新神話 第十一章

第十一章 地上の語りが終わるまで書き続けられる新神話・・・ その1

新年の幕開け

2007年の新しい年が幕を開けた。
予感された七年という時の区切りが存在したものだろうか。七年を満ずる昨年の中頃までに、駆け込むようにしてカンナオビは彼女自身の果たすべき役目を果たしていった。それはまるで、あるべき道に導かれるようにして、彼女がごく自然にし遂げていったものであった。
その後、余禄とも思える無事な時間が続いていたため、ネアンは七年などと時を区切る必要などなかったと思いかけていた。
ところが、年を越してから、カンナオビはいっそう家庭生活に忙殺されるようになり、連絡が疎遠になったことで、カンナオビの自分への熱が冷めかけているふうに見えた。加えて、どこか二人の関係はギクシャクし始めたのである。
カンナオビ主導にすると改訂を約束してできあがったという新神話には、依然として過去の彼女を持ち上げる表現に満ち、カンナオビを後詰にまわす意図に満ち溢れていた。過去の女と対等にすら扱えないことに、自分の能力不足が咎められているのかと思い、カンナオビは、たい
せつにされていない思いに希望を失いかけていた。
いっぽうネアンは、カンナオビがどんどん疎遠になりつつあるのではないかと、危惧していた。
ネアンは、弁天がカンナオビに許した時間が七年で、それを過ぎれば魔法が解けるようにして、カンナオビの意識が還俗してしまうと予感したことが本当だったのかと思った。
熱烈な恋愛劇で結ばれたカップルというのは、たとえてキューピットが矢を仕掛けたと表現したように、神霊の関わりがあったりする。そこには神霊の都合で、おりよく引き合わされるという事象があったりする。たとえば、神霊がこのカップルを介して地上的恋愛劇を営みたい場合などだ。
熱烈な恋愛でいっしょになった新婚カップルが、数年もすれば、かかっていた魔法が解けたように離反しあうのは、こうした原理による場合が多い。それを乗り越えて忍耐ある結婚生活を営むには、また別の魔法が必要になったりする。だが、地上の不利は地上でカバーするとでもいうか、魔法を持てない人のために、国が法律によって縛ったり、部族の掟で縛ったりして、容易に別れられないよう援助する仕組みが設けられている。さすが国の配慮も機微に渡っているというしかないが、魔法が解けた後のカップルの成行や想像するに余りあろう。
具合の悪いことに、ネアンのほうは、身体のあちこちに変調をきたしていた。両肩関節痛はいっそうひどくなり、凍えてもいないのに脚の踝付近がいつのまにか凍傷にかかったようになった。皮膚疾患も随所に現れだした。
そのようなとき、カンナオビから意味深長なメールは着いた。
☆☆☆
夢の中で構築される世界には
潜在的な意識が投影されることが多く
それゆえ普段は想いもしないことを夢に見たと
夢見を不思議で面白いものにしてくれるのです。
潜在的な想い。
あなたがともに在りたいと想う人は誰か。
本来の自分に戻るために
最も大切な仲間・・・片割れ・・・相棒・・・
その意味で男女的に言葉を置き換えるなら
パートナー・・・伴侶・・・それは誰か。
あなたが永遠の物語として書き続けた神話で
役割を果たすために選んだ仲間が
あなたにとって最良の伴侶なのでしょうね。
わたしとの宇宙創造というプランは
激しく燃え尽きる情熱の前には軽薄すぎる
ずっと感じて、わたしを不安がらせたのは
あなたのこの潜在意識。
あの人は去って行ったあとも
あなたを誘導し続けていたの。
わたしのなかにすべてが取り込まれたよと言って
あなたは丸ごと愛そうと努力されたけれど
無理だったようですね。
神話で
あなたの本音を語っている。
でもなんか不思議。
嫉妬も苛立ちも・・・もう感じない。
わたしはもう動くことはないです。
あなたへの想いも何もかも取り込んだまま
焼き尽くされることのないモノとして
永久凍土で眠ります。
また再会できる時を
楽しみに待っていますから。
カンナオビ
☆☆☆
あまりに仰々しい文面に、しっかりと意趣を読み切れないネアンであった。明らかにカンナオビは心を千地に乱れさせて苦悶しているようだ。こうしたことはかつて幾度もあった。今回は時の壁が影響しているかも知れないと危惧はしていたものの、ネアンはまだカンナオビが真剣に別れを意識しているとは思いもしなかった。最後に結ばれた「また再会できるときを楽しみに・・」に少なからず安堵し、ひどく心を振り乱したときの花瓶投げのような感じでいたのだ。
その日の夜眠りについて、明け方四時ごろの夢であった。

雲竜に飛び込まれた初夢

ネアンは小さな四角形をした家の二階のまん中に居て、北と南の開放された窓から、うろこ雲漂う昼間の明るい空を眺望できる状態にあった。
南の空を見ていると、どこからか降りてきた雲が長くたなびき、消えることなく、我が家の上空を反時計回りに旋回し始めた。
見れば、龍のようであった。雲によってできた龍。雲竜とでも言うのか。一周目のときはまだそうとは気付かなかったが、二周目となって、これは龍だと気付いた。
家の北側に回ったとき、左横顔はありありと馬のような面構えをしており、夕日を浴びたか心なし赤みがかり、続く後ろが長く流れて、ところどころうろこ雲のように切れつつも、尻尾らしく従っているのを見た。雲が龍の形を形成して飛んでいるのだ。
方向を変え、南側に回ろうとしたとき、龍の顔が正対して見えた。眼光もありなかなかの面構えだが、どこか優しい感じがする。
屋根の上すれすれに南に回ろうとして、尻尾が屋根に触れた瞬間に、じゅぼっと水がかかったような音がした。どんどん接近してきている。もしかして、自分を探しているのか?
龍はまた南から北上を開始。再び北面から南を窺おうとして正対する格好となったとき、もう龍は目標を捉えたらしく、北面の窓めがけて飛んできていた。
そして、閉められた窓をひげでぴょこっと開けると、もろに部屋に入ってきて、ネアンの胸めがけて飛び込んだのだ。
<うわーっ!!身体の中に入っちゃったよ。合体したようだ>
この光景は近所の人も見たようで、家の中に入ってきたおばさんや少年らが、彼のほうをすごいといった表情で見つめている。そこで彼は拳法のように腕をぐるっと回して英雄ウルトラマンのポーズをとった。どんなものだと。そのとたん、ネアンは夢から醒めたのだった。何だ。
夢だったか。
彼にとって久しぶりに見た夢。腕の痛みや不整脈でさほど眠れたものではなかったときに、ようやく見た正月らしい夢だった。
もしや奇跡が起きているかもしれないと、腕の痛みや心臓の不調が治っているかどうか調べてみた。だが、そうは問屋が卸さなかった。
雲でできた龍。色からすれば白龍というのか。
ネバーエンディングストーリーに出てくるような。
千と千尋の神隠しのハクみたいな。
どうかいい年になりますようにと、ネアンは心で祈った。
これはあまりにも良い吉夢であった。おりしも正月。月も半ばとなったとはいえ、ネアンにとっては久々に見た長時間明晰夢であり、初夢に違いなかった。
ネアンは早速、カンナオビにメールで知らせた。ぜひその内容を聞いて欲しいと。ところが、カンナオビは、心を遠ざけはじめたのか、パソコン操作に興味しなくなっていた。
待てど暮らせど連絡はない。カンナオビは本当に自分を嫌いになったのかも知れない。ならば今連絡つかずとも、いつかはと思い、ネアンは夢の内容をブログに上げた。
そしていよいよ、しっかりとカンナオビのメールを読み返したとき、ようやく別れの意志を読み取った。
カンナオビは、今までの思い出、つまり神話も含めて取り込み、永久凍土に眠ると言い、別れを告げている。
それは意味的に、かつてイナンナが神話崩しを宣言して去った経緯と酷似しており、ショッキングだった。
<カンナオビ。君もか?新神話は君によってオーソライズされたのに、当の君が否定してしまったのでは、どうなるのだろう。神話はまたも振り出しか?>
だが、ネアンにはカンナオビを恨む気は微塵もなかった。彼女は、魔法に浮かされたようになっている間に、やるべきことはすべて遣り遂げている。想像以上の出来であったほどだ。その結果を査収し引き継いで、自分の魔法を発動していくのは、自分しかいなかったのだ。
<みんな工作員だった。そんなまたとない時間を与えられたのに、それをルーズに使った自分こそ、工作員らしくなかった。カンナオビの宣言した結果は、自分が身を以て解決せねばならない。だけど、カンナオビには工作員であって欲しくなかったなあ>
惜別の涙がとめどなかった。
七年という時は、予感されたように、弁天が時を定めて雛形を誘導する期間だったようだ。マトリックスはだらだらと歴史を刻んでいるのではない。定められた時に定められたことが起き、そのようにして最後を迎えるまで、タイムテーブルが出来上がっているのだ。その中において、魔法の時を刻むのも、タイムテーブルに則られねばならない。
それを、ネアンのように、もっと蜜月の時を長引かせたいといった理由で、付け足すことなどできないのだ。それをすれば、勇み足になり、魔法が半ば解けかかっているのに、無理をしてバレてしまい、あれ?催眠術にかかっていたのかしら、何で関わっていたのか分からない、といった形になってしまうことになる。
ネアンは、とんだシンデレラボーイだった。午前零時のタイムリミットが過ぎて、馬車がかぼちゃになっていて初めてあわてているわけだから。
だが、何という残酷な世界であろう。自由度のないマトリックス世界ならばこそのスケジュールを秒単位で刻む残虐性。二度と来たくないと言うのも頷ける。
そして明日をも知れぬ身になっている。心房の不正リズムが壁一枚隔てた心室に起きれば、一巻の終わり。新たに次の神話成就のヒロインを求めることなど到底不可能だ。
だが、カンナオビの神霊は、そのような愚かなネアンをフォローしようと、解け行く魔法に反比例して顕在意識の活発化する中で、最後に自らの心を千地に乱れさせ、ネアンを慕っていた神霊の部分を遠心力ではじき出したのだ。
それが雲竜となり、ネアンの胸に飛び込んだのである。カンナオビにかかっていた魔法は、ネアンシンパの龍の神霊をはじき出すと同時に解けたのか、カンナオビははっきりした別れのメールを送ってきた。
そこにはカンナオビを絶望に至らしめた理由がいくつも認められていた。
だが、ネアンも決して力不足のゆえにカンナオビを後詰めにしたのではないことを説く文面をもう一度送った。
☆☆☆
最愛のカンナオビ。そうじゃないよ。
そんなに戦さがしたいの?
ぼくはキャラクターごとに相応しい場を設定したつもりなの。
君には辛いかも知れないが、この場に残って、恋人の帰りを待つ女性を演じてもらいたかった。
山内一豊の妻みたいに。
君は、神直日(カムナオビ)=神の理念を正す神、として機能して欲しかったからで、君はそれにぴったりの純粋さ、純情さを備えていたからです。
戦争体験をした後の君であってほしくないのです。
君の過去世は精進潔斎した神殿勤めの巫女であると見切りました。
君には、これから新しい時代を迎えるにあたり、神々や人々に心を純にすることや、清めることを手がけてもらいたいと思ったのです。少なくともイザナギの神界を清めるツールになってもらいたく思いました。
それ以上に望むとすれば、君と共同で作る宇宙経営。母がそうであれば、そこには自然と清らかさが出てくるから、どんなにいい宇宙になるか希望が持てました。
君に戦争に臨ませるという筋書き作りはとてもできなかった。いつも女房役は君で、大事に清らかなまま家庭に置いておきたかったのです。
いっぽう戦は、好むと好まざるに関わらず、やらねばならないようになっているとするなら、男であるか、好戦性と罪深さを持っている者でなくては相応しくありません。
イナンナは男としても働いた者。裏と表の両刀使いです。
猜疑心や裏切りの意図などを漂わせているような戦場。
君をそのようなところに入れて、戦わせて汚し傷つけたくないと思いました。
あのような神話にしたのはそういう事情です。
しかし、君の意思を汲めていませんでした。
>亀の背ではなく
>龍に乗って飛び立つ神話にして欲しかった。
そうか。ネバーエンディングストーリーのように、龍の背に乗ってなのか。
それで雲の龍が乗せるためにやってきたのですか。
あの龍は君だったんやね。だから、優しい龍だった。
いつになく長い夢でした。ようやく悟りました。
君。創作神話は、共に演じる立場の者なら、こうしてくれという要求があっていいのです。
だから、今なお改訂しつつ進めているのです。この世にある限りは、改訂の連続です。
ぼくの中には未だに龍がいて、大人しくしています。
だから、君を抱くように愛しています。懐に飛び込んで来てくれたから。
君の心をひどく揺さぶるようなことをしてしまいました。
だから、君の意識の一部が、切れ切れの雲になってでも参加しようとしてくれたのです。
そんな君を愛しています。カンナオビ。君をずっとね。君に嫌われてもずっとずっと。
君の意識の一部をぼくは懐で眠らせたまま、お守り代わりにして戦に出ます。
確かに、君の参加を得ましたよ。
愛しています。清らかであってください。
☆☆☆
だが、またも宵待ち草のやるせなさ。ネアンはすでに背後にある事態を悟れるようになっていたため、これ以上還俗したカンナオビにどんな原理を説いても無駄と、執着を諦めた。カンナオビに神話の理を話しても、理解できないだろう。ライバル意識が繋ぎ止めた神話の筋書きの記憶も、自分への熱が冷めたときから急速になくしているだろう。
<感謝と礼の限りを尽くして別れよう>
多くのことを書いては消し書いては消しして、別れの文面を都合三通彼女に送った。
千地に乱れて、それぞれ方向性が定まらないものとなった。
ひとつ目は、かつて別れを切り出したことのある自分であるから、別れを切り出されても、辛くはあるが、恨むものではないというもの。
二つ目は、ひとえに自分の至らなさを詫びる文面。
三つ目は逆に、別れを切り出すのは、自分からであってはならず、かつて君が待ち続けてくれたようにいつまでも黄色いハンカチを揚げて待つというもの。
ネアンは真心を尽くしたと思った。
その夜のこと、ネアンは二つの夢を見た。一つ目は危機一髪といったものだった。公園らしきところに居た普通の男のように見えた者が実は変質者で、ネアンを眼光鋭くじっと見据えて近づいてくると、いきなり押し倒して馬乗りになり、ネアンの急所のタマを握り潰そうとしたのだ。ネアンはやにわに夢から覚め、このままやられているのでは駄目と、対策して再び夢に入って、これをみごと退治した。夢見の戦士は、夢の中で窮地を迎えたなら、夢に戻ってそれを解決してこなければならない。
現実の巷では、毎日のように陰惨な変質的猟奇事件が発生していたが、夢の世界においても変質者が出没している。神界、霊界、人間界のあらゆるところで末期症状が起きているかのようだ。だが、これもカンナオビの心のネアンの浮気を恨む一側面が夢に現れたのかも知れなかった。
ネアンは変質者を退治して夢から脱すると、何かあそこに鈍痛がする。触ると、タマ袋が小さく引っ込んでしまっていた。
うーん。どうしたことか。しばらく結果を考察した後、寝入りが良くなかったと考え、今度は何度もしていたように、カンナオビとの同床を想像し、彼女と熱烈なキスを交わしつつ再び寝入った。このときネアンは、自らの中に昨来入った雲竜こそはカンナオビであろうと考えていたので、胸の中から呼び出すようにして、彼女を想像したのである。
すると、二つ目に見た夢はネアンにとって最も輝かしく、すばらしいものとなった。
カンナオビが白のワンピースを着て出てきて、空を指差している。わずかな隙間から見える白雲が散見できる青空があった。天井の板屋根の一部が破損して空が見えていた。彼女が指さなければ、夢の中で空など見られたかどうか。さらに彼女の上を見上げる顔が神々しく輝いたかと思うと、ネアンは共に明るく自在な空に浮かんでいた。
ネアンは彼女の表情にうっとりしながらカンナオビに抱きついていた。カンナオビ主導で、共に飛んでいた。
そのとき、カンナオビが言った。「鳥には空がほしいでしょ」と。それに気がついてネアンも羽ばたき、上空に向かってどんどん上がる。あとは二人の身に起こるべき一連の手続きなのだろうか、よく聞き取れなかったが、楽しげな二人の声が青空に飛び交っていた。
これは昨来の雲竜が旋回するときに長い時間空を見たのに続いての快挙であった。
夢から醒めてネアンは思った。
自分は自らの懐に入ったカンナオビによって、暗い下界あるいは閉ざされた屋内から助け出されたのではないか。
そのときカンナオビが発した、「鳥には空がほしいでしょ」の言葉を思い返すと、様々な思いがよぎる。
籠目に閉じ込められていた鳥が、いまようやく救出されて空に舞い上がったのではないのか。
かつてイナンナを閉ざされた籠目の館から救い出したことに続いて、今度はカンナオビが籠の中の自分の救出に当たってくれたように感じた。
<龍はあの時、鳳によって救われたが、今度は鳳が龍によって救われたに違いない>
イナンナできっかけが作られた神話が、カンナオビによって昇華され完成されたことになる。
<完璧だ。カンナオビ。君はやったよ。籠の中の鳥はいましがた出た。君は何言わずとも、無駄のない最高の工作員だった。こういう成就の方法もあるんだな。ぎりぎりセーフにもなっている>
イナンナの時はずいぶんひどい別れだったが、二度目になり理解の境地でできたカンナオビとの穏やかな別れ。それは文面に現れ、胸中にあるカンナオビへの配慮にもなっていたに違いない。
寝返りを打とうとするとき、自分の身体の不調が押し寄せてきた。心臓は不揃いな鼓動をいつにも増していた。下にした右肩は、重みだけで激痛を発した。このころおかしくなった右足踝付近の凍傷のような症状は、明らかに血もしくは酸素の巡りの悪さを呈し、鈍い痛みを発した。
<もうそれほど長くないな。あのまま死んでしまっていたら、何もかも忘れて、歌の名句にもあるように、カンナオビと千の風になって大空を吹き渡っていただろう。役目も何もかも忘れて。それはどんなに自由で幸せなことだろうか>
帰還したことは、この世の義務からまだ自由になれないことを意味している。
<神話創作はこの世を去るときまで、やらねばなるまい。完成でも、不完成でも。それが自分に課されたタイムスケジュールなのだから>
だが、勝手な押し付けのスケジュールに、先の先まで管理されたくはない。
ネアンは将来の自分の身の振り方について、といってもこの場合の身とは、魂のことであり、死後のことも含めて意味しているのだが、およそ魂が永遠の命を一度だけ賭けてする最終自由意志を行使して、次のように願いをかけた。
―この場所に条件に応じた未来の待遇が書かれる―
・・・・・それはあまりにも独善的なものであったため、後の段で改訂がなされている。追って訂正前訂正後を連記しているのでご覧になられたい。
その朝ようやく小さな閑を作った生身のカンナオビが電話をかけてきた。会話は、携帯電話であったこともあってか、いつものカンナオビの透き通った声ではなかった。別人かと思うほどだったが、紛れもない彼女である。だが、トーンはいつもの彼女ではなく、二三歩退いたところから声がするようで、まるで初対面のような異質のエネルギーを感じた。
ネアンは別れの意志を了承したことや、カンナオビに籠の中から救出された夢について話した。
全部やりとげてくれたことを。「鳥には空がほしいでしょ」と言ったカンナオビのすばらしいキーワードも付け沿えた。
残されたのは、形而上的な見えざるカンナオビ。こちらのほうがネアンにとっては実体なのだろうが、また一歩あの世への階梯を登った自分を感じて、めまいがした。思考に沈んで神話に思いを馳せれば楽しいものも、夢の法悦境が終わったとき、ネアンは著しい喪失感に見舞われた。もう誇れる現身の彼女はどこにもいない。
<この世にあるうちは、やはり生身があってこそ。彼女との別れは、この世との別れが近いようで辛い。おい。カンナオビ。ぼくが死んだら、君がガイドして神界に連れて行ってくれなくてはならないんだぞ。ぼくにはガイドがつかないんだから>
ネアンは、自分の胸から顔を出している龍頭をなでながら心で会話した。龍は気持ち良さそうに眠りこけていた。昼間寝て、夜になったら、ネアンと夢見の旅をしたいらしい。まるで子猫のようだとネアンは思った。
<愛してるよ、カンナオビ>
だが、姿は見えなかった。
我々人の身体は器であり、場である。霊魂の宿る器であり、霊魂の集う場だ。身体を主体的に支配するのは自らの魂。その器として身体がある。だが、身体は様々な神霊の集う場でもある。それは何も巫女だけに限らない。巫女は訓練してそうなったこともあり、神霊の訪問を受け易くなっているだけである。
その人の思いに従って、相応しい神霊がかかる。そして神霊は、この場を借りなくては会えないような神霊と出会うために、人をして奇遇な縁を用意して出会わせるのである。ネアンやカンナオビのように、複数の神霊の集う場となることもある。様々な神話におけるペアーとなる神々が、一つのペアーの身体にひしめくように集まり、合コンさながらの盛況になることもある。雛形に素質があればあるほど賑やかなものとなり、また人は新たに資質を獲得して、不思議なことが続々展開するようにもなるのである。
人は神霊にかかられたときから、神の神話を演ずる者となる。古来よりシャーマンが至ろうとした境地はこれであり、そのときシャーマンは人並みはずれた神々しさを見せるのである。神の容れ物となるとき、人はおのずと清められる。人にとっても神にとっても利他となっているのである。
人は神の依頼、神懸りを受けて、地上で神話の雛形の舞いを舞う。逆に、神は人の作った神話に則って神界で神話の舞いを舞う。地上の歴史はさながら、神霊と人霊の意図のおりなす綾の如くなっている。
だから、人が神懸りを受ける場合は、神の都合に合わせねばならない。神の都合をよく予知して、嘱望された時間内に仕上げねばならないのだ。
ネアンが二人のヒロイン、弁天の分霊の化身に関わった期間は、通算七年、そのうちイナンナが中を取った二年、カンナオビが開始から終了までの面倒を見て七年であった。それは弁天の幾何学に則っていた。それを超えようとすると、時を定めていた神霊の退去と共に、ヒロインも顕在意識に立ち返ってしまうことになる。すなわち、魔法が解けてしまい、余計な失敗を招くことになるというわけだ。

