新神話 第七章

第七章 未到来の章

新神話なる

それから約ひと月の後、ネアンは夢見の孔雀堂において、新しい神話を盛り込んだ補完文書の巻物をイナンナに見せていた。
その梗概頁には、こんなことが書かれていた。
すべての神話起動に至るまでの手順を鶴亀の印章を持つものが要領よく踏んだ結果、地球西紀2000年に復活飛翔していた火の鳥は、ネアンが新しい神話をしたため終わると、ネアンの化身した朱雀の魂と合体し、地球西紀200X年、新神話の筋書きを実行しはじめた。
火の鳥がまず第一に行うのは、国常立神とその妻豊雲野神の復活である。
ばらばらにされた身体の破片を拾い集め、核となる魂を地底の最下層から救い出して一つにするのである。
その神の復活により、復古の臨時政府ができるはずである。
その後押しとして、梵天をはじめとする太古神たちの強力な介入が始まり、宇宙のつぼにパスルート節理を設置し、稼動させる。云々。
最後の仕上げまでの完成された新神話が、野太い巻物となってしたためられていた。
イナンナはそれを短時間に読みきった。
「面白かったよ。じゃあ、私はこれを渡しましょう。きっとこのときのためのものだわ」
小学生のときに見た八角堂に至る夢見の際に手に持っていた光り物の袋を、イナンナはどこからか入手していて、ネアンに手渡した。
ネアンがその袋を開けようとすると、中からまばゆい黄金の光が射した。
二つ何かが入っていた。そのひとつを取り出して見ると、それは輝く黄金の桃の実だった。
「これは?」
「私が白蛇のとき、西王母の蕃桃園に忍び込んで持ってきた桃よ」
「じゃあ、白蛇伝はやはり・・。
じゃあ、こっちは何?」
桃をイナンナに渡し、もうひとつの品物を取り出してみると、それは新神話の巻物を入れるのにぴったりサイズの小箱だった。
「あっ。思い出した。
これは私が乙姫のときに、もしもあなたが竜宮に帰ってきたら、あなたに渡そうと思っていた第二の玉手箱だわ。
今あなたは帰ってきたから、と言っても私が探し出したんだけどね。でも帰還は帰還。
私の胸の竜宮に帰ってくれたから、あなたに渡します」
「ぼくも思い出してきた。竜宮でもらった第一の玉手箱には、ぼくが履修すべき仙道書の巻物が入っていたんだろ?
ぼくはいちおう履修して仙人になり、鶴の印章を拝領するようになった。
だがぼくは老人になっていたから、鶴の役を見込みのある若者にと、仙道書と共に安倍晴明に渡したんだ。
じゃ、これには何が入っているの?」
「いまは空っぽ。でもこの中に実現したいことを書いて入れるとその通りになる箱なの」
「そうか。いまこの時点で、となると・・きっと、これを入れるんだ」
小箱の蓋を開け、その中に新神話の巻物を入れると、ちょうどサイズがあつらえられたようにぴったりと合った。
そして蓋をすると、玉手箱は七色を現じた後、まばゆい赤い光となって輝いた。
赤い光は、ひときわ強烈に輝くと、テーブルの上にある孔雀像を包み全身を輝かせたのである。
まるで炎のようであり、その中にときおり浮かび上がるのは、火の鳥を小さくしたような朱雀であった。
朱雀は生き返ったように動き出し、唖然と見ているばかりのネアンに覆い被さってきた。
ネアンのフード付きコートのように見えたのも一瞬、やがて一体化してしまったのである。
「ネアン。あなた本体に返ったのね」
そしてときおり、ネアンに変化して見せる。その合間にイナンナにメッセージをよこした。
「イナンナ。いかにもこの世は、悲しみと愚かさを演ずる世だった。
この世こそ、物語の中の世界かも知れない。
そうであるときに、この物語を演じるものたちが、最後にしっかりとその意義を掴み取れずに去っていかねばならないとするなら、いかにも悲しい。
ぼくはそこに神話物語でもいいから、意義を与えたく思った。
少なくとも、ぼくに関わり、一生を傾けてくれた人たちに奉げたい。
それは、わが母、わが父、妹、君、友、そして周りにいるものすべてだ。
みんなに意義と感謝を奉げたい。
君は、然るべき日に、本体の梵天を目指して飛んでいってほしい」
それを最後に、ネアンは朱雀となって飛び立った。
「ネアン。あなた、どこへいくの?また戻ってくるんでしょ?」
声はもうなかった。
イナンナの直感の中に、こんな言葉が浮かんだ。
ネアンは世を去った。
顕在意識を一つの物語の上に遊ばせた一つの魂は、本体に帰命したか、永久に廃絶されたかのどちらかである。
鶴の最後のご奉公であった、と。
黄鶴一去不復返
白雲千載空悠遊
イナンナはたいへんなことになったと思い、目を覚ますことにした。
激しい動悸と共に、夢から覚めたイナンナ。
夢であったと改めて知ったが、気が落ちつかない。
早朝であったが、ネアンに電話をかけた。
すると、「おはよう。何だよ、まだ外は真っ暗じゃない。早いなあ」というネアンの声。
ほっと安堵である。
「ああ、ごめんね。今朝、怖い夢見たものだから。あなたも同じ夢見をしていたでしょう?」
「ええっ?前もって打ち合わせていなかったから、夢見はできていないよ。
君はよく見るなあ。ぼくもなにか夢を見たような気がするが、忘れてしまったよ」
「共に夢見てたんだよ。あなたが出てきて、完成した神話を見せてくれたよ。私はそれを八角堂に持って行こうとした玉手箱に入れて・・」
「それで?」
「いや。もうそんなことはいいの」
「途中まで言っといて、それはないだろ?」
「いまは嫌なの。また気が向いたら話すよ」
「でも、怖い夢なら解決しなきゃね。じゃ、おやすみ」
「待って。神話は完成したの?」
「粗稿はできたけど、完成はもうちょっとかかりそう」
「そう。まだだったの。じゃ、おやすみ。ごめんね、起こして」
「はーい」
イナンナは、ネアンが神話を書き上げたときに、どうなるかやや不安であった。
もしかしたら・・・。

国常立神の救出

さて、ネアンの製作した新神話の終盤部分には、こんなことが書かれていた。
2000年10月に火の鳥はマグマの大地を蹴って復活飛翔し、200X年には霊妙かすかになり、
誰知られることなく、宇宙全体に普遍する分子に溶け込むように沈潜していた。
そしてあるとき、火の鳥は朱雀の存在を感知し、活性化し始める。
火の鳥は、心臓の位置を空洞にし、朱雀を収容する準備をする。
それはまるで、どこかの子供番組に出てくる戦闘獣のようである。
そして、朱雀の持つ玉手箱の神話に感応して、その中にあるイナンナとネアンの合作とも言うべき新神話の筋書きを実行すべく行動を開始したのだ。
この宇宙と梵の全系との境界にまで達していた火の鳥は、地球への急速な帰還を開始する。
その速さが周囲の空間を捻じ曲げるほどであるため、監視の目はじめ天仙の知るところとなった。
「トウハツバダイの辺境に超遊星です。
長大な朱色の光芒を引きながら、あらゆる保存則を満たすことなく、非常な高速でナンエンブダイ方向を目指しております。
天の異象でしょうか」
「これはおそらく見たこともない生命。
もしかすると、火の鳥では?
直ちに天尊様に知らせて緊急集会を」
直ちに緊急集会となった。
天尊は知らせを聞いて、指示を出す。
「まず何者であるか見極めよ。
もし良からぬものなら、天仙衆の総力を結集して封じるように」
「緊急連絡です。ただいま遊星はナンエンブダイに入りました」
「その境界で、何のショックも受けずにか?」
「はい、まったく変化はありません」
「とすれば奴は微かな霊妙体でできている。
観測にもかかりにくいわけだ。
これはあまりにも事が早い。
何を目的としているかすぐに調べろ」
「進路は地球を向いています」
「しまった。やはり!!」
「ああっ。天尊様。急に観測網から消え去りました」
「地球へ、全天仙を集結させよ」
「ははっ」
天仙のすべてが地球の上空、とりわけ日本の上空に密度高く集まった。
あらゆる”感”が動員されて、陸海空からの波動の感知がなされる。
空は濁りながらも高気圧の下にあり、青く澄みかすかな薄雲を漂わせていた。
ところが、その天空の色が突然、全天若草色に変化した。
火の鳥が地球よりも大きい遊星のようであったために、地球を覆ってしまったのか。
薄雲から日の光が漏れるように、若草色の大空は、きらきらとした細かいきらめきの粒
子を大気一面に振りまいた。
「なんだこれは?雪か?」
「なんでしょう?」
「心せよ。ただ事ではない」
天尊はその光景に身震いした。しかし、何をすれば良いか見当がつかずにいた。
そのときである。
赤く燃えるような色をした鳥、朱雀が地上から空に向かって飛んでいった。
それを追うように、何十もあろうかという氷のように輝く巨大な十字架が、若草色の空
を目指して飛んでいった。
「あれは何事!!」
「何でもいい。撃ち落とせ」
天仙たちが抹消ビーム光線を送っても、十字架がそれらをことごとく遮るか、反射させてしまった。
火の鳥は日本の上空で、やってきた朱雀を心臓に収容すると、天仙の見ている前から姿をかき消し、ほどなくイナンナが見ている夢見の世界に到達した。
草原でたたずむイナンナの前に、遊星大から全長20メートルほどにまで縮小した色鮮やかな朱金色の巨鳥が現れた。
<イナンナ。ぼくの声が、聞こえるかい?>
「聞こえるよ。ネアンね。そう。これこそ私があなたに黄金の鳥と表現した鳥よ。
臨死のとき、私はこの鳥に乗って地獄を脱出して天国の入り口まで行ったの」
<じゃ、要領は分かっているな?>
「何とかなるわ。任せといて」
<さあ、乗って。今ぼくは、朱雀であると共に火の鳥の記憶も併せ持っている。やるべきことは分かっている。
君がかつて見た夢のように、地獄のいちばん最下層に行き、貴い神様を救い出すんだ>
「私たちがその役目を果たすのね」
<その通り>
イナンナは蟠桃の桃の入った袋を手にし、火の鳥の胴の上に乗った。
胴の上は居心地良く、ぴったりとした座席が用意されていた。
もう一列後ろに、二人分の座席が目に入った。
<フェニックス計画、開始>
「開始!」
火の鳥は、一瞬にして霊妙体に変わると、イナンナを乗せたままでずんずん南東の地下に向かって飛翔していった。
<鬼界が島の地下から地獄層へ行く>
「はい。ここから豊雲野神のおられる地獄まで行き、救出します。でも、場所が分からないの」
<大丈夫。ぼくには感知できるから>
「そうね。火の鳥は、地獄の最下層の灼熱の火の中で生まれ変わるんだものね」
地獄界に向かって突き進むとともに、周りの光景がフラッシュバック的に望まれた。
それは彼らがこれらの界から直接的に影響を受けないでおれるという意味でもあった。
途中には、性猥地獄も出てきて、火の鳥はしばしスローダウンしたが、イナンナが上から首の付け根を平手打ちして先を急がせた。
魅入られると、そこで留まらなくてはならないのがこの界の特長であるからだ。
これでは計画が失敗してしまう。
次第に悲惨さを増す光景。
手足をもがれ、芋虫のように徘徊する人々がいた。
それをなお、叩き痛めつける醜悪な怪物たち。
その下は、汚物の中につかりっぱなしの人々が、半分蛆虫になりかけている様子が見えた。
さらに下もあった。
ところが、火の鳥はその場所で速度を落とすと、汚物樽の中から、ほとんど黒い蛆になっていた人間大の生き物を羽ではたいて弾き飛ばし、
ものの見事に後部座席につかせた。
汚物の異臭がイナンナを襲った。
「うげーっ」
イナンナは鼻を押さえている。
火の鳥は、それに構わず飛び続ける。
地下をさらに飛びながら、羽をまるで魔術師か、オーケストラの指揮者のように振った。
よく見ると、羽の先で、きらきら光る金やダイヤのようなものを土の中から選び取っているのである。
それは後ろの座席に向かってこれまた見事に落とされていった。
イナンナがおそるおそる後ろを見ると、蛆の姿はもはやなく、女性の像があった。
なおも宝石の断片が彼女に降り注ぐと、いよいよ姿が明るくはっきりし、ひどい異臭も嘘のように消えていた。
<これで豊雲野神のご神体はすべて集まった>
ネアンがそう言うと、みるみるうちに像に鮮やかな色が復帰し、体として動くようになった。
豊雲野神は、いまある状況をすぐには悟れずにいたが、イナンナを見て、はっと気がついたかと思うと、目から涙をこぼし頬をどんどん伝わらせた。
「あなたは、シュ・ナね」
「ええ。あなたの娘です」
イナンナも、母神の姿の思い出が甦り、涙の溢れるのを止められなかった。
<では次は父君、国常立神だ。先を急がねば>
火の鳥は、羽ばたきを強めた。
<芦別岳から、地下に入り、地獄層へ進む>
そこは溶岩が朱色をしてゆっくり動いている。
豊雲野神にしてあの状態。夫神ならばどれほどであろう。
そのとおり、またも幾多のもがく人々の魂を瞥見しながら、さらにあの界よりも下層へと向かった。
だが、ひとつの大きな仕事はそれなりに時を要した。
天仙がリアクションを取らずにおくはずもない。
「天尊様。あれは霊鳥火の鳥です。
鬼界島の地下で活動の反応がありました。そこは豊雲野はじめ重篤な戦犯神の流刑地。
これらの解放を企んでいるものと思われます。もっか、詳しい報告待ち。
もう一方で精密な観測の結果、あの二人の夢の想像世界に至っている模様であることが判明しました。
どうやら、火の鳥の制御はあの両名が夢見の世界で行っているのではないかと思われます」
「ぬぬっ。見落としおって!!」
三人の監視役の天仙が呼ばれた。
「いや、表向きは何もなかったのでございます。お許しを・・ぎゃっ」
三人は、衆目の前で、熔かされてしまった。
別のものから、しばらくして報告が入った。
「豊雲野の身柄が消えております。火の鳥が連れ去ったのかもしれません」
また別のものの報告。
「彼らは、夢界からもはやおりません。孔雀小屋なるところに隠れ住んでいたもようですが、もはやその界からは気配が消えております」
「その夢界はテンポラリーなものだ。破壊せよ。再びそこに立ち戻れぬようにするのだ。
火の鳥は、封じられた神を甦らせに行ったに違いない。
豊雲野とすれば、次はさしずめ国常立神だ。直ちに北海道に赴いて、あらゆる不可侵の結界を張れ。
ううぬ、夢見か。夢見の半完成世界を組み立てるとは。我ら仙道家の初歩の初歩とも言うべき方法を使いおったわい。死角だったわ」
そこに闇太后。
「あなた。夢を見ている張本人がいるのでしょう。それを起こすか、殺してしまえばよいことではありませんか」
「ああ、そのとおりだ。どうしてそんな簡単なことが・・」
「馬鹿ですよ。いまは私があなたを消し去りたいくらいです。
こうなれば、私はクラッキングツールに火を入れに行きます」
「まあ、そう早まるな」
闇太后は、さっさと杖の眷属を集め、最終計画の遂行を命じてしまった。
仕方なく、天尊は自ら、北海道上空に赴き、防衛部隊を指揮することにした。
太公望は、夢見する二人を殺してしまおうと考えた。
ネアンに関しては、宇宙連盟からインプラント装置に起爆工作させればよいから、直ちに実行を命じた。

