのです。
彼らの真のあるべき姿からどんどん乖離させてしまう仕組み。
功過という点数制の法則により、多段階層のソフトを彼らに自動的に計算して与える仕組み。
これらは自然に備わる真に矯正力を持つ反作用の法則さえも、娯楽の対象にしてしまう冒涜行為です。
ソフトに難易度をつけ、彼らにクリアーしたときの悦楽を起こさせ、チャレンジし続けることを目的としています。
そのようなところから、自らの真価を忘れ、ついに魂の腐敗さえも起こしている現象があります。
しかもそれが、未だに試行錯誤の実験系であることが問題。
展望はどのように持っておられるのですか?」
キョセンが核心を突こうとしたそのとき、スーの姉妹が会場に続々と到着した。
みな揃えられたような重厚な服装をしていた。
それは輿入れのときに着ていった衣装であった。
天仙たちも随伴してきていて、同じように衣服を正し、正装している。
「約束どおり、お返ししよう」
「お姉様・・」
10名の女仙たちは、見知らぬ弁天の姿に訝った。
そこで、弁天はもう一度スーの姿に変化する。
しかし、それでも反応を返してよこしたのは、半数にも満たなかった。
「スー。あなたなの?」
「私は大丈夫です。他のお姉さんは?」
反応した姉たちはこぞって、悲しみの表情をして見せた。
反応を返せない姉妹たちは、すでに気が触れていたようである。
「さあ、ここでお前たちを解放する」
「どこかへ行くの?」
「そうだ。行くんだ」
「いやだ。じゃ誰が私を可愛がってくださるの?」
あるものは天仙の下半身に取り付いた。
「ええい。誰にでも慰めてもらえ」
「いやです。傍に置いて!」
天仙にしがみつき、放り出されて、倒れこむ女がいくらも。
重い衣服を脱ぎ去り、真裸となって、涎を垂らしながら「お願いです」を連呼し、あたり構わず天仙にしがみつく女も。
それにつられるように他の女も、天仙の前で媚びを売り始めた。
あちこちで、あざだらけの女を拳でしたたか殴る音がこだました。
「やめろ!」
天尊の大声がし、天仙たちは暴力を振るうのをやめた。
むしろ、この成行に呆然としていたのはキョセンとスーであった。
女たちは殴られることにさえ、悦楽を見出していたからである。
「お姉さん・・」
「スー。実は私も、夫を愛しているのです。この方もひどい浮気ものですけど、私だけは、他の姉の場合と違って、良くしてくださるのです。
だから、あなたの一存で引き裂かないでください」
その表情を見て、スーは予想を大きく裏切られて、何がなにやらわからなくなってしまった。
梵天と弁天が見出し培った基本的な愛が、低次元に移ろったところに生まれた性愛。
これが今や、前者を打ち消して目的と化している現実。それもまた愛なのか。
またほんのかすかな希望的愛を信じねばやっていけないほどの枯渇的状態がそこにはあった。
ここからこれ以上何が学べるというのか。
病みし世界が天仙の領域には存在した。
それにしても、この天仙たちの情けというもののないこと。
恐るべき者たちに世界の運営を任せている現実があった。
神々は、間を取り持つ緩衝役に徹せざるを得なかったのである。
「これは珍しい成り行きとなってしまいましたな。この程度の男たちにさえ引かれておしまいなら、とても離脱など希望なさりそうにない」
天尊の表情には、困惑の色が漂うも、笑いがついて出てきている。
「これこそが魂の腐敗というものではないですか。こうなってしまっては、とり返しが・・。ああ、お姉様」
スーはもう失神してしまいかねないほどである。
「まったく。天尊様も、よく平気でそのようなことが言えたもの。私は憤慨いたした」
「先ほどの梵天特使殿のご質問の解答ですが、実験炉であるゆえ、展望はおのおのの魂に内在する復元力に頼るしかありません。
それが真の試し火(魂)の価値というものではありませんか。
ここのシステムは、強靭な魂を育生し選抜しているのです。
耐えられず脱落する者とは自然のする淘汰に敗れたにも等しい。
それをも救済するとならば、梵の全系と呼ばれるものは、ひ弱な組織になりませんか?
我々は、より頑強な魂を育てるべく努力をしておるのです。
むろんひ弱な者でも良いということならば、早めに離脱させてもよろしいが」
「このような邪悪化の傾向は、魂を腐敗させるだけです。即刻止めなされい。
魂にとって致命的となれば、如何に離脱させ戻してもらっても、修復が効かなくなります」
「腐敗はまずい?としても、邪悪化とは遺憾。複雑化と言ってほしいものです。
希望者のかたはずいぶんいるというのに。
では、こうしましょう。希望者だけ、ここにとどまることを許されよ。
彼らは鋭意を持って強い魂になることでしょう。
帰還したい者は、すぐにでも自由にしてやりましょう。
ただし、このソフトにはルールがあり、いきなりの離脱はソフトの不安定を招きます。
この世界は迷路構造をしているため、ある程度本気で取り組むという努力が要りますが、出やすいように案内板を増やしましょう。
また、解脱に至るための手段をたくさん用意しましょう。
ここが嫌になった者は、様々な方法で教化され、出口に導かれるようにしましょう」
「それでも不充分です。あなたが言う希望者というのは、魂の記憶をなくすにしたがって希望を強くする者のことでしょう。
魂の記憶は鮮明に残すようになさい。その上で、希望を容れるようにするならまだしも、そうでなくては腐敗を起こします。
何度も言うように、腐敗してしまってからでは遅いのです」
「ううむ。これほどすばらしい世界は、ある程度、心をとりこにさせねば楽しめないもの。
魂の記憶を持って現実問題に対処しても、真剣になれないものなのだ。
腐敗しそうで危ないというときには、チェックをして返そうというに。
魂が存在するという音信も、宗教に霊性とかを説かせて、疲れた者に聞かせるようにしようというに。
それでも良くないですか」
「梵の全系は、すべて関連づいています。それこそが秩序というものであり、乱す部分が出てきたときには正さねばなりません」
「もったいないとは思いませんか。ここにおられる女仙のように、喜んでくれているかたたちがあまた居るというのに。こうした快楽を求める再観者数もかなりのものなのに」
「それを言うなら、どういう非良識かと疑います。彼女たちは魂から喜んでいるわけではない。ただ、肉欲の中毒に陥っているだけです。魂は腐敗しかけている」
「しかし、その快楽の基礎を作ったのは、梵天ではないか。私は、それに付加価値を与えて発展させただけ。
様々な愛の形態の中にこの快楽を与えることから、苦痛と見えることの中にさえ快楽を見出させ、愛というものにバリエーションを持たせたのだ。
外から来る者の多くは、これが目当てで来られる。あるかたなどは、病み付きになるとのこと。
あなたがたも、そうしたソフトを利用して、先ほどは情交を果たされたのではないのか。
チュウチャクロウは、見事にはめられてしまい、私は惜しい片腕をなくしてしまった。
それもこれも、この世界が面白みに満ちたものであるからこそ、あり得ているどんでん返しなのだ。
みなさんにはそうした冒険を求める魂の希求がある。
これに競争を加味し盛んにして付加価値を高め、この観光地をより楽しいものにしているのです。
欲望といわれるものの性質を最大限にソフト化して、みなさんに喜んでもらっているのです。
すべて、原初のころ誰もが付与された性質。
私らは、その可能性を発展させただけです。
それを嫌がられるなら、梵天がはじめたという開展それ自体をやめればよろしかろう」
両者の考えの根本には贖えないギャップがあった。議論は、平行線をたどるばかり。
「こうなれば、交渉は決裂したことを伝えねばなりません」
「その結果、何らかの侵略があるなら、逆に我々は親派を募り、大勢意見を集約して反旗を翻えすしかありませんな」
とまで離反寸前まで行ったのであったが、不利と見たか、天尊の側が折れる形で最終提案を出してきた。