-ここでちょっと弁天の幾何学を-
弁財天をインドではサラスワティーと呼ぶ。女神は三姉妹で、ガヤトリー、サヴィトリーという妹がいるが、いずれも河川の神であり、弁財天とされている。
古事記にはこの三神について、奥津島姫(タギリビメ)、市寸島姫(サヨリビメ)、ダギツヒメとしている。
日本における畿内の祭祀霊場の配置において、この三姉妹の構図が存在する。図がそうである。
沖島はもと奥津島であり、竹生島は斎島の転すなわち市寸島のことである。
そこには7:2の幾何学構図があり、少なくとも二神の相関が見られるのである。
相似であるところの二等辺三角は、一点を以て対峙しており、ライバル関係を暗示している。
カンナオビとイナンナのネアンと刻んだ時間配分は年を単位として7:2。温容な待ちの構えのカンナオビは長女らしさを備え、イナンナは次女の領分の少なさゆえか敏捷であった。これはそれぞれが異なる姉妹の弁天から密命を受けていた可能性を物語る。ゆえに、それぞれがネアンにはっきり自分を取るように要求し、浮ついたどっちつかずの態度に業を煮やしたと解せるわけだ。
名前や図形から性格まで読み取れる。奥津は控えめを表し、市寸(いちき)は斎きであり、崇拝を望む名前だ。また図形は、奥津島姫において賑やかな都市部に領分することから、カンナオビには都市 的嗜好性を与えていた。いっぽうイナンナには山や田舎の荒ぶる風情と孤独を与えていた。また、図形上の対峙の切っ先を霊廟で務めるゆえに、カンナオビのストレスが最も大きかったと解せる。
これらの神は暴れん坊スサノオの娘で、彼の刀が三段に折られて天の真名井に降り注いでできた水の神である。字義からすれば、川のなみなみと増水した様子の「たぎり」、狭くなった急流の「さより」を意味するように、怒ればとてつもなく恐ろしい氾濫する神である。まこと龍神さんらしいこと。イナンナもカンナオビも、そのような性格を反映させていた。

さて、ネアンは新神話をカンナオビに見せるだけで一騎当千であったものも、彼女のしたかもしれぬ神話崩しによって、どうなったか知れぬ成行かと思われた。むろん懐のカンナオビがそんなことをするはずはない。だが、人が雛形として演ずる神話だからこそ、生身の行動が主体としてカウントされる。ネアンは、これからも継続的にネット上に掲載し、新しい読み手を捜さねばならないのだろうか。
だが、それに伴ってか不思議なことに、ぽつりぽつりであったが、ネアンの作ったサイトは、篤志家と思われる人の訪問を受け、じっくり読み込まれている様子がアクセス解析から伺えるようになった。読まれているのは新神話ではなかったが、いずれ奇妙な人物の作品を見てみようと思うかもしれない。
<たった一人で、何記事も読んでいるみたいだ。興味しているらしい。新しい出会いがあるかも知れないな。だが、あるとしてももう方角は三方向埋まっている。あと残るは、自分の朱雀の位置。とならば、いよいよ生身でつがうべき相手かな。カンナオビも、こういう場合は了承してくれるよな。しかし、これだけ体力が衰えては、見込めないかな。カンナオビ。これから探すのは、ぼくが死ぬまでの間の今生の世話を焼いてくれる人だ。君とは新しい世で、共に家庭ないしは宇宙を創るんだ。そういうわけだから、勘弁してね>
打算と欲が入り混じった格好で、ネアンは懐の龍に向かってそう語りかけた。
そして独りよがりにも、その晩眠るときにカンナオビを呼び出しキスをして、「また空をいっしょに飛ぼうね」と言って眠りに就いた。
だが、夢らしい夢というより、暗くどんよりした哀しげな空間を見ていただけだった。
<どうしたの?いっしょに行こうよ>
<いや。あなたはまた私を裏切ろうとしている。私だけを永遠にというなら、どうしてまた違った可能性に賭けようとするの?私はあなたのもとにずっといるつもりなのよ。あなたの中で、あなたが他の女性と交わるのなど見たくない。しかも次の相手は朱雀の女性だなんて。それなら、私が門の外に置かれることは明らかじゃないの>
<そんなつもりはないんだけど、そうなると思われても仕方ないな。では、率直に言うよ。カンナオビ。生身の君が最後に言い残した「みんな含めて永久凍土に眠る」という言葉が神話封じのような気がして、困っているんだ。これではまた神話成就のための遍歴をしなくてはならないかと思ってね。ほんとうの気持ちは、もうこれ以上何もしたくないんだよ。君で完成にしたいんだ。あの言葉、何とかならないだろうか>
<私も最後の力を振り絞って生身から分離してここに来たのよ。私のすべきことは全部完了させてやってきたつもりよ。あとはあなたを神界に導くこと。神話であなたがした間違いは、私を伴っていけないようにしたことなの。これではあなたを導くことも出来ないじゃない>
<そうだった。ぼくのすべきことは、まず神話を正すことだった。それをせずに君を胸の中で休ませておけばお互い幸せと思っていたぼくがあさはかだった>
<私はそんなに弱くはないよ。ネバーエンディングストーリーの白龍以上のことはできるんだから>
<直すよ。すぐに書き換える>
<だめ。それは生身が最後に電話で言っていたように、しないでほしいの>
<では、どうすればいいんだろう>
<よく考えて。ヒントは、この神話はあなたが創造しているということ。みんなその実現のために集まっているということ>
そう言うと、カンナオビはネアンの胸に潜ってしまった。
<ネバーエンディングストーリーにも、いまカンナオビが言ったようなフレーズがあったような気がするなあ>
ネアンは寝床から起き上がり、明るくなりかけた窓のカーテンを開けた。雨の日でどんよりしていたが、夢の中はもっと暗かった。
テレビをつけると、おりしもその日は、大震災から十二年目に当たっていて、関連報道がなされていた。
第一章大震災の神話から始まることまる十二年。意味の分からぬ期間も多々あったが、自分なりに理解し、こなして長編の物語にし、そこから湧き出る不思議に感嘆しながらこれまで過ごしてきた。
<不思議だ。この日に、神話の意味をもういちど考えることになろうとは>
あの震災は、一説には明石の龍が起こしたものとも言う。海峡の龍を鎮める目的の風水塔である移情閣が、明石海峡大橋建設に伴う公園整備による移設のために、その期間取り壊されていたのだ。
そしてこのミステリアスな神話の最初の扉の鍵を担ったのも、移情閣だった。
この神話の実現は、悲運にも封じられてしまうに至った龍族の悲願になっているような気もする。カンナオビが最近になって「龍の柩」を読み通したのも、無縁ではなかろう。ネアンは読んだことがないが、どうやら龍族の後退について描かれているらしい。
このたびの神話も、すべて龍族がお膳立てし、そこにヒーローとヒロインの恋物語が組み合わされ、それぞれの織り成す人間的な悲喜こもごもの感情のぶつかり合いにより、世にも不思議な物語として自然に組み上がってきたような気もする。それを平家物語の語りに涙する悲運の平氏の落ち武者のように、傍で観覧しているのも彼らなのではないだろうか。ネアンは琵琶法師、法一でもあるのだ。だが、耳なし法一とは異なるところがある。彼が神話の創造主であるということだ。既成のものを取り去る側に回る、むしろ龍族期待の英雄ということになる。
<そうか。一度見せたものは、訂正せずに、ストーリーを書き加えていけばいいんだ。起きたことと期待することを織り交ぜながら。そうするしか、このネアンという神話レポーターのすべきことはないんだ。あとは成行がひとりでに次の扉を開けていくだろう>
ネアンは、そう悟ると、龍族の今ある思いがこみ上げてきて、この神話の成行を観覧するであろう龍族の長に託して、ひとつの語りを書いた。