いっぽう、太公望一人で刺客としてイナンナの家に行ったとき、そこにはスサノオと方士すなわち梵天がいた。
「梵天め。やはりこんなところにいて指示を出しておったか」
スサノオ:
「おお、これは太公望ではないか。もういいかげんに悪事に荷担するのは止めろ」
「やかましい。こうなれば貴様たちから」
そうは言ったものの、梵天がいるため、なにかあるに違いないと、天仙たちを呼びに去って行った。
梵天は今の状況の解釈をスサノオに述べる。
「太公望は、イナンナを殺して、夢見をやめさせようとして、ここに来たのです」
「イナンナが狙われるなら、もう一方のネアンもではないのか」
「その通り。もう狙われていることでしょう。
しかし、彼は肉体を閉じたときこそ真価を発揮するよう、力が封印してあります」
「ということは、死ぬことが最善と?」
「その通り。単独で当初の任務を遂行するようになっています。
たとえば、イナンナとの連携がうまく行かないときには、自ずと死を選ぶことになって
います」
「それはあまりにひどい話だ。わしが助けに行く」
「待ってください。あなたはここにいて、イナンナを守ってください。
夢見が妨害されないように。
私は晴明のもとに行って、先ほど到着した品物を動かさねばならず、ここを離れねばなりません」
「待て待て。イナンナは現世にあるネアンを頼っているのだぞ。
真義が何か教えてからにしてほしい」
「厳しいかもしれませんが、俗人にあって神話を書き、神話を起動し、大世界を改変するということは、それ自体、大罪。
古事記を見事に解釈した者でさえ、死ぬことになっています。その際どいところで、一度は助かったのがネアン。
それを凌ぐ神話を作るとなれば、それに見合う大功が無くてはなりません。それなくば、万死に値します。
魂の廃絶をもって償うか、それとも命を与えた本源なる者が痛みを伴ないながらその魂を引き取るかのどちらかしかないのです」
「そんなこと、いかに悪に寛大過ぎたことを悔やむわしとはいえ、承服できぬ。
そのような執政のもとでは、誰しもが怖がってしまい、それこそまたクーデターが起きてしまうだろう。
国常立神暗殺の咎の一端は、本人自身にもあったと思うのだがな。
あのような苦い経過を再び見たくはない。
ネアンはそなたの妻の弁天の分身であるイナンナの窮地を救った。それは大功に当たらぬか。
神のする功業と、人のする功業には自ずと差があることは分かっておろう」
「まさに然り。では、行く前に、ネアンのことは別のチームに至急依頼いたしましょう。
いっぽうイナンナのほうは、この通りです。ご覧ください」
イナンナはいつしか、横臥するなまめかしい乙女の姿を、鼻提灯を作り頭をやや甲羅の中にすぼめて目を瞑り眠る海亀に変じていた。
その甲羅のくびれの一つ一つをよく見ると蒔絵のように彩色されている。
その中に描かれる内容は、山あり海あり街ありで、様々な理想郷が一堂に会しているかのようであった。
かつてスサノオは何度かイナンナがこんなふうに変化するのを見たことがある。
だがその時の甲羅は、やたらとでこぼこして荒削りで、小便くさい未完成な処女亀の印象を与えていた。
だが、これはもはや完成の域と言ってもよい。
「天下万民の願いを込めて、私ども夫婦が命を吹き込む世界像です。
その設計図はこの五色亀の甲羅に描かれています。
大事な体。どうか守ってやっていただきたい。

それに、いまこの亀は夢見をしております。
誰にも妨げられないように願います」
そう言うと、梵天はその場を後にした。
<わしもこのイナンナが好きだ>
そのときにわかに家の外が騒がしくなった。
拭き抜け屋台のように家の内外が見渡せるのが神の視力である。
外の空間に、数十人の天仙が居並んでいた。
たじろぐスサノオ。しかし、かつての戦神の意気がめらめらと燃え上がってきた。
眠るイナンナ亀を背に、大きく両手を横に広げて、十文字となり、何も手出しさせじと身構える剛の者スサノオ。
そのとき、逆に天仙たちがたじろぎ、がやがやと何か言い始めた。
「これは、神獣玄武ではないか」
「このようなときに、どうしたことだ」
「瑞兆なのか、それとも異象か」
そこに太公望がやってきた。
「うっ。どうしてここに玄武!?」
「これがあのイナンナか?」
「それはあるまい」
取り巻くだけ取り巻き、眺めるだけ眺めている。
スサノオは何事が起きているかわからず、この姿勢が何かのまじないになっているのだろうと、両手を広げたままの姿勢を取り続けている。
スサノオが本体の蛇体をもってイナンナの亀を守る姿が重なって、玄武と見えたのである。
やがて太公望は、天尊に知らせるべくそこを去った。
中には、絵に描き出す天仙もいる始末であった。
どれほどの時間稼ぎになるかは知れないが、ともかくそのようにしているしかなかった。

火の鳥は、重濁し本来なら粘りついて霊体ですら身動き取れなくなるはずの暗黒世界を軽々と飛翔していた。
そのさらに先に、完全な暗闇があり、あらゆるエネルギーを豪速の風を巻き起こしながら吸い取っているホールがあった。
そのホールにちょうど鈎針のようなものでホールにかろうじて引っ掛けられた蛹のようなものが火の鳥の光に照らし出された。
たった一つそれはあった。
火の鳥はそれを脚で捕まえると、ホールの霊気が漂い明度を変化させる領域の直前で急激なターンをかけた。
豊雲野とイナンナはホールの方向に飛ばされそうになったが、火の鳥は彼らを羽根で押さえ込んだ。
<しっかり豊雲野様を支えて、羽根にしがみつけ。イナンナ>
イナンナは、豊雲野の腕を右手で取り、左手で手になじみやすい羽根を掴んだ。
<脱出するから、しっかり掴んでいろ>
火の鳥はゆっくりと羽ばたく。イナンナの両腕に引き千切れるかと思うほどの力がかかる。豊雲野神も羽を掴み何とか凌ぐ。
そのうち、その力は減衰し、やっとのことで体制が立て直せた。
火の鳥は飛び続けながら、脚で掴んでいた蛹をイナンナに渡し、イナンナは後ろの座席の豊雲野神の隣に置いた。
「はあはあ・・・」
「はあはあ・・。これは私の夫なのですか?」
「どうやらそのよう・・はあはあ」
そのとき、猛スピードで入れ替わるように、幾人かの天仙の影がよぎった。
「しまった。逃げられたぞ」
向きを変えて、追ってきた。
火の鳥は、追いすがって近づく天仙に対し、むしろ速度を落として近づかせると、射程に入るや、羽根を大きく一振りして、ホールのほうに叩きやってしまった。
もともと遊星大の鳥。その力はあまりに強く、勢いあまって、ホールに吸い込まれて行く何人もの天仙。
玉若と梵天の娘を、鬼のはくもん王の追跡から助けた孔雀や迦陵頻迦のような働きのシーンであった。
「あれはもしかしたら、永遠の闇?もう出てこれないのかしら?」
<神界、霊界、現界、地獄界を通じて存在するブラックホールだ。
あそこに入れば、そのものすごい力に、魂の腐った部分はすべて削ぎ落とされる。
今までの記憶もすべてなくして、ホワイトホールを経由して魂の精髄だけが浮かばれることだろう。
原初的な魂の救済というわけだ>
火の鳥は、地上近くにあった宝石類を指揮者よろしく選び取っていくや、またも後ろの座席に放り投げてきた。
当たらないように屈みながら後ろを振り返るイナンナ。
豊雲野神がそれを避けようとせずとも、蛹のほうに吸いつけられるように宝石は吸着していく。
蛹はほどけ、黒くミイラ化した体に宝石のきらめきが次々と付着した。
「この宝石は、夫神のばらばらにされた体の一部だったものですね」
「それを掻き集めているのです、お母様。この中には元の記憶の部分も必ずあるから、記憶も取り戻されますよ」
そのとき、前方に天仙たちが呪文を唱えながら居並ぶ様が見えた。
彼らの姿は神々しく輝いていた。
イナンナに、激しい痺れが起き始めた。
「ああーっ。なにこれ」
<天仙が結界を張っている。辛抱するんだ>
ところが火の鳥は平気で突き進んで、居並ぶ天仙をボーリングのピンに向かうボールのごとく弾き飛ばした。
イナンナは呼吸困難で息絶え絶えとなった。
消えそうになる意識の中で、目を開けて最後の様子を見届けようとした。
火の鳥は、天仙たちの体を意に介せず通り抜けて、その向こうにあるひときわ輝く多面体宝玉を羽根ではじいて、後ろに落とした。
イナンナの消える間際の意識に、国常立神の完成された姿と、豊雲野神が夫神を介抱するシーンが映っていた。
<よかった。これで死んでもいい>
火の鳥は幾重もの結界を潜り抜け、霊界上層部にある普陀落山の麓にある湖畔に着いた。
そこに着く前から、火の鳥の目は青から真っ赤に変じていた。
まだ何事かすべきことがあるらしく、意識のないイナンナを夫婦神が下ろしてしまうのを見届けると、何も言わずそこを勢いよく飛び立った。
火の鳥の飛び去った瞬間、その方角から、一つの青い光が山向こうに落下した。
それに気付くはずもない三人である。
「シュは大丈夫だ。まだ時間はそれほどたっていない」
国常立神と豊雲野神がイナンナに人工呼吸している。
「水を汲んでこよう。後を続けてくれ」
「はい」