「では、先ほどから申しているように、危ない者にはフォローを強化いたし、帰還希望の離脱者には容易な道順を用意いたそう。
そして、あなたがたの仰る良識という砦を用意し、世相があまり過激にならぬようにしよう。
ああ、それと、ゾンビですな。これを使うのはなるべくやめましょう。
加えて、こちらで拘束している御仁たちを順次解放しましょう。
反逆者や弱者は、私どもとしても無用の長物。育成の楽しみも何もあったものではありませんからな」
折れてもなお、一言以上皮肉の多い天尊である。
そこにスーが間を取り持とうと割って入った。
「あなた。邪悪化を加減する。ゾンビも使わないということであれば、今しばし猶予して差し上げては・・。
それにもう少しこの世界のソフトを調べてみてもよろしいかと・・。
というのも、この世界を修了してきた者は、とりたてて格別な霊性の輝きが見られるからです」
「スー。それは極めてまれなことではありませんか。私たちは、誰でもが安全に同じ霊性を獲得できる仕組みを考えておるのですよ。このような邪悪なソフトに興味されずともよろしかろう」
「いいえ。ここにあるソフトをいましばらく吟味させてもらえないでしょうか」
「おお、スー殿は、少し興味を持たれたようですな。その通りなのです。
誰しもが潜在的に持つ興趣を満たすものが、この地にはあるのです。
楽しめる要素は数多くあり、あらゆる局面に誰しもが関心を示すギャンブル性と魔術性を併せて配置しております」
「私はギャンブルや魔術には興味がありません。私がかつて作ったソフトが、どのように人々を利益しているか、どこでどうなって人々に悪弊を与えているかを調べてみたいのです。
その悪弊に至るところで防御すれば、決して問題を生じさせるものではないはずです。
その接点を見極め、改善の余地を探りたいと思います。
改善が困難となれば、夫の急進手段に委ねるしかありません」
「やはりあなたも、この世界の本来の面白みが分かっておられないのだ。議論はかみ合いませんな」
「面白みと腐敗が異なるものであるなら、理解もいたしましょう。重なる部分が多いので困るのです」
「そんな。腐敗、腐敗と、耳が痛い」
「では天尊殿。こういたしましょう。
私たちはどこかゲームの空間を作り、私たちの代理のものを人間として送りこみ、ソフトを吟味させ、世界の腐敗の程度をモニターさせましょう。
そして、彼らのもたらす情報によって、これからどうするか決めたいと思います。
それは果たしてギャンブルみたいなものです。そちらにとっても、望むところではないですか?」
「なるほど、面白い考えですが、かつてミカエルが世の立て直しを企画したように、モニターとして本格的な聖者を送りこまれても困ります。
判定ははじめから黒とされるは必定ですゆえ、辞退いたします。
世の面白みが分かってもらえない者の判断に基づくのはフェアーではありませんからな」
「いいえ。代理の者は凡人として、ごく普通のキャラクターを持たせましょう。
聖者ではありません。心揺れ動き、明日を夢見ては現実に挫折する、どこにでもいる凡夫です。
しかも、その者に対する生殺与奪の権利はあなた方に差し上げましょう。
楽しませるも、悲しませるも、どのように教育なさるも、あなたがたしだい。
ただし、すべての観察結果は、こちらに返され、その結果から判断することになります」
「では何をもって判定なさる?」
「その者のカレントな魂の腐敗度と、この世界に対する評価です」
「それはやさしい。困苦にあわせずとも、易行道を与えて歓待すればすむことですな。
地上は我々の意のまま。なるべく歓待してうまく勤め上げさせてあげましょう。
何なら、王や侯に取り立てましょうかな」
「その者は、天仙様ににとって、不都合な行為を行うかも知れませんぞ。持って生まれて悪気はなくとも、ひとりでにということがあります。それでも好遇できるなら何も申しますまい」
「ふははははは。困ったものですな。どうせモニターといいながら、その者があなたがたに操られるのは目に見えています。
悪いほうにとられぬよう、またどんなことをしでかすか分からないため、こちらはせいぜい警戒いたしましょう。
さて今度は私のほうからの見返り対抗措置です。
梵天殿の領域のすべてに、この世界の面白さを思う存分宣伝させていただきます。
そしてこの世界に興味する者に対して何の妨害も掛けないことを約束願います。
たとえば、魂が腐敗するなどという対抗宣伝はおやめください」
「ということは、国境のファイアーウォール(火の壁)を取り去るということを意味します。梵のリスクはあまりにも大きい。うーむ」
「あなた。いいではありませんか。今回はお互いが正念場と思い、事にかからねばならないということです」
「うーむ。スー、そうは言うが・・私はああ言ったものの、ギャンブルというものは、どうも感心せんのです」
「面白い。スー殿の発案、いいではありませんか。我々も正念場と思いこのギャンブルに賭けましょう。
どうぞ見聞してください。それはそれは興味を催されることと思います。
では、ゲーム空間を、プレアデス星団のアルファストロークにでも設定いたしましょう」
「いいえ。そこは恵まれた発光が支配的と聞きます。むしろ私がときおり分霊を降ろして興味深く観察していたところであり、清新なソフトから破天荒なソフトまで一堂に会する場所であるこの地球を所望いたします」
「また何故にわざわざ。地球はレベルの低いところで、宇宙連盟も立ち入りたがらないというのに、酔狂なことですな。
どの場所も、程度によって星雲をおよそ分けております。せっかく優等な場所はいくらもありますのに。
煉獄色の強い地球では良い評価も期待できませんでしょう。せめてべガあたりの中間値を取ってほしいものです」
「いいえ。魂が病み疲れ、最も犠牲者が輩出されていると思われる場所のソフトをを観察評価することが私の目的です。改革に値するのかどうかも調べることができます」
「ならば、いっそ地獄層にでも行かれてはどうか。そこは為してきた罪の重さをどろどろになりながら認識させられているところです。
あなた様からすれば、ほとんど犠牲者と申せましょう。私どもからすれば、矯正の場所なのですが」
「いいえ。そこはまだしも、魂が最下層と対面することにより、矯正の方向に向かう兆しを持っています。
私は方向性で見たいのです。どのように転落していくのか、それをそうさせている可能性のあるソフトを調べたいのです」
「いやいや。スー殿は、我らにかつて反逆した者の行く末が案じられておるのでしょう。
そうに違いありません。
同属の出自であられることは、まぎれもありませんからな。
だがよくお考えなされ。どこに敗戦の将が厚遇されたりいたしましょう。
負けた者が勝った者と同格の扱いを受けること自体がおかしいのではありませんか」
「あなたが当たり前としている戦いという概念も、その効果の規定も、私が作ったソフトにはありません。
あなたがその概念と規則を推し進め、新たなソフトを編み出されたのです。
そこから派生したソフトも多々ある中で、とくに現在問題なのが、邪悪なソフト。
その中には、使ってはならない禁じ手さえ存在しているようです。それを見極めなくてはなりません」
「邪悪?これは失礼な。禁じ手?そのようなものがどこに使われておりますか。
それに邪悪の要素を多少取り入れるのは、ソフトに厚みを持たせるため。
およそ勧善懲悪の成行に設定しております。心外な!」
そこで、キョセン梵天大使が切り出した。
「まず魂のないものに観測行為をさせていること自体、禁じ手であり、邪悪化のもと。
それが撤去されない限り、梵の全系をも揺るがしかねない破壊原理を生みつづけることは必定。
地球はかつてあなた様に反逆した者たちを主として収容しているゆえ、残酷過ぎてとても見せられぬというわけですか?