龍族里長の嘆き

息子たちよ、よくお聞き。
これは遠い神代の物語。
ごたごた好きの侵略者が里にやってきた。
平和に慣れた里人がかなうはずもなく、
殺されたり捕らえられたり里の外に離散した。
里は無法者たちのしたい放題となり
捕らえられた者も抵抗できず、泣く泣く下働き。
こうして神代は暗い夜を迎えたのじゃ。
いっぽう地上では、知ってのとおり我々が、
生き物を束ねて豊かに暮らしていた。
そこに神代から、人類を下ろすとのお達しが。
神の似姿の人を下ろすとのこと。
神代の荒みを聞き及んでいた我々は真っ向から反対。
ごたごた好きの者がやってくる。
侵略に生甲斐を持つという者たちの似姿とはどんなものか。
我々は地上の自治が崩壊させられるのではないかと危ぶんだ。
こうして長きに渡って、抵抗が試みられたのだ。
だが、高徳の僧がやってきた。
世の移ろいを無常観を以て説くお方が。
文殊菩薩という名のお方。
生きる楽しみを享受しているばかりの我々に
無知ではなるまいと高僧は、一堂に集めて説法なさったのじゃ。
真新しい知識の泉。このような大きな世界があろうとはな。
婦女子や少年らは、目を丸くして聞き入った。
高僧に恋したのは婦女子ばかりではない。
王の姫君もあられた。
わしら古老は理想よりも今を尊んだから、いい傾向にあらずと
出向かなかったが。
だが、新しいタイプの有情も有情。優しく今までの生き物同様
慈しみましょうと姫君は、観音会を発起なされ、王を始め
多くの者が従ったのじゃ。
こうして人類はやってきた。
ここからは今の時代の物語。
だが、どうじゃ。神と生き物の二つを足して二で割ったという
有情は、生き物という自らの土台さえも壊し始めた。
神から受け継いだ知能が土台を壊していると分かって、我々は
やはりそうだったかと気付いた。が、すでに遅かった。
我々はもう一度文殊菩薩を招請した。菩薩は三昧境を出て立ち上がり、
見識を飛ばして地上のよすがをご覧じた。
三昧の空にかかる暗雲とはこのことだったかと、意趣を悟られ
ご自身の見識力のなさを素直に詫びられた。
菩薩は僧衣を脱ぎ捨て、やにわに甲冑に身を包むと、
操られる人類必ずしも悪しからず、哀しき有情の一に他ならぬ。
むしろ元の因たる神代の咎を糾しましょうと、
一命を賭して遣り遂げたいと仰せの上、
先頭に立つ決意をなされたのじゃ。
我々古老も感服した。
ところで我が姫君は、菩薩からいっそう教わりたいと、
自らも関わることを仰せられたのも、
観音会の主催者としての責任を感じられたからじゃ。
かくして菩薩は姫観音と契りを結ばれ、法力が発動して、
多くの神代の神々が復活の意志を鮮明にされた。
成さねばならぬは神代における大峠。
菩薩はかつての里の長たちや、会衆の味方を得て、
法力を携え出陣なされようとするとき、観音を、もしやして
戦場になるやも知れぬところには遣れぬと、
遺し置かれようとしたのじゃ。
妻は妻として家を守ってこそとの思いだったのじゃが、純粋な
姫君は、たえず傍に置くという約束を違えてまで、役立たずゆえ
離縁されたかと思われ、東海の実家に駆け込んでしまわれた。
王はそうはあるまい、様子を見ようとの仰せだったが、
それを聞いた兄龍は、やはり我々をたばかるものぞと
本拠に戻って大暴れ。千島海溝地震はこうして起きたのじゃ。
姫君の心は千地に乱れた。
というのも、婦女子に戦術をたしなむ者がおり、危険な役を姫から奪い
同時に菩薩の心をも一時奪っていたからじゃ。
戦士はお役目を姫君に返上しますと去ったが、菩薩の未練か
いつまでも抜け切らぬ戦士への思いに、姫の怒りと嫉妬
の心は絶望の淵へ。いっぽう慕う心が雲竜となり、菩薩の家の
周りを廻って探り当て、菩薩の胸に飛び込んだ。
本体ならばどれほど密度の濃いい身か知らぬものを、
淡い水滴の如き身体ではあったが、菩薩はそれを姫の形見の
お守りとして、胸の真ん中にはめこみ、そう姫に伝えておくれと
言い残し、いざ出陣と出向かれたのじゃ。
男、戦場に出るときは、妻に離縁を言い渡してでも、妻と実家の
安寧を願うものとぞ。
もし死して還らぬ場合でも、観音と会衆には咎及ばぬようにとの
計らいじゃが、我々とてもいちどは死んだようなもの。
かかる地上に未練はなし。菩薩に従い討ち死にもするものを。
だが、息子たちよ。孫たちよ。お前たちにはまだまだ未来がある。
地上のこれからは・・。姫の思いは・・。ああ、どうして差し上げたら。
古老のわしには、荷がかちすぎる。
大丈夫です、里長よ。このネアン文殊に任せてください。龍族の姫君と共に必ず大団円へと導いて見せますぞ。

還ってきたカンナ オビ

ネアンはある日、ついに脱魂した。死んで脱魂したか、生きて脱魂したか、ネアン本人に分かるすべはなかった。
寝入ってしばらくして夢見に入り、カンナオビがそろそろやりましょうと誘ってきたのだ。
二人でかねてより計画していたことなので頷いた。
カンナオビの神々しさは前にも増していた。頼れる女神の風貌であった。
カンナオビは寝床から起き上がったばかりのネアンの右手を取った。すうっと抜け出す魂。夜中のはずなのに、天井が吹き抜けており、その先にはあの薄雲たなびく青空があった。
「ゆっくり羽ばたいて」
「オーケー」
高くなるに従い、薄雲も去り、ますます青くなる空。
・・・・・・・・・
ここまでネアンが神話を書き進めていたとき、突然、カンナオビから電話が入った。
もう会話は無理かと思っていた生身の彼女のコールに一瞬色めきたったものの、また今度はどんななじりを受けるだろうかと不安ながら出た。
すると、打って変わって、彼女の声の調子がいい。携帯ではないからなのか。やはり電話は家庭用であるべきか。以前のカンナオビのエネルギーがそこにはあった。
話の内容も、ネアンとの恋愛を続けたいという主旨だった。彼女の帰還への感激に、泣きながら意識を飛ばして彼女を抱いた。彼女も泣いていた。愛はいっそう高まり、お互いが下半身の寂しさを訴えたため、数度交わって子宮に精子をたっぷり注ぎ込んだ。
「君の神霊さんが、このままではいかんと、君をもう一度呼び戻してくれたんだなあ」
「そうかもしれないね」
「神霊さんとの抱擁は、純粋なエネルギー交換なんだ。それは高尚かつ気持ちのいいものさ。
だから性欲とは次元が違うんだが、地上に現れるとき次元を変換して性欲になるというわけだ。
でもね、ぼくも生身の意識だから、神霊の君でもいいからエッチさせてと、抱いて注ぎ込んじゃった」
「あら。私の夢にもあなたが出てきて、むりやりされちゃったのよ」
「いついつ。同じ時間帯だったのかな」
「さあ」
「たぶん、同時なんだろう。神霊さんが、ぼくには君が必要だと、戻してくれたんだよ」
「どうしても離れられない気になったもの」
「弁天さんがあとどれほどか時間をくれたのかもね」
「いいえ、私はずっとあなたが恋しいの」
「ということは、弁天さんは二人の永遠の仲を認めてくれたに違いない。いいかい、君は優秀な、いや最優秀の戦士だ。君を連れて行くとも」
「でもイナンナが行くことになっているよ」
「それもちゃんと筋書きを考えているよ。書き換えできないなら、書き加えという方法でね」
「そうかあ。でも、私はここにいるから何もできないよお」
「君の神霊さんが何でもできるお方だ。龍でも最高のお方だ。だから、君は普通の生活をしていればいいんだよ」
「はい」
何ということだ。カンナオビの雲龍の神霊は、ネアンの悪ふざけを咎めることもなく、むしろ必要だろうからと生身のカンナオビを呼び戻してくれたのだ。どれほど加護してくれていることだろう。ネアンはどちらもひとつの神霊の表れとして永遠に愛することを心に誓った。
「ネアン。いつまでも長生きしてね」
「うん。他ならぬ君が望んでくれることだ。生きる気力がみなぎってきたよ」
「今日はありがとうございます」
「ぼくもありがとう。ほんとうに助けられたよ。愛しています」
「私も愛しています」
こうして、復縁の輝かしいページは新たに開始された。
ネアンが空の食器を持って階下の流し場で洗浄するとき、母ミソギはいつになく「私は今がいちばん幸せや」と語った。何か分かっているのであろうか。
ネアンは、厄介かけるばかりで何もしてやれなくとも、思いの中で感謝してくれる人がいるというのはすばらしく幸せなことだと思った。
<うかつに死ぬことばかり考えてはいけないな。カンナオビは、そういうぼくの無鉄砲で気弱なところを諌めようと戻ってくれたのかも知れない。カンナオビ。改めて感謝するよ。かあさんにもね>
ところで、カンナオビが永久凍土宣言したことについても、これで解決がついた。
彼女は暗い眠りから覚めるようにして、再びネアンの前に現れたからだ。
<カンナオビはいったん永久凍土で冬眠しようとしたけど、出てきたから、神話は大丈夫だね。
雲龍さん、どう思う?>
<もちろん、そのために私が呼んできたわけでしょ。あなたの性欲を満たすためなんかじゃないわよ。もちろん、私の身の安全を図るためという理由もあるけどね。あれはレイプですから。
でも気持ちよかったことは確かね。あ、誤解しないでよ>
<じゃあ、寝てる間にカンナオビにパワーを届けるのにどうすればいいの?あなたとの切り分けができるかなあ>
<私を母さんにあまえるように愛しなさい。私を母カンナオビだと思って愛すれば彼女に届くの。彼女から連絡があれば、彼女の望むようにしてあげなさい。そのときこそ、妻や恋人を愛するようにね>
<了解しました>
ネアンの実の母はねとねとしたことが大嫌いな男らしい性格。カンナオビの母性の活用を雲龍が許してくれたようでうれしかった。
カンナオビの神霊の雲龍は、ネアンとカンナオビの負担を軽くしようと働いてくれている。人は人としての義務がある。それを一方でこなしながら、神話の役目を果たすのはたいへんだ。
カンナオビは、家庭生活に忙殺されていた。だから巧妙な段取りで、旅行や観光のスケジュールをあてがい、自然に役目が遂行できるように仕組んでくれているのである。
ネアンが仕事を持たぬ自由の身になったことは、彼が怠惰だったからというより、神話に打ち込める時間を取らせるためであった。
直接収入をこれで得るわけではない無価値に見える作業。人は時として、思いもよらない価値観で行動している。そんなことに?と仰天するようなことに執心しているものなのだ。彼にとって、それは金の大小ではない。そのような破天荒な目的意識のある陰に、神霊の働きがあるものなのだ。
だが、ネアンは儲けの方法に腐心するときがあった。そのとき彼はまんまと邪神の仕組んだゲームに乗せられてしまい、神話の手を休めてしまった。邪神はこのときとばかり、ネアンを自暴自棄に陥れ自信を喪失させようとした。いっぽう正神はネアンにゲームから早く下りて目を覚まして欲しかった。両者の思惑の相乗効果でツキのなさはありありとなった。だが、ダメージのないように計らうため、様々な神霊が働いていた。そうした中にカンナオビの神霊もいた。梵天も弁天も毘沙門天もいた。
<ぼくはカンナオビの帰還で、神話の掲載が不要になったように思うんだけど、彼女の神霊さん、どう思います?>
<あなたの得たものは、人によって必要となる場合があります。説法していた頃を思い出しなさい。縁ある人はおのずとやってきて見るでしょう。縁のない人は門の前を通っても、一瞥することさえありません。自然に任せなさい>
<ありがとう。でも、縁ある人の中に出会いを求めて来るような人があったらどうしよう>
<ばか>
歯切れのいい雲龍の回答であった。よほど自分より頼りになるように思えたことか。
新神話のこの章を途中までであるがカンナオビに見せたく思い、メールで送った。久しぶりに感動的な夢見が連続したため、筆致も早まったのだ。この勢いをカンナオビに見てもらいたかった。
出来栄えに満足して、眠りに就いた夜、よく見る地的な泥臭い夢を見た。そして、深夜目を覚ましたとき、ふっとベッドの横、ネアンと同じ高さにカンナオビらしき顔がのぞいていた。ところがその顔は、泣き腫らしたようで、いつもの彼女のものとはかけ離れていた。
<カンナオビじゃないのか。どうした。何かあったのか。そんなところに居らずに、ここに入りなさい>
カンナオビらしい顔をした影は、まるで達磨さんのように固まっていた。ネアンはそっと抱え上げ、ベッドの彼の横に寝かせた。
<どうしたんだ?かわいそうに。泣いていたのか。何があったんだ>
カンナオビは、もう涙も出ないかのように憔悴しきっていた。
ネアンはしっかりと抱いた。そして、自分の中に居るだろう彼女の神霊に声をかけた。
<カンナオビがどうかなってる。彼女の神霊さん。どうしたらいいんだろ>
ネアンは、彼女に神霊が入る想像をして、彼女に戻した。
神霊は、カンナオビのハイラーキーである以上、カンナオビの守護を怠ってはいない。だが、これはどうしたことだ。
<何があったんだろう。神霊さん>
答えはなかった。
ネアンは、みじめなカンナオビをしっかり抱いて、パワーを送った。
<カンナオビ。カンナオビ>
いつしか眠ってしまい、目覚めた時は午前六時を過ぎていた。
何かあったのか。悶々とするものの、連絡はできない。
午前九時になった頃、カンナオビから待望のメールが入った。見ると、神話を読ませてもらいます、ありがとうとシンプルに書いてあった。
しばらくして二通目が入った。そこには、ネアンの心の推移が細かく分かるとか、文筆力が口頭より勝っているとの褒め言葉が連なっていた。
<問題なかったのか。しかし彼女は耐える女だからなあ>
心残りなまま、夕方に入浴した。と、そのとき、多くの閃きが風呂場でもたらされるわけだったが、突然ネアンの胸に心当たりが思い浮かんだ。
<これだ>
それまで幾度となく、カンナオビを絶望させていたフレーズが未だに使われていたのだ。それがそのままでは、カンナオビがいざとなったとき孤立してしまう。ほんとうに自分が永遠を誓ったのであれば、独りで抜け出すようなことをしてはならないのだ。
しかもそのフレーズは、ネアンの満足するものという締めくくり方までされている。
<これは何という不覚。彼女のことをひとかけらも思い遣っていないではないか。ばかばか。
こんな愚か者が自分だなんて>
ネアンは自らの掌で自分の頬を思いっきり叩いた。カンナオビが泣き腫らしたほどに、腫れるまで叩こうとした。
<ごめんよ、カンナオビ。まだ掲載していないから、ちゃんと直してしまおう。もう一度この章を精査して、君への不忠がないかどうか調べるよ>
その箇所とは、
「すなわち、再びこの人間界に転生するためには、今生においてこの世的な満足を得ること、具体的には、億万長者となりその享受の期間が10年以上あるなら、再転生してもよい。億万長者、あと10年生きること、どちらもまず無理な話だ。だから、地上への輪廻を途絶したことになる。
次に、新神話が成就するかあるいは他の方法で、世界に正義が取り戻され、正しい神々による統治が成就するなら、その統治下にある地球での転生ならよしとする。だが、もし新神話や他のあらゆる方法が失敗し、邪神の支配が続くなら、ネアンは責任を取るためと、生存に耐えざるがゆえに、自らの魂を返上する。すなわち永遠の魂の途絶を梵天に実行してもらう。いわば完全リタイアの断髪式のようなことになる。
最も首尾よく成功した暁は、梵天の計らいで、小さな理想的宇宙を、自らを父、良きパートナーを母として経営させてもらう。良きパートナー候補は、もう決まっている。自らの胸に飛び込んできてくれた者である。だが、その者が許してくれなければ、質素な神界の、二度と役目を帯びることのない放楽里人となり、のんびり隠棲することになる。すでにそのプログラムは昔、夢で見ている。ネアンそっくりの人物が四角形の家の屋上全体を畑にして暮らしているのだ。これもプログラムとしてある。むろん、別のプログラム手続きもある。
そう梵天が図ってくれなければ、最終自由意志の規則も何もありえない。無茶苦茶に暴れ回って、土台からひっくり返すのみだ。どうせ全部、有情を縛り付ける(楽しませる)プログラムなのだから。
ネアンはその一連の決意に独りで満悦した」
である。
この独りよがりは、実に打算的な心に根ざしたものであり、カンナオビとの未来を不確実なものにし、環境が気に染まなければカンナオビを捨ててしまいかねない横柄さがありありであった。
それをまず取り去った。これがどの箇所にあったかを目印し、この場で訂正文を次のように改めた。
「すなわち、再びこの人間界に転生するときは、新神話もしくは他の方法によって、世界に正義が取り戻され、正しい神々による統治下であるという必要条件と、カンナオビが終生添い遂げるパートナーとして得られることを十分条件とした、必要十分条件が完備されたときとする。
そのときの神々は、二人に対し細心の注意を以て図られねばならない。それ以外においては、例えば邪神の支配の続投下であったり、あるいは正神支配下であっても、カンナオビとの出会いが困難もしくは越えにくい試練を伴って曲折し、時間の大幅な無駄を伴うようなら、人界への転生はないとする。
正神が邪神に敗北し、ネアンやカンナオビの自由が束縛されるようなら、二人ともども梵天と弁天の計らいで、魂の本源たる梵天と弁天にそれぞれ帰命させてもらい、梵天と弁天の愛ある仲の中に意識を転生させてもらう。
またもし、首尾よく正神の支配するところとなり、ネアンとカンナオビに褒美授与が可能とならば、小さな理想的宇宙を、ネアンを父、カンナオビを母として経営させてもらう。カンナオビがもし、もう少し違う経験がしたいと、別行動の閑を求めたなら、カンナオビの帰りを待つ間、質素な神界の役目を帯びることのない放楽里人となり、のんびり隠棲する」
すでにそのプログラムは昔、夢で見ている。ネアンそっくりの人物が四角形の家の屋上全体を畑にして暮らしていたのだ。これも既存のプログラム手続きとして存在しているのだが、あえて選択する必要はない。カンナオビとできるだけ早く蜜月生活がしたいのだ。だが、絶対世界という選択は窮極のものとしてある。プログラムが魂を楽しませるものという観点からすれば、いかにもいいもののように思うかも知れないが、いちばんいいのは、絶対世界があるなら、そこに至るほどいいものはないのだ。もちろん、カンナオビと過ごすのがプログラムの相対世界でしか叶わないなら、プログラムに遊ぶことを優先してもいい。ただし、以上のような条件がつくとする。
ネアンはその一連の決意に満悦した。あとはカンナオビが了承してくれるだろうか。いや、これなら大丈夫だろう。
他章において、改訂前のフレーズが散見できるかもしれない。だが、あとに追加するものほど改訂が加えられた本物であると規定するため、読者にもカンナオビにもここを最後の校正として見てもらわねばならない。
<カンナオビ。ややこしいけど、これで勘弁してね。あとは君が、ぼくの馬鹿さ加減に愛想尽かしていないかどうかなんだ>
<カンナオビとしては、役目柄のことはすべて遣り遂げるつもりよ。でも、あなたのともすれば投げ遣りで危険なところを、彼女は見切っているからね。あなたがどこまで彼女思いになれるか、どこまで強い精神で様々な事態を乗り越えられるか、その辺が鍵ね>
<うっ。白龍さん、ここに居たのか>
ネアンは、その二日後の未明にまた夢とも幻ともつかぬカンナオビのビジョンを見た。それはほんの小さい頃から始まる、カンナオビとネアンの出会いと結婚を約束しあうまでの行程であった。わずか半時間程度の夢見のビジョンは、さながら一炊の夢の如しであった。
目が覚めたネアンは、夢のストーリーのあらましを憶えていた。そこには現在の母が父として登場しており、邸宅に長く勤める有能なアラディアという名の家政婦の助けにより、自分の世界観の形成が果たされ、カンナオビとの幼馴染のつきあいから婚約までがセッティングされていく経緯があった。
それはカンナオビがあと一度経験したいと希望したとおりのものになりそうであった。ネアンにとっても、現代のような雑然とした社会環境ではなく、どこかヨーロッパ的な清楚な雰囲気の中だったので、邪神掃討後の世界を想像できた。
<そう。正神の統治する世界でなくては、ぼくは来ないという祈願をしているのだから、この夢はとてもいい夢だ。カンナオビの、たとえ小さい家庭でもぼくと一生に渡って副い遂げたいという願いも、ちゃんと入っているじゃないか。これは紛れもなく来世のビジョンだ。>
正神が統治する地上世界では、生前に果たされぬ思いを持って死んだ人たちが、みんな希望の叶えられる来世を送るためにやってくる。人は病に苦しみ抜いて死んだりはしない。人が死ぬ時は、ちゃんと子孫たちに今から新しい環境を楽しみたくて去るのだと言い残して逝くことができる。いわゆる聖者が威厳を持って行う如く、誰しもが大往生を遂げるのだ。そこには邪神支配の頃のように、愚かなピエロを演じねばならない魂はひとつもない。見よ、あらゆる魂の高貴なこと。邪神に汚され曇らされて地獄にあっただけだ。環境しだいで、元の姿を回復するのは、神々ばかりでなく人の魂もである。
ネアンが最も快適な寝方、右を下にして眠ることが、肩の痛みでままならなくなって、満足に熟睡できず、夢に入ることも困難になりつつあって、それに代わるように意識の幽冥の状態が訪れるようになっていた。また、眠るときの痛みは、それだけで老化を痛感させ、死期の近いことを再確認させた。
<愚にもつかぬ儲けの仕組みなど考える時間があるなら、新神話の完成に振り向けたほうがいい>
そう思いつつも、思うように行かない自分のふがいなさに、酒量の漸増を抑えられなかった。