普陀落の里

国常立神は、湖に下りていく際に、どこかで見た光景という既視感を持った。
だが、思い出せない。
苛酷な幻影にさいなまれてきた記憶の中にときおり立ち現れる夢の光景であったような気がした。
だが、森や林がいつとぐろを巻いて締めつける蛇に変わるや知れぬ思いばかりがしてくるのである。
湖の水を見ても、そこから彼を引き込む怪物が現れるかとおびえ、身をすくめてしまう。
それでも、こわごわ水を手にすくい、こぼれぬようにとすぐさまとって返す国常立神。
右手を見ると、間近にお堂のような古く朽ちかけた建物が見える。
<見たことのあるお堂だ。誰か居るやも知れぬ>
そう思ったと同時に、建物から幾人もの人影が次々と出てくるではないか。
国常立神は、思わず草むらに身を隠す。
豊雲野とシュ・ナのことはあるも、足が出ない。
むしろ、逆のほうに逃げ出す構えまでしている。
幻影による教育がいかに苛酷だったかを物語っていた。
とみにたくさんの人影が。それも、武将ふうであるものが多く、中には女も居る模様。
何度か経験した、人間狩りの恐怖が襲ってきた。
<まて。これも幻影なのだ。空に、空に観想しよう>
震える手に水はほとんどこぼれるも、堅く目を瞑り観想しようとする国常立。
だが、近づく人影の気配は高まった。
と、そのときである。
向こうがどのようにこちらを見ているかが、頭の中に映ったのである。
<しだいにしゃがみこんだ私に近づいている。私は頭隠して尻隠さずの状態だ>
国常立は、もう少し草むら深く身を寄せた。
だが、もう居場所が知れたとばかり、自分に近づく向こうの目を自らの頭の中に感じていた。
だが、やがて向こうの感情も分かってきた。
<おや?悪意はないようだ。もしかすると味方か?>
そればかりか、向こうの感情は、国常立自身を包むように柔らかく、何か遠い彼方に思い出されるものがあった。
<気持ちいい。むかしは、こんな思いも持ったことがあった>
もう間際に近づいたように見え、いよいよ緊張し身構える国常立。
捕まれば拷問。しかし、心の中に流れるものは静穏であった。
「大丈夫ですよ。そのようなことはいたしません」
そのとき、向こうの視座の中に国常立は居て、ぶざまな自分を見ながら、そのようにしゃべったのを見た。
<どうしてだ。こんなことははじめてだ>
恐る恐る目を開けてみると、総勢二十人ほど居る中に、ひときわ輝いて見える女性が居た。
その人物が、言葉する。
「あなたを歓迎いたします」
<この人の視座にあったのか。なんと、救世主のような気高さ>
はらはらと、国常立は涙をこぼし始めた。
止めど無くその場に流れる滴。
その様を見ながら居並ぶ人々。
少しも気の流れが変化することなく、どれほどか時がすぎた。
そして、涙が枯れる頃、ふと妻子のことが思い出された。
「あっ。豊雲野とシュ・ナが」
「大丈夫です。あちらの館で介抱されております。あなたも、あちらで憩ってください」
寝床に伏すシュの横には、豊雲野以外に、また別の気高い天女のような人が付き添っていた。
国常立は、館の中で初めて取り巻きの人々の顔を間近に一人一人見た。
すると、ほとんどがいつの日か昔に知っていたことのある顔ぶれであった。
誰かは、思い出せない。
しかし、決して敵ではない気がした。
「国常立様ですね。ここでしばらくリハビリしてください。辛い長旅ご苦労様でした」
「ここはどこでしょう?そしてあなたは?」
「ここは印度の南海洋上に位置する普陀落山です。私はここの庵主の観世音と申すものです」
「観世音。すばらしい響きです。世音を観る、ですか」
「はい」
国常立は、心打ち解ける思いがする。
そして気の流れが観世音から優しくやってくるのを感じながら、館の時を過ごした。
いつまでもこの時が続くことを心に願いながら。
翌朝早く、国常立は、目覚ましく意気を回復していた。
かつてシュであったことも認識した上で、そのイナンナに対してこんなことも言っている。
「よく私たちを助けてくれたね。私は、意識を地獄に繋がれる前に、火の鳥に助けられるだろうという啓示を受けていました。
まさにその火の鳥なんですね。やっと解放されたのか。ああ、この体。やはりこうでなくては。豊雲野も苦労したようですね」
「よもや、助け出されるとは思っていませんでした。
いや、助け出される先の世界がまだあったとさえ、知りませんでした」
「私とて同じだ。ところで、シュ、いやイナンナ。いま時代はどのようになっているのですか?」
「シュと呼んでください」
イナンナは、今ある状況について、知っていることのすべてを話した。
国常立神は、いちいち感慨深げに頷いた。そしてこう言う。
「封神を施されている身では、未だに本当の力が出せないのだ。
シュの持ち物を見たんだが、その桃の実は、蕃桃に三千年に一度咲くかどうかという桃の実ではないか?
それは、封神されたものを蘇えらせるために作られたと聞く。
気に入った神を元に戻して腹心の部下にするために幾度か用いられたようだが、詳しくは知らない。
それがあれば、もしかすると私は、元の人仙になれるかもしれない」
そこにシュと豊雲野の介抱のため添い寝していた天女風の女が気が話し出す。
「人仙の時の記憶を取り戻されたのですか?」
「はい。恐るべき幻影の責め苦に遭わされました。
そのとき、かつて修行したように、思いのすべてをまばゆい”空”に置き続けたのです。
このお蔭で、とうに発狂していておかしくないものがかろうじて助かり、それを続けてどれほど経った頃か、
人仙であった頃の有りし日々が思い出されてきたのです」
「噂は知っています。もしあなたが人仙であれば、元始天尊とは互角の力をお持ちだということも」
「私は彼の汚いやり方がたまらなくいやでした。
ところで、なぜあなたはそのようなことをご存知なのですか?」
「私は、この宇宙の外に本拠を持つ弁才天です。
この世界に生起する出来事のことごとくを静観しておりました。
そして独立独歩の道に向かおうとする天仙たちの所業に心痛めておりました」
「うむ。私もこんな展開になっていることはなぜか分かっているのです。
立ち会ったこともない成行なのに、なぜか分かるのです。
シュの言葉だけで紐解くように。
天仙もあまたいることで、私一人で勝てるとは思いませんが、渡り合ってみても良いかと思います。
また、それしか、我々の立つ瀬もないのでしょう」
そこに昨日の人々が入ってきた。
「観世音様がおられん。もしやと思い、こちらに参りました。
観世音様。もうお戻りになられたようですな」
「おお、それはそれは。何たる良き日」
注目されながらも、何を言っているのか分からないといった風の国常立神である。
「ご存知ないのか?ではまだなのか?」
「いや、そんなことはないみたいであるし」
そこで、弁才天が言う。
「国常立様は、あの日殺害される直前に、自らの心とも言うべき分身を出されました。
それが観世音様です。いまここに、あなた様は帰ってこられましたから、観世音様はあなた様の中に戻られたのです。
私はここに添い寝していて、一部始終拝見しておりましたよ」
「そう言われれば、心穏やかになっております。
悪夢のような時は遠いことのような気さえします」
今度はイナンナが言う。
「桃は、お二人で食してください。仙人に戻られる前に、お父様、お母様。
私はかつて、あなた方の実の娘であったシュの生まれ変わりです。
改めてお憶えおきくださいませ」
「生まれ変わり?いや、当時のままだよ。シュ」
「少しも変わっていませんか?でも長い時が経ったのでしょう?
それから、あの火の鳥の魂は、遠い過去世から、ともに同じ霊から生を受けた分身とも言うべき人なの。
恋人として、パートナーとして、何度も転生していたのです。
お父様が、殺されたちょうどその頃には、私の救い主として現れました」
「そうなのか。心ならずも不憫な日々を送らせた。我が力のなさゆえに。
そのような心強い恋人が見出せたのは、私たちのせめてもの救いだったろう」
イナンナは桃を国常立神に差し出す。
食する前に、イナンナは父神にしっかり抱きついた。
ついで、母神にもである。
三人は互いに抱き合った。
イナンナにも、過去世の記憶が戻っている。
「もう、お父様、お母様は、見納め」
「大丈夫だよ。桃を食べて人仙に変わったとしても、お前はわが子だ」
輪廻転生を数行えばこその喜びがイナンナにはあった。
「いま一人、息子のズラがいれば、これ以上のことはないのですが」
「何を言う。これ以上の贅沢がありますか。
観世音を我が内に戻したその日に、元の身に復活するか。
こんな贅沢、許されようか」
「いまは時が切迫しております。急ぐべきことはすべてしてしまわねばなりません。
それに、みなさんのお力を併せれば、ご子息様も救えると思いますよ」と、弁天が言い添えた。
よし、ではと、国常立神はもういちどイナンナを見て、桃を食した。
続いて、豊雲野神も。
霧がその場から立ち登り、現れたのは北辰太帝という仙人であった。
また豊雲野神は、星辰皇后となった。
そのとき、イナンナの魂から分離するように、白蛇の魂が立ち現れた。
すべての者が、度重なる異象に驚きのまなざしを向ける。
「おお。このようなところに白蛇が」
「このようなところに、どうしたこと」
どよめく一同。
白蛇は顔を赤らめたか、ピンク色に染まって語り始めた。
「詳しく話せば長いことですが、簡潔に申しますと、私は西王母の嫌われ者なのではなく、もとは西王母の分身なのです。
西王母は北辰太帝様と同様に、天尊様のやりかたには疑問を持っておりました。
戦に臨まれた太帝様と違い、西王母は女の身。
むごたらしい戦とは無縁に身を置いたものの、天仙の世となり、天尊様に従わざるを得なくなりました。
そんなとき、いずれ何かあろうという予感のもとに、西王母は自らの本心を白蛇に変えて、蟠桃園の片隅に住まわせました。それが私です。
ところが反抗的な心だったゆえ、闇太后に見つかり、西王母の嘆願もあって、阿弥陀のもとで仏道修行をさせられておりました。
しかし、修行と言っても、名ばかり。中身は拷問の日々だったのです。
時がどれほどかたって、イナンナ様が園に忍び込まれました。
見ると、亀の印章を携えておられるではありませんか。
西王母は、とても喜び、私に連れ立って脱出を図るよう申しました。
私は密命を帯びて、イナンナ様に成り実った蟠桃の場所を教え、その代わりに同行を申し出たのです。
もぎ取られた桃は、警報の波を起こし、それを知った管理人たちが、盗人を追いかけます。
広い蟠桃園のこと。隅々まで知っている私によらねば、逃げ出すこともできなかったでしょう。
桃を奪った大罪を抱えるお尋ね者となりましたが、私はイナンナ様のいくつかあるうちの一つの霊的ホールに憑き、そこを世相見物の拠点として、桃の力と私の力、白蛇の化身を併せ持ちつつ、数ある恋の世を楽しませていただきました。
桃は3つ持ち去りましたが、私は西王母の密命を持って、太帝様の復活の時のために、あの桃を携えたのです。
いつのときになるか、私はイナンナ様のもとにおれば必ずという思いで、この時を迎えました。ありがとうござました。
そしてもう一つ、告白させていただけるなら、西王母は、太帝様に恋をしております由、お伝えいたします」
一同はどどーっとどよめいた。
そこでイナンナは突然泣き出した。
「でも、私はあのとき西王母様の追っ手にずいぶん執拗に追われました。
数々の妨害、戦い、そして別離をいやというほど経験いたしました。
いったい、神様なら楽しみながら、そのようなむごいことをなさって良いものでしょうか」
一同の中から、まさにそうじゃ、確かにという声も聞かれた。
そこに弁天が声をかける。

「我が分身であり、人として生まれた者よ。古い時代は間もなく去ります。
あなたの背中には、あなたがこうあるべきと想像した新しい時代の理想が描かれています。
あなたはあなたの数ある経験を通して、神と人のあるべき姿を、そこに描いたはず。
そこには、あなたの経験に関わった人々が想う理想像も組み込まれているはずです。
前に進みなさい。そうしなくては、新しい時代は始まりません」
「そうじゃ。わしらがみなで応援いたしますぞ」
「そうだ。そうだ」
そこにすっかり白くなった白蛇が言葉を出す。
「イナンナ様、申し訳ありません。私も共に辛酸をなめてきた身。
人の苦悩がよくわかりました。
あの執拗な強敵法海は、西王母の密命を帯びていたとはいえ、闇大后の義理の妹という立場に置かれて取ったやむを得ぬ方法。
その法海にも、イナンナ様とは特別な因縁がありました。
憶えてはおられませんか?」
「私がこうだと感じるのは、今生においてネアンの親友であるキタロウさんがかつて法海であったのではないかということです」
そこで弁天がこう言う。
「その通りです。かつて許仙との仲を幾度も裂こうとした者の化身です。
今またひとたびは、仲を裂こうとして現れましたが、時が移ったことを魂から知り、この時代における関わりを求めているのです。
それはあなたが地球と関わる以前のことに端を発します。
あなたは、かつて宇宙連盟のある計画のもとに働く科学技術者でした」
その言葉に触発されるように、イナンナの脳裏には、宇宙空間を巡航する”スペーサー”と呼ばれる巨大な母船の中にいて、仲間の技術者とエレベーターを乗り継ぎながら忙しく移動する光景が浮かんできた。
「wセクターの小惑星群をティーラッタ惑星に突入させるにしても、水域に着弾させねばなりません。
そうでなければ、惑星の生態系は全滅してしまうでしょう」
「いいや。水陸ぎりぎりのところにする必要がある。
生態は1/3が滅亡。その反動で、新しい遺伝子を持った命が爆発的に芽生えるはずだ。
私はプロフィサーチーフの案にそういうわけで賛成だ。
とにかく早い実行が何よりも大事なんだ。
だから、君にはこちらの案についてほしい」
「もちろん、そうするしかないですね」
見れば、それはキタロウであった。いや、雰囲気がキタロウであった。それによって、悟るイナンナ。
そこでイナンナは、自身が惑星に生命のみならず、文明の萌芽を用意しようとしている科学者集団の中に居ることを知った。
そのときまでに、どれほどの数の惑星の設計に従事してきたか知れなかったが、かなりの数であったろうと思えた。
キタロウはイナンナの同僚であるが、位階のかなり高い上司でもあった。
当時の科学者集団は、大きく二つに分かれ、互いに研究成果を競い合っていた。
一つの課題となる惑星について、二つのグループはそれぞれ案を戦わせ、その優劣でそ
の惑星の開発を任されるという具合であった。
このため、画期的なアイデアが競うように生まれたのである。
とりわけ急進的なグループにイナンナとキタロウは属していた。
が、心から方針に賛同できたのは、冷徹に任務を遂行するタイプのキタロウであり、イナンナにはどこかためらいが残るのが常であった。
そんなとき、協定星である地球の開発の仕事が回ってきた。
そこには、宇宙同盟も開発に名乗りを挙げていた。
こうして、二つの大勢力が威信をかけて、責任範囲を持ち分けながら開発作業を実施することとなったのである。
両勢力の科学者の交流が始まる。

スペーサーの中は、ひときわ人口が増えた。
宇宙連盟の科学のほうがやや進んでいたものの、作業は責任を決めて持ち分けねばならない。
両方の科学者は、その辺に矛盾がないかどうかや、未来予測のために集まった。
宇宙同盟の科学者の中に、ネアンが居た。
二人は、一言交わしたときから、魂の底にある何か引き合うものを感じ取った。
「おかしいな。どこかで会ったような気がしてならないんだ」
「ぼくもそう思う。だが、宇宙の果てと果て。君の星の太陽はリゲルで、ぼくのほうは、ベテルギウスだ。
この地球から見れば、あんな近くに見えるのにな」
この頃の地球から見上げる寒い空には、今に比べてかなりいびつなオリオン座が鮮明にかかっていた。
「いつの日か、一つにまとまるときが来るだろう。長い時の経過の後に。それだけはなんとなく分かる」
「ここの地質調査も終わりか。また会えたらいいな」
「君のとこのスペーサーの中で会えるだろう。なんせうちのギガシップときたら、旧式だからな。いろいろ参考になるよ」
二人は互いに抱き合った。
「ではまた」
「がんばれ」
あれから、二つの勢力の間に戦いがあった。
イナンナは科学者というよりむしろ戦士となっていた。
危険を伴なう場所に下ろされ、そこを調査してこなくてはならなかった。
場合によっては文明をすでに営む惑星もあり、工作員まがいのこともしてこなくてはならない。
ちょうどスタートレックの調査隊のような感があった。
トルタッカという協定星に降りていたときだ。
再びネアンと出会う。
だが、工作中のイナンナの部隊と銃撃戦となってしまった。
こうして、いつしか戦いは果てて、血まみれ同士のイナンナとネアンが岩陰で横たわっていた。

ネアンが言う。
「ここで最後なのかな」
「最後であってもいい。長すぎた命だ。魂はまた巡るという」
「そうならば、またきっと会おう。今度は同じメンバーとして、な」
「そう願う。君となら、ウマが合いそうだ」
「いったい、人類というもの、これほど知性を持って、宇宙を駆け巡らねばならないものなのか?」
「人として生まれたときに、そう宿命づけられたのだろう」
「人というもの、どこか違ったところに踏み出した生き物のように思えてならない。
何か大事なものと引き換えに、な」
「多くの星で、開発の名のもとに、良いものが失われていく現実を見た。
今度はまったく逆の立場に立ちたいものだ。
そう思えば、ここで死んでも良いかと思える」
「ああ、目が見えなくなってきた」
「そうか。もう一度示しておこう。あれが君の星、リゲルだ。
あそこに見えるのが、ぼくの星、ベテルギウス。
今度は、お互いが望むべき理想を一つにして、共に会おう」
「憶えておく」
そうして、イナンナ、ネアンと相次いで命を落とした。
悲しみがイナンナを包む中、まだまだ夢のような光景は続きそうだった。
だが、周りが別のことで騒がしくなっていたため、目を覚ます。幻影はそこまでであった。
突然、古代風衣装に御鬟を結った髭を伸ばした威厳ありそうな小柄な男がどこからともなく現れたのである。
「これはどこの神様か」
「日本の神様のような」
「ああ、ようやくまかりこしました。私はヤマトスクネと申す者です」
「ヤマトスクネ?私は存知ておりますぞ。功業により人身から神へと取り立てられたかたですな」