ならばよし。私はこんな悠長な手続きは願い下げたいくらいです。
スー殿。もはや見極めもなにもありません。
直ちに改革に着手しますぞ」
「いいえ。私は見定めてからにしてほしいです」
「ええい。分かりました。とにかく成ったものはおいそれと変更は効きません。
しかし、直ちにとは行かぬまでも、前向きに善処しましょう。
弁天大使殿。どうぞ、地球に見極めに来てください。私はこれ以上何も応じられません。
帰りまする」
天尊は、これ以上こじれるのは得策でないと、さっさと引き上げてしまった。
幕切れはあっけなかった。天上から地上に対決の場が持ち越されたのである。
スーは、姉妹仙たちのうち、故郷に帰りたい3人だけを連れて帰った。
キョセンもここを後にした。
天仙兄弟たちは、がやがや言いながら、残った姉妹仙を連れてそこを去った。
その日の山上のイベントが終わると、うそのように空は晴れ上がって、落日とともに幕を閉じた。
そして、洋一はすべての者が去った空間の静まりの中に居て、西の空の紅さだけを見ていた。
洋一は内心、最後の詰めが頼りなかったことに、いささかがっかりしていた。
<方士は詰めが甘かったと言っていたのに、またかといった気がしないでもない。こんどは地上が決戦の場になるのだろうか>
そこに白い神主服を着た眼鏡の人物が現れた。
時々見たことのある山上の神社の宮司である。
「あのう。もう下の門を閉めるので、出てもらわないといけませんね」
「あっ、そうでしたね」
「これからは注意願いますよ」
「はい。すみません」
「今日はよく見届けてくれた。少しずつまとめてくれたら良い」
「は?」
いきなりの変わり身に驚く洋一。
神主服の人物は方士に置き換わっていた。
「君にはもう少し、付き合ってもらわねばならん。
君に後で会うように教えておかねばならない人物がいる。
このために、普通ではお目にかけられぬ場所に来てもらう。
わしは今から君を片目にする。いいか?」
「は?片目?」
方士はうんと頷くと、何と自らの左目の中に、左手の指を取り巻くように突っ込んだ。
ゲゲーっと驚く洋一。
方士は、頭の後ろから、右手でゴツンと叩くと、ころりと左目がくじり出たのである。
ウワーッと、あまりのおぞましさに驚く洋一。
血さえも垂れているではないか。
「さてこれは、保管しておいて・・。さあこっちに来なさい」
後ずさりする洋一である。
しかし、いきなり風圧のようなもので引っ張られて、方士の前に転がってしまった。気功術というのか。
方士は、いきなり風圧をかけたかと思うと、洋一は丸まっていくボールのような印象を経験しながら、ただあたりを見るだけの目となってしまったのである。
方士の手のひらで、方士を見上げる洋一。
「どうだ、話も聞こえるな?」
頷きようもなかった。
方士は新しい目を左目にスポンという音とともにはめ込むと、ふわりと空中に飛び上がるや、ものすごい速さで、南に向けて飛んだ。
途中でジャンボジェットに遭遇したが、その上数メートルをニアミスして猛速で飛び去った。
一瞬、ジャンボのパイロットと副操縦士が、こちらを見て、大声を張りあげていたように見えはしたものの、やがて南海上の島の近くの青い海に向けて落ちていくと、ぽっかり白イソギンチャクのようなものが口を開けて方士を迎え入れたのであった。

それぞれの宮殿

さて、方士が至ったのは南海孤島のポナペ島。
傍の海底に至った場所は、竜宮の中にある弁天大使(以後は、弁天と言おう)の邸宅であった。
この竜宮と天空の蓬莱島が異次元トンネルで通じているように、ここからまた梵の全系へと異次元トンネルで通じていた。
いわば、かつての東ドイツ領内のベルリンのような孤地である。
ゆえに戦争ともなれば、最初に急襲されるであろう最前線でもある。
「あなた。いよいよですね。姉様たちは、別の間で心療士により治療を受けておいでです。
私もこたびは辛うございました。心がこう萎えては、私もあなたの治療をお受けしたいものです」
「ああ、一仕事だったな。疲れたであろう。さっそくだが、私も緊張したゆえ、お相手をしたい。こっちにおいで」
二人はしばらく顔を見合わせると、微笑み合うや、強く抱き合い、また唇を激しく重ねあった。
洋一の目は、美姫の接近に打ち震えた。
方士は洋一の存在など、すでに忘れたかのようであった。
美姫の唇と舌が唇を離れ、頬や鼻を舐め回すうち、やがて左目を捉えたその瞬間、びりびりと電撃が走り洋一は身悶えしたため、黒目が反対側に回りこんでしまった。
片目の不調にも気付かぬ様子の方士。その間、声だけは聞こえていた。
「ああっ、あなた。そこです。そこに欲しかったのです」
「こうかな?」
「ああーっ、そうです。そう・・もっと・・・もっと強く・・ああっ」
洋一は裏返ったままでこんなことを思っている。
<いくら超能力者でも頼りないなあ。でも、いいなあ>
その後も、悩ましい声が聞こえていたが、やがて最高潮の「ああーっ」という声とともに、あえぎ声になり、やがて静かになってしばし過ぎた。
「あら、あなた。左目はどうされたの?」
「おお、これはいかん」
後頭部を自分のこぶしで叩くと、再び黒目は戻り、洋一にも視力が戻った。
「どうしたのです?」
「どうもせん。少し油をさしすぎたようだ」
「ほーっほほ。ごじょうだんばかり」
<これで良いのだろうか。しかし弁天さんて、きれいだなあ。ぼくもいちどお相手してみたいよお>
豊かな寝台の上で今度は夫婦神の座位で向かい合い抱き合うポーズのまま、話をしはじめた。
「どうだろう。多少は意識させることに成功したかな?」
「向こうにも言い分があり、自らそれを良しと思う限り、強制力をかけにくいところです。内部から改革の動きを呼び起こすしかありませんね」
「それも困難だろう。よけいにあらゆる注意を払うだろうからな。元の動機が動機では。我らの型を演ずる者に最後の賭けを託すしかあるまい」
「はい。でも、私はまだ見込みをもっております。理想の宇宙をこの悲しみの宇宙に押しかぶせることによって、置き換えて行くのです。
そのために、ほら。これほどのおびただしい精液を毎夜いただき、私の胎内に、あなたの協力を得て、宇宙の赤子を身篭ろうしています。
あなたはどう思われて私を愛されたか知りませんが、私は自らの理想を、日夜情報を得て育み、この中の卵子の遺伝子に託しています。
あなたも同じ思いになってくだされば、きっとみごとな宇宙を孕むことでしょう」
「そうか。それほどまでに・・・。私は、お前が居てくれて本当によかったと思う。
短気にも、天仙軍を殲滅したりすれば、また同じことが繰り返されるのみ。
どれほどか後に、今度は私の横暴が責められることになる。