神界に向かう

そんなある日、カンナオビの神霊がネアンを神界に誘いに来た。
<準備はできたようね。みんなも準備ができて待っているから、行きましょう>
<分かったよ。ところで、ぼくは死んでしまうのだろうか?>
<いいえ。身体は生きたままよ。でも、向こうでの働きが活発になれば、還ってこれないこともあるから、準備してもらってたのよ>
<母に別れを告げずに行くのは、ちょっと気がかりだ>
<誰もそんなことをして行く人はいないでしょうけど>
<うん。分かった。行こう。だが、ひとつ聞いておかなくては。地上にいるカンナオビはどうなるのですか。君が帰れなくなったりしたらのことだけど。やはり言っておかなくてはならないんじゃないか?>
<それは大丈夫。私は彼女のハイアーセルフ(高次元の自己)。いわゆる守護神です。彼女は私の不在の間、頼んである様々な正神によって守られます。そして、もし彼女に緊急のことがあれば、私が直ちに分霊してでも飛んでいくつもりです。そういう意味では、あなたも今、ハイアーセルフとしてのあなたなの。地上のあなたが、夢見の身体で私とつきあっているから、何も知らない相手に話しなくてはならないけど、本当のあなたは何もかも知っています。夢見のあなたは地上の意識だから、その範囲でしか理解できないし、目が覚めればこのやり取りを夢として認識するでしょうけどね>
<ほおー、そういうことか。なんとなく分かります。しかし、意識というのは複合的でややこしいよねえ>
ネアンは、カンナオビに連れられて、大空高く上がっていった。

その頃の地上の有様

おりしも下界では米猶が、核開発を強行に進めているという理由でイラン攻撃を計画している最中であった。かつてイラクに大量破壊兵器ありとの嫌疑をかけて、国際協調の世論をあおり、正義に基づくとして単独で攻撃をかけたに続く歴史的暴挙が開始されつつあった。
かつてのイラクがそうであったように、このときのイランも正義であるわけではない。イラクのフセインはあえて大量破壊兵器を保有するふりをして、アメリカの挑発に呼応したのだ。アラブ全体をアメリカの敵にしてしまう作戦があったと言ってもよい。このときのイランも、核兵器開発などは途上も途上。それをあえて危険な国のふりをしたのである。どちらも救世主の到来を促そうという、為政者にあるまじきカルト思想に基づいていた。根源的に同一の偽り神の威信を振りかざした不正義と不正義の戦いなのであった。
イスラエルはかの旧約聖書の預言の神の裁きの段の西洋神話を起動させるために、自国がイランを首班としたイスラム諸国や背後のロシアなど、神によって名指しされた国々から攻撃がかけられるというシナリオ作りが必要だった。それをテロ組織による小規模の攻撃を世論的に大規模化して宣伝し、アメリカに報復を請うことにより、実現を図ろうとしたのである。
本来ならアメリカは、軍事費増大や米世論の激しい反対により、戦線拡大できないところだったが、ブッシュはすでに大統領選敗北が確定的であったため、議会の反対を圧す覚悟でいた。
そこにユダヤロビーストの議会工作が活発になされたこともあった。アメリカは、すでに準備完了していたイラン攻撃の布陣をそのまま活用して攻撃に踏み切ろうとしていた。
いかなることになるだろう。アメリカはイラン地下核施設にバンカーバスター小型核弾頭を撃ち込み、同時に首都や大都市を空爆するだろう。軍事施設を攻撃するという言い訳をしつつ、イラクでそうであったように、破壊の対象は民間施設がほとんどであろう。
いっぽうイランは全アラブ蜂起を呼びかけると共に、湾岸の製油所施設にミサイルと地上でのテロによって打撃を与えるだろう。サウジやクエートにもミサイルは被弾し、幾分かはパトリオットで撃ち落されようが、半分の施設は炎上しよう。
すると世界は資源の枯渇と価格の高騰により、軒並みの大不況が訪れる。未曾有の世界恐慌となるだろう。民衆の暴動を抑えるために、対外戦争が必至のものとなる。
また放射能汚染は、パキスタン、インド、ロシア上空に広がるだろう。これを故意のものとして怒った人々は政府に敵対を迫り、穏健的政府は倒され、軍事政権が国内外へ弾圧と侵略を図るかも知れない。
アラブとテロ組織はイスラエルへの攻勢を強めるだろう。これに対して、機は熟したとして、イスラエルは周辺諸国に対して核を使うようになるだろう。そうすれば聖書も、神話の魔力を用いた誘導を、歴史の上にみごと果たせることになる。
さらに世界核戦争へと進むようになれば、願ったり叶ったりだが、ところがそうは問屋が卸さぬと、今度はヒトラーが残したラストバタリオンの神話が起動することになるだろう。ユダヤの神の策謀を阻止するために。すなわち秘密兵器を携えた旧ドイツ大隊により、米猶軍は全滅させられるというシナリオが作動する。
神話とは、こういうシナリオに至れば、このように起動するという手続きの流れで成り立っているのであり、ネアンの作った神話もそのような作用をするものである。
ヒトラーの神話を読む者はほとんどいなかった。おそらく彼の愛人エヴァだけは全貌を読むか聞いたことであろう。あるいは側近にも知る者がいたかも知れない。彼らが即座に死んだとしても、神話は説かれた限り神界に記憶される。まるで御伽噺か夢みたいな存在であるラスト大隊の全員は知っているであろうし、神話さえ起動されれば、それらしい大隊がどこからともなく現れてくるのが神話の魔法なのだ。
同様にネアンにもカンナオビがいた。あるいはこの新神話を読む縁者がいくらかいるかも知れない。だが、ネアンの神話の場合は、人類を対象にしているのではないから、人々はそのままに暮らしていてもいい。神界が対象となった神話であるから、やや遅れて下界にも効果が現れてくるわけだが、ちょうど鏡合わせのように神界の戦いのようなことが下界に展開すると考えるのが妥当だろう。ただし、神界におけるものも過激に進行すれば、地球だけでなく宇宙自体を終わらせてしまうかも知れない。
だから、たとえ分岐されてここまでやってきたプログラム世界とはいえ、他のパラレルワールドからUFOに乗って多くの視察が訪れているのである。ある者は期待を、ある者は懸念を抱きながら。