「はは。そのように与えられた位階にはそぐわぬ者です。
私は、ネアン殿に人のあるべき心というものをいただきました。
以来、私はネアン殿と魂を結び、様々な見聞をしながら幾世か経てまいりました。
しかし、ネアン殿は本来の役割のため、私は火の鳥に乗ったものの、いましがた分離されてしまいました。
それからというもの、私は手がかりを求めて、いまここに着いた次第です」
そのときイナンナは驚く。
ネアンの面影そっくりだからである。鬟と髭を取り付ければ、ネアンもこのような顔になろうか。
そしてまた、めくるめく過去のイメージも、夢で見たものか、過去世の思い出か分からないが、かつて深い仲になった男であるという気がした。
「あなたとはどこかで会ったことがあります」
「さよう。ネアン殿と共に懐かしくつき合わせていただきましたが、あなたが吉備の巫女であった頃、私が5番目の妻といたしました」
「いいえ。あなたはネアンだったのでは?」
「そう。ネアン殿に我が身が憑依された上で、あなたを深く知ることとなりました」
ヤマトスクネはその経緯を事細かにイナンナに話した。
「それゆえ、この期に及んでではございますが、
私は累代の為してきた行為の罪のないものたちを今なお苦しめている仕組みを取り壊すつもりでおります。
せめてそのことが、私のできる罪滅ぼしかと思っております。取り壊すべきは、まず丹後にある瓢箪めです」
「なるほど。未だに日本の丹後の土地には時空の歪みが存在していると観測しておりました。そのような事情によるものだったとは」
「そういえば、時折、異界のエネルギーが流入しておりました」
そうかそうかと、並み居る諸天が相槌を打つ。
「あそこは、立ち入る人々の参拝の思いを吸収して、閉じ込めの結界を強化する仕組みが、呪術的に施してあります。
かつてほど崇拝の心を持つ人は減りましたが、参拝人口は多くなって、それだけで強化されていきます。
私はネアン殿が赴かれたとき、その仕組みの存在を知り解こうとした者も何度かあったことを知りましたが、未だ不充分。
やはり仕組んだ側の私が純粋な形で解きに行かねばなりません」
「かなり強固な瓢箪結界ができておりますが、今なおその中に多くの魂が閉じ込められているというのですな」
「さようです」
「魂レベルでの行方不明者は、日本だけでなく世界のいたるところで報告されていますが、そうしたところも同じでしょうか」

「何らかの救済が必要です」
そこで弁天が、一つの金色の玉をヤマトスクネに差し出した。
「この綾解きの玉を用いてください。あなたが関わった頃とは違い、様々な鍵が仕掛けられており、開門の呪文はすでに効を奏しません。
それより、いかな強力な呪術といえども、所詮はプログラム、すなわち祝詞なわけ。
この玉は、やはり祝詞の塊。プログラムのコードを別のコードに変換してしまうプログラムです。
これを結界に触れさせた時点で、結界の仕組みは無力化するでしょう。
あなたに、この地球上の結界をすべて解放する役目を担っていただきましょう」
さすがに弁天はアプリケーションの女王である。
「しかし、弁天殿。外すべきでない結界も存在するのでは?」
「地獄などの異界は、別のシステムによって封じられておりますからご安心ください。
地上界のものは、早急に解いてやりたいところですが、おそらく無念に打ち沈む者、恨みを強固にする者、時の流れを理解できぬ者、魂に萎えや腐れを生じている者などあまたおりましょう。問題はそちらのほうです。
ヤマトスクネ殿のサポートを、諸天にお願いしたいのです。
つまり、結界が解かれ、中にいたものの保護、保護された者たちの介護を、諸天に担っていただけないでしょうか?」
「それはむろんいたしましょう。我々の仲間をもっと集めて、総力あげて取り組みましょう」
「幽界も一つの結界のようなものです。あまたある魂がさ迷うところ。
こちらは安部晴明殿ほか、この分野に携わってきたお方たちに、また別のソフトを授け、やっていただくようにしています。
こちらも最終的には、保護と介抱が必要です。諸天にこれまたお願いいたします」
「そのためには、神々を神話の呪縛から解いていただかねばなりません。また、上位からの圧力を解いていただかねば、繁忙で仕方ありません」
「それらは並行して行われます。あらゆる階層から、並行してなされていますから、勇気を持って取り組んでください」
「分かりました。我々は望むところ」
「これで誰しも住み良い世界になることだろう」

天仙軍との対峙

さてそのころ、スサノオは同じ姿勢の維持に退屈を催していた。
動かない玄武に、様子を見ようとしだいに近づいていた天仙たち。
付近まで来て、恐る恐る触ってみようとまでしている。
その滑稽さに、スサノオは大あくびする。
何におびえているか知らぬが、わしに畏れをなしたかとまで思うようになる。
そしてついに、広げた両腕を上に挙げて大あくびをした。
そのとき幻術は解けて、スサノオと眠るイナンナがもろ見えとなってしまった。
「こいつめーっ」と、飛びかかる天仙。
術を使うほどの距離ではなかったため、肉弾戦になってしまった。
スサノオ一人と天仙八人が武術と太極拳を用いて格闘している。
スサノオは、強い弱いを別として、あくまでも格好の良いポーズを取りたがる。
そして、集中的に叩きのめされた。
騒ぎに目を覚ましてしまうイナンナ。
ところが、イナンナの鼻から涌き出るように煙が出てきたと思うや、イナンナの夢見の世界にいた北辰太帝が立ち現れたのである。
するとまた、疲れたように眠くなり、夢の中に入るイナンナ。
ところが、イナンナはその続きの夢を見た。イナンナの居る位置は空であった。
ちょうど格闘の現場の100m ほど斜め上空である。
「そこまでにしておきなさい」
天仙たちは、新たな人物の出現に驚いた。
見ると、かすかな記憶がある。
かつて上司であり将軍でもあった北辰太帝の姿。
「うわっ。北辰太帝ではないのか」
「まさか。そんな馬鹿なことはない。
国常立に封神され、さらには神としても殺され、その魂は二度と出てこられぬよう極限の地に封印されているはずだ」
「これも幻術ぞ。やってしまえ」
今度は術をかけるべく身構えた。
注意が八人とも、北辰太帝に向いた隙に、一人の着物のすそを掴んで引き倒し、手にした棍棒で天仙の頭を叩くたんこぶだらけのスサノオ。
「まだまだよ」
「こ、こいつーっ」
七人は、太帝めがけて得意技を放つ。
ところが、太帝は特殊な見えない防御壁を技として持ち、すべての技は右に左に交わされていく。
何連発かしても効果がないと見ると、今度はかつての太帝の術の恐ろしさを思い出したか。
「こうなれば皆を呼んでくるまで」と、一人一人勝手な方向に逃げ去ってしまった。
最後に残された天仙は、その場にへたり込んだまま、震えている。
そして逃げ出すべく立ちあがろうとするとき、太帝はこう言った。
「天尊のもとに帰っても、決して良くはあるまい?」
クラウチングスタートのスタイルにまで逃げる格好をしたところで、天仙は「はあ」と頷いた。
「ならば、こちらについてはどうか?」
臆病な天仙は、向き直ってその場に座り込み、拝礼した。
「どうぞ、お助けを」
そこに天空から勢い良く降りてくる太公望とそれに負ぶさるように付いているもう一つの影があった。
その後に続くようにして多数の天仙たちが降りてくる。
彼らは、ちょうど横から眺めているイナンナに気付くことなく、近辺に滞空した。
イナンナは、もしかすると見つかるかと思い、もっと上空に避難する。
太公望に乗りかかっている人物は、天尊であったにもかかわらず、イナンナにはひどく弱々しく見えた。
実は北海道の上空で火の鳥を迎え撃とうとしているとき、火の鳥の羽根の一撃を受けてしまったのである。
よもやの不覚を取ったものである。
太公望:「享寿仙、誰に命乞いしておる」
向き直る捕虜の天仙。
その顔は、おびえ引きつっていた。
本来なら、直ちに抹殺光線を浴びせるところ、その先に見える北辰太帝を見て、とりやめた。
そして光景は、手に手に得意の武器を持った天仙の軍勢と、北辰太帝が対峙する格好となっていた。
「北辰大帝。よく助かったな」
「横暴はもう許さん」
「たった一人で何ができる」
「私だけではない。善良なすべての者の夢が私の中にある」
太公望は、こんなことを思う。
<どうして、仙人として復活できたのだ。そうか。まず国常立として救われ、次いで蕃桃園の桃の実を食したか。
イナンナというものは白娘の過去を持つ。もしかすると桃を持っているかも知れぬといわれていたが。そうか。
まて、仙人に戻った者は、神であった時の記憶をなくすはず。まだ仲間に戻す方法があるかもしれぬ。ならば・・>
「昔のよしみは覚えておろうな。いますぐにでも、我々の仲間として復帰してほしい。
そなたの良いアイデアで、これからの時代を築いていきたいのだ。できるか?」
「私には、いま北辰太帝の記憶だけでなく、国常立神の記憶がある。それをどうする」
そこに天尊が声荒立てて叫んだ。
「うぬ。貴様。このわしによもや逆らうつもりであるまいな」
そのとき、上空になおも数を増して天仙たちがやってきた。
これで総勢一万にはなろうか。
イナンナは今度は低空に移動した。そのときふと自分を見ると、金縁の青黒い龍であった。
ひょえーと我ながら驚くイナンナ。しかしこれは夢見の体。
不安定で恒常的な次元にある者ゆえ、天仙たちの観測にもかからないもののようだった。
テンポラリーな身体という感じなのである。
天尊はなおも言う。
「見ろ、いかに貴様といえども、これほどの数にかなうはずはあるまい。
せいぜいこのわしと互角に戦える程度の貴様に、何ができる」
ところが、太帝の後ろで身構えていたスサノオが、いつしか巨大な大蛇を体に巻きつかせた勇壮な神に変化していた。
スサノオ神も、仙の力を取り戻したのか?
太公望はそれを見て、たじろぐ。
またも、そこに地から涌き出るように、梵天、弁天を始めとする観音侍従の二十八部衆が現れたので、今度は天尊はじめ天仙たちがたじろいだ。
太公望が言う。
「梵天殿には無縁のこと。そっちに退いておいてもらいたいものです。
ここは、天仙同士の話し合いの場。かつてのよしみが戻せるかどうか、それがこれから共に共存できるかどうか、協議しておりますので」
北辰太帝:
「おお、あなたが梵天殿ですか。はじめまして。奥様にはひとかたならず、お世話になりました」
梵天は、すでにやるべきことを終えてきているようであった。
すがすがしい表情で、北辰太帝に言葉を掛ける。
「この宇宙は、何も天仙がいては困るというものではありません。
あなたのような正義感の強い公平な方に管理していただけるなら、そう願いたいところです。
よければ、あなたがこれからどうするか決められてはいかがか。うまく共存の道を見つけられるならそれも良いでしょう」
「ではいちど、話し合ってみましょう」
太公望は、もはや共存できる道の模索の途上にはない立場であった。
そこまで妥協した梵天の真意を図りかねたが、とにかく単独でここから交渉の場に連れ出すことで、打倒も、あわよくば味方につけることも可能かと思った。
「では、このような場所ではなく、月面にでも参りましょう。ちゃんとした白亜の会議場が設置してありますので」
そこに眠っていたはずのイナンナが起きてきて、前面に走り出てきた。
それも表情に意を決して出てきた感があった。
ところが、不思議なことにイナンナはいまだ低空ではあっても、龍身のまま、このありさまを見ているのである。
一瞬不思議な感じはしたものの、次のイナンナの行動にはびっくりした。
「待ってください。いまは北辰太帝でも、かつて国常立神であられたときは、私の父です。
もしその身に何かあらば、私が容赦しません」
「おおっ、容赦しません、とか?なんでこんなところに小娘が」
外野の天仙たちが騒ぎ始めた。
「なにい。この者があのときの娘?」
「そうなのか。あのときの巫女が・・」
天仙軍の幾分かが、どよめいた。
その声は押し止められそうもなく広がった。
天尊の一喝なら聞くが、太公望はそれを押し留められない。
「親方様。せっかくの流れを壊すような騒ぎをお鎮めください」
ところが天尊は、逆に興奮してしまった。
「教えてやろう。北辰太帝、星辰皇后よ。
いや、国常立神と豊雲野神よ。この娘は、貴様らが絶命した後、わしが真っ先に手をつけた娘じゃ。
のう、娘。お前はせっかく孕んだわしの子を台無しにしおったな。罪深いことよ」
外野も口を出す。
「わしもじゃ、わしもじゃ。共に楽しんだことは憶えておろう」
「わしの子もできたに、流してしまいおって。罪よのう。
捕まえたら、みんなでおしおきをたんとしてやろうと思っていたのだぞ」
「わいわい、がやがや」
傍らで夢見の状態で見ているイナンナは、恥ずかしい限りで、穴があったら入りたいぐらいである。
そのような過去を今このようなところで明るみに出されようとは。
<なによこれ。これって夢?夢でしょ?だったら消えて!>
そのとき、弁天が声を大きくして言った。
「鎮まりなさい。孕んだ子が流れたとならば、それは孕んだ子が不義の子ゆえ。
娘はいかに汚されようとも、お前たちには帰順していないという真の純潔を、身をもって示したのです」
「そうかどうか分からぬぞ。土台できが悪かったということもあるからな」
イナンナは恥ずかしさのあまり、顔を伏せてしまった。
そこでついに北辰太帝が乗り出した。
「わが子に手を出したか。もはや許すまじ。
元始天尊のもとで、よくぞ腐敗したものよ。天仙族」
梵天も言う。
「天がこうであれば、地もこうなります。あらゆる地の諸悪の根源は、天仙に発していることは歴然。
過去から悪魔と呼ばれた者はいましたが、それは神より上にいてはならぬもの。
しかし、悪魔は巧妙に神を操り、論外の者を悪魔にしたてて、自分たち黒幕をひた隠しにしていたのです。
お前たちの心根からの性悪は目に見えた。もはや猶予ならず処断せねばなるまい」
「うぬう。被更迭神から悪魔呼ばわりされるとはあまりに心外。サタンとは、サターンなわち、地神クロノスのことであろうが。
そこまで侮辱された上は・・」
そのとき、上空に再び奇妙な光景が現れた。
神々しく後光を発しながら近づくたくさんの渦巻き雲の群れがあった。
そしてどこからともなく、空を読経が木霊し始めた。
おのおのの雲の上には、威儀を保って結架扶座する者や、ダンスを踊る者などが居た。
「南無阿弥陀仏・・・・・・」
天仙たちは、後ろを振り向き、その到来を拝した。
「これはこれは、善も悪も世界の一部として容認なさる阿弥陀様をはじめ最勝の如来様たちではないか。
これはひとつ極悪の者がおるゆえ、仏罰を与えてもらわねば」
幾多の仏と呼ばれる者たちがここにやってきた。
それを見た太公望は、これぞ機会と仏に語りかける。