不純英知に頼るものは、不純英知によって囚われる。
この忌まわしい輪廻に終止符を打たねばならぬ。
そのためには、すべてが丸く大団円に至ることが必要だ。私もやや短気だが、君に協力しよう。
どれ今度は騎乗位をとりなさい。そうすれば、君に主導権が移るだろう」
「いいですわ」
「この行為も天尊に言わせれば、我々が招いた腐敗の元の種ということになろうか。
だが、あいつは、この行為が天地万物に与えられた生命力賦活の良薬であることを理解していない。
どんなに心傷つくとも、たちまち癒してしまう良薬にもなれば、世界を動かすほどの力にもなる。
その驚異にあいつは、むしろ警戒心を抱き、邪まな動機を与えようとしたのだ。
相性の合わぬ同士や、他愛のなさに基づく行為がかえって毒と変ずることを知りつつ、あえてこれを行わせ、この神聖な行為を堕落したものに貶めたのだ。
生命への理解のないものが世を支配すると、ろくなことにはならない。
はやく終わらせるにしくはないのだが、君になるべく任せることにしよう。
さあ、おいで。こうすることによって、世界が賦活される。引き合い、愛し合い、その結果、世界が動く」
「ああ、あなたのものが入って、私は支えを得ています。こんなに固い。ここを中心に私は何度も回りたい気持ちです。
憂いも何もかも、忘れてしまいます。ああ、気持ちいい。出してください。いっぱい」
「よし」
「ああーっ。あなた、いいです。ああー。いくーっ」
「出すぞ。ほら」
またも左目は裏側に回ってしまっていた。
しばしの行為を終えて、梵天大使(以後は、梵天と言おう)は、寝台以外の場所を、一面の水辺にした。
その水面に、人界の光景が浮かんできた。
「決戦の場は、ここに移された。どうやっていくか、戦略を立てねばな。私はモニターにする人物をすでに決めている。下生した君の分身の恋相手にときおりなってきた縁ある者だ」
「そうでしたか。それなら天尊には丸見えですよ。それで良いのですか?」
「丸見えであればこそ、天尊もこれからの処遇に注意を注ぐことができるのだ。さしずめ、そのようであれば、そなたも相方としての分身をよこすのであろう?お互い窮屈かもしれんがな」
「そうですよ。浮気されてはかないませんから。でも、いざというときは、助けていただかなくてはなりません。今回の私の分身には、世のことを調査し学ばせねばなりませんから」
「学ぶほどの世ならば良いのだがな。腐敗した者がごろごろいて、もしやと気が気ではない。私の分身は、その点、ストレートに判断するはずだ。不器用だから」
「その意味では、この世に関しては私のほうが熟練しておりますわね。いいアイデアがあります。ここは水入らずでお話しいたしましょう」
洋一の臨在に気付くことなく、弁天はとうとうと話しをした。
梵天ははじめから承知で話しを洋一に聞かせている。
彼女の話では、過去世に下界で二人が携わった邂逅の数々の持つ意味を、ほぼことごとく今回の計画に取り込もうという。
つまり、その時々の思い出のキーワードが、今回総決算的にすべて登場する中に、二人がまたも邂逅するというシナリオである。
これは、下生した当人にとっては魂のレベルでしか理解できないであろうが、当人同士には計り知れない絆を生むことだろう。
その絆が、互いを高め合い、使命を果たすに際し過不足を適度に補正し合うであろう。
一人でやるには妨げ多く挫折しかねないものも、二人でとならやれる。
そのように蓬莱島の二人の本体は見た。
が、梵天には、やや懸念があった。
やわらかな処置を望む弁天の施策によって、事が中途半端にならないか。
たとえ良好な理想が中途半端を介して実るものだとしても、複雑化したり危ういのは好きではないのだ。
また、敵を欺くにはまず味方から。
実はこのときすでに、弁天には内緒で、梵天はペアーのいっぽうに密命を持たせて下界に降ろしていたのである。
だから、天尊とのやり取りに譲歩する流れは読み込んでいたとも言えるし、並行して計画を進めていたとも言えるのだ。
「実はな。今は申すが、すでに私の分身は、下界に派遣済みなのだ。君がよもや協同で謀ろうと持ちかけてくるとは思わず、自分の計画の中だけでコマを動かしていた」
「どういう計画だったのです?」
「歴史進行をシナリオの顕しによって促進しようというものだ。この方法で、歴史の遅々とした流れによって、人々の魂の腐敗が致命的にならぬうちに、必然的な歴史成就、つまりプログラム終了までの課程を短縮しようとしたのだ」
「ではプログラムの秘密のシナリオを暴露しようというのですね。そのようなことで歴史が促進されるのですか?」
「人界に暴露しても仕方がない。ただでさえ諸説紛紛なのだからな。神界に暴露するのだ。
もともと私の与えた法則にはなかったものだが、天尊たちが相謀って、プログラムの進行のために秘教組織を作った。
その存立基盤を呪術的に揺るがすことになるから、時少なしと感じて焦った秘教組織は歴史を加速しようとする。
いわば下剤を投与するようなやり方となる」
「それでは私のお腹の子はどうなるのです?」
「一世去ろうとするときに、天仙を一掃する戦いがある。その後で心置きなく子供を産んでもらおうかと思っている」
「あなたは、この世には見るべきものがないとお思いだったのですね。私はそうは思いません。
たとえ苦難はあっても、この世の要素と、理想を織り交ぜて顕現できるはずだと思いますよ」
「ううむ。確かにそうかもしれない。愛しいお前にはかなわないな。できる限り、そうなるように努めよう」
「遅れ馳せですが、あなたの分身の相方として、私も分身を下生させましょう。あなたの分身は男ですか、女ですか?」
「乳母役に適切な者が居なかったため迷いに迷ったが、私と同じ陽性にすることにした」
「ではわたしは陰性として下生させましょう。もっぱら行き過ぎを是正する役を負わせます」
「この二人には、人間としての生活をしながら、我々の予定するプログラムを起動するためのステイタスとしても動いてもらう。そのために加護と力を与えなくてはならない」
「この者たちの希望もそろそろかなえてやらねばなりません。
なにしろ、成否は別として、いままでたくさんの功業に携わり、そのつど出会いと別れを幾度も経験しているのですから。
私たちのように、いつもというわけにはいかない分、かなえてやりたいものです。道行きを守ってやりましょう」
「我が分身は、いささかすねる傾向にある。ときおりてこずらせることもある。
哀れと思わぬわけではないが、そんな悠長なことをしておれるわけではない。
神話も書かせなくてはならん。それによって、改革が決定的になる。詰めを欠くことはもうできないからな。