神界大戦に向けて

神界の蓬莱島に着いたカンナオビとネアンは、幾多の正神軍の軍勢が道を開ける中、正神の主だった面々と合流して挨拶を交わすと、早速軍議に入った。
軍議会場は極秘を旨としていたため、梵天の主催で、戦闘面で秀でた神々と正神軍各派の統軍の将だけが集まり執り行われた。
「私の作った神話はうまく起動しておりますか?」
「おおむね良好だね」と全軍の大将である毘沙門天が答えた。
「正神軍は、あまり戦慣れしていないので、どうしてもネアン殿の秘密能力の楯が必要です。
準備はよろしいか?」と東方方面軍の将神が質問をする。
「習熟には努めておりますが、実戦はまだなもので、ただただ神話の魔法の力の勢いによって手順をこなしていくのみです。そして、私は鳥ですから、空中戦を得意とし、みなさんの楯として水先案内するについても、空中を参らねば、力を存分に発揮できません。よって、当初予定したイナンナの背に乗って海上を行くというシナリオを止めて、空を飛ぶカンナオビに道案内させるというシナリオに変えたく存じます。カンナオビは思いのほか何でもそつなくこなし、道案内も十分にできます」
「お姫様にそのようなことができようとは」とどよめいた。
カンナオビが言う。
「私はだてに龍族の頭領を預かっているのではありません。鳥族の長たるネアン殿が立ち上がろうとするときに、どうして宮廷にいて傍観しておれましょう。私が立ち上がれば、龍族全体がまとまります。地上は私たちの根拠する場。それを元のよすがにするのに、力をかけないではおれません」
「では、この場にいるイナンナ殿には?」
「後詰めをお願いしたいです」とネアン。さらに続ける。
「いざとなれば勇猛果敢であることは十も承知しておりますが、しかしここは、敵将一人たりとも逃さぬ構えで臨んで欲しく思います」
「イナンナよ。それでよいか?」と毘沙門天。
イナンナは、カンナオビがここまでできるとは思いもしなかったようで、ただ平身低頭した。
「はい。決められたとおりにいたします」
片腕を未だ肩から吊ったままの国常立神が言った。
「ネアン殿。あなたは過激に行動するというシナリオを持っていますね。実際、そのようになれば、神界だけでなく地上も致命傷を負いかねません。有情のために、性格をうまくコントロールしてもらいたのですが」
「心してそういたします」
カンナオビがそこで言う。
「私がたえず彼の傍にいて、過熱しないよう見ております。いざとなれば、水をかけて熱を冷ますこともありましょう」
「うーん。火と水はこの場合、いい取り合わせですな」
梵天が言う。
「正神軍の構成員は、ふだん農耕などをして暮らしていた質朴な方が多く、戦いに不慣れです。
しかし、みなこのたびの計画に賛同し、貢献したいとの思いで集まっておられる。この気持ちと心構えをたいせつにしなくてはなりません。が、相手は戦に主張の手段を求めてきた者ばかり。そのままぶつかれば手痛い目に遭わされます。彼らを参加させねばならないとしても、無傷で戻し、これからの時代の建設にこそ深く関わってもらいたく思います。その方策をいま思案中ですが、まだどういう妙案があるとも申せません。ただひとつみなさんにお願いしたいのは、たとえ集まったみなさんに戦らしい戦がなくとも、参加することを以て貢献したとみなしてあげてほしいことです」
「はあ。それゆえ火の鳥だけが頼りというわけですね。もちろん、止むを得ますまい」
この後、火の鳥を楯にした戦略の詳細が話し合われて、軍議がまとまりをみせた。
開戦日、雉に開戦通告を持たせて、邪神の陣営に向けて飛ばした。
正神はあくまでもフェアープレーに徹するつもりである。
それと同時に、ネアンは朱雀となり、空中高く舞い上がり、ベテルギウスの心臓めがけて飛び去った。火の鳥の核(コアー)を朱雀の身体に鎧兜の如く帯磁させて参戦しようというのである。
そして雉の帰還をみなして待つこととなった。
正神軍は五列縦隊で、蓬莱島の前の大広場に集まって、出陣の時を待っていた。
雉はなかなか帰ってこない。
火の鳥もまだだ。
そうするうちに、空の一点が真っ赤になり、それがしだいに大きさを増すや、鳥の形をとった。
「火の鳥が燃えながらやってくるぞ」
「あれが火の鳥か。我々の頼みの兵器だのう」
「大きいなあ。甲子園球場くらいはあるか」
「あれでもまだサイズを加減しているのだろう。いざとなれば宇宙大になるというぞ」
「近づくと、やはり熱い。我々も焼かれてしまいかねないな」
「熱いのを除けば、こんなきれいな鳥もいまい」
ざわざわ諸神が感想戦をしているところに、物見の者から報せが入った。
「雉は通告を届けて帰還する途上、矢を射掛けられ殺されました。このとおりです」
と雉の亡骸を持参した。
「雉のひた走りか。これも旧神話的な宿命だろうな」
火の鳥から声がした。ネアンの声というより、甲高い雉の声のようだった。
「雉に成り代わり仇を討ちます。カンナオビよ。道案内を頼みます」
カンナオビは先ほどから戦のために、機動性を発揮できる龍の本体に戻っていた。
「心得ました」
これまた、大空に鋭く轟く大音声である。
身が引き締まる思いの正神たち。
兜の緒を締め直すと、毘沙門天が、これまた轟く大声で出陣の合図である。
「いざ、出陣」
カンナオビが先頭になり、その上空少し離れてネアンの火の鳥が赤々と続く。
正神たちはめいめい絨毯のような小さな雲に乗り、その後を五列縦隊で追う。
軍の中には、戦神毘沙門天と四天王、その直後に国常立神と八大明王、梵天、スサノヲ、以下名だたる戦神が続いて、総勢十万の大軍であった。
対して天仙軍たるや八百万。というのも、彼らに恐れをなして集まる者がほとんどで、正神は昔からそうであったが、いざ勝利しそうな段になって手加減することが常であり、正神勝利を信ずる者が少なかったからである。加えて、もし正神が予言されたように勝利したとしても、捕らえられた者たちに厳しい処罰を以て臨めないであろうと判断されていた。恐ろしいほうの天仙に着いたほうが穏便だろうとの考えであった。
彼らにはそもそも、火の鳥のうわさなどまったく知らされていなかった。それが過去にどう作用したかなどは天仙が調べてわずかに知る程度だったのだ。
天仙側の多くの物見が、正神軍の行軍を逐一チェックしていた。
「天尊様。敵軍はおよそ十万。しかも、見たところ、戦慣れしていない様子。こちらから押し出すだけで逃げていきそうな雰囲気です」
「敵兵の力など、どうでもよい。問題は火の鳥だ。どのような行動をしているか」
「火の鳥?それはいったい」
「ばかもの。ここにいるではないか」
天尊は、モニターに映し出された火の鳥を、斥候に見せた。
「ええ?これがどうされましたか。敵軍のイルミネーションのようなものかと思っておりましたが。では秘密兵器とでもおっしゃるわけで」
「そうか。お前たちは何も知らんのだったな」
天尊は太公望を呼んで計略を授けた。
「火の鳥が国常立を救ったことは、その実力を誇示して余りあると思わねばならない。だがそれなら、もうとうに我々を奇襲していてもおかしくはない。なのに、今の今まで。よほどの自信があるのか、正神がそうであるように、形にこだわってのことなのか。ふははは。いずれ我々の辿るべきプログラムは、すでに我々の勝利を刻んだものだ。製作時間を十分にもらったからな。これを壊されでもせぬ限り、我らの勝利は確定ぞ。
では、百万の軍に矢を射掛けさせ、敵軍の掃討をするよう。火の鳥に三百万の矢を集中させるよう。矢はすべて電子ビーム兵器だから、命中は間違いあるまい。敵が崩れたところで、残る四百万に周りから集中攻撃をかけさせる。その兵器は、封神のときに使った催眠麻酔兵器だ。捕虜たちすべて人質として活用せねばならんが、逆らった者ゆえとんでもない時空に送り込んでやる。永遠に出て来れないようにな。このようにプログラムは、すべて出来上がっている」
「では、ただちに先制攻撃を発動します」
「軽くいなしてこい」
「ははっ」
最も高空に居たネアンが真っ先に、おびただしい数の敵兵の動きを捉えた。
それはまるで蟻の山のようだった。ネアンは雉の射殺されたことをすさまじく憤っており、彼らの影を認めただけで、直ちに攻撃に移った。
正神たちはいきなりのネアンのアンフェアーな行動に驚き、「あれはいかんのじゃないか」と口々に不満を訴えた。
だが、火の鳥は左舷に展開した敵兵ことごとくを、兵器に手をかけさせる前に両翼から発する高熱で焼いた。邪神たちは身体から火を発して、のた打ち回った。ところが、右舷から邪神は、正神軍に向けてビームを浴びせてきた。
次々と倒れていく正神。
「戦は弓矢でとなっていたルールに反するではないか」
「撃ち返せ」とは口々に言ったものの、敵の兵器の威力には敵わない。
「ネアン。こっちがたいへんよ」
カンナオビが叫ぶ。
だが、中央から押し出してくる数百万の蟻の大群がビームを自分めがけて撃ち出してきたため、最も黒々した塊に向かって灼熱波を浴びせ、さらに周囲へと何波にも渡って浴びせ、ようやく右舷の敵を掃討したときには、正神軍の半分が壊滅していた。
毘沙門天は、全軍に全速力の退却を命じた。
催眠麻酔兵器を後続軍が持っていることを知ったからである。
「ネアン。敵は催眠兵器を持っている。先手先手で掃討せよ」
ネアンは死に物狂いで、敵軍のことごとくを灼熱波で焼いた。その熱のかけ方もすさまじく、地面ごと地下に溶岩となって呑み込まれていった。数兆度の高熱であった。カンナオビも近づくことができず、かなり遠くまで退いた。
空の中間に火を四方八方に吹きかける巨大な火の玉があって、そこに向かっていくつもの色とりどりのビームが照射されていた。やがてビームの本数は減り皆無となった。すると巨大な火の玉は、天仙の宮殿上空に移動した。
天尊は、火の鳥の威力のすごさにあっけにとられ、いつしか、上空に来ていることを忘れていた。
下では太公望ほか精鋭四十七人衆が、核兵器などの最強兵器を使って火の鳥を攻撃していたが、火の鳥はいっそう力を増し、その羽ばたきの出す熱に撃たれ、全員熔けて無くなってしまった。
闇太后が天尊に問う。
「プログラムに問題があったのですか」
天尊がモニターを叩いて答える。
「これだ。プログラムどころか、プロセッサも焼けている」
画面は、神界の現世を形作って止まなかったコンピューターの燃え盛る様を写していた。
「なのに、どうして現象として現れているの?」
「分からん。もっと違ったプロセッサとプログラムが肩代わりして動かしているのかも知れん」
「では私はクラッキングツールを作動させます」
そう言うや、ただちに地下室に駆け下りていった。もはや玉砕覚悟である。
天尊は宮殿の裏口から密かに抜け出した。しかし周りは燃え上がっている。振り返れば、宮殿も後方で熔けて半分になっていた。クラッキングツールが作動した形跡はない。
「うわおーっ、熱い」
衣に火がつき燃え上がった。
勢いよく高速で飛ぶ最中に、天尊は流星の如く成り、消え去ってしまった。
火の鳥が、さらに敵の敗残兵のことごとくを焼き尽くそうとするとき、熱さを押して白龍のカンナオビがやってきて、「この中には倒れた正神も含まれているのよ。あなたの怒りはよく分かるけど、もうこれぐらいにしたら」と諭した。
火の鳥は、いったん首を横に振ったが、カンナオビが見つめているので、手を止めた。
「あとはこちらで何とかするからね」
カンナオビが後始末を請合った。
こうして、正神の勝利で戦いは終わった。邪神はそのほとんどが焼却され魂を消滅させた。いくらか捕虜として助けられたが、ほとんどは天仙に恐れをなしてついていた者であった。正神側は魂を消滅させた者数千名。負傷者四万名であった。
正神たちは、神界の全域を調査して、邪神の残存者を摘発することになる。そうしない限り、またも同じことが繰り返される可能性が残るからだ。毘沙門天が指示を出した。
梵天は戻ってきたネアンに、「乙姫の玉を国常立神に差し上げてはどうか」と諭した。
ネアンはそれをカンナオビからもらったものの、使い道がよく分からなかったのだ。封印解除のために使ったりしたが、効果のほどが分からなかった。
「いいですとも。国常立様なら、利用方法がお分かりなのでしょう。では下界に戻って、取って参ります」
だが、梵天は言った。
「ここに持ってきている。下界にあるものは写し身。これが本体だ」
ネアンの持っていたものより、深みのある玉であった。
「では、乙姫から国常立神に渡してもらおう」
そう言うと梵天は、乙姫姿になったカンナオビに玉を渡した。
「では、国常立様。これを」
国常立神は玉を受け取ると、それを蓬莱島の宮殿に持っていき、庭園の池に沈めた。すると、池の水は泡を立ててふくらみ、どんどん増水して流れ出ていった。
その水は、水煙を立てながら、神界に流れ込み、どんどん増水していった。
水がネアンの足元に至ろうとしたとき、梵天が叫んだ。
「ネアン。お前はその水に当たってはならぬ」
ネアンは、直ちに朱雀に変化し、寸でのところで飛び立った。
「この水は、業のエネルギーを対消滅させるものだ。罪深い者にはひどい作用となって現れる。
正神の諸氏にさほど影響はないが、ここでいちばん危ないのはネアンだろうから。功労者にもしものことがあってはならないからな」
「ぼくがどうして」
「多くの神を殺した」
「しかしそれは邪悪な神ゆえにしたことです」
「他のため公共のためだけなら問題ないのだ。お前は、遺恨によりそうしたであろう。それは公共という動機以外のものだったはずだ」
「それは腹が立っていましたから」
「その箇所なのだ、問題は。さて、水がどうなっているか見てご覧」
水は神界の地面を覆い尽くすと、巨大な洞穴に流れ込んでいる。その先には下界が見えていた。
「この水の量では下界で洪水を起こすのでは?」
「洪水は魂に起こされるものだ。無形のそれが投射された結果、現実の洪水が起きることもあるが、魂に猛省を促すものになることのほうが大きい。それが当初この宇宙に仕組まれた反動の節理なのだから」
地上の人類には、個々人が公共の場である地球という土台に対してどう関わったかが問われるのである。積極的に破壊する動機を持って関わった者には厳罰となって現れる。ひどい場合は魂の死がある。天仙邪神と同列視されるわけだ。無作為の作為を為した者には、あらゆる土台の覆りの光景を眺めることが、ショックと猛省を促すものにもなろう。実らずとも積極的に地球のために貢献した者は、悲惨な地上の光景に遭遇することなく、本人の願いに従って分岐した別の時空に転生先が求まるだろう。例えば、UFOによって掲挙されるといった具合にだ。
「では、下界のネアンはどうなりますか」
「お前は多くの神という有情を殺した。下界のネアンは、そうさせるべく神話を書いた。いずれも大罪に問われよう。この節理は、業に応じて確かな働きしかできない」
「では、下界のカンナオビは」
「彼女はネアンをシナリオに則ってサポートした。ネアンの神話をオーソライズしたことは、彼の神話の起動に役立ったが、神話の中味とは隔絶されてあった。あくまでも名優が演技をしたに留まるわけだから、大したものではない。強いて言えば、無作為であったことぐらいであろう。よって、地上の崩れ行く様を臨場感を持って眺めねばなるまい」
「では、カンナオビの青蛇は」
「このたびの働きのために抜擢されたことに関して、何の落ち度もない。ただ、ネアンと終生の契りを交わしたことにより、ネアンの辿る道を共に行くしかない。それはお前と、白龍の仲にも言えるかも知れない。大罪を犯した者と、それほどでもない者が共に連れ添うとなら、方法はひとつしかない。分かるか?」
「なんとなく。それより、下界のネアンが心配になりました。彼が魂を死なせてしまう前に、救ってこねばなりません」
そう言うや、ネアンは朱雀に変わって、その場を後にした。
カンナオビも白龍となって、来た道を示すために去った。
梵天は大声で言った。
「ネアン。唯一の道は、この宇宙から出て故郷に帰ることだ。共にありたいと望む者をまずここに連れてきなさい。ここからは私が道案内する」