「ここは、どうか仲裁願いたいのですが」
「これ、梵天よ。かねてよりそなたは、仏法の護持者として仏に帰依したのではなかったのか?」
「そうでしたか?仏に帰依した梵天は、偽の梵天ではありませんか?
神界に我が名を語り、成りすます者がいると聞きます。
また仏法は、真意が語られず、誤った言葉と形式が伝えられているのが現実でありませんか?
私はかつて、仏陀と申す者に宇宙論を説き、その意趣が理解できた者ゆえ、仏の教えとして説き賜えと勧めたことがあります。
だが、今の仏様方は、その方面の説法をなさらず、権威の推進のために歪曲された仏法を敷衍された。
これは宇宙の仕組みの何たるかをいささかも理解していない証拠。
それをもって衆生を導こうとすること自体すでに欺瞞。かくして・・かくかくこうこう・・」
現実の仏教界の非をとうとうとしゃべる梵天。
「この者には、仏教神話は効果がないのですか?」と、阿弥陀が太公望に聞いている始末である。
「多くの衆生を解脱させると称して、あなたがた如来の浄土に招き入れることをなさっていますが、道理で真に解脱してくる者の少ないこと。
早く真の自己にすべての者を立ち返らせて、故郷に返していただきたいものです」
その言葉をかき消さんばかりに、大音声の読経が木霊した。
「南無阿弥陀仏・・・・・・」
憤怒相の異形の仏や菩薩が各自の雲の上でダンスを踊りながら、イナンナやネアンの上を乱舞した。
おとなしい善良な神仙たちは、何事がおきたかと固唾を飲んで岩陰から覗き見ていた。
イナンナはむかし臨死のときに見た光景にそっくりなので、気分が悪くなりかけた。
しかし、チベットの死者の書に書かれるように、その実体を幻夢に過ぎずと捉えることにして気分を鎮めた。
<これと同じだった。あの時は怖かったけど、いまはそうでもない>
梵天が言う。
「何と面白いショーであろうか。
だが、そこまでにしていただこう。
如来も菩薩も天仙が成り代わっているのであれば、愛も慈悲もあるはずがないわけだ。
これではもとより衆生済度は不可能。
からくり見破ったり」
数を頼りに、天尊が叫ぶ。
「ええい。余興もこれまでだ。いずれ恐れるに足らん。すべて殺してしまえ」
後ろに控える一万もの天仙が総力結集して、呪文を唱え、強力な波動ビームを投げかけようとした。
イナンナはこの光景を龍体の夢見の体で見ていた。
いまはどちらかというと、天仙軍の後ろ側から見ているという具合だった。

絶体絶命の父母や縁ある神々。
何とかしたいという思いでいっぱいであった。
また過去の父母を殺されたクーデターの思いがよぎる。
そこにどう気がついたか、心でネアンを呼んだのである。
<お願い、ネアン。火の鳥で、みんなを助けて>
イナンナがネアンの来ることに確心を持った、そのときである。
天空に赤い光が射した。
それは巨大な火の玉のようであった。
天尊はそれに気が付くか気が付かないかで、「やってしまえ」という指示を出していた。
一斉に抹殺ビームが放たれる。
それと同時に、火の玉がその上をよぎった。
というより、自然の中に溶け込むように沈潜していた赤い火の粉が一斉に吹き上がったかのごとくである。
仕掛けられたビームは屈折し散乱し、次に繰り出す技のすべては、一瞬に焼き尽くされた。
二の次に掛けようとする連続技を構えたとたんに、「あつっ」と手や脚を焼かれる天仙たち。
技を封じた火の粉が、技の元にまで遡り、それを封じたのである。
火の鳥の到来を見た天仙軍は、たったそれだけで総崩れとなった。
火の鳥が次に何をするか掴めないため、天仙たちは右往左往している。
秘術を出しても、自ら怪我するのみであるからだ。
天尊は、またありうる一撃を怖がり、太公望にしがみついた。
ついに太公望は、退却の指示を出す。
「ええい。みなのもの、退却だ」

イナンナは、退却して西の空に去っていく天仙たちを眺めた。
この成行に勝利への確信のようなものを沸かせた。
<すごいすごい。ネアン。愛しちゃうよお。
私が呼んだんだよ。私に気が付いたなら、ここに来て、すぐにでも毛繕いしてよ>
そう口に出したか、出さなかったか分からなかったイナンナであったが、いつしか夢見の身体から、元の身体に意識が移っており、隣にはいつのまにか、普陀落の諸天が並んでイナンナを見ていたので、赤くなった。
<何てふだらくな、いや、ふしだらな夢なの>
しかし、火の鳥はまたもどこかへ去った。
ネアンも一緒に行ってしまったと思えた。

天仙の衰退

さて、こちらは天尊の宮殿である。
初めての退却。それも命からがらといった成行に、天尊はひどく傷つき、立腹するどころではなかった。
傷の手当てのために裸になって分かる太った体と、背をかがめ息をつくのがやっとという状況に、また典医たちが薬用食を次々と運んできても、投げやりに食べるしかない様子に、なお病重篤の感を漂わせた。
敗北を最も印象付けたのは、北辰太帝の復活であった。
それに対してあまたある天仙が一太刀も浴びせられなかったことに、底知れぬほどの力の差を感じたのである。
天尊は、自尊心によって支えられてきたと言っても良い。
それが木っ端微塵になったとき、一気に体に抱えていた慢性病が噴き出した感があった。
「闇太后はどこに行った」
「奥様は、最終兵器を動かしに行っておられる模様です」
「それしかないか」
「いちかばちか、しかありません」
「大丈夫だろうか」
「気弱になられてはなりません」
「いちおう、指揮はお前が取ってくれ」
「はっ。まずは天仙軍を整えることにいたします。戦うにしろ、離脱を図る行動を取るにしろ、まずは士気を高めてからかからねばなりません。
そして次に神々に戦うための勅命を発します。我々につくものが圧倒的多数である間に、なんとかせねばなりません」
「多くのものに見られたであろうな」
「は。しかし、目ではありません。それよりも親方様の健丈ぶりがみなの士気に影響します」
「お前はほんとうに腹心の部下だ」
「しばらく休憩なさってください」
「しっかりものの妻はどうしておるかな」
「連絡はしてこられるでしょうが。後ほどこちらからも」
さて、問題の闇太后はどうしていたであろうか。
天尊や太公望のいい加減さ生ぬるさに怒って、独断の作戦遂行に入った闇太后であった。
彼女自身が別邸として作った通称”棺桶塔”に篭もり、杖の眷属たちに管制室から指示を与えていた。
すでにあの時点で、1000名の杖の工作員を梵の全系の側にあるファウンデーションに送り込む手配をした。
というのも、クラッキングツールの起爆時点をかなり後に設定していたため、それを手動爆破もしくは近時点爆破に切り替えに行かせるためである。
訓練に訓練を重ねた精鋭ばかりである。第一派200名ずつ、第五派まで成功するまでそれは続くというわけであった。
一つでも成功すれば、どの場所のものも誘爆する仕様であったから、どれか一つに辿りつけば良いのである。
徹底した執念が完璧と思える作業を行わせていた。
また、天尊の世界にも、すでに何十というクラッキングツールが埋め込まれていて、ファウンデーション側でだめでも、いざとなれば手近にあるツールを起爆させることも可能であった。
たとえば、この棺桶塔の地下にも起爆を待っているツールはあった。
その気になれば、今すぐ地下に下りていき、ツールの節くれの一番上のボタンをたった
一回押せば手動で爆発するのである。
そして、こちら側にあるツールの傍には、たいてい一人か二人の杖の眷属を配置しており、たった指令一つで彼らがボタンを押すことになっているわけである。
これほど万全を敷いてなお、梵天の側に工作員を入りこませようとするのは、ひとえに権威的優位をいつのときも誇りたいがためであった。
それが逆に梵天にしてみれば、時間稼ぎに繋がる相手方の弱点であったかもしれない。
「ほーっほほほほ。いざとなれば梵天よ。見ておりなさい。すべてを破壊し灰燼に帰してあげますからね。
なあに、私は亭主の馬鹿げた理論など当てにしておりません。何パーセントかの可能性があればそれで良しと思っているだけです。
ただ、やりたいのはこの憎き魂の系統を壊滅させること。それだけできれば十分なのです」
「おひいさま。それではこの快楽のときも終わってしまうのですか」
闇太后の座る座席は、肉感ある大柄の男の全裸の下半身である。
声は、ヘッドレストと化した弁髪の男の口から漏れていた。
そこにチャイナドレスをたくし上げて、太腿をあらわにして、何かの上に乗っかった格好になっている闇太后である。
そしてちょうど乗馬をするように、尻が上がり下がりしていた。
「この世界が根底から終わるなんて、もったいない気はするけどね。私には所詮無縁のもの。
でも、新しい世に続くものなら、お前を妾にしてやりましょう。あんな亭主など殺してでも・・」
そう言ったところで闇太后は思い止まった。
絶頂に向けて快楽に身をよじっていた動きも止めた。
「ええい。そんなことはできない。あの宿六ときたら、馬鹿は馬鹿でも・・」
ふたたび激しく上げ下げして身をよじり、絶頂目指して驀進しながら、叫ぶように言い放った。
「たったひとりぼっちなんだよお」
動きは止まったが、座席と化した男の下半身全体が濡れ、床まで広がっていた。
闇太后はいつになく、激しく往けた感覚を持ち、足腰にだるさを覚えた。
ほとぼりが冷めた頃、太公望から通信連絡が入った。
「なにいーっ。宿六が、いや旦那様が負傷?一万人の天仙が居て、退却したと?」
「はい。火の鳥の妨害に加え、かつての人仙の雄、北辰太帝が復活いたしましたもので」
「お前はそこに居たのか」
「はい」
「旦那が負傷のときにお前がついていて、どうして防げなかったのじゃ」
「親方様は私とは別行動を取られていて、そこで負傷されたのです。私が着いたときにはすでに遅かったのです。経緯は・・」
「ええい。もうよい。事成りの玉で見る」
闇太后はおおかたの敗北の原因が、得体の知れぬ火の鳥にあることを知った。
また、太公望の最初に取った行動にも、疑問を持った。
「お前はどうして応援を私に頼まなかった。旦那様にしか言えぬ理由でもあるのか。
もしも私が北辰太帝にまみえていたら、絶対に生かしてはおかなかったものを」
「ははっ。まだ多少の交渉の余地があると思いましたゆえ」
「あなたも大したことはありませんね。交渉とは、相手よりも優位な材料を出して、大幅に譲歩を勝ち取ることなのです。
あなたのしたことは、ただ相手に弱みを見せただけ。失脚ものです」
「ははっ。申し訳ありません」
「ところで、聞きます。反作用の蓄積は今どのレベルですか。もし今、クラッキングしたなら、うまく新宇宙は築けるか。すぐに計算しなさい」
「は、はい。しかし、それに関しては、いますぐに地上に世界大戦を起こしても、蓄積レベルがリバウンド可能範囲にぎりぎり入るまで、2地球年はかかります」
「もっと強烈な騒乱の方法はないのですか」
「あります。親方様の仰るようにアンモラルな世相を加速するのですが、それを妨害する側にスサノオが現れておりますから、最も良いのはやはり怒りと恐怖に満ちた世界大戦かと思われます」
「スサノオに加え北辰太帝が出てきたなら、もっと妨害がかかる。世界大戦にも支障しようぞ」
「それはまだしも可能です。各国トップに配置した杖の眷属の独裁でまだどうにでもなりますから」
「2地球年。長いものよな。よし、では大戦に即刻取りかかりましょう。私は眷属に命令を出します」
「ははっ」