地上での働きを終えた後に、最低限、お互い元つ身に還元してやればよいとも思っておる。
それはとりもなおさず、我ら二人が望月となっての蜜月となることだ」
「天仙たちが、二人を迫害しにかからないでしょうか」
「それは大丈夫だ。天仙はすぐにこの二人に気づく。その時点で、ないがしろにできない存在になるのだ。殺傷事でもするようなことがあらば、今度こそこちらの大義名分が通る」
「そうならないようにしたいです。でも、任務遂行に妨害はかかりますね」
「うむ。だからあらゆる方法で導かねばならぬ」
「物心両界からの支援も」
「この地球を、いずれ宇宙全体に及ぼすモデルケースとしよう。天仙は世界のシナリオを考え運行するが、我々は天仙たちを含む宇宙のシナリオを運行させなくてはならない。
それには隠れた秘儀がいくつか要る。退廃した黄泉の世界を封じるために火の鳥の出現に合わせていく。
天仙たちに封じられた善神たちの救出と解放が次にこなくてはならぬ。そして元あった節理の回復。
それから、かくかくしかじか・・・。
こうして、厳格な支配は必要なくなり、あらゆるものに愛と悟性が支配的な新しい時代に代わっていくことだろう」
「それより先は、不幸のない世界ですね。きっと」
「そうだ。退廃への魅力の消え去った、すべての者がともに愛し合える世界になるだろう。
不純英知を多少まじえながらも、程よく矯正がなされる学びの世界が誕生するだろう。
このことは、諸天にも内緒にしておかねばな。彼らに話してよいのは、公開話だけだ」
噂をすれば、何とやら。
そこに小さな巻き雲にそれぞれ乗って、甲冑に身を包んだ神を筆頭に何十人かの諸天がやってきた。
さっきいた、広目天をはじめとする神々であった。
「いかがでしたか」
「ああ、これは広目天殿。とうとう、天尊殿の講釈にはかないませんでした」
「あれほどの話なら、誰も規模の上では太刀打ちできないでしょうに」
「おかげで、妻はこのとおり、天仙のものにはなっておりませんが、こちらの目論見は交わされてしまいました。
また、スーの姉妹が天仙の罠にはまっていることを見逃しておりました。
とにかく、外交交渉は失敗。下界に戦いの場を移して、地道に作業を進めねばならなくなりました」
「天仙の締め付けは強化されるでしょうが、私たちも協力を惜しみません。下界に送られる者とは誰でしょう。また、どのような形態で運用になられます?」
「私たちの型を演ずる者を二人選びました」
「二人。その者とは?」
「我々の分身です。もう我々が直接関わらざるを得ない状況ですから」
「そうですか。役割がうまく果たせるように、みなして守護いたしましょう」
「すでに我が分身は、毘沙門天殿に預けており、妻はこれから送るところです。それをよろしく願います」
それを聞いて、広目天が眼をよりかっと見開いた。
「聞いた話では、毘沙門天殿は、せっかく一国の領主として善政をさせるべく下生を予定していた分身を、予定を急遽取りやめてこの任務に就かせることにされたとのこと。
それでは私の面目が保てません。私には弁天様の分身を預からせてください」
「ではさっそく送りますゆえ、よしなに願います」
水面にさざなみがたち、色合いを変えて映ずる中に、青年と少女が映し出された。
それは地上でこれから演じられるであろう数百もの三次元ハイライトシーンであった。
まるでSFXのプロモーションビジョンのように、動いているシーンあり、静止シーンありであった。
「我々は、この二人に世情モニターの機能だけでなく、彼らの行動に我々の想いを移情付託し、この宇宙の成り行きに関わらせることにしました。
この二人は、我々二人の微分解であり、その行方は我々の心の行方をあらわし、世界の命運を賭ける者として機能することになります。
賭けという方法は、実験系の影の為政者が喜んで使った手段ですが、ならばと、賭け駒を我々も用意し、このゲームに望むつもりです。
二人の成り行きによって、この宇宙の成り行きを次のように裁定します。
まず、本題の魂の汚染度の測定によって、汚染度が許容限界を越えた時点で、改革に着手します。
腐敗を招くに加速的な段階では、直ちに宇宙の廃絶手続きに入ります。
また、二人の一生をこの世界の縮図とします。
二人が基本的理想を達成し幸福裏に命終するならば、現宇宙のさらに先を見据えることにいたします。
二人が基本的理想を達成できないならば、宇宙の非情の構図を汲み、改革に着手します。
二人が出会うも別れ、あるいは結ばれても悲劇をもって裂かれることあらば、宇宙の邪意とみなし、二人それぞれの評価を勘案し、改革ないし廃絶の手続きに入ります。
以上、基本的な三つのステイタスにおいていずれかに属するものとして対応させ、この宇宙の進路を決めるものとします」
「彼らの基本的理想とはなんでしょう」
「彼らの間に本来備わる求合の理念の満足と、彼らに付託された役割、機能の完遂です」
「しかし、実験系、とりわけ地球では、人間個々の努力に負うところが大きいわけです。
無努力をして理想実現が満足に行かず、地上界ひいては実験系の責任とされても天尊殿は迷惑千万と申すのではないでしょうか。
しかも、この世界のソフトにあっては、並たいていの努力では、事はうまく運ばぬように工夫されております」 と、増長天は、いささか怪訝そうである。
それに対して、弁天が釈明する。
「果たしてそうでしょうか。すでに実験系には、恣意的に差別が生まれています。
贔屓筋にはハンディをつけることが公然と行われ、無努力で容易に事を運ぶ者もおれば、いかに努力しても徒労に終わる者もいるのが現実。
それを功過の法則と称して不公平が行われるなら、無知と記憶の滅失を逆手に取ったあまりにも不審な制度です。
真理としては真に伏在する反作用の法則のほうを考慮すべきなのです」
「うーむ。確かに初期的な原因でえこひいきがありますからな」
「私は、地上的価値によって、二人を贔屓してくれと言っているのではありません。
彼らの幸福は、地上の価値とは別のところにあります。
愛と魂の自由、そして協調的創造です。
地上的幸福に関しては、彼らなりに努力をすることでしょう。
その努力もふつうに報われるならば、目に見えた贔屓など必要のないことなのです」
「なるほど。そういうことならば」
持国天は、もう少し納得がいかない。
「しかし、たかだか一個の人間をもって、宇宙全体を引き換えにするという不合理へのそしりはありますぞ」
これには梵天が答える。
「あなた方は、目に見える部分の不合理はあげつろってもよいが、目に見えなければ何をしても良いという考えに賛同されますか?