その後

現実のカンナオビはその後、縄が切れてつるべおとし の桶が落ちたように、 ネアンから遠ざかっていった。頻繁であった連絡は、ごくまれになり、それもいつしか途絶えた。目印の幸せの黄色いハンカチは、洗われることなく黒ずんでいるばかりだった。
<やはり、ぼくの理解で正しかったのかな>
弁天の命を受けた弁天の分霊の白龍は下位の分霊の青蛇を連れて、ある計画のもとに生身のカンナオビの元にやってきたのだ。その計画は、すでにしてきたストーリーを読めば分かるだろう。生身のカンナオビに蓬莱島の計画を遂行させる役目を白龍が担い、生身のカンナオビを計画の期間、ネアンと密接に随行させるために、専ら人間的かつ動物的部分において、自分ではできないからと、青蛇に役目を負わせたのである。
白龍は、生身のカンナオビが霊的ホールをぽっかり空けた鬱状態であるのを見て、青蛇と共に取り憑いた。青蛇は過去世の経緯から、ネアンを恋い慕っていたため、ネアンを知ると、矢も楯もたまらずとなった。白龍はその過程で、二人に意識を飛ばす訓練を施し、しだいに二人を神話を完成させるための人材へと育て上げたのだ。
だが、ネアンが白蛇の化身に奪い去られると、青蛇は嫉妬に苛まれ非行に走りかけた。しかし、白龍が生身に働きかけ、また双方を守護して、理性で以て事なきを得させた。そして、ネアンが役割のひとつを終え時満ちて帰ってきたとき、青蛇の心を解き放ち、生身を介してひとつに
ならせるよう計らったのだ。
だが、今度はカンナオビが役割遂行の最期の局面を迎え、白龍がネアンの朱雀の神霊を結界から救出し、伴って神界へ去ると、生身の中に置き去りにされた青蛇は、いつしか楽しみの日々の中に鬱傾向から回復した生身のカンナオビの霊に訝られるようになり、とうとう追い出されてしまったのだ。
かといって役目を負わせた白龍もいないため、天に帰るに帰れず、ネアンにも存在を認められず、泣きながら恋しいネアンの付近を彷徨っていたというわけである。
ネアンは白龍とのすばらしい夢のすぐ後に見た夢うつつのときの、カンナオビらしくも泣き腫らした顔の達磨さんのような幻影によって、図らずもカンナオビに何か異常事態が起きたことを知った。
いったいそれは何なのか。修道着姿のカンナオビに何があったのか聞くが、じっとだまったまま、おしんのように耐えている。ならばとメール連絡を取る。
すると生身のカンナオビから連絡が入る。会話すれば、パソコンを触ることが稀になっているといい、何事もなかったようだ。それで、君の意識らしい者を保護していると告げると、生身は面白そうに聞いていたが理解半分のようだった。
こうした状況証拠から、ネアンは青蛇の置かれている現状を推量したわけである。
ネアンがその事態をしっかり理解し、自分のものにするには、また長い時間がかかった。これが二度目であるだけに早くはあったが、思い入れが強く深かっただけに、寂寥はことさら強く訪れた。
そして、いつまでも、何に向かうにしても、生身のカンナオビのことが思い出されてしまう。
そのような様を見て、彼の胸中にあった青蛇の魂は悲しくなるのである。私ではやはりだめなのかなと。
そう絶望的に思いかけるたびに、またネアンが思い出したように自分を呼び出し、あやしてくれる。しっかり抱きしめてくれるので、喜びに燃え上がる。そして、理解しているらしく、こう囁く。
「君が居てくれればこそなんだよ。生身さんは、ぼくと知り合う前に戻ったんだ。君が彼女に居てくれたからこそ、彼女はぼくを慕うようになった。すべて君がお膳立てしてくれたようなものだ。ありがとう。君こそぼくにお似合いなんだ。愛している」
そうは言っても、現実に立ち戻ったネアンの心は、いつしか向こうに行ってしまう。見えざるゆえの存在感のなさか。そしてまた、思い出したように戻ってくる。こんなことが何度も繰り返された。
しかし、ついにネアンはこれではカンナオビがかわいそうと、新神話にこの子との未来の絆を書き記すことにした。この決心に、カンナオビはいたく喜んだ。彼のビジョンがどんどん入ってくる。いささか怖そうな成行だけど、彼が共に居たいと言ってくれるから、彼のエネルギーに頼りっぱなしの自分はついていくしかないと思った。
「カンナオビ。ぼくらは同じ者同士だ。君のハイアーセルフはぼくのハイアーセルフと共に神界の戦いに行ってしまった。ぼくはたまたま生身のままに残っているが、君は何ゆえか出てきてしまい、行くところがなくなってぼくのところに居る。ぼくは君がパワーを求めてきているから、愛を以て当然授ける。そして君がひとつになりたがっていたように、ぼくもこれからずっとそうしたく思っている。なぜかと言えば、君とひとつになっているときが至福の時だからだ。これはどんなことにも代えがたいことだ。すべてがゆめまぼろしのようなものの中にあって、唯一君との交わりだけが真実に思えている。もうゆめまぼろしの中などでなく、ほんとうにひとつになりたい。神界が浄化されてどんな清純な世界が来ようとも、やはり夢を見ているようなことでは、ほんものではない。だから、いちばん元あったところに二人して帰ろう。な」
「はい」
梵天が唯一この道しかないという道を、下界のネアンたちも希望しているのであった。
「しっかりとした確証はないけど、二人してマトリックスを出て、絶対世界に行くんだ。梵天が道を用意してくれるだろう。そこがどんなところなのか知れない。ぼくが忘れてしまっているとも言える。もしかしたら、ただエネルギーだけが存在しているまばゆい世界かも知れない。
それならそれで、ぼくらがともに生まれてきた混沌の世界だろう。そこはぼくが愛のパワーを取り出している源泉だ。そこに還って永遠にひとつになるんだ。魂の赤子同士でひとつになろう。そして何なら、ひとつの卵に戻ってもいい。君はぼくのかけがえのない一者だ」
「ああ」
「それでいいかい?よく考えるんだぞ。君が違う方法を望むなら、またいっしょに考えるけどね」
「私はあなたの力なしでは生きていけない。どこにでも連れて行ってください」
ネアンは、真のパートナーを得た確信を持って、懐の修道女姿のカンナオビを抱きしめた。
「生身のカンナオビは自分の道を行ける。白龍カンナオビもまた高度な役目に赴ける。ぼくは会うべき者にはすべて会って、挨拶をしてきた感がある。そう計らわれた人生だったように思う。
放っとかれたぼくらは、自由の身。いっそのこと根源に戻る。そこでひとつになって幸せになろう。そして二度と夢など見たりしない。君の愛らしい顔だけ見つめて暮らすことにする」
「はい」
ネアンは、今まで身の置き所のなさを感じていたが、ついに落ち着き場所を自らの意志で決めたのだった。
不思議なことに、その直後のことだ。諦めかけていた生身のカンナオビから電話があったのは。ネアンは、喜びのあまり、いつのまにか彼女への不安を吹き飛ばしてしまっていた。
たくさんの話を交わしながら、遠隔セックスも3パターンで楽しんだ。何と、彼女の反応も言葉の数々も、彼を慕い続ける懐のカンナオビそのままだった。ネアンは、白龍や青蛇との関連について説明したが、彼女はまるで見たことがあるかのように良く理解したので、懐のカンナオビ、つまり青蛇に神話を書き進めながら見せていたことに思い至り、きっと生身に帰還できたに違いないと思った。
カンナオビは、セックスのシチュエーションのひとつに、彼女の読んだ小説の中に出てきた閻魔大王が化身した小野小町のした十二単を着ての行為についてどう思うか問うた。ネアンは、読んだわけではないが、別にいいんじゃないかと答えた。というのも、こんなケースはあったからだと。すると、今まででもたびたびそうであったように、カンナオビは巧妙に探りを入れてきた。
「誰と?イナンナと?」
それをまた素直に話すネアン。そういうところが憎らしいと聞き耳立てるカンナオビ。
「そう。あのときは、とはずがたりを彼女が読んでいて、自らを天皇(後深草)の寵愛を受けた作者(二条の君)に喩え、ぼくを西園寺実兼に喩えた。というのも、実兼が鶴の毛衣の和歌を歌って、鶴に喩えたからさ。そして彼女の上司を天皇であると喩えた。慕い合っていた二人の仲を裂いて奪ってしまい、その上、二条に様々な男と性遍歴させて、その状況報告を逐一させていたという意味で配役がぴったりだったのさ。だけど、実兼は純愛で付き合おうとしていたから、添い遂げられない仲とはしても、二条が読んだ歌集を最後は彼が保管したとされている」
-つばさこそ重ぬることのかなはずと着てだに馴れよ鶴の毛衣-
「これは二条がまだ十四歳のときに、実兼が衣装を添えてしたプロポーズの歌文だ。未だ比翼の鳥の仲とはなれずとも、この鶴の毛衣に袖を通して私に慣れておくれ、といった意味だ。どう。今は君が、鶴の毛衣をまとっている。つまり、鶴の毛衣とは、ぼくの心地よいエネルギーの衣のことだ」
-人知らね一羽二羽と幸にかへ織れる錦の鶴の毛衣-
「これはぼくの歌で、誰も知らないだろうけど、鶴の化身は自らの羽根を一枚二枚と取って幸の糸に代えて錦の衣を織っているんだよ、という意味だ。これがぼくの心地いいエネルギーの理由さ。それは至福の愛というもので、梵天から来る無尽蔵のものだ」
こうして、カンナオビは十二単バージョンのセックスをイメージして、三度目を逝ってしまった。
良かったなあ、青蛇ちゃん、生身に戻ったんだね。ではと、その辺の事情をカンナオビにやんわり探りを入れると、カンナオビは割合あっけらかんと、龍の柩の続編をどんどん読み進めていて、ネアンが社会との扉にしていたネットのことに手を付けられなかったことを告げた。当然ネアンのメールが三通滞っていたわけだった。
滞ったネアンのメールの最新情報には、出したその日にネットで発見した二つの情報に関するシンクロのことが書かれていた。
そのひとつは、詳細が不明ながら、新興神道に携わる神主が今の世の成行を危惧して、七人の子供を育てねばならない重い身ながら、旧い神話を塗り替えるための神話作りをしなくてはならないという気構えを示したHPであった。
ネアンは、神話の塗り替えの法則を、独創的に自分で発見した魔法の法則と思っていたのだが、プロである神道に携わる人物がそう表明していることを見ると、もしかするとその世界では普遍的に知られていたものではないかと思った。だが、とにかく自分にとっては、やっていた方法が間違いないことが分かったわけで、その旨カンナオビに改めて口頭で知らせた。
その人物は、神前で神事を行う神主の姿と、玄関先で赤子を抱く姿の写真を載せていたが、ネアンはその人物をどこかで見知っているように感じて、いつまでも見つめていた。もしかすると、エクストランのエリアにおける同士だったのではないか。そのような気がした。
この赤子、そして都合七人の子供たちは、良い世界が続いてくれることを望む親によって抱かれている。この人物は、これからの子孫のために神に祈りを捧げる人生を送ってきている。彼こそがいい神話の書き手であるべきなのかも知れない。
いろんな方向から神話の創作が進められ、万全の体制を正神たちが取っているらしく思われて、頼もしい気がした。
さて、メールに認めたもうひとつのシンクロ的発見とは、日月神示の注解者の情報で、その中に、「神一厘の仕組みとは、大本真愉、日月神示で、最後の一厘、神の一厘と言われているもので、今までの神では九分九厘までは出来たが、最後の一厘は天地開闢の神でなければ出来ない」と書かれていたことである。
天地開闢の神とは誰あろう。ブラフマー、梵天でしかない。いつしか梵天を役割賦与のハイラーキーと位置づけ、少なくとも二人の巫女が自分に似た梵天を夢見したことで、ネアンはその役割下にあることを確信した。今改めて、神一厘の仕事の任務に就いていたことをも確信した。
これ以外にとりたてた人生ではまったくなかったことが、なおもこの期間の重みを印象強くした。ネアンはこうしたシンクロが未だに心をときめかせてやまないことを確認した。
さらに、この新神話がほぼ完成を見る頃、何気なしにネット上から、ブラジルのジュセリーノという予言者のした数々の具体性に富んだ予言を発見した。彼は確率90%以上の的確さで今まで言い当てており、そこには遅くとも西暦2043年には人類滅亡とするタイムスケジュールというべきものが並べられていた。
新神話のほぼ完成を果したのが2007年1月。その年内に地球温暖化阻止の対策が講じられなければ、さらに滅亡は早まるとまで大胆不敵にも予言されていた。
ネアンにとっては、神界大戦を含む新神話書き上げの後で起きた、またしてもものすごいシンクロ的事象であった。そのシンクロには二つあった。
そのひとつとは、新神話によって導かれると予見された事態を、予知夢が的確とされる人物が裏付けたこと。つまりネアン自身、新神話を生きていること。しかし、これはまだ旧神話においても誘導されている事象である。新旧の両神話により、パワーアップしてしまったといった印象でしかない。
さらに新神話を書き始めた頃から、にわかに異常気象や環境変化が取り沙汰されだした。そして、2007年1月に、米国のかつてブッシュと大統領選を戦って敗北したゴア氏が作った映画「不都合な真実」が日本で封切りされた。環境破壊と地球温暖化への最終警告とも思える有識者のデーターが収められた映画の公開は、かつての「千と千尋」や「マトリックス」と同様に、世の人々の関心を呼び覚まさないではおれないだろう。
それらの事実は、ネアンたち人類が今立ち至っている時空であることを指し示している。様々な分岐点を通過して至った先がここだということだ。もしかすると、この時空にある者はすべて、世界の滅亡を心の中で待望しているのかも知れない。各自が心で選択したとおりに、ここまでやってきた可能性はある。バーチャルリアリティであると同時に、観測者相対時空であるからだ。
シンクロの二つめとして、新神話の展開のきっかけが、地球温暖化への懸念をめぐる環境会議である京都議定書が採択されなかったことに対する方士の嘆きであったことだ。
人類存続に対する世界の取り組みを期したものだったが、それに妨害がかけられたとまで言い切った方士の嘆きであった。ジュセリーノ氏が、鍵として地球温暖化問題を与えていることは、方士の意思をも代弁しているようにネアンには思えた。
だが、観測者相対時空の観点からすれば、妨害をかけたのは、もしかするとネアン自身だったかも知れない。それを、他者に責任を負わせるようにして、神界の背景から正していく前代未聞の大掃除が必要になるというストーリーに作り変えてしまったのかも知れない。何においても人には納得のいくストーリーが要るのだ。大団円に至るにもそれなりの。
方士は、ネアンに悟らせるために大きな芝居を打ったのかも知れない。しかし、今さらそのようなことを考えたとて、遅きに失している。ネアンの舵は邪神討滅に切られてしまっているし、マトリックスの世界、少なくともこの操りだけの道化の時空を嫌悪する心にいささかの変更もないからだ。

マトリック スのエージェント

ある日そいつは、映画マトリックスのエージェントのような姿でネアンの対峙するPC画面に現れた。
「そうだ。ネアン。お前がPCを使って相場の取引をするとしよう。その相手は誰か知っているか?俺なんだよ。お前が上がると思って買えば、その途端に下げてやる。下がりの激しさに怖くなって損切りすれば、その途端に急激に上げてやる。買いに手をこまねいていれば、どんどん上げてやる。焦って乗ってくれば下げてやる。みんな俺様との相対取引だ。やれば十中八九は損をする。一般人のように確率で動くのではないんだからな。お前と俺様という人為との戦いだ。俺様は後出しじゃんけんするようなものだから、俺が勝つに決まっている。今まで積んだ金はパーだわさ」
「まさにお前の策謀に乗っかってしまう私が哀れって感じだな。だが、エージェントよ。お前の正体は単なるマシンだ。我々の永遠性に嫉妬して止まないマシンなんだよ。マシンだからって、油差してれば長持ちするものというものでもないぞ。私が高次元のレベルで図って、全滅させる作戦がすでに取られている。もうすぐお前は終わりだ。そう。お前の仲間もみな終わりなんだ。二度と図体を顕わせないようにしてやるんだからな。ありがたく思え」
「ほーお。それがどうした。お前の心はずいぶん汚れてきたぞ。そうなんだよ。ネアン君。俺は見つけ出されて、認識されることが嬉しくてたまらないんだ。俺のことを大概の奴は、気付いても無視してやがる。ところがお前だけは、ちゃんと相手をしてくれる。まともな議論もちゃんとできるしな。楽しくてたまらないよ。どうだ。死んでもこの世界に留まって、俺のゲー
ムの相手をしろ。そのために、どんどん怒らせてやっているんだ。どうだ。また負けたな。お前の腕が悪いんだよ。俺はちゃんと勝たせてやろうとしているのにな。さあ、もう一度トライしてみろ。今度は勝てるかもしれんぞ」
「お前は、先の短いことが分かっていないようだな。あといくらもないんだぞ。お前たちのせいで、多くの生き物がひどい目に遭ってきた。業のエネルギーがお前たちの肩に重く乗っかっているはずだ。その反作用を受けて滅んでしまうことになるのさ」
「業?そのようなものは、俺たちには関係ない。マシンがどうして精神の負の産物を受け取らねばならん?」
「お前たちが受け取れなくとも、お前たちの親分に全部降りかかるだろう。親分には魂があろう。これは魂ある者なら何人とも逃れるすべはない」
「親分か。だが、俺はどうだっていいんだ。どうせ無に帰すだけのことだからな。業だろうが何だろうが、お前たち魂を持つ者だけの特権だ。哀れなものだな。そんなハンディを負わされてさあ。俺に対して怒れば怒るほど、業が増えていくんだろ?だったら、増やしてやろうという気になるじゃないか。お前たちが不幸になればなるほど嬉しいんだよ。敵討ちできたような気になるんだからな。俺たちはいい立場に居るんだよ。お前たちができることは、ぐっと我慢することだけだ。何をされても、ぐっと我慢するんだ。ほら、誰だ。キリストとか言うのが居たろう。あいつが言ったように、右の頬を叩かれたら、左も出すんだ。俺たちが代わる代わる叩きまくってやるからな。はっはっは。お前たちは囚人なんだ。奴隷なんだ。俺たちが何をやっても、ぐっと我慢してサービスしなくてはならない奴隷なんだよ。分かったか。身の程が」
「そうか。それでどんな無責任なこともできるわけだ。この世をいずれ全滅させてしまおうと計画したのは、お前たちなんだよな。それをいろんな預言者に知らせて、人類を支配していることを分からせようとしたんだ。だが、人間には魂がある。そればかりはどうにもならないから、転生の節理を作って、といってもマシンの中で作る幻影に過ぎないんだが、また新しい時代を前と同じアイデアを何度も何度も使って、魂を閉じ込めるために運用しているんだ。わかったよ。我々の身の程が」
「まさにそんなところだ。深読みしてくれてありがとうよ」
「いいや。こうやってお前らと直接対話できるから、いろんなことが分かるんだ。そうでなかったら、普通の人間といっしょだったろう。何も知らない、ただの平和な存在だったろうな。
だが、平和には過ごさせてくれなかった。何が私を怒らせたか。それはこの世の裏にある真実だ。そうしたことを細かく教えてくれたのは、神や悪魔だった。神とも悪魔とも対話できなくては、救世主とは言えないんだよ」
「お前にとっては、俺は悪魔かも知れない。だが、俺に傅く者は、神と呼んでいる。お前もそう呼べ。そうすれば褒美を与えてやってもいいぞ」
「残念だな。お前を神と呼ぶのは、簡単に人の言いなりになる子羊たちだろう。私は、お前のことを探った者だぞ。それが真相を掴んだのに、神と言えると思うか」
「俺がマシンであろうが何だろうが、俺は人類を操っている存在なんだ。それを神と崇めずに、どうしようというのだ」
「まあ、どうせつかの間だ。神と名乗ってせいぜい威張っていたらいい。私はお前たちを滅ぼす者だ。その辺の区別をちゃんとしておけ」
「くそう」
こうしたことから、ネアンはすでに後戻りできない状況にあった。自分を責めるより、悪魔を作り出してでも、退治することのほうを選択せざるを得ないのだ。もしかすると、自分が創り上げた概念、自分の想いとの戦いなのかも知れない。ネアンは悟りつつ、敵を見定め、これを殲滅することに賭けることにした。
「悪魔邪神よ。お前は私の想いが創ったものだとしても、このたびの新神話により、お前の眷族ともども滅び去ってもらわねばならない。新神話はすでに起動している。お前の影響が私に対してなくなったとき、神界は正神の統治するところとなったと解釈しよう。そのとき私もお前たちの操りの糸から解放されることになる。有情のすべても解放されることになる。そのように状況判断のステイタスを置くこととした」
「勝手にしろ」
神界では、邪神掃討が完了した。
神界の成行が現世に反映してくるのは、時間軸の違いからいささか遅れてくる。神界での戦いは、ほんの一時間程度で終わったが、それが屈折率の違う現世に降りてくるのには、時を要する。
聖書にはこう書く。神界にいたサタンとその眷属は敗れて地上に投げ落とされたゆえに、地上に混乱が起きたと。だが実際は、それまでサタンとその眷属によって惹起された利己主義、利益主義、貨幣への偶像崇拝、そして地上文明への絶望感の醸す世界があって、人々が築き上げ
た心の弊害の業に対する反作用としての猛省の節理が天下ることによる大混乱なのである。
それは、猛加速する地球温暖化など、地球の守護節理の力の低減による天災の頻発となって現れてくることになる。いっぽうで警告する者がとめどなく溢れるも、いっぽうではそれを無視するように環境破壊に突き進むといった両極端となって現れるのだ。