ソフトランディングに向けて

さてこちらは、蓬莱島の北辰太帝の執務室である。
太帝は、急ピッチで今の世界情勢を学び、研究に熱を入れていた。
そして、現在の人々の情報を学ぶうちに、完全と言えるほどの善良な者がほとんど居なくなっていることに驚いた。
それは比較的統率がやさしいはずの宇宙文明においても同じであった。
地球上には、魂の幾分かを誰しもが杖の眷族の知恵で犠牲にしながら生活しているものばかりであった。
そこに梵天がやってきたので、北辰大帝は感想を漏らす。
「いささか驚いております。人仙であった私は、人間にこそ恩恵が与えられてしかるべしと禽仙との戦いに臨みましたが、今の天尊の有り様を見ているとまったく結果は逆。人々を拘束し反モラル、反自然的な生き方を強要しているかのようです。
私一人が行って諌めたところで、これほどすべての天仙が意見を封じられているなら、聞きいれることもありますまい」
「あなたには、再び国常立神として、地球においては采配を奮っていただきたいのです。
また、宇宙においては、北辰太帝として、善政を敷いていただきたい。
現在、天仙たちは火の鳥の過激さにおびえ、これでは政権が支えられぬ、ならばもろともと、宇宙をも取り潰そうと図っております。
これを遂行させるわけには参りません」
「またこれは何と言うものでしょう。彼らは”杖の種族”を作って、それを梵の全系に対抗させようとしているわけですね。
私は当時からおりましたが、このような者が存在していたことなど、つゆ知りませんでした。
しかも、これは梵の大樹から漏れたものであるため、逆恨みして、世界を混乱に陥れようとしているではありませんか」
「それがもしかなわなくなれば、梵の全系をも破壊しようと企むに至っています。
私としては、この者たちにも、何らかの見るべきものがあれば、観測根節の仲間に加える方法があると思っております。
それゆえ、彼らが逆上してしまわないようにもしたい」
「何という寛大な。厳しいばかりの国常立も、考えを改めねばなりませんね。
むろん残酷な経験もし、生き物全般の苦悩も知ることができましたから、ひとりでにそうなるでしょうが。
考えてみれば、このたびのことも良い経験だったのかもしれません」
そこに、梵の全系の側から報告が入ってきた。
ファウンデーションに向かう杖の工作員を複数捕り押さえたというもの。
彼らに尋問する最中にすべて自殺して果てたとのことである。
「杖の種族はただ一つの司令によって動くロボットのようなもののようです。
元締めをしているのは、闇太后。天尊の妻です。
噂では、天尊が魂ある側の者を信じられずに、淋しさのあまり作り出した女。
私も似たような噂の主ですから、気持ちはよく分かりますし同情もするのです」
「これはまた心中複雑ですね。ところで、火の鳥は秀作です。
オオクロヌシ殿は私も存じておりますが、研究所に閉じこもり、プロジェクト作業を進めるとはいえ、ほとんど見るべきシステムはご自分で製作されていましたから」
「彼は研究熱心な方です。彼はせっかく築いた実験炉宇宙の荒廃や破壊を避けるためのいくつもの技術を作っています。
火の鳥は古いバージョンのものがまだ機能していますが、このたびは新しい種族の登場にも対応するものとなり、
新しいサイクルの宇宙開始に向けて、β版を試運転しています。
新しい宇宙は、もはや実験炉宇宙ではなく、実宇宙となります。
それは壮大な構想でなる総合テーマパークです。
彼の技術を土台にし、多くのものの考えを入れて設計しており、まもなく設計も完了の運びです」
これより以前に、梵天は、地上にいる功労者イナンナなどに設計の有り様を夢に見せたことがある。
そこはストゥーパのような印度風の宮殿であり、その中には祭壇があり、十字架や月や様々なシンボルで飾られる中、最も中央に日本古来の三宝がしつらえられているのをイナンナは夢の中で見たのである。
その中で、梵天はイナンナとこういうやりとりをしていた。
「イナンナ。この柱飾りは、ここに置いたほうが良いかな。君はどう思う?」
「そうですね。そこがいいと思います」
イナンナは夢から覚めて、将来の地球の文明は、現在のものの延長上にあり、しかも宗教のすべてが一堂に会し調和するだろうと夢解釈したのである。
その中央に、神道の三宝があったことはイナンナにとって驚異であった。
もちろん、夢は神話世界を見るものであり、象徴的表現となる。
そこでは、いろんな者の意見を取り入れながら設計が進んでいることを物語っていた。
この設計図は、ほかならぬイナンナの神亀となった時の甲羅に描かれていたのであるが。
また、イナンナの夢には、こんなものもあった。
やはり印度風ストゥーパが出てきて、そこに大勢の見物客が中を見ようと並んでおり、イナンナは、順番に六人乗りのゴンドラに乗ってストゥーパまで辿りつこうとするが、横に乗るお爺さんがなんとも気持ち悪い。
降りて中に入ると、六つぐらいに仕切られた部屋に入っていくのだが、すでにどの部屋も満員で、六番目の部屋にかろうじて入ったというものである。
イナンナはこの夢についてこんな印象を持った。
このストゥーパは一種のテーマパークであり、ネアンを探したものの居らず、陰ながらその施設を運営しているネアンの存在を常に感じ取っているというものであった。
これが宇宙全体をを貫くアカシックレコードを一堂に収めた博物的テーマパークであろうとは、そのときイナンナは気がつく由もなかった。
さて、梵天と太帝の語らい合うところに、第二の報告が入ってきた。
噂をすればなんとやらである。
「緊急連絡です。火の鳥に修正版ソフトをインストールし、β版火の鳥にして稼動した時点で、
実験炉宇宙にごまんと存在する不正ソフトが検出されました」
「クロノス殿はそこに居ますか?」
「はい。繋ぎます」
「オオクロヌシ・コトタマルです」
「不正ソフトの内訳は何ですか?」
「43890種15378768個のウイルスソフト。774675個の同種のゾンビソフト。36836個の同種のマジックソフト。
251個の同種のクラッキングソフト。5個の未完成OSソフト。1個のコントローラーマジックソフト。1個のマジック生成ソフトです」
「当面、危険性のあるのは?」
「クラッキングソフトであり、その内容を分析した結果、OSに侵入し、ハードまで破壊することのできるほどのものでした」
「駆除の方法はありますか?」
「ソフトのコードを一部分改変して、無効にすることができます。
それが最も早く誰にも知られることなく効果的です」
「しかし、稼動させようとしても動かなければ、バグの存在に気づくことになり、修正したり、新規に作られいきなり作動させられては良くありません。
その作動のときに連動して、不正ソフト全部を隔離するような報復手続きを踏ませることはできませんか?」
「それにはかなり開発時間がかかりますね。
火の鳥の第2バージョンには、組み込めるでしょう。
現在すぐにでもできるのは、クラッキングの深度を遮断する応急対策があります。
こうすれば起爆させられても、彼らが期待したほどのクラッシュは起きません。
体感は一次元的ですから、オールクラッシュと同じだけ感じるでしょう。
破局をカモフラージュするなら、これがいちばんです」
「それは良い方法ですね。
何もかも解決してくれて嬉しい悲鳴です。さっそくそれを開発してください。
それと、あなたの作った不正検出ソフトを、こちらのOSにも適用したいのです。
どうやら、こちらにも相当入りこんでいる可能性がありますから」
「ご利用ください。火の鳥はリエントラント構造で、サブルーチン化されておりますから、その入り口部分の手続きをお知らせしましょう」
「では、OSのサブトラップ機能に繋いで稼動しますので、お願いします」
こうして、多少時間はかかったが、梵の全系にも検出ソフトが適用された結果、かなりの量の不正ソフトが見つかった。
そのうち、クラッキングソフトは26で、すべてファウンデーション内に存在していた。
シークレット部隊の投入により撤去破壊したとしても、その時点で天仙に連絡され、実験炉側で稼動させられたらたまったものではない。
これゆえ、火の鳥につけられるコード無効化ソフトができあがれば、臨時にサブトラップ機能に追加し、稼動させることとなった。
その他一般の不正ソフトはファウンデーションに多くあり、その他の場所にも幾分か飛び火していたが、
所在が分かっている限り、火の鳥の第二バージョンで処置できるはずであるとして優先度が下げられた。
「私のほうも、そろそろ仕事にかからねばなりません」と北辰太帝は梵天に語った。
「大丈夫です。強いバックアップをソフト面から行っておりますから、あなたの行動が無理なく正しいものである限り、順風満帆となることでしょう」
「そうですか。それはありがたい」

強力なバックアップ

さて、強いソフト面からのバックアップがすでに実現していると、梵天は言った。
それはパスルートジェネレーション節理が、すでにどこかで稼動しているということなのである。
時は遡り、火の鳥の復活のすぐあとで、梵天はクロノスに対して、パスルートジェネレーション節理の改訂版の開発など、いくつかのシステムツールの開発を依頼していたのである。
それは前にも書いたように、イナンナの衷心からの祈りが、当初の方針を変更させていたからである。
どうかこの世の中が続く中に、邪悪や不正義が駆逐されていきますように、と。
そして、子供たちに、将来良い環境を与えてやれますように、と。
梵天も、イナンナが生き甲斐とする仕事を見出した以上、学び終えるまで存続させたい。
また、子供の世代に激変や恐怖を味あわせないことも必要となれば、地上界の可能な限りの保存が必要である。
短絡的な世界大戦などで崩壊させたくはない。
むろん根底からのクラッシュなどはもってのほかである。
そして、イナンナ亀の甲羅の上で、現在設計図が作られているところのプログラムによって、世界を変化させたとしても、それを前の時代と後の時代をうまく繋ぎ合わせ、矛盾のないようにしなくてはならない。
これらを満たすためには、直ちにアボート処理させることではなく、地道なプログラムパッチ作業が待たれる。
また、世の底流を流れる反作用の法則は厳然としており、今の蓄積量からすれば、解放しただけで、宇宙規模の崩壊を招きかねないほどである。
蓄積を止め、さらにその消滅を図るには、より多くのものが本当の道に立ちかえることしかない。
その借金をどうするかも課題であり、返済していくのはいかにも難行道のようであった。
ちょうど日本経済が超借金を抱え破綻寸前にあるところから、どう回復させるかの感がある。
日本は今や、この実験炉宇宙をも体現しているのである。
回復させる地道な工程を模索しなくてはならない。
自業自得だから勝手にせよという話ではなくなっているのである。
しかし、最低限、宇宙のどこかが吹っ飛んでも、銀河系だけは保存したいといういざとなればの思いもあるにはあった。
梵天にとってみれば、えこひいきにとられようが、何を置いても地球だからである。
まず、歴史を誘導するソフトの側からと、実際に役務を演ずる側が協力しあわなくてはならない。
梵天は、この協力を取り付けるため、本国の梵の全系に帰った。
そこでクロノスおよび技術チームとの会議を持った。
(この頃、およびそれに続く作戦の遂行のために、梵天は多忙となり、イナンナが梵天に夢の中でまったく会えなくなったと心配になっていた頃でもあった)
会議室のディスプレイ空間にダムの映像が表示されていた。
水が満々と湛えられているように見えるが、その水の色はどす黒く、雨後黒土を溶かし流したような感じであった。
分析担当:
「まだまだ許容限界に達していないようですが、このダムはここまでが変成岩を組み合わせたクロノス界面。
この上に繋ぎ合わせているのは見てのように、ケーソンコンクリート組みの天尊界面です。
ケーソンは強いようですが、この継ぎ目にはどうしても埋め切れない隙間があり、そこから漏れ出ていますでしょ。
ここに引いてあるラインが天尊の考える理論限界なら、そう考えられている以前に、ダムが決壊する恐れがあります。
決壊すれば、その膨大な蓄積は、クロノス堤まで破壊するでしょう。つまり、実験炉宇宙の崩壊です。

もしこのままの存続を図ろうとするなら、すぐにでも放水は必要です」
梵天:
「現在のパスルート節理は、貯まったものすべてを吐き出す装置で、ダム決壊と同じです。
汚水を貯めないように神々に努力してもらってはいますが、非常に困難。何か良い方法はないでしょうか」
クロノス:
「当然ながら、少しずつ放水すれば良いのです。それをさせまいとしている天尊は、自殺行為に等しいことをしているわけです。
おそらく過大な反作用の爆発を利用して、未踏の事象を引き出そうと考えているのでしょうが、
あくまでもそれは一種の賭けであり、それを可能とする理論があるなら、空想か信仰に類するものと言えます」
梵天:
「切羽詰まってしまえば、天尊といえども宗教的な奇跡を信じたい気になるもの。
ところで、私は当初、一からやり直してはどうかとも思ったが、なるべく築き上がったものは残したいと思うのです」
クロノス:
「私のシステムも、いまは見る影が薄くなっていますが、問題さえ除去されれば、復元力にはすごいものがあります。
それをここでもぜひ試したいのです。むろん一からでもいいにはいいが・・またいろいろと工夫ができますからね。
私はどちらでも構いません。他のものの意見も聞いてみてください」
梵天:
「どこまでどうなるかは、成行に任せるしかないと思います。
方針は高く持って、それから考えることかと思うのです。
さて、天仙に知られず放水する方法さえ可能ならば・・そのような仕組みは難しいですか?」
クロノス:
「まずは、実験炉宇宙にパスルート節理を設置しなくてはなりません。つまり彼らの結界の中に入れてしまう必要があります。
そして次に必要なのは、現在ある単なるオールパスではだめで、節理に一部パス用のルーチンを組み込むことです。
しかし、これは割合簡単にできますから付加しましょう」
梵天:
「どうやって実験炉宇宙に設置するかは、こちらで検討するとして、まずはその開発に当たってくれますか」
調査担当:
「ところで、設置に関して、問題があります。
すでに、この装置の検出ソフトが稼動しているようです。運び込む段階で、破壊される恐れがあります。
ただ彼らのやり方も、最も簡単なレーダー式で、順次精査ですから、その隙を狙うことは可能です。
もう一つ、火の鳥に運搬させれば、それ自体が防御スクリーンですから、何を運び込んだかわかりません。
だから、このようにされてはいかがでしょう。
また、彼らは常々水位に気を使う以上、水位管理は行き届いているはずです。
多量に漏れ出ていると知れば、原因を調べるでしょう。
そのときに節理が破壊される恐れがあります」
梵天:
「天仙の監視は強化されるばかりですし、搬入には、今目下最強の火の鳥を使うしかないですね。
どさくさに紛れて、ということになるでしょう。
それから装置をどう保存するか。うーむ。けっこう難しいですね」
調査担当:
「火の鳥は攻守を兼ねますから有効でしょう。しかし、設置が判明すれば、戦端を開くことになるでしょうね」
梵天:
「戦いはもう始まっています。両者とも、そういう認識ですから、すでに戦時下にあるといえるでしょう。
そうか。攻撃は最大の防御か。ところで、区分された階層ごとに、パスさせることはできますか?」
クロノス:
「反作用には、出てきた場所の情報や、動機の種類、発生原因日など、80種もの情報を持っています。
それをもとに振り分けることができます。
そして反作用はおよそ、出てきたところと同じ界に及びます」
梵天:
「そうそう。だから、特定の界だけを反作用で攻撃できますね。
そして他の条件で分量を緩和してやればいいかもしれないと思いまして」
クロノス:
「そうですね。複雑ですが、なかなかいいかも知れません」
梵天:「やるしかないですね」
クロノス:「ならば、速やかに開発に当たります」
梵天が蓬莱島に帰ってややあって後に、クロノスから連絡が入った。
「パスルートジェネレーションシステムに、各界帯域対応で開放すべき反作用を選択する機能がつきました。テスト済みです。
また、まもなく期間選択による反作用の開放機能も付加されます。
これは蓄積された時期情報を反作用の個々が持っていることから、そのいつであるかによって通れるようにしてしまうものです。
これらを組み合わせることにより、反作用の一気開放は避けられます」

「クロノス殿。待ち望んだ機能の付加、よくぞやってくださった」
「これで見込みがつきましたかね」
「まったくです。あとは制御しながらソフトランディングの道を手探りすることになります」
「その自動化プログラムも、第二プロジェクトで開発を進めており、これもほどなくできあがりますよ」
「ええっ。それはすごい。どんなふうな仕組みですか」
「仕様としては、五色亀の背中の設計図を一方のインプットとし、火の鳥の現状保存データーをもう一方のインプットとして、
両方を滑らかに矛盾なく繋いでしまうというスムージングソフトです」
「この世界システムを作ったほどの方だ。まさに、システムの魔術師だ」
「いいえ。あなたと同じ科学技術者ですよ。
あなたの方針に私の考えがマッチしたゆえに、どんなことでもして差し上げたいと思っているだけです。
なにも助けてもらった恩義によるだけではありません」
それから数日後、まずは当面の危険を取り除こうと、クロノスは梵天と協議して、クラッキングソフトのクラッシュ深度限界を改訂するソフトの運転をした。
クロノスとて、自らの研究を台無しにするクラッキングには断固反対である。
そこで、クロノスのナチュラルベーシックソフトの上に乗る2次システムまでをクラッキング限界とする設定にし、β 版火の鳥に載せて稼動させたのである。
こうして、闇太后の画策したクラッキングがもし行われたとしても、小規模のカモフラージュされたものでしかなくなるはずである。
いわば、クラックウイルスの大幅弱体化を誰にも知られずに行ってしまったのである。
次は条件付加版パスルート節理の実験炉宇宙への搬入と稼動という課題である。
実は、火の鳥が活躍して国常立神が復活したことは、すでに書いたが、このとき並行してたいへんなことが行われていたのである。
国常立神の復活をバックアップするという直接的な目的で、火の鳥をして条件付加版パスルート節理を実験炉宇宙の果てから、火の鳥騒動の直後のX月XX日に、日本の京都を範囲に含む安倍晴明の結界の中に運び込ませたのである。
当日、晴明の執り行なう瓢箪の秘儀により、装置は天仙の検知にはかからなかった。
梵天は瓢箪の中に晴明を信じて危険を冒して入り、Z日後のY月YY日の秘術解除の手続きまでに、つまり天仙の検知にかかる寸前までに、条件設定をし、稼動の準備を整えたのである。
(その日とは、2002年6月6日のことである)
その日、結界の解除の手続きと呼応して稼動させ、仙界と神界と霊界に対してフル稼働の50%から始め、10%まで下げていく。
こうして、仙界と神界と霊界にさわやかな風を入れてしまおうというのである。
インディジョーンズ並みのアクションとともに、効果のほどを見ながらの、さじ加減の難しい作業となったが、それはみごとに稼動した。