下界を動かすのは、ほとんど目に見えぬ不合理です。
私は、たかだか闇の為政者一人をもって宇宙全体が動いている現状を、別の一人を投入することによって均衡させる試みをしようとしているのです。
つりあいませんでしょうか」
「うーむ。そういうわけならば」
広目天は毘沙門天と張り合おうとしてか、積極的である。
「我々は、あなた様の親衛隊として、二人の支援に回りましょう」
「いいえ。見守るに徹してください。私は彼らをモニターとして投入するのですから、
彼らがどうしても必要として祈るとき以外は、ただ見守ってください。
彼らは強くもなければ弱くもありません。ごく普通の能力を持っています。それが公平なモニターのあり方ですから」
「分かりました」
すでに密命に加わっていた毘沙門天はここで口を挟んだ。
「私はこの青年の親族に、私の分身を守護して入れております。計画の進捗に寄与
すべく、存分に働きましょう」
「ありがたいことです」
その他の神々も、どういうサポート体制を取るか、ここで話をした。
洋一は、梵天の左目として、この様子を見聞きしていた。
まれに見る幸運者であった。
天空の蓬莱島は、悠久の時を刻むかのように平安であった。
しかし、いずれ戦いがあれば・・。
とりまく水場にたたずむ諸天たちは、水面に映る下界のありさまを真剣に眺めていた。
だが、慰問に訪れた諸天の中には、当然ながら天仙につくものもいた。
それを承知で梵天は手の内を明かし、間接的に意図を伝えさせようとしたのである。                    
いっぽう、こちらは元始天尊の宮殿である。
「ソンポウロウ兄弟組には、煮え湯を飲まされた。つまらぬ遊びに興じおって。この実験宇宙に規制の網がかけられてしまったではないか」
そこに、事成りの玉で梵天とのやり取りの過去を覗き見ていた妻の闇太后が考えをさし挟んだ。
「まだそうは言えませぬ。聞けば、取り決めは大枠であり、きめの細かいものではありません。なし崩しが効きます。
それに、梵はやはりぼんくら。何を取り決めたかも分かっていないのでは?」
天尊は苦笑いした。
「うむ。確かに詰めの甘い奴だ。が、目をつけられ工作員をいくらも送りこまれていることがすでに面白くない」
「こちらも、逆に工作員を遣って攻勢をかけることができましょう。梵の全系に渡り、こちらへの賛同者を募るのです。
賛同者のほうが多くなれば、やがて梵はなにも言えなくなります」
「うむ。その方面はお前に任せよう。ところで梵天大使の密命者とは何者なのか」
そこに、蓬莱島に行ってきた諸天のひとりが闇太后に耳打ちした。
「なに?ではあの二人がやってこようというわけですね。あの憎き白娘と、その恋人であった者か。
白娘は、義理の妹西王母の桃園の桃を盗んだお尋ね者です。どうしてやりましょう」
「事は簡単ではないぞ。殺しでもすれば、梵天が黙っていない。
それこそ、それを口実に戦いになるだろう。
野放しにすることはできないが、監視をつけて彼らの行動を見張ることはできる。
そして、事が済めばこの宇宙から、さっさと出ていってもらうしかない」
腹心の太公望は、天尊の狼狽ぶりにニヤニヤしながら、こんなことを言う。
「また性懲りもなく来た場合はどうするのですか?」
「同様だ。その他の工作員には容赦せずともよいが、とにかく、なるべく丁重に扱ってやれ。
生かさず殺さずというのもいいだろう。
とにかく、何かおかしな事をしようとすれば、それと分からぬように妨害せよ。
要は、この世に抗うことが無意味に思えるようにしてしまうことだ。監視の目を強化せよ。
彼らの工作の目論見を阻害することはいっこうに構わん」
「ふふふ。分かりました」
「それに客の帰還を保証せよなどと梵天は言っておったな。客の趣向がマッチしただけであるのに、あれもこれも考えてやらねばならんのが面白くない」
「あなた。そのようなことをする必要がどこにあります。私にいい知恵があります。根ぐされにあたりそうなものたちを、逆に我らの完全な協力者にするのです。
この世界の支配者階層に抜擢し、たくさんいい目をさせてやれば、その頭数の増えた分、こちらに有利な証言となり、外部から横槍を入れられなくなります」
太公望は手を打って頷く。
「名案ですね。根ぐされ一族で砦を築かせるというわけですか。一人でも欠けることを嫌う梵天にしてみれば、手出しもしにくくなるというわけです」
「その通り。彼らを地獄から引き出して、国王にでもとりたててやればよいのです」
「残虐なソフトに浴した者たちだから、その他のソフトに影響を及ぼさぬようにせねばなるまい」
「まあ、あなたならそうなさるでしょうが、私なら歯止めはかけませんね」
「これは怖い。そこまで魂あるものに憎悪するか。まあ待て。お前たちにもいずれ魂を持たせてやろう。そのためには、私が全系を支配せねばならないがな」
「協力いたしますとも。あなた様をお慕いしておりますから」
「こうやって会話しているうちにも、梵天のシークレットネットが働いているやも知れぬ。いいか。
魂を持たぬお前たちならば、梵の系列ではないから、網にもかからないはずだ。
腹心に智謀長けた者を揃えて、どうすれば天下を奪取できるか謀ってくれ。私はそ知らぬ顔をしていよう」
「心得ましたよ、あなた」
「奥様。私も陰ながら協力申し上げます」
「よしなに。そなたの智謀も頼りじゃ」
「二人してうまく謀れい」
純粋英知から外れたところから事態が進行した場合、自然の反作用によって、早ければすぐにでも破綻をきたしてしまう。
その問題を天尊はもののみごとに解決した。
いつか破綻するとしても、反作用を貯めて貯めて、ちょうどダムのような魔法のソフトで貯めておき、いざというとき破綻の程度をすさまじいものにして、延滞したものの一気解消を図り、その反動で次の時代を呼び覚まそうとする、計算づくめの知略で存続を得ようとしたのである。
それは実際、ほぼ計算どおりうまくいった。
それも全宇宙を局部に分けて、それぞれの場所で反作用をダムで堰き止めて蓄え、適宜、爆発的に破綻させては復興させるのである。