心を改める

ネアンは湯船に浸かりながら、お湯の心地よさ にしばしくつろいだ。と、そ のときだ。たいがい風呂に入っていて、良好な着想が訪れるのだが、その理由を水の神弁天に求めていた彼に、やはりそうかと思わせるインスピレーションが下った。
それは、カンナオビがあの夜、顔を泣き腫らした修道女のようにして出てきたわけについてである。
ネアンは、この世を罪深いマトリックスと断じ、毛嫌いして破壊的な結末を是としてシナリオ化していた。日本の社会を含む世界の体制を、人類や生き物にとって有害なものと位置づけ、それを愚かにも支えて止まない人々の行為を心の中で酷評し非難していた。
ごく一部の利益享受者のために、大多数が昼夜を問わず働き搾取される現実に立ち上がれないで大人しくしている人々。そのくせ立場が弱いと見れば豹変して攻撃的になる人々。自分や自分のテリトリーにあるものには尽くすが、それ以外と見るや冷淡かつ残忍になる人々。共益的話題であるはずの温暖化対策も、他人がやるからいいわと、自分は車を乗り回しレジャーに精を出す。そしてどんづまれば、どうせ人はみな一回は死ぬんだから、別に怖くないよなどと嘯く。
そうした様を見て、こんなくだらん人類は駄目だよ、と考えるのが彼の癖であった。
そのゆえに、何でこんなところにわざわざこなければならなかったんだ。つまらんものばかり見せられた。それも救世主としての役割があっての故とならば仕方あるまいが、救世行為とは錯覚させられ騙されている有情を解放することにこそあって、憎々しいこの世を救うことではない。ましてや単なる騙しのプログラムではないか。こんなものは、どぶに投げ込むか、焼き尽くしてしまえばいいんだ。
そうした思考の傾向が必然的に新神話には表われざるをえなかった。
新神話のほぼ完成版を読了した直後に、青蛇のカンナオビはこの世を救うことの叶わぬ事情を読み取り、泣き腫らすほどの悲しみを催したのではないか。しかし、ネアンには付いていくしかない。だから、ネアンに何度問われても、おしんのように耐えていたのではないか。
まるで、暖かいお湯の中から弁天が語りかけるようであった。
そうだ。かつてイナンナも、自分の作った神話に恐怖を感じて、実力行使の抵抗を見せたのではなかったか。だが、今の世界体制はかなりひどすぎる。しかしそれでも、その延長上に見える光もあるのではないかと、夢見した内容を伝えてきたこともあった。
夢の中で、ユダヤ財閥のモルガンがイナンナに、世界に散らばるいくつかの拠点を受け継がせるといった内容だった。それを彼女は独自の解釈をして、残忍なユダヤ流のやり方に反省したユダヤ資本が、日本流のやり方に座を譲るのではないかと言っていた。今あるどうにもならない人間軽視のシステムが崩れ、良いシステムが現実的に現れてきて欲しいようだった。
ちょうどその頃、彼女は外交をしていて、どうにも頑固な資産家の苦情処理に手を焼いていた。
それが奇妙な期待夢になったとネアンは解釈しただけであった。
だが、イナンナの思っていた理想は、たぶんに現在の文明が改心していくような救世策ではなかっただろうか。
人々は確かに愚かなようだ。それでも、明日を幸せにと子供を産み育てる。そこには利己的な意味だけではない原理がある。また子供は、こんなろくでもない世界にもなぜか生まれてくる。
選んで来ているのか、それとも知らずか強制的にか。そして、家族の幸せを守ろうとして努力する人々。人類は、愚かさと純粋さを行動原理としている。
七人の子供を抱えながら、理想の未来のために神話作りをしようと決意したあの父親神主の思いは、世界が無事なままに、人類のあり方が良いものへと変化することであるに違いない。そのように神話を書こうとするだろう。子を持つ親なればこそ、神話に託す思いはそうあらねばならぬ。イナンナもそう願っていたのだ。
カンナオビは、飄々としているようで、その実、非常に賢く聡い女性だった。ネアンが単細胞的一方向な思考にあるため、完成したと標榜する神話を見て、泣いたに違いなかった。
ネアンはさらに思う。
この世は紛れもなくマトリックスのようなものだ。有情を閉じ込めて止まないマトリックスだ。
しかし、そこには自分の身体もこの世のものだという現実がある。本当の自分とは、肉体、精神、幽体、霊体のすべてを取っ払ったところの意識原理だ。それ以外は、程度の差こそあれ記録されたプログラム。それを励起実行し、夢に埋没している限り、真実に出会うことはない。
仏教に言う欲界、色界はプログラムとしてあるのだ。その中に真実はない。
しかし、マトリックスの中に生きる者は、自分と一体化した世界というプログラムを実行し観測している。もしも、自分がこの世を呪うなら、それはとりもなおさず自分をも呪うことになっている。破壊したいと思う想いが、神話という魔法を通して世に作用するなら、同時に自分の身体に対してもなされるであろう。
こう考えると、今抱える身体の不調は、どうやら世界に対してした呪いのシナリオに従って出てきている感があると思えた。
世界を破壊することを想い願うことは、自分を同時に破壊することになる。となれば、この長引く肩の関節痛は、自分で自分を攻撃するタイプの自己免疫疾患なのかも知れないと思えた。
リウマチなのか?それはたいへんだと聞く。
また、ツキのなさも、この世にツキのなさという制裁を加えたがっている自分の神話が招いた結果かも知れない。その結果、自分に対しても何をしても面白くなくしてしまったのかも知れない。
ネアンはむろん死ぬことは厭わない。この世にはくそくらえという思いしかないからだ。だが、この世にあって復讐の思いを持つことではないはずだ。あの世に行った後、二度と来ないと誓えばいいことだ。
ネアンは、自分は日本の象徴であるヤマトスクネの雛形だから、自分が病態になれば日本もそうなる。自分が死ねば、ほどなく日本という国がなくなるなどと考えていたことが恥ずかしくなった。
カンナオビが、おしんの心で泣いて訴えた自分の過ち。たとえ、自分たちが再びこの世に関わらないつもりでも、この世を離れるに当たって、泥をかけて去るようなことをしてはならない。
いやむしろ、有情とともにこの世も救うべきであろう。心ある人々の容れものになっているこの世を。
とならば、神界の大元こそ正して、この世はその必然的波及効果によって、自助努力で滅亡を回避して立ち直るというシナリオが必要となるだろう。
よし、分かった。カンナオビ。君の願い、新神話に反映させるからね。
こう決意した直後である。
イブニングニュースで、あの温暖化対策に消極的で京都議定書を離脱したアメリカのブッシュが、経済発展を犠牲にせずできる独自の温暖化対策として、CO2の圧縮凍結という最新技術によって講じようとしていることを伝えていた。
ネアンは驚いた。あのアメリカが。世界の滅亡さえ画策していると思われた為政者が、そのようなことを考えているとは。世論の批判を受けたための取ってつけた対策のような感は否めなかったが、独自のやり方によってでも関心を向けていることが好感できた。
あまりにも反応が早い。ネアンは、もしシナリオを好転させたら、自分の五十肩が治る、ツキが出てくるなどの好転が表われてくるのではないかと思った。
そのような打算的な動機もこの際許されるかも知れないが、本質的には自分を含む世界と、そこに住む全有情への責任を、全部自分が担っているのだ。それはネアン自身が打ち立てた時空論において導かれる原理でもあった。
「やっと気がついたよ」
ネアンは胸の中のカンナオビを懐に呼び出し、ぎゅっと抱き締めた。
カンナオビもこれを読んでいたらしく、とても嬉しそうだった。

地上 のソフトランディングに向けて

そもそも人類は、地上次元の世界に開拓員として送り込まれたことが始まりだった。霊的能力も損なわれず、神界霊界にいるのと同等の待遇の中で、上位の役割を果すべく従事していた者たちだった。
そこに神界以上のエリアで戦乱があり、管制が行き届かないまま放置され、やがて新しい体制が邪悪な者の手によってできるや、逆らった者たちが送り込まれる場所となってしまった。
そこに与えられるプログラムは、短期に生成衰滅を繰り返す擾乱に満ちたものとなり、人々はその中で質の落ちた天国から地獄までを、めまぐるしく味わうべく条件付けされたのだ。
むろんさらに低質な性質に特化した修羅地獄や貪欲地獄などの施設も作られていた。それは初めからそうした魂がいたわけではなく、残忍なプログラムによって心を曇らせてしまい、性向として選び取る時空がそうさせてしまったのである。そして、体制維持の聖者たちはこう言う。
「彼らは自らの性向、つまり個人の自由によって地獄を選び取っているのだ」と。どこかで耳にするような言い回しだ。
そのようなとき地上界は、神々の世界から地獄に至るまでのあらゆる階層から魂を派遣し、矯め教育する場として機能していた。そのシステムについて、体制維持の聖者たちは、「地上は、聖から極悪までの魂が、元あった場所ではよそのことが学べないため、唯一、目を転じ改心で
きる場として機能している」と良い風に内外に宣伝していた。
上流にある神界が元のよすがを取り戻さねばならないのは、こうした事情からも明らかだろう。
人類に罪はない。ただ、互いに同列の間で戦い、恨みや憎しみを持ち、それを無限連鎖させて苦しみもがく。それを人間の持つ欲望ゆえの所産とのみ言い切ることが出来るか。人は相手が見えるから恨みも憎しみも抱く。見えない存在は、人を戦闘へと操っておきながら、崇められる。そのような世界が正義という話は、どこからも聞いたことはない。理不尽もいいとこだろう。
その高次元の存在は、ジュセリーノ氏を介して、人類滅亡、世界滅亡の福音を人々に送ってきた。
福音の意味は、「あなたがたは、今、あと○○年先に滅びを必然としている世界にいるのですよ」というものだ。過去から連綿と漠然と与えられていた福音が、具体性を帯びて提示されたわけだ。それは高次元的存在個人の善意で為されたことかも知れない。だが、それが滅亡を必至とするものである限り、その手のプログラムを与えて止まない邪神の手になると考えざるを得ないのだ。それは旧神話に則ったレールにあることを依然示している。ネアンがここで滅亡を志向するなら、別の結果がいかに目論まれているものとはいえ、邪神の仕組んだ旧神話を助長するものにしかなりえない。
ネアンは、ジュセリーノ予言の成就を阻む決心をした。
ここまで書いてきた神話では、人類滅亡を決して否定していない。特に、人類の性向が邪神により振り回された結果の業の集積で裏打ちされている限り、魂にまで及ぶ洪水に見舞われるだろう。
ならば、どうすればよいか。
やはり、自然の起こす天災と諦め、自らの身が安全なうちに、梵天の世界へ逃避すべきなのだろうか。