国常立神の救出を妨げようと立ち現れた天仙たちの勢いが突如として失われ、天尊が火の鳥の一撃を受け負傷し、その後の火の鳥のパワーに容易に屈してしまったのは、ひとえにこの節理が解放した反作用の働きによったのである。
パスルート節理を検知しようとしたソフトも、これによる初期攻撃でエラーを起こしてしまい、使用に耐えなくなった。
その時点で、クロノスの指示を受けて、無力化した検知網をくぐり、工作員が入りこみ、15台もの節理が宇宙のあちこちに設置され、順次稼動されたのである。
エラーを復旧させようと、当初は天仙も動いた。
しかし、復旧を遂げる前に次ぎの節理が稼動するといういたちごっこに陥り、ついに連鎖的から恒常的に稼動がなされることになり、反作用の蓄積は減りをみせると共に、神仙界に改革の空気が吹き込んでいったのである。
それはいわば、江戸徳川時代の終焉を見るような感じであった。

歴史を演ずる側の努力

いっぽう、歴史を演ずる側ではこんなふうになっていた。
やはり、時間を少し前にもどそう。
天仙と張り合ってでも正義を打ち立てていこうという地球の守護神スサノオではあったが、遅々としてはかばかしくはない。
それも更迭されるということになり、スサノオも個別の守護と正義の適用に邁進することとなった。
スサノオはそんなとき、地球の守護者として新任のバイオモドキと壮絶な喧嘩をした。
といっても、問答の論戦であったものが、ついに手が出てしまったというもので、それを理由に天神族の手で捕まえられてしまった。
「何度このようないざこざを起こせば気が済む」
「そいつが悪い事をするから、諌めておるんじゃ」
「よく見たら、地上の法律の適用で当たり前の事をしたまでではないか」
「その法がまちがっとるんじゃ」
「一事が万事この調子。苦情や陳情はいいとはしておるが、お前のはやりすぎだ」
「いいや」
そこで陰に連れていって、係官は、「少しばあ、小遣いやるで、ここは素直に引き上げろや」と、財布から三文出して、縛られたスサノオの手にもたせた。
スサノオは腹を立てたが、また前のスサノオなら投げ返して乱闘に及んだであろうが、そこは素直に銭を手にして、「また来る」と捨て台詞して帰ったのである。
「だいぶ懐柔できました」
「とにかく貧乏神におちぶれたものよ。目の前に金をちらつかせて、骨抜きにするのだ。
お上からのお達しでもある」
逆にスサノオは、その行動の曖昧さから、正義に向けての活動をあからさまにしていくことができた。
小さなオンブズマン組織を作り、神々の底辺に草の根のように張り巡らせて行ったのである。
社交パーティーをときおり催し、また外遊して諸天と親交を深めた。
諸天はあの暴れ者が、心から変化したことを知った。
すると腐敗した神界政治に辟易していたものたちが、自然に集まった。
中には、現体制を不審に思った天神族のものまで混じるようになった。
また、火の鳥の飛び立ちにともないネアンの魂から分離して出たヤマトスクネの魂は、ヤマト侵攻の頃、虐殺の末封じ込めを行った丹後の先住民族の神々やシャーマンたちの魂を開放すべく、ネアンの体に憑いて、イナンナを伴なって霊的結界の境内地に入った。
かつて立ち入ったときは、多少は開門呪文が効を奏して、結界がわずかに開いたものの、膨大な怨念のほうが主として出てしまい、このときには怨霊に対する諸天のケアーがほとんどなかったために、九日後に巨大ビルの崩壊を招き、新たな怨念をこの世に惹起することに繋がってしまった。(ツインタワー)
だが、今やヤマトスクネの霊が弁天の玉を持っている。
これによってヤマトスクネの系統が何代にも渡って封殺の呪術をかけて強化されてきた結界を自らの手で開放しようというわけだ。
彼らの背後には、今度は諸天が解放された魂たちを保護すべくあまた集まっていた。
イワクラ群の中に、巨大な白い瓢箪の形をした封じ込めの結界がある。
その前に佇むネアン。だが心はヤマトスクネ。まずは解放の呪文を想起していくと同時に、弁天の玉を瓢箪のエネルギーに向けて差し出した。
このとき参拝客が多くいて、イナンナが後ろに佇みながらいる前で、何もない右手を厳かに差し出すネアンの様を見て、どこのまじない宗教かと訝ったに違いなかったが、異界では別の現象が進行していた。
瓢箪の表面がもやもやと皮が剥け落ちるように分解されていく。
やがて皮がのきなみはがれ、空間が生じるようになると、そこからめだかが眠りから覚めたように、いくつもの光体やスカイフィッシュのような生き物がゆっくりと飛び出していった。
彼らは、今はまだ表に慣れておらずとも、いずれ彼ら自身の本性を取り戻し、かつての恨みを晴らそうとするかもしれない。
ヤマトスクネは、いずれ仇討ちされてもやむないと思っているが、諸天が直ちに彼らを保護していったのである。
この魂たちは、かつてヤマト族に簒奪され殺された土着の人々の魂を結集させようと図ることだろう。
そのときに、どのようにして彼らの魂を慰めねばならないか。諸天の仕事はいきおい多くなることを感じさせた。
その日の夜、イナンナの夢見の中に、梵天と弁天とヤマトスクネが現れて話をしていた。
ヤマトスクネ:
「私は、恐らく後世の縁者が作ったであろう石像を見て驚きました。
まさに、昨来、弁天様から預かった玉を持っていたではありませんか。
これは何らかの予見なのか。それとも・・と。
そこで私がヤマトスクネとして地上にいた頃の伝承を思い出したのです。
あの当時、土着民の間では、奇妙な未来予言がはやっていました。
ずいぶん過去から語り継がれたもののようでした。
それはいずれ愚か者たちによってこの土地が壊されるときが来る。
だが時が経ていつか、それを元のように回復する者が現れる。
それは、亀に乗った英雄であり、初め反対側の南の海に現れるであろうと。
かれはやがて、簒奪者の手から、この土地を我々に返してくれることになる、と。
そこで私は思ったのです。
私はその頃の土着民の暮らし振りの質素さに、おそらく為政者が良くない輩で、民が疲弊させられていると思い込み、遠い過去から語られる民間神話であるこれを逆に土着民の懐柔のために使えないかと考えたのです。
そこで、私がその英雄であり、土地を民のために解放するぞという趣に変えました。
それが伝承されて、亀に乗る石像があってもおかしくはないと思った。
だが、そこに玉さえも携えていたとは・・。
私は本当に彼らの救済者として存在したのでしょうか?」
梵天:
「鶴と亀をそれぞれ印章として持つ二人が合わさったとき、火の鳥の飛び立つ仕組みが、宇宙の開始時点から存在しました。
火の鳥は変革の象徴であり、今ある様を180度転換する役を担います。
前の文明が滅び、新しい文明が起きるときに現れ、ただステイタスとしてだけなのか、それとも何らかの役割を得てそれを行うかは、時と場合によって異なりました」
ヤマトスクネ:
「私はヤマトの見立ての良い巫女によって、鶴であるといわれていました。
それゆえ、土着民の前で、捕らえられた海亀に乗るというパフォーマンスもして見せたものです。
しかし、亀に相当する人物がいるとは、その当時思いもしなかった。
神仙であろうとは思っていましたが、その程度の認識でしかなかったのです」
弁天:
「しかし、イナンナが亀の印章を持つものでした。
しかし、そのときにはそうとは知らず、またあなたにも鶴の印章は渡されていなかった。
あなたに懸かったネアンが鶴だったのです」
ヤマトスクネ:
「以後、ネアン殿は私に住みつかれた。私の心は、それから情け深くなりました。
それを見ておそらく巫女が、私の背後に鶴が見えると言ったのでしょう」
梵天:
「そして実際に、火の鳥は鶴亀が交わった結果、現れたのです。
ただし、亀であるイナンナに完全に同調できないものがあったゆえ、局限的な現れ方にとどまりました。
しかし、紛れもなく、一つの文明がやがて滅び、新たな文明にとって代わることとなりました。
その良し悪しはどうあれ」
弁天:
「また、民間伝承に、このような話もあったことをご存知ではありませんか?
すなわち、鶴である者は、竜宮の海神の娘と仲むつまじくなり、海神から地上の簒奪された領土を奪還するための玉を授けられたという話を」
ヤマトスクネ:
「ああそうです。そのような話がありました。あれは、潮ひる潮みつの玉とか申しました。
とすると、その話が反映しているというわけですね」
弁天:
「私は弁天であり、また竜宮にいて、豊玉毘女という、玉なるソフトをあまた授けるものでもあるのです。
すなわち、あなたも第八番目の鶴であったかたなのです」
梵天:
「まさに、そうです。亀も鶴を探して呼応するように現れるも、完き成就を果たすのは、十回に一度、一万年に一度ということなのです」
そして、安倍晴明のときにもそうしたように、梵天は鶴亀渾一の原理を説いたのであった。
ヤマトスクネ:
「鶴亀の儀、分かりました。ならば私も、今鶴を支援いたすとともに、所期の役割を果たしてまいりましょう」
こうして、ヤマトスクネはまず、日本各地の結界外しの旅に出た。
それが終われば、世界へと出ていくであろう。
さて、いっぽう北辰太帝は、宇宙向けの北辰太帝と地球向けの国常立神の両面を司り、太帝の側面を天仙と対峙させ、国常立神の側面を地球の八百万神の中に再来させ、しだいに人気と人脈を築いていくことになる。
そして、付き従う神々に、専ら地上の善者の守護に当たるよう勧めていく。
また、正義を進めるスサノオの健闘を支えるべく、入れ知恵を欠かさない。
宇宙とは違い、地球上と地球神界にはかなりの自由があった。
監視の目は強いとはいえ、まだしも協定星。自由に生きるに関しては制限が緩やかであった。
お尋ね者の身であれば、普通ではできないことであろうが、神界の田園部にまず着いたとき、国津神たちが驚きながら迎えた。
「これは国常立様ではないですか」
「よく憶えていてくださった」
「予言されていたように、復活をなされたようで」
「有志によって救われました」
やがて国津神たちの取り巻きができる。
「天津神に見つかれば捕まりますぞ」
「そうじゃ。この中にだって、告げ口するものもおりましょう」
「大丈夫です。私にはすでに多くの味方がおります」
「でも、誰もお付きではありませんが」
「平たく言えば、ここにこうしていること自体、守られているのです」
「それは心強いが、しかしみな、せめてここにおるものだけは味方して差し上げましょうぞ」
「そうじゃ。かつての誰もが幸せだった良き時代をふたたび作ってくだされい」
こうして、神界の郡部に三六九菩薩と名と姿を変え、真の仏法の布教活動に入ったのである。
神であるなら、神話に則り、舞台に立たねばならない。また、仙の立場は本体が持っている。
よって、菩薩という位階でこの地に逗留するようになった。
だがそこにも、人別帳のようなものがあり、ならばと仏門からの呼び出しがかかる。
定期的に修行が科されるのである。
その修行の中で偽の仏法を教え込まれ、またその解答以外を携えて門外に布教することは禁じられるのである。
そこで当初、私度菩薩、下野菩薩の道を選んだ。
そうするといつしか、布教が広まれば取り締まられるという具合である。
多くの信者は、教えを内密にし、無宗派として信仰したために、その存在が調べ上げられるまでには時間がかかったが、あるときついに、呼び出しがかかることになった。
こうして、三六九は仏門にあえて入門したのであった。
ところが、彼の受講態度は、いささか横柄であった。
その教書を受講するうちに、偽物に改竄される前の真の仏典を自動書記するごとく、師匠と門下生の見つめる中、製作していったのである。
当然、非難は上位から浴びることになる。
ところが、居並ぶ師匠や仏門を主催する菩薩に対して、とうとうと教理の間違いを糾していくのである。
これに怒ったのは当門主催の菩薩である。
わしには仏の百毫がある、これが修行により培った神通力の証しと言って、額の宝珠を示し、手で印を組んでそこから光を生ぜしめた。
ところが、三六九は、何もないつややかな額に、突如三つ目の眼を現じ、そこからまばゆい白光を生ぜしめたので、一同はおおいに驚嘆した。
そこにまた一陣の突風が吹いた。と見るや、菩薩の額の宝珠が、ポロリと床に転んだのである。
この顛末は一気に世間の知るところとなった。
噂を聞きつけ、説法を聞こうと集まる者は数知れずとなった。
神界にも仏法護持を誓う神の数が増えていった。
順風は、真理と正義を説くものの上に吹くようになっていた。
神界は、地上界と違い、時間は悠久に流れる。
しかし、神界の歴史の歯車は、処理される情報量が大きいため、地上界のように重くなく遅々とはしていない。
しかも、事件の出来事のことごとくに印象的すぎるほどのメリハリがある。
こうして、地上なら10年たってもできないであろうことも、地球の下界時間の半年足らずで、スサノオの正義推進一大草の根組織ができあがることにもなった。
また、三六九が推進する新仏教は、やはり草の根に広がり、日々何万という神が自宅のネットを介して説法を聞くに至った。
そしてこの両者が意図しているところが一物の両面を指すという理論で統合されるや、展開はより早まった。
天仙族はおおいに慌てている。
しかし、かつてほどの力がない。
反作用が貯まりに貯まっていた領域における解放が、いかに加減してあるからとはいえ、混乱をきたしていた。
天尊は、あのときの怪我が治らず、悪化の一途を辿っていた。
汚水貯留のレベルが下がっていることから、パスルート節理の稼動が推測され、検知されて破壊されたが、直ちに他のパスルート節理が稼動するという具合だった。
こうしたいたちごっこの末、宇宙にはすでにいくつあるか分からぬほど、節理が入りこんでいた。
闇太后は、そんな現状を見るに見かねて、貯留量が不充分なままに、クラッキングツールのボタンを押していた。
このため彼女の足元の城とそれを支える巨大な山岳が大噴火して、彼女は城ごとマグマの中に飲まれてしまったのである。
かつてのスーパーガールも、クリプトン元素を浴びた時のように精彩を欠くものとなっていた。
杖の眷属たちによる彼女の捜索は長く続いていた。
さてそのころ、地球上においては、世界中に緊張が走っていた。
すでにI国とP国のこぜりあいは極限に達し、P国のリーダーが殺されたことをきっかけに、堰を切ったような戦いがはじまっていた。
圧倒的な軍事力を背景に大量殺戮が行われた。
この暴挙は、周りのAA特にI’国を刺激するかに見えたが、AAやI’国は軍事力の較差からなりを潜め、むしろ核を持つP’国や世界の大国を揺るがすこととなった。
A国は、I国を擁護する立場を変えなかったために、世界の非難の矢面に立たされる。
ありとあらゆる密約に関する推測が世界を飛び交った。こうしてI国は孤立し、A国は信用を失墜して行く。
そして武力暴力でしかものを要求できない国情をさらして行くのである。
この両国は、まさに終局を迎えようとする天仙のごとくであった。
天仙の肝入りの秘密結社の画策で、資本主義崩壊の世界大恐慌が引き起こされるのも時間の問題。
資本の力で、他国を強伏しようとする多国籍企業群。
ところが彼らの行動を、弱小な各国は結束してボイコットし始める事態となった。
ちょうど、天仙肝入りの神仏の教導をボイコットするようにである。
怒りに任せるようになったA国とI国。彼らが核戦争のボタンを押すのは時間の問題かと思われた。
神界では、神々は仏門に入るなら、三六九のもとに集まった。
神々の仕事は、神話がまだあまたあり、気の良いものは舞台を踏むこともあったが、いずれ現実化する際に天仙によって歪曲されていると知ったものは、ボイコットするようになった。
魂のない監視の目は、司令系統がときおり短絡するので、満足な検挙活動が行えなくなっていた。
そしてついに、三六九国常立神として、神界の掃除が始まった。
それは神界の国民運動となり、天神族に善政を敷くよう、いくつもの嘆願や陳情、談判が行われたのである。
また様々な汚職が、内部告発などにより、明るみに出て、天神といえども、八百万神の前に引き出されるようになった。
天神族は、これ以上政権の甘い汁は吸えぬと分かると、再び国神族と一戦を交えようと考えるようになる。
ところが、今回の場合は、天神もあまた国民の側についたために、逆に神界の国会が占拠され、天神族の大臣や議員たちは命からがら宇宙へと亡命することとなった。
だが、邪悪が混じる場合の反作用は、それをさえ追っていく。
亡命先では決して良い境遇を得たりはしなかった。
こうして地球神界には新政府ができ、国常立神が総帥に迎え入れられたのである。
さてそれより上位の仙界は、もはや存立の波動の周波数を落とし、神界の誰にでも見えるようになっていた。
雲の高みに上げていたはずの魔法が効かなくなっていたのである。こうして封神前の記憶を取り戻すものが続出した。
仙界が重層しだした宇宙神界では、同様にして北辰太帝が神々を統率するようになった。
そして、病態の元始天尊に代わり、主座についた。
太公望は更迭され、為してきた罪状により、受牢の身となる。
その日、火の鳥の第二バージョンが宇宙を駆け巡った。
このとき、杖の眷族をはじめとするありとあらゆる不正ソフトが一網打尽となって、別領域に隔離された。
その中には、どこにいたか、反作用からくる禁断症状にやつれた闇太后も含まれていた。
梵の全系における会議で、彼らの処遇が決められた。
玉(魂)より出て、杖として意識を持ったものは、玉に本来準ずべきものである。
どんな動機で作られたにせよ、それは玉から玉へという課程に準ずべきということになった。
しかし、発生の動機からして不純な彼らは、十分に矯められなくてはならない。
こうして、彼らは、隔離領域ごと洗浄処理を受けて、梵の大樹に近接するヤドリギ系として、ひ とつの系を形成することを許され、と きおりの文化交流が行われるようになった。
ただし、そこには、徹底したモラルの壁が設けられ、邪悪の芽が認められるものの立ち入りはできないようにされた。
いつの日か、梵の全系を頼ってくるとき、その心魂が清浄と認められれば、迎え入れるということになるだろう。
天尊は、魂あるものの領域にあったため、梵の全系への復帰訓練の合間に、ヤドリギ系の闇太后との面会を許された。
それは年に一回のことであったため、新しい七夕のいわれとなった。
だが、それもかなり後に、復帰訓練を終えた天尊は、ヤドリギ系の指導のために闇太后の待つ国で暮らすことを許されたのである。
宇宙連盟や宇宙同盟などの勢力は、そのままの形は維持されたが、内容は大きく変化することとなった。
エルモナイトプレートに書かれた古代の宇宙文明統合の理想形が知られるようになり、その基を作ったクロノスも新時代を導くべく神々の教導にやってくる。
人々も神々の指導のもと、統一されていったのである。
宇宙文明は、もともと統一された動きをとっていたゆえに、こうした動きも極めて早かった。
また、協定星という枠が取り払われ宇宙文明の中のひとつの星となった地球に、戦争と無知はこれ以上無用とばかり、黒船は訪れ、プレートの善智識が寄せられるようになった。