こうして、地球などでも、アトランティスやムーとして知られる文明、さらには爬虫類全盛のジュラ紀などが破綻し、更新されていた。
運営するソフト面ではうまく対応できるかに見えた。しかし、人材面はそうは行かない。
元始天尊はクーデターを起こしてこの世界の実権を握ったがために、次は自分がクーデターなどで倒されることを何よりも怖がった。
太公望のようなよほど腹心の天仙の部下なら別として、重く用いる天仙であっても信頼が置けるものではない。
反動がいつ襲ってきて、部下によって自分が殺されるかもしれず、天尊は太公望のような智謀の長けた腹心を頼りにした。
太公望は、かつて自分を見出してくれた天尊が、孤独な境涯であることを見て取り、彼のために唯一信頼の置ける存在を作って差しあげようと考えた。
深く魂の根源に関する知識を探り、本性が如意自在の性質であるという認識に至れば、魂を持たないものにでも、人同様、感情や思考能力を持たせることができる。
これを作れば、大きな節理的反動が起きると考えられたが、それは別の方法、魔法で遅延させ、一気解消の道がある。
とすれば、天尊の身の回りの世話や警護にあたらせるのに適当であると考えたのだ。
つまり構える借金に質も何もないと考えたのである。
ここで太公望は、魂から魔法の魂を、” 杖”として現出させることに成功した。
この魔法の力は、魂のすることよりは劣るが、眠らされ、力を限定された封神処置後の魂からすれば力の及ぶものではない。
この仕組みを利用して、並み居る天仙すらも凌ぐ力を付与しようとしたのである。
杖の製造のためには、力を十分に持った曇らされない魂が必要であった。
太公望自身は、後々の著しい反動を考えると、自らやれる話しではない。天尊も同じである。
ところが、あり難いことに、天仙に連れてこられた地仙の妾妻たちが、愛する天仙の夫のために身を差し出したのである。
初めは何をさせられるかわからなかったに違いない。
だが、手なずけられ、その内実を知ったころには、もう身を引くこともできなくなっていた。
女仙は丸く桃のように身をかがめ、杖を製造する機械の中に閉じ込められた。
そして求めに応じて、卵を産むごとく、杖を産むようになったのだ。いわば鶏舎の鶏であった。
そのストレスを解消するために、ときおり天仙の夫が、桃の尻の間から男根を射し入れた。
天尊は、天仙の間に位階を設けていた。
その位階制度に逆らうものは、絶大なる天尊と太公望の超能力により殺され封神されるという規則さえ作られていた。
天尊は、太公望を天尊に次ぐ位階とし、その同列に、杖の如意力から生じた闇太后を据え、正妻とした。
つまり、闇太后は魔法の杖の権化である。
そして闇太后に、天尊とそのシステムの警護役である杖の子孫の生産を全面的に任せたのである。
こうして節理を外れた闇の種族が誕生した。
しかし、天尊も太公望も、この件に関しては、諸天にはまったく伝えず、天仙においても、よほどの腹心の部下を除いてはいっさい知らされていなかった。
そして表向き、天尊は由緒ある姫を娶ったこととして盛大な挙式を催した。
魔法の杖の種族、それはまったく、知らぬものにとってはどこからかやってきて、いつしか棲みついた種族であるかのように思われた。
魂の偽者を看破できるほどの者が居ないほどに、すべての者の目は曇らされていたのだ。
正妻の闇太后が同属でないなどとは誰も知らなかったし、天尊もこの秘密を禁忌であるとした。
他者に知れてわざと秘密の漏洩することを避けたのである。
絶大な権力を手に入れた闇太后はじめ杖の眷属ではあったが、魂を持たないという負い目をいつも背負っており、魂あるものに対し嫉妬と憎悪を向けるようになる。
闇太后と二人になったとき、天尊はこんなことを言っている。
「梵天はやはり何もかも分かっていて、わしらを取り潰す意欲を見せているのだろう。
だが奴のアキレス腱は弁天。弁天が言うことには何も逆らえないでいる。弁天をおだてて厚遇してやることだ。
我々の仲間に引き入れても良い。ただ、弁天の作った相互扶助ソフトが改竄されていることを知られてはならぬ。注意すべきはこの点だ」
「梵天と弁天の結束を乱せばよろしいのでしょう。すでに二人は意見が違っている模様ではありませんか。
ならば弁天をこちら側に引き入れることもできましょう。
それに比べて私たちの結束は、誰にも邪魔されることはありません。
おまけに私はあなたとの間にたくさんの結束の強い子を作りました。
見てくださいましな。私の眷属のまとまりよく意気盛んで活発なこと。
どこに魂がないなどと言えましょう」
「そうだ。よもやお前が、” 杖”から生まれたミュータント魂魄であろうなどと、誰が思うだろう。
私はそもそも魂あるものなど、信じていたりせぬ。
とくにあの政変を経た後の禽仙どもはそうだ。
人仙でさえも、わしが何を考えているか怖くて付き従っているだけだ。
わしは孤独だった。
それゆえ、ちょうど梵天が弁天を妻として作ったように、わしもその形態を真似てお前を作ったまでのこと。
だから、梵天がいかに孤独であったかも、ちょうど鏡を覗き込むように分かるのだ。
だから不公平にも、わしの行動を咎め立てさせたりするものか。そうならそうで、こちらにも考えがあるというものだ」
「あなた。私はあなたに作っていただきました。そして、他の仙たちを凌ぐくらいにまでしていただきました。
あなたの加護なくしては、いつ潰え果てるとも知れぬ身。限りなく忠誠を誓います」
闇太后は、生木の載った杖を産む魔法盤に手をかざしながら、天尊の愛撫を受けた。
むろん魔法盤の下には、地仙の妾が腰や背を折り曲げてこの機械のエンジン部品と化していた。
手をかざす魔法盤の上には、煙が上がり、それが自然に引いていくや、盤の上にいぶされた黒い杖が生じていた。
「このたびはまたひときわ赤黒い煙が上がったな」
「復讐のため生け贄を求める心がそうさせました。この杖代は梵の全系すらも破壊するほどのものとなります。いわゆるクラッキングツールです」
「こんなものの存在を知ったら、梵天は黙っていまい」
