投げていた50歳以降が買い取られる

私の人生を買い取り、満50歳の壁を突破 させたのは奥津嶋姫弁才天だった

考えてみれば、私ほど傲慢な者はいないでしょう。
普通の人は、自分の人生の吉凶禍福の展開に責任を持つものです。ところが、私は吉事や福事のときはこれで普通と思い、感謝も満足にせず、凶事や禍事のとき には自分の過失は棚上げにして天の責任にしていたのです。
そして、先行きの見通しもこの程度かと判断できた頃、四十歳代の時でしたが、天に向かって「人生五十年というとおり、私の寿命も五十年で終わらせてほし い。次の転生の予定があっても、金輪際拒否します」と請願したのです。

たまたまその頃、心房細動を発症し、薬でいったん直ったものの、肝機能が悪化したため医者に行かなくなり再発。とうとう、投薬では元通り治らないことがわ かった頃だったでしょうか。
また、結婚もしていなかったことも、人生を面白くなくしていたのかもしれません。それでもなお、変人もいいとこながら、たまたまある寺院(淡路島の世界平 和観音像)に行ったときに見つけた弁才天の仏像に線香を上げながら、「もしよければ結婚してください」と手を合わせたのでした。(おいおい、本当に変人も いいとこだな)

ところが、不思議なことが起きました。

私がまさに満50才を迎えるという直前日に、それ以降書き続けることになる新神話の最も大事なパートナーになるところの女性が、初めて メール連絡してきてくれたのでした。しかもその日に2通も。私が1997年頃から開設していた物語創作サイトのホームページを読まれてのことでした。
そのとき、私は天に請願した経緯は微塵も頭に上らず、漫然と50の境を過ごしていました。
まさか天が本気にされているなどとは、思ってもみなかったことだったのです。

しかも、この女性は弁才天ゆかりの人であることも、お付き合いするうちにわかってきました。
弁天三姉妹のうちの”奥津嶋姫”様の化身だったのです。
ただし、下界的な結婚は無理な状況でした。そこで新神話の中でのみ魂の婚儀を二人の合意で執り行いました。
ただ、これも不思議なシンデレラの時間のようなものでした。限られた期間が割り当てられていたようです。
が、その期間、私にとっては不思議づくめのインディーな世界になったのでした。

この人の名は新神話(実話に基づく私小説)において、”カンナオビ”としています。私が理想とする浄化の神・カムナオビ神にちなみます。