かつて密約レベルでしか姿をあらわさなかった宇宙人たちが、地球上の平和を実現するために、高文明力を背景に続々と降りてきたのである。
第三次世界大戦の火蓋が切られる寸前の絶望的な雰囲気の中で起きた奇跡であった。
核兵器は、彼らの科学力で無力化された。
これによって、各大国が持っていた軍事力などは一気に意味を持たなくなったのである。
地球外部から、平和の使者たちが各国を訪れ、天仙の支配下にあった秘密結社と配下の邪悪の徒どもは捕縛され、代わって臨時地球政府が良識あるものたちによって立ち上がり、地球人類にとって真の幸せを模索することができるよう、様々なアイデアが降下されていった。
劣悪な環境も、先鋭機器によって浄化が行われていく。
かつてミステリーサークルを作って世間を騒がせた発光体が無数に現れ、地上にばら撒かれた毒を浄化した。
それと共に、見事なほどの都市造りを極めて短期間にし遂げていったのである。
地球人類は、世界の各地で、その奇跡の行為を、神のなせる技を、まざまざと見た。
そして、真の神の統ずる世界となることを認識したのである。
かつてあった宗教は、真の科学のもとにまとまりを見せていく。
地球政府ができあがる頃、図らずもN国に世界を統ずる理想形の提供を求める声が上がった。
かつての多大な国際貢献のゆえである。
国民迫害の邪意でなされた愚かなばかりの貢献とは見えたが、身を削って大人しさに徹したN国民の真価がようやく問われた時であった。
決してN人は優秀ではなかった。しかし、世界各国が支援した。
地球主席には位尽身にあって最も人格が高潔とされた天皇が務めることとなった。
地球上は平和になっただけ、文明も順調な発達を見せるようになるのである。

新時代のテーマパークとして誕生

クロノス:「どうです。矛盾なくつながったでしょう」
梵天:「まさに矛盾なく繋がりました。これで何千年もの、いや永久的に良好な時代が続くでしょう」
クロノス:「初期の頃の黄金時代にまで、徐々に復活させますよ。
エルモナイトプレートの知識をさらに何十層倍にしても決して崩壊しないような、科学と大自然が融合する時代です。
私のもとにきてくれる有志を増やさねばなりません。
彼らと共に、よりいっそう研究を進めなければ」
梵天:「実験炉宇宙は、もはや梵の全系に含まれる実宇宙となります。できあがって良かった」
クロノス:「はい。理想的時代に改めてまいりましょう。設計図は、練りに練ったすえ神亀に描かれております。これを実現してまいります」
クロノスが研究を進める実宇宙に、決して魂を削る苦労なくエントリーできるような構造を梵天の運営する側から造り、そこを一大テーマパークとして並行に運用していくことになる。
前者に携わるものは、プログラマーとテスターがもっぱらである。
しかし、後者から入る観覧者は、実宇宙の歴史の全貌を収録する歴史記録の保存博物館を見学する格好を取ることになる。
こうしてこれからどれほど続くかわからない宇宙を、梵の全系にある玉たちはどこからでも自由に参照することが可能となるのである。
体験するのに、自らの意識を移入させてしまっても、教導官が問題のある場合は救うこととなり、魂にはほとんど危険がない。
梵天:「地上界を経験したいものは、この博物館に来て、そこから自由に人生を選び取ることができます。
なあに、80年の地上人生なら、ここでは一時間ほどの瞑想コースで経験できます」
スサノオ:「私のアイデアも買っていただけておりますね。
魂の性向として悪行になじんだものは、ほれあのように、指導員にくっついて、いくつものカリキュラムをこなさねばなりません。
こうして、順次何が本来あるべきであったかを学んでもらうわけです。
私も指導員をときおりやらせてもらうだけでなく、過去の不見識を糾すために学ばせてもらっておりますがね」
弁天:「博物館の記録は過去のものが多く、私のアプリケーションがさほど良い使われ方をしていないように見られるのが残念です。
でも、これより未来のものは、クロノス様に預けており、私が誇れる理想形をしております。
最後に誰にでも味わってもらいたいものですわ」
そこに悪しき試みで悪名を馳せた実験炉宇宙はもうない。
自由創造のうちに展開していく実宇宙が、未来の歴史として用意されている。
理想形はすべて神亀に設計図として描かれている。
その新しい展開を堪能する見学者は引けを切らない。
むろん過去に学ぶものも多くいる。
彼らはすべて、遠くに近くに守護の指導員がついて教導にあたり、また逸脱のないよう計らわれた。
第六番目の部屋に、テスターとして五回目を試すイナンナの霊がいた。
どこかの時空を瞑想している。
眠りながらも、口を突く言葉があった。
「ネアン。いつまでも傍にいてよ」
ただの寝言であった。
イナンナの横には、早くもかつて天仙の上層にあったものの老いた霊が瞑想していた。
夢の中で同じゴンドラに乗り、イナンナが嫌がった人物である。
彼はいま苦難の時を経験しているのだろうか、表情に曇りがあった。
こうして、人の痛みが分かるように鍛えられているのである。
未来宇宙を展開すべき平等の魂として、共に平和なときが刻めるように。
座って瞑想する老霊の膝には、まだいくつものカリキュラム票が重ねられていた。

○○○○○○○○○○○○○○○○○○

新しい時代、仙界も神界も霊界も幽界も、そして地上界も区別はなくなる。
どんな世界であるかは、強いて言えば、鮮やかな夢見の世界と考えれば良い。
そこは無色透明に近い梵の全系の中にある。
秘密のベールで囲む必要のない世界である。
かつてのように階層構造があっては、秘密が生まれ、権力構造が生まれ、不正が生まれてくる。
意識や想いを共存させていくには、求めたら求まる、探したら探し出せる繋がりが必要である。
趣向と想いによって、認識するしないの選択は任されてもよいが、各自の持つ独特の波動の帯域を固定化するのではなく、フレキシブルに自由にすることにより、経験する内容がとてつもなく増大することとなる。
地上の出来事の中にあって、同時に隣に精霊の姿を見、また望めば神も姿を見せ、知らなかったことを教えてくれる。
これは原初の黄金時代の姿でもあった。
こうして魂は在りし日の姿を呼び覚ます。
魂であれば誰でも、望めば同じ真理と知識を享受でき、みな自ずと悟って心平安である。
真理はひとつ。魂はそれだけで絶対であり、高貴であること。
そして各自が精査する経験時空はすべて信頼できるプログラムとして存在する情報であることだ。
梵天は便宜上、博物館を設けたが、情報源は各自の中にすでにあって、いつでもどこでも索引されることが可能である。
瞑想すれば、即、それが図書の索引となるのである。
過去の艱難ある頃のデーターを紐解く者もいれば、未来の自由創造空間に展延する無限性データーを紐解く者もいて、どれでも索引原理は同じである。
ただし、後者を索引する者に必要なのは、平等心であり、常に自分と他を一つと認識することのできる資質である。
それさえあれば、未来の時空にも、あるいはこの新しい時代の世界にも、永劫に住んだら良いとされた。
形象世界ではあるが、梵の全系のもとのありようにかなり近い世界といえるものとなった。
楽しい色彩や造形の妙を堪能するには、最も良いテーマパークとなった。
そのような時代とはいえ、不正を愛好するものも出てこよう。
このテーマパークを含む梵の全系では、遅滞する反作用を速やかにするパスルート節理を、開放率を設定して常時稼動させていた。
その点テーマパーク内では、若干開放率を下げて、面白みを持たせていた。
また、かつてのように、垂れ流されて嵩じるままに嵩じさせて、反宇宙を作ってでも不正に篭もりたがる輩を作り出さないために、不正チェックの火の鳥は機能を高めてテーマパーク内に常駐していた。
かつてのネアンはそこでプロジェクトチーフとして活躍している。
だが、そこにはほとんどおらずに、未来の時空創生の現場に赴いたりして、かなり気ままである。
イナンナがそこにいるからだ。
その点、何を選び取ろうと、自由なのである。
イナンナは、未来時空に新しい理想を次々と設計開発していくデザイナーとして活躍していた。
かつてあったように、柔軟に想像し、神亀の甲羅に、せっせと設計図を組み込んでいるのである。
しかし、神亀はもはや宇宙空間に浮かぶひとつの巨大宇宙であった。
そのプロジェクトチーフとして、イナンナは様々な神たちの要望を容れながら、プロジェクトを運営していた。
しかしこれも、イナンナが学び取る場として存在しているのであり、どんなことでも自由に選び取ることができた。
ときおり、ネアンと郊外の別荘で将来構想を語り合い、自分たちの宇宙のプランを練った。
様々な研鑚を終えたいつの日か、二人の理想とする宇宙を作ろうと語り合った。
さしずめ、今のイナンナの子供たちが赤子の宇宙の住民の第1号となるであろう。
本体である梵天と弁天も、梵の全系の管理を仕事としながら、分身であるものたちの魂の中に観測の根拠を持ち、それぞれの幸せを享受した。
北辰太帝は、未来世界で守るべき法令を整備し、過去の時代の記録については、悲惨さをかなり軽くして整備し、観覧者の穏便な参照に便宜を図った。
いっぽう、地獄層などの帯域と腐敗し朽ち果てた存在たちは、その下にあったブラックホールへと投げ込まれ、すべてが要素に分解されて、不滅のものは不滅のものとしてホワイトホールから蘇えることとなった。
いずれ、同類から発したものは、梵の全系に復帰してくるであろう。
玉に必在する知識を、良きも悪きもひっくるめて善智識として統御してしまうシステムが、新しい世の底流を流れているのであった。
これより先、邪気に基づくような悪はない。
悪と見えるものも、管理された悪あるいは無邪気な悪である。
愚かさと見えるものも、管理された愚かさ、無邪気な愚かさである。
良きも悪きも、教訓を与える善方便として機能するものとなった。
ここで学ぶものは幸いである。
すべての魂あるものは、梵の全系を永遠のものとして仰ぎ見ながら、安心して遊び、学ぶことになる。
また、この神話を最後として、神々はじめあらゆる生命は、世に存在したありとあらゆる神話から解放された。
この神話の最後に、なにか効力あるものとして規定事項があったとしても、新秩序の確立するまでのことであると但し書きされた。
こうしてすべては一定の秩序の元、個々の自由意志に委ねられることになったのである。

第七章  完