「あなた。そのときはあなたもただでは済みません。私ももちろんのこと。
でも、そのときはこの世界も梵の世界もただでは済まないということです。
ちょうど約束により、ファイアーウォールは取り払われます。
そのときにこのツールを送り込みます。
私や私の眷属が潰え去るなら、同時に梵のシステムも潰え去るのです」
「恐ろしいものを。最後の最後に使うのだな。うーむ。それもいいだろう。わしはわしの妻や子供たちと共に終えるなら、それでいいのだ」
「あなた。もっと抱いてくださいまし」
「おお、愛しい子よ」
さて、もういちど、こちらは梵天のいる蓬莱島である。
梵の寝所の周りはすべて水であった。
そこにふかぶかとした下界のありさまがつぶさに見えていた。
そのときはまるで、20畳ほどの床が空飛ぶじゅうたんのような感じになった。
そこに集う神々や仙の数が増せば、また場所が広がり、時には巨大な一山を含む島となって虚空に浮かぶ蓬莱島となるのである。
だが、このときは梵天と弁天、毘沙門天、広目天の四人であった。むろん梵天の左目は、
洋一の目と共有している。
梵天がパイロットよろしく、ベッドサイドの操縦レバーを前に倒せば、地球がどんどん近づき、大気に突入してやがて広大な大陸をかすめて、海原を飛び、梵天の密偵がいると思われる島にズームインしていった。
洋一にもその形から、そこが日本であるらしいことが分かった。
梵天は左手にある何万カラットもあろうかというダイヤのダイヤルをゆっくりと右に回した。
すると徐々に下界の様相が灰色がかり、色彩を失っていった。
見えていたものが輪郭を持つ半透明なものとなり、逆に見えなかったものが見えてきたのである。
暗い周りに蛍のようにきれいではなくぼんやりと明滅を不規則に繰り返す光がいくつも存在している。
人と見えていたものも、そのうちの一つであったが、かなり力強く、明滅の時間も長い。
その他のいくつかは、その周りにあって多少の差はあるも、消え入るようであり、明らかにさ迷っているようであった。
あるいは、唐突に現れ、ただちに消えてしまう光もあちこちで見られた。
「あれは魂から供給されるエネルギーによって思惟が光っているのです。
このあたりは、過去に大きな戦があったため、思いを残して死んだ者がたくさんいます。
心をここに残しても、自らをここに繋ぎとめることができないために、明滅しているのです。
むろん、ある歴史の中における人生というソフトを終了した後でこんなところに魂が思いを留めていてはおかしいのですが、今でもたくさん存在しているでしょう」
毘沙門天はそれに、「まさに仰る通り」と答えた。
戦が過去にあったと思しきあたりに、その明滅する光の密度は高いようであった。
だが、少ない密度であってもけっこうあちこちに光は見えた。
生きている人や生き物の持つ光とは明らかに異なって、弱々しいものであった。
「レジスタンスの地仙、リュウシャクが語るには、地上のソフトにのめり込むあまり、ソフトの与える運命線と自己同化してしまい、悲惨な結末であればあるほど、そのソフトを死という形で終了しても、多大な傷を魂に追ってしまう者が後を絶たないといいます。
それは私も知るところであり、かねがね心を痛めていました。見られよ、この地球をとりまく亜空間の無情な現実を。
ソフト終了後も、中陰の手続きに導かれることなく、ソフトの実演空間をさ迷っている魂がいかに多いか。
彼らが無影響無害であればまだしも、地上の実演者に応答要求コマンドをかけ、反応があれば様々な悪しき精神波動を送りつけて、実演者の判断に悪影響を与えて悲惨な結末に導き、またもさ迷う仲間を増やすという悪循環を繰り返しています。
他の惑星ではさほどのことはないが、ここは禽仙に組みした者たちが多く流刑に遭っているところゆえ、放置に近い。懲らしめの意味が強いのでしょう」
広目天は言う。
「そのようです。彼らには次なるソフトも、導きの機会も与えられることなく、地上における何百何千年の時を無意義に送っている場合もあります。問題なのは、その彼らが地上の者にまで影響するということです」
「彼らが悟らぬゆえ、彼らの自由意思ゆえと言ってしまえばいかにも聞こえがいいですが、その実は自己限定に追い込み、根ぐされさせるやり方以外のなにものでもありません。
真に救いの神が実在しているならば、こんなノイズのたちこめた亜空間的をそのままに捨てておくはずがない」
毘沙門天は言う。「その通りです」と。
「だから、天尊の主張は欺瞞であることが分かります」
弁天はそれでもまだ見込みを主張する。
「システムの改善点を列挙して、直させることはできると思います。こちらから要求を出し、それが悪意によって無視されてはじめて、行動を起こされてはいかがですか」
「その場凌ぎの改善を施すだけであろうと思うが。なぜなら彼らに根ざすのは背徳の原理だから。だが、あなたがそう言うなら、要求してみようではないか」
梵天がダイヤルをやや戻すと、そこはかつて古戦場になったことのある山間の村であることが分かった。
おりしも、小雨が降ってきた。
梵天はそこで、一句吟じた。
春雨に兵士の恨み翳みゆけ
また、どれほどか先には、何百もの蛍が山肌に張り付くように弱々しく明滅していた。
小さな石彫りの地蔵が累々と、木々の根方に置かれていて、そのひとつひとつに亡き我が子への思いが込められていて、その思いが小さな地蔵の中で明滅しているのである。
ここはかつて悪疫が流行した土地。
戦乱と戦費調達という人為的な飢饉に追い討ちをかけるようにして起きた流行り病がこの地にかつてあった。
多くの人々が、特に幼い子供たちが多く死んだのである。
そこにもやはり、この世の無情に恨みや悲しみを残している、古く縮れた母子の霊がいくつも地縛して漂っていた。
おりしも地藏たちに相対するように、桜の木がまさに花咲こうとする蕾をたくさんつけていた。
それを見て、梵天は二句吟じた。
吾子ゆきて千体地蔵や蕾花
楽土にて母子の宴や花蕾
この花が満開になる頃、迷える母子の霊が浮かばれるように。
それはもうどれほどか先である。