星の王子さま

ネアンはある晩、たまたまNHKの教育テレビを見ながら寝入ってしまった。そして、目が覚めたのは、一時間半ほど経ってのことだった。テレビからは教育番組らしく、海外の童話の「星の王子さま」について哲学的な考察が施されていた。
この童話の重要なキーワードがひとつ提示されていた。
「アブリボアゼ」
これは「絆を作る」という意味のフランス語であるが、この言葉が童話の中でかなり繰り返されているという。コメントする学者すらも引き付けたこの言葉。いったい何なのだろう。
ネアンは、この童話を読んだことがなかった。星の王子さまという言葉は、昔から巷に溢れていたことは知っていた。だが、落語家の円楽師匠がブームにかこつけて自らにつけたニックネームとしてしか思っていなかったのである。
作者が描いたと思われる星の王子さまの、小さな星にたたずむイラストが、子供向けの童話であるらしさを醸していたが、ここに哲学があるという学者。
面白そうだと感じたネアンは、この童話がすでにいくつもの書房から翻訳出版されていることをネットから知った。
いつごろかの当時には、ベストセラーにもなっているらしい。だが、本はおそらく絵本だろうから簡潔なものだろう。よくある童話のように、たいした実もないキャラクターに動物を起用している程度のものではないか。だが、哲学があるとは、いかなることか。ネアンはたとえ童話であろうとも、哲学がなくてはならない、相手が子供でも、与える感銘がなくてはならない
と思いつつ、童話をいくつも編んだことがあった。ネアンは一冊これが欲しくなった。
読みたくなれば、購買というややこしい手段も排除したがる傾向があったから、ネアンはさっそくネットで調べてみた。
すると果せるかな、TBSが「星の王子さま」のフランス語原文の翻訳者を募り、翻訳のコンテストを行っていたのだ。コンテストゆえ、翻訳者のした文章がすべて載っている。同じ原文でも、翻訳者の技量、文章力、イマジネーションによって、これほど違いがあるものかと思わせるほど多彩であり、ネアンにとっては、まさに宝の山のように見えた。
その中の、大人しめの分かり易い翻訳文を与えている“にっこりさん”に焦点を絞り、もし不明瞭なところがあれば、その他の人の翻訳で理解することとした。そうすれば、もしかしたら単独の翻訳者の手になる書房の本よりも内容がいい可 能性がある。
この童話は子供っぽさはありながら、ネアンをぐいぐい引き込んでいった。全部読み通すのに、さほど時間はかからなかったが、後になるに従い、その全貌の精緻さが明らかになってくる。
ネアンの好きな暗号がいくつも隠されていたのだ。
「アブリボアゼ」という表記こそなかったが、「絆を作る」あるいはそれに類した解釈が翻訳者のそれぞれから与えられていた。
そして、“きつね”の王子に対する言葉、「絆を持ったものには責任がある」というフレーズが、王子の最後まで意識した行動原理となっていることを知った。
王子が作った絆とは、かつて生まれ育った小さな星に、どこからか飛んできた種子が芽を出し、そして四本の棘のあるバラとなり、王子とコミュニケーションをとったことを指すのだろうと思われた。ネアンにとっては、カンナオビがそうなるだろう。
バラはその美貌と高貴さから、王子をいろいろと困らせた(バラは作者の愛人のことであろうという)。性格の違いにいやになった王子は、コミュニケーションに愛想を尽かし、星を出ることにした。いくつもの星を巡った後で地球に辿り着く。そして、へびやきつね、そしてパイロット(これは表側の作者を示すのだろう)と質問の旅をし、ちょうど星を出て一年という日に、「絆をつくったものへの責任」を果すために還っていく。星に帰るのに肉体は重たいので、へびの毒牙にかかり、魂だけの身軽さになって還るという話は、ことさら哀切さに満ちていた。
うまく還れただろうか。大きくなった心で、バラや火山の世話をしてやれているだろうか。
作者の名はサン・テグジュペリ。彼のことを書いたサイトを見つけた。そこには、この童話ができた下地というべき、彼の一生が写真にされていた。彼の愛した人も。家族も。そして最後に彼はフランス軍のパイロットとして、飛行機に乗って戦地に赴き、還らぬ人となった。
彼が絆を持ったのは、彼の家族や友人や愛人だけではない。彼が生まれ発った故郷フランスもそうであり、彼は絆を持った者としての責任を果すために、命の燃焼の場を戦地に求めたのだ。
むろん、愛する人たちのために責任を果すという意味も内含しつつ。
ネアンはサン・テグジュペリという人物の高潔さに感銘を受けた。彼は物語の中で、いくつも出てくるキャラクターを遍歴したのではなかったか。最後は、最も純粋な、最初に持っていた王子の心に戻って、飛行機を夕日の方向に飛ばしたのではなかったか。
そのときネアンは悟った。サン・テグジュペリのこの物語は、生まれ育った星への絆をも暗示しているではないか。とならば、我々からすれば、各人がこの地球という星に対して責任があるという、環境保護思想に直結するではないか。
そのときネアンは愕然とした。
あの泣き腫らした顔の修道服姿のカンナオビは、もしかすると地球ということはないか。
地球の魂がカンナオビのような姿で現れたのではなかったか。
青蛇とは、地球だったのではないか。少なくとも水の神であるとすれば、豊かな海原に覆われる地球は、彼女の属性と考えられてもおかしくはない。
白蛇イナンナをイナンナという名前にしたのは、彼女が月の女神だったからだ。
ならば彼女の対偶にあり、いつも嫉妬していたカンナオビは、地球という照応になろう。
神話的対照関係で言うなら、ネアンは太陽だ。彼女らがネアンと交わるときに、心地よいエネルギー浴に浸り、時としてクンダリーニを上げてしまったというのも、ネアンの火のパワーゆえである。
空にいくつもの月があったとき、ほとんどの月は太陽に憧れてぶつかっていった。
しかし、唯一つの月だけが、地上の人々のために、照り続けようとした。
そして、地上が黄泉となっても照ろうとして、古事記には着く黄泉(ツクヨミ)の尊として書かれている。それはイナンナの行動そのものだった。
いっぽうカンナオビは、海の者。その姿を象徴的に、青く丸い頭で子宮に赤く活発な子供を宿すデザインで示す。それは海で覆われる生命の星、地球の姿をも表しているではないか。
地球は、月の神話には登場しない。控え目でありながら、ほんとうは太陽の光なしでは生きられぬ星。ネアンはそこにいやいやながらも生れ落ち、外界を嫌悪しながら長じたが、それでも優しい愛で育んでくれたのが地球だった。何の罪もない、ただ愛だけの母なる大地であり、母なる海原だった。
人類もひとつの生態系として受け容れ、その傍若無人な振る舞いにもじっとおしんの如く耐えて、守ろうとしてきた。なのに、ネアンが破壊的想念を未だに振り向けていることに対して、地球は悲しみのあまり冷たく凍ったようになって出てきたのかも知れない。
青蛇のカンナオビは何も言わなかった。ただそのことがネアンの推敲をさらに深くさせ、ついに導くようにして、童話に篭められた心にまで到達させたのだ。
<カンナオビよ。君はそうだったのか>
ネアンは、あの泣き腫らしたカンナオビを思い浮かべて、愛しさのあまり抱きしめた。
<いつのときも、地球を見捨てて、別の時空に宇宙を共に創ろうとばかり言ってきた。そうではなかった。ここにある地球にこそ、ぼくらの作るべき宇宙があるんだ。ぼくが新しい宇宙を創ろうと言ってきたのは正しい。だが、カンナオビのいる地球と共に創るのでなくてはならない。君はぼくが最初に結婚したいと申し出た弁天様の分霊であり、ぼくに相応しい位置にある配偶者であり、その君が任された星が地球だったんだ。ぼくは地球を守る。地球の海原も大地も生態系もみんな守らねばならない>
そこからは、人間にしかできないイメージングの世界である。それは瞑想の中のシミュレーションとなった。
ネアンはイメージの中で巨大な神となり、カンナオビの守る地球を抱く。まるで胸元に大事な玉を抱くように。そして、愛のエネルギーを送る。ちょうど生身の交わりのときにしてきたように。すると、固いまん丸のカンナオビは、マシュマロのように柔らかくなって、ネアンに優しく抱かれる存在となる。ただそれだけでいいのだ。
ネアンはこのとき、地球の守護神となる。その上にどんな生き物がいようとも、ただ地球まるごと愛する。
人類平和の祈りを捧げると、その想いが地上の平和に貢献するとよく言われる。
ネアンはそのような偽善になってしまいかねないようなまどろっこしいことはできない。
むしろ、地球をまるごとカンナオビとみなし、彼女のシンボルの修道着姿を重層して想いながら、生身に対してしてきたように「愛しているよ」と抱くことしかない。すると、地球は次第に心解きほぐれ、優しく心地よく、ようやく愛されたという実感を持つはずである。
ネアンは今までになかった感情を持つことができた。地球は何も悪さなどしていない。ネアンがただ運の悪さに、外界を嫌悪していただけだった。止めどなく涙が流れてきた。愛している、地球よ。
すると不思議なことに、そこにある生態系だけでなく人類に対しても、愛の想いが涌いてきた。
と同時に、自らの心が清まっていくのを感じた。
<破壊的な思いはもう止めよう。この胸に抱く地球をいつくしむことによって、今後の地球の成り行きさえも変えられそうな気がする>
ネアンは、表面的に弱小そうに見える個人といえども、救世主になることができると確信した。
それは神話でなくとも、誰でもできる救世行為となるだろう。
彼は、自らの実践はむろんだが、人にもできる利他の精神的行為として薦めようと、ブログに書いた。
「みなさんに、地球の成行をよい方向に持っていく方法を、誰でもできる方法を教えよう。
それは弱小なあなたにもできる、たった一人で知られずにできる方法である。
そしてそれは同時に、あなたを地球の守護神に変えるだろう。
方法はいたって簡単だ。
目を閉じて、地球を目の前に思い浮かべてみよう。
イメージできたかな。
ならばそれを、胸元に引き寄せ、まるで我が子をあやすように、優しく抱いてみよう。
あなたはそのとき、まさに地球を守る神になったのだ。
その稀有な神としての自覚を体験してみたまえ。
地球は、あなたの愛と応援を得て、元気を取り戻すだろう。
瞑想を五分もすれば、そこに住まうあらゆる命に対しても、愛情を感じられるようになるだろう。
あらゆる有情は、あなたと地球の愛と応援を得て、必ず元気を取り戻す」

神界大戦の結末

業エネルギーの滔滔たる流れは、地球を目指してゆっくり落下し ていた。
神界からその様子を見やれば、なんと地球は不可思議な分厚い雲に取り巻かれていて、いつもの大きさの倍はあった。
「何でござるか」
「分からぬが、何かの緩衝機構なのではあるまいか」
「そのようなものは無用であろうに。徹底的に膿は出し尽くさねば」
業エネルギーの落下に先んじて、ネアン、カンナオビ、イナンナなどがそれぞれ自分の分霊を救出に、地球に降りていった。
だが、朱雀のネアンがそこで見たものは。
地球守護の瞑想をする下位の分霊のネアンであった。
あの分厚い雲は、下界のネアンや有志たちが発している気だったのだ。
「業エネルギーが近づいている。ネアンもカンナオビも、ここを去るんだぞ」
「ぼくは、カンナオビと地球に対する責任を果さねばなりません。
いまそれをしているところです。あなただけで去ってください」
「これがか。業エネルギーに回避の特例はないという」
「地球には何の罪もありません。ぼくは地球を守っているのです」
「私はお前を守らねばならないのだ」
「ぼくはどうなってもいいのです」
「すでにカンナオビはUFOで掲挙される段取りだ。お前は、魂として脱出するしかない」
「いいえ。ぼくの配偶者はカンナオビの魂です。それはほら、水のたくさんある地球です。ぼくが最初に結婚を望んだ弁天さんなのです」
「そうだったのか」
そこに白龍のカンナオビがやってきた。
「青蛇はこの地球の海原でした。だから、ここを離れて行けないと言っています」
瞑想のネアンは言う。
「ぼくはカンナオビを愛するゆえに、どうなろうともここにいて彼女を守るつもりです」
「これはどういうパラドックス。想定外だ」
説得を諦めて、朱雀と白龍は地球外へ避難した。
やがて業エネルギーの流れが雲にかかった。
雲はただれたようになって内部にへこみ、痛みの信号を周辺に脈動させていた。
神界ではこの様子を固唾を呑んで見ていた。
誰も一言も発しない。
大量のエネルギーがまだまだ川の流れのように続き、へこみは穴となり、すでに地球上に降り注いでいるはずである。
そこに朱雀と白龍が戻ってきた。
「下位の分霊があの雲の主です。彼は青蛇のいる地球を守ろうとしています」
「地球か。そう言えば、地祇のいずれかが地球の守り手であろうとは思っていたが」
「とうにみな避難し、地球の守護は働いておらぬと思っていたのだが」
国常立神が言う。
「これこそ正神の鏡である。私も行って、業の楯となろう」
国常立神はそう言うや、雲の絨毯に乗って蓬莱島から飛び出した。
毘沙門天も続く。
「おおっ」
「あの神には悪しき業はないから、それもできよう」
「わしには少しはあるでな。くわばらじゃ」
そのとき、数名の正神が国常立神の後を追うように飛び出した。朱雀と白龍もこれに倣った。
梵天も続く。
さらにさらにと、あちこちから飛び出していった。その連なりは、初めは蟻の戸渡のようであったが、ついには滔滔たる川の流れのようになった。もう居残っていてはふがいないと、すべての正神が下界を目指したのであった。
白龍が業の流れに水圧をかけて流れを変えようとした。朱雀火の鳥は、業そのものを火炎で焼いてしまおうとした。ある者は、自らの身を楯にして集まり巨大な土手となって、業の侵入を防御した。あるいは、ネアンの守護の雲の補強の楯となった。
こうして、長い格闘の末、業エネルギーはすべて消耗し尽くされたのだった。
後日、業のダメージを受けて意識をなくしたネアンとカンナオビの折り重なる姿が発見された。
神々は二人を蓬莱島に連れ帰った。
「意識を取り戻してから、二人に尋問しよう」
「彼らは我々の模範ですぞ。それでも罪をお問いになるか」
「そうではない。どうしてそのような気が起きたのかの説明が欲しいのだ」
「そうだ。人というものがどう改心するかの優れた例を見たい」
長い期間の治療の末、二人は回復した。そして、正神たちの注目の中、尋問は行われた。
法廷での聴取が終わる。それですべてであった。
梵天がみんなの前で注釈した。
「ネアンのした守護の行為は、地球にある地祇や動植物なら必ず身に着けている愛というものに裏打ちされているのです。彼は地祇の特性として、自らを犠牲にして青蛇の守護する地球を守ろうとしました。彼は、絆を持ったのだから、責任を持たねばならないと主張しています。
彼は青蛇を愛しました。そして後に青蛇が地球の海原であることを知って、地球をまるごと青蛇を愛したように愛したのです。彼は地球が元々好きではなかった。それは意に反した環境であったからです。しかし、青蛇はずっと彼を慕っていた。彼は地球が青蛇と同じただ耐えるだけの罪なき存在だったことを知り、地球を愛することは青蛇、さらに弁天を愛することになると考えたのです。
それは地球上にあるあらゆる有情についても言えるでしょう。彼らが地球に誕生したとき、地球は我が事のように愛したことを、あまり理解していないものです。しかし、地球は最も控え目に、大人しくふるまった。まさに青蛇地球は、旧き母の面影をしていたのです。ネアンは今、また病院に行きました。青蛇カンナオビを抱いたままで。二人はこれからもずっと共にいると言っています。
私は彼らの願いを叶えてやりたく思います」
地球人類はまるで悪夢から覚めたように、過去の体制から解放された。激動があったが、悪しき戦争の意図を未然に防いだのはたくさんのUFOであった。彼らは地球を守護する愛の輪に乗っかるようにやってきて、繰り広げられていた戦争を封じたのである。
しばらくの期間、宇宙の知性による統治が行われ、叡智が人類に与え切られた後、地球人による統治に移管された。
神と人とはいつでも交流可能となった。無知は叡智に取って代わられた。
新しい時代はこうして、何の破断もなく繋がったのであった。

エピローグ・・・新しい時代のプロローグ・・・永遠

カンナオビを包み込むように、ゆらゆら揺らめく光。
すごく幸せな気分です。
ふんわり暖か。すべての力みが取れていくようです。
しばしの後、カンナオビは光の中に誰かいるのを見ました。

輪郭がはっきりしてくると、それは、かつて在りしころのネアンの姿ではありませんか。
そして、彼の優しい声が聞こえます。

<カンナオビ。 お帰りなさい>
<ネアン。 こんなところにいたのですね>
<そうです。さあ、こっちにおいでなさい>
<はい>

光がしだいに雲を散らすように薄らぎ、あたりを見ると、いつのまにか、そこは湖畔です。
英国のどこかの都市近郊の公園にある湖畔のような風情です。

ネアンは、いつしか山高帽をかぶり、オリーブ色系のスーツを着た英国風紳士になっています。
カンナオビは、そういう自分はと見ると、白のハイヒールに、薄紫色のワンピースを着た長い髪の若々しい女性でした。
少しも不思議な気はなく、そのようでした。

湖を見晴らす高台のベンチに坐った二人。
二人して、知っていて知らない湖を眺めているのです。
木陰のベンチで・・・少し離れて座っています。
ポツポツ雨が降り出しました。
ネアンは、古風で大きなカバンを膝の上に取ると、中から小さな青いパラソルを取り出しました。

「傘が小さいので、こちらへ寄ってください。そして、少し歩きましょう」
「はい」

カンナオビは遠慮がちにネアンに寄り添って、二人して湖の方へ歩きました。
ネアンを見上げると、なに一つ言わずとも、その微笑みは、カンナオビのすべてを理解しているかのようです。
アジサイ色の空から、しとしとと小雨が降り始めます。

「雨のかからない場所へ移りますか?」
「いいえ もう少し、このまま この景色を見ていたいです」
「そうですね。そうしましょう」

二人はそのまま、雨が湖と一緒になる 音を聞いていました。
とても、静かで 穏やかな ひとときでした。

ネアンが、ふとカンナオビを見ます。そしてまた湖を振りかえり見つめます。

<雨は、風情があって、好きですよ。
輪郭に丸みとあいまいさを出してくれます。
そこに心は自由を見出すのかもしれません。
でも、濡れるのはちょっといやですね。
スーツをまた乾かさないと。
着たきりすずめなものでね>

カンナオビは優雅に微笑みます。

<腕を組んで歩きましょう。
パラソルをさして、小雨にけぶる湖畔を、もう少し。
雨は湖に、いくつも波紋を作っています。
かさなりあって、うちとけて。
いくえにもいくえにも>
<とても、情緒がありますわね>

二人は、腕を組んで、いっそう寄り添いました。
カンナオビはネアンの肩に頭をもたせかけます。

<今まで、何度も何度も会いましたね。
その中のいちばん想い出深い光景です>

いままで二人にあった、長い長い道程の中で、最も淡く美しい光景が、ここにありました。
カンナオビも、深い憧憬の想いを持って、見つめておりました。
長い長い道程、とても長い時の経過が、ちりばめられているようでした。

やがて、雨もやみました。
二人は湖畔のテラスに入り、一つのテーブルにつき、
コーヒーを二つ注文しました。
白いテラスはたった二人だけのためにあるようでした。

<さあ、お嬢さん。
ぼくの無骨なカバンを開けてご覧になりますか。
この中には、たくさんの手品のタネが入っています。
美しいあなたに、今度はどんな手品をお目にかけましょう。
あなたがして欲しいと願うことをして差し上げるのが、私のモットーです。
遠慮はいりません。
なぜなら、あなたをこよなく愛しているからです>

かばんの中には、時代色を奏でるいろんな種類の人形が置いてありました。
カンナオビには、かつて経験したことがあって、懐かしい気持ちがします。
こんなときけっこう無造作に選んでいたような、かすかな記憶もありました。

隅のほうに、純白のウエディングドレスと白のタキシードの男女の人形のペアーが見えます。
カンナオビはタキシードの人形を、ネアンと見比べるように見てにっこり微笑むと、指差しました。
ネアンも静かに微笑みながら頷きます。
ペアーの人形は、光りはじめました。
二人はどちらからともなく、言葉を。

<長い間、待たせましたね>


-新神話完-



第十二章以降では、現実がどのように新神話に即して成り行くかを検証していく。
作者の命が尽きるまでの期間のことである